上 下
21 / 51
第四章「クラルの戦い」

4-2:マグノリア

しおりを挟む
「お待ちしておりました、サイザリス様!」
 アナスタシス教団の門が開かれ、敷地内に足を踏み入れると、待っていたのは仰々ぎようぎようしいシスターたちの出迎えだった。
 正面門とコの字型の聖堂をつなぐ通路の両脇に、大勢のシスターが立ち並び、祈る様にこうべを垂れ、両手を胸の前で結んでいる。

 そのシスターたちが作る花道のあいだをカラナと、その手を握って着いて来るサフィリアは進んだ。
 聖堂の前に待ち構えていたのは、黒髪の小柄な女。
 他のシスター同様にローブをまとっているが、カラナはこの女の顔はよく知っていた。教団の最高責任者ヴィオレッタの懐刀ふところがたなマグノリアである。

「盛大なお出迎え、痛み入るわ」
 地面に片膝を着け、祈りのポーズを捧げるマグノリア。その相手はもちろんサフィリアだ。
 礼を失せず、カラナも一応、礼を返す。

「けれど、あたしはヴィオレッタ殿に面会を求めたハズですが?」
 礼儀はあくまで礼儀。すかさずカラナはわざとらしく問いかける。
 アナスタシス教団にアポイントメントが取れたのは、あれから二日後。もちろん、名目は『ゴーレム』群によるコラロ村襲撃への抗議である。

 下げていた頭を上げ、マグノリアはこちらに目線を向けて来る。
 カラナよりも若いがヴィオレッタの右腕だけあり、紅竜騎士団ドラゴンズナイツの訪問を受けてもまったく動揺を見せていない。

「ヴィオレッタ様は至急の用事があり、テユヴェローズを離れておりますゆえ、代わってわたしが対応させていただきました」
「それなら、仕方がないわね。では、貴女に話をさせてもらいましょう」
「はい。こちらへどうぞ」
 聖堂の扉を押し開け、中へとうながすマグノリア。彼女の後を追って中へと入る。

 アーチ状の柱が連なる青い絨毯じゆうたんの敷かれた通路を進む。内装は如何いかにも教会然としているが、アナスタシス教団はれっきとした政治活動団体である。
 魔女サイザリスを信奉しんぽうし、魔導師の国政復帰――引いては魔導師にる権力掌握を標榜ひようぼうしている団体だ。

 応接室に通され、テーブルの一角に座って、待つ事しばし――。マグノリアが付き人とおぼしきシスターと共に入って来る。
 紅茶の注がれたティーカップを差し出すシスターに一礼すると、カラナは正面に座ったマグノリアの方を向く。

「では、早速……お伝えしていた件に移りましょう」
「コラロ村……の『ゴーレム』襲撃のことでしたか……?」
 如何にもわざとらしく、マグノリアが考え込む様子を見せる。
「事前にいただいていたお話では、我が教団の使役する『ゴーレム』が、その村を襲撃したと言うご指摘でしたが……」
 にっこりと笑って続ける。
「それはどの様な根拠があっての事でしょうか?」

 いつもの常套じようとう手段だ。
 サイザリス軍団の残党として暴れ回っている言わば野良の『ゴーレム』と、アナスタシス教団が使役する『ゴーレム』を見分ける術はない。
 それを良いことに、彼女たちは自らの『ゴーレム』を用いて、破壊活動を行っているのだ。
 ここまで来ている時点で、もはや政治活動ではなく反政府活動のレベルなのだが、これを証明する手段がないのである。

「残念ながら、根拠はありません。
 ですが、貴女あなた方の『ゴーレム』が関わっていないことの証明をしていただきたい。『ゴーレム』の活動は当然予定されており、その履歴も残している筈ですね?」
「それであれば……少々お待ちいただければお持ちいたしましょう」
 いつもの事、と言わんばかりの態度でマグノリアは席を立ち、応接室の扉を開ける。
 と、出た先の通路で誰かと鉢合わせたらしく、ぶつかる音とともに小さい悲鳴が聞こえた。

「何をぼさっと突っ立っているのです! 邪魔をせずどきなさい!」
 マグノリアの叱責しつせきする声が響く。
 廊下の方をのぞき見れば、彼女に小言を言われる黒いローブをまとった少女の姿。『ゴーレム』である。
 ひとしきりわめきたてると、ようやく気が済んだかマグノリアは部屋の外へと出て行った。
 通路にいた『ゴーレム』とカラナの視線が合う。
 それに気づいた『ゴーレム』は、そそくさとマグノリアの向かった方向へと姿を消した。
「……なんか見た目はキレイ系だけど、癇癪かんしやく持ちっぽい人だね」
「普段ましてる人なんて、存外そんなものよ」
 サフィリアと他愛のない会話をして時間を潰す。

 数分ほどして、マグノリアが応接室に戻って来た。手には、広げた布の上に一枚の魔導石の板―—フィルグリフを乗せている。
「お待たせいたしました。どうぞご覧くださいませ」
 フィルグリフを優しくテーブルの上に置き、椅子に座るマグノリア。
拝見はいけんさせていただきます」
 一礼するとカラナは手袋を外し、手のひらをフィルグリフの上にかざして目を閉じた。

