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2巻
2-3
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◆◆◆◆◆◆◆
生徒たちが訓練場に向かい、会長室にはファロスとルーグだけが取り残される。
ルーグ以外に誰の気配もないことを確認すると、ファロスは正していた姿勢を崩し、会長としてではなく友人としての一面を見せ始めた。
「お前がまさかまともに教師をしているなんてな。この目で見るまで信じられなかったぞ」
「賢者にも言われたよ。お前は教師に向いてないってな」
ルーグも、今は生徒たちがいないため先ほどより喋りやすそうにしている。
「そりゃそうだろ。お前の性格もそうだが、戦闘スタイルだって滅茶苦茶だった。何を子供に教えるって言うんだよ」
ルーグは実は三英傑のうちの一人、勇者である。この事実を知っている者は両手の指で数えられるほどしかいない。ファロスはその数少ない人間の一人だ。
ルーグたち三英傑は凄腕の冒険者と共にダンジョン攻略の遠征に赴くことがあるため、接点が多いのだ。
「にしてもその変装、どうやってるんだ? まるで別人じゃないか。ルーグという名前を聞かなければ分からなかったぞ」
「魔術でそう見せてんだよ。かなりイケオジだろ?」
落ち着いてきたところでルーグは本題を口にする。
「この勝負。会長はどっちが勝つと考える?」
「まぁ勇者様の教え子だろうと所詮は学生だ。俺が選んだ冒険者には勝てないはずだ。あの年代ではトップクラスの実力の奴を集めたからな」
「そりゃあそうだろう。実戦経験があるとないとじゃ話は変わってくる」
あの五人の冒険者は年齢は若い方だが、それでも毎日のようにダンジョンに潜っている。
魔物との戦闘ほど効率の良い訓練はない。たとえ現代最強と謳われる勇者の教え子たちだろうと相手にはならない。それはルーグも理解していた。
「だが、それは普通だったらの話だ」
「普通だったら?」
ルーグの含みのある言葉にファロスは首を傾げる。
「もし、俺より才能がある奴がいると言ったら会長は信じるか?」
「ないな。お前ほどの天賦の才を超える者など二度と生まれまい」
即答だった。ルーグの問いをファロスはすぐさま否定する。
しかし、ルーグの質問は止まらない。
「もし、その天才が無自覚に周りをも天才にしてしまうような奴だったら?」
「天才がいると仮定しての話か? 才能は生まれた時点で決まっている。人工的に天才を作るなんて不可能だろう」
たとえ勇者を超える天才がいようと、誰かを天才にさせることは不可能である。今まで何千人何万人もの冒険者を見てきた経験からそのように結論付けた。
「なら、もし今まで語ってきた人物が本当に俺のクラスにいたとしたら?」
「ははっ、お前も冗談を言えるように……って本気か?」
最初は笑い飛ばそうとしたファロスだが、真剣なルーグの表情を見ると押し黙ってしまった。
それと同時に心の底から沸き立つ未知に対しての高揚感と、それに勝るほどの恐怖を感じた。
三英傑は一人ひとりが国一つ分に匹敵する軍事力を持つ存在。その存在を超えるほどの天才となると、世界の情勢を簡単にひっくり返す存在ということになる。
「見てろ。面白いものが見れるはずだからな」
◆◆◆◆◆◆◆
俺たちが訓練場に着いてから数分遅れて、ファロス会長とルーグ先生もやってきた。どこかファロス会長の表情が先ほどより強張って見えるのは思い過ごしだろうか。
訓練場では、既にロイとオスマンが舞台の上で準備運動を終わらせていた。
今回はルーグ先生が審判を務めるようで、彼も舞台に上がっていく。
「ルールは、ロイが降参するか、こちらが続行不可能と判断した場合はオスマンの勝利。そしてオスマンにロイが一撃を入れた場合、その時点でロイの勝利となる。これでいいな?」
「「はい」」
ルーグ先生の確認に二人は頷く。明らかにロイが有利な条件ではあるが、オスマンから提案されたものなので彼自身も不満はなさそうだ。
「双方、構え」
凛としたルーグ先生の声に従い、オスマンとロイは同時に長剣を抜いた。怪我がないように、互いに訓練場に用意されてある長剣を模した木剣を使用している。
万が一大怪我をした場合も、俺とルーグ先生が治癒魔術を使えるので手を貸せば問題はないだろう。
「ニート君はロイ君が勝てると思う?」
隣で一緒に観戦しているステラがほんの少し不安そうに尋ねてくる。先ほどまで意気揚々としていた彼女だったが、試合直前になると心配も募ってきたようだ。
「俺は人の実力を見る目がないから、何とも言えないけど……」
これは前々から自覚している俺の問題点だった。
ルーグ先生や先ほど出会った冒険者協会の会長、あとイスカル国が侵略してきた時に対峙した、ホーキスと名乗っていた一般兵。今名前を挙げた人たちは出会った瞬間、脳が強者だと理解した。
だが、それ以外の人たちは、俺には一切見分けがつかない。どれほどの実力があるのか見当すらつかない。全員同じように見えてしまうのだ。
そして今回も対戦相手のオスマンの実力は俺にはさっぱり分からなかった。だからと言って、勝敗が予想出来ないわけではないが。
「まぁいい勝負にはなると思う」
これは俺がロイを信頼しているからとか、そういった心的な理由ではない。彼の技量を知っているからである。
「試合開始!」
ルーグ先生の合図と共に、ロイとオスマンの模擬戦が幕を開けた。
「ははっ、俺は冒険者だからな。先攻はお前に譲ってやるよ」
オスマンは余裕そうに笑みを漏らしながら、ロイの行動を待つことを選択した。何度もダンジョンに潜り、命のやり取りをしてきたからだろうか。警戒しつつもそれなりにゆとりがある状態で木剣を構えていた。
対してロイはというと、
「なら遠慮なくいかせてもらおう!」
「は? 何を考えて――」
殺気溢れる瞳で地面を蹴り飛ばし、オスマンの元へと跳躍する。
二人の間の距離は50メートルはあった。間合いを詰めるにはとても一歩では足りない。だから、急に向かってきたロイの奇行に、オスマンは間抜けな声を上げた。
届くはずがない。普通の剣士なら、彼の元に来るまでに時間がかかるため、その隙に対策を考えればいいと思っていたのだろう。
なのに何故ロイは、既にオスマンに手の届く距離にいるのだろうか。
「終わりだ」
一瞬で間合いを詰められて戸惑いながらも、流石は冒険者と言うべきか、オスマンは咄嗟に木剣を構え、防御の体勢に移ろうとする。
しかし、ロイに懐に入られた時点で勝敗は決していた。
「うがっ!」
目で追えないほどの速い一閃。防ぐ時間など与えない強烈な一撃。腹部に吸い込まれるような横薙ぎの斬撃を受けて、オスマンは呻き声を上げた。同時に、骨が砕けた音が訓練場に響き渡る。
ロイの一撃の勢いは凄まじく、オスマンは何度も地面を転がりながら場外へと吹き飛ばされた。
「「「は?」」」
一瞬の出来事に俺を含め、皆が口を大きく開けたまま固まってしまった。オスマンは場外でうつ伏せになって意識を失っている。
全員が混乱している中、一人だけ平然としている者もいた。
「勝者、ロイ」
ルーグ先生は、特に驚いた様子もなく淡々と結果を告げる。
しかし誰もがあっさりと結果を受け止められるわけではない。勝者であるロイもそれに当てはまる。
「あ、あれ? 手加減してくれた……とか?」
ロイもまさか、オスマンがこれほどあっさりと吹っ飛ぶとは思ってもいなかったのだろう。
重い一撃が入ればいい。それくらいの期待で放った一発だったにもかかわらず、相手は場外で気絶している。
当事者のロイですら意外なら、観戦していた周囲の人間の衝撃はそれ以上だ。
「「「はあああああああああぁぁぁぁぁ!?」」」
茫然としていた俺たちもようやく現状を理解し、絶叫が訓練場に響き渡る。
気絶しているオスマン以外の四人の冒険者、俺たちEクラスの生徒たち、さらにはファロス会長までが目を丸くしていた。
こうして怒涛の展開から、実戦訓練は幕を開けた。
◆◆◆◆◆◆◆
「「「はあああああああああぁぁぁぁぁ!?」」」
意味は理解出来ないが、状況は理解出来る。ロイが立っており、オスマンが倒れている。それだけのことだ。
なのに誰もこの現実を受け入れられなかった。ルーグという男を除いては。
「ふっふっふ……既視感のある光景だなぁ」
ルーグは、入学式の翌日に行われたニート対ロイの試合を思い出していた。あの時のロイは驚く側だったが、それを除けば状況はよく似ている。今まで培われてきた常識が壊れる