 頭の中に”マギコード”を組み上げ、詠唱する。
 フィルグリフが光り輝き、テーブルの上に光が散る。散った光は平面を形作り、光の粒子が集まった地図を描き出した。
 テユヴェローズ周辺の地図である。街や村、街道の位置に加えて、青い光点がそこかしこに点在している。
「この青い点が、我が教団に属している『ゴーレム』の現在位置ですわ。そして……」
 マグノリアが細い指を伸ばし、地図の上を軽くスライドさせる。
 青い光点が移動する。どうやら、過去の履歴をさかのぼっている様である。
「ご覧の通り、カラナ様のおっしゃるコラロ村周辺に、我が『ゴーレム』を配置した履歴はございません」
「なるほど…」
 説明に相槌あいづちを打つ。もちろん、こんな説明を信用する筈もない。

 しかし、それを否定できる証拠もない。だからこそ、いまのいままでアナスタシス教団が堂々と活動を続けて来れている訳だが。
 その後もあれこれ突っ込んだ質問を投げかけてみても暖簾のれんに腕押し。マグノリアと言うこの娘もヴィオレッタの右腕だけあって、そこそこしたたかな人物のようだ。

「ご納得いただけたでしょうか?」
 にっこりとほほ笑んでマグノリアが話を打ち切ろうとしてくる。
「……わかりました。本日はこれで失礼いたします。お時間をいただきありがとうございました」
 話が長くなってうつらうつらしていたサフィリアに帰ることをうながし、席を立つ。
「とんでもない。我が方としては、サイザリス様にお越しいただけただけで感激でございました」
「……サフィリアはサイザリスじゃないってば……!」
 背伸びをして眠気を覚まし、マグノリアを半目でにらむサフィリア。そんなものにも動じずマグノリアはにこにことしたまま――
「ご記憶を取り戻し、我らの元にお戻りいただける時を心よりお待ち申しております」
 と深々と礼をする。

 嘆息たんそくして諦めた様な表情でサフィリアは「帰ろ!」とカラナの手を引いた。
 応接室の扉が開かれ、カラナたちは表へ向かう。
 廊下にはこれまた大勢のシスターたちが左右に整列し、サフィリアの帰りを見届けようと集まっていた。その中には『ゴーレム』の姿も見える。
 出口へ向かって歩くカラナと一体の『ゴーレム』の目が合う。さきほど、マグノリアに罵倒ばとうされていた”娘”だ。微笑んでカラナは”彼女”の肩をぽんと叩き、聖堂の外へと進んで行った。

「大丈夫かな……?」
 表の通りに出て、しばらく歩いたところでサフィリアが向き直る。
 入口の門の前では、シスターに囲まれたマグノリアがにこにことした表情でこちらを見守っていた。
「大丈夫よ。クラルを信じましょう……」
 サフィリアの肩を抱いて、アナスタシス教団の視界から消える様に、雑踏ざつとうの中へと紛れたいった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

結婚してるのに、屋敷を出たら幸せでした。

恋愛系
恋愛
屋敷が大っ嫌いだったミア。 そして、屋敷から出ると決め 計画を実行したら 皮肉にも失敗しそうになっていた。 そんな時彼に出会い。 王国の陛下を捨てて、村で元気に暮らす! と、そんな時に聖騎士が来た

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

二度も親を失った俺は、今日も最強を目指す

SO/N
ファンタジー
主人公、ウルスはあるどこにでもある小さな町で、両親や幼馴染と平和に過ごしていた。 だがある日、町は襲われ、命からがら逃げたウルスは突如、前世の記憶を思い出す。 前世の記憶を思い出したウルスは、自分を拾ってくれた人類最強の英雄・グラン=ローレスに業を教わり、妹弟子のミルとともに日々修行に明け暮れた。 そして数年後、ウルスとミルはある理由から魔導学院へ入学する。そこでは天真爛漫なローナ・能天気なニイダ・元幼馴染のライナ・謎多き少女フィーリィアなど、様々な人物と出会いと再会を果たす。 二度も全てを失ったウルスは、それでも何かを守るために戦う。 たとえそれが間違いでも、意味が無くても。 誰かを守る……そのために。 【???????????????】 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー *この小説は「小説家になろう」で投稿されている『二度も親を失った俺は、今日も最強を目指す』とほぼ同じ物です。こちらは不定期投稿になりますが、基本的に「小説家になろう」で投稿された部分まで投稿する予定です。 また、現在カクヨム・ノベルアップ+でも活動しております。 各サイトによる、内容の差異はほとんどありません。

【完結160万pt】王太子妃に決定している公爵令嬢の婚約者はまだ決まっておりません。王位継承権放棄を狙う王子はついでに側近を叩き直したい

宇水涼麻
恋愛
 ピンク髪ピンク瞳の少女が王城の食堂で叫んだ。 「エーティル様っ! ラオルド様の自由にしてあげてくださいっ!」  呼び止められたエーティルは未来の王太子妃に決定している公爵令嬢である。  王太子と王太子妃となる令嬢の婚約は簡単に解消できるとは思えないが、エーティルはラオルドと婚姻しないことを軽く了承する。  その意味することとは?  慌てて現れたラオルド第一王子との関係は?  なぜこのような状況になったのだろうか?  ご指摘いただき一部変更いたしました。  みなさまのご指摘、誤字脱字修正で読みやすい小説になっていっております。 今後ともよろしくお願いします。 たくさんのお気に入り嬉しいです! 大変励みになります。 ありがとうございます。 おかげさまで160万pt達成! ↓これよりネタバレあらすじ 第一王子の婚約解消を高らかに願い出たピンクさんはムーガの部下であった。 親類から王太子になることを強要され辟易しているが非情になれないラオルドにエーティルとムーガが手を差し伸べて王太子権放棄をするために仕組んだのだ。 ただの作戦だと思っていたムーガであったがいつの間にかラオルドとピンクさんは心を通わせていた。

処理中です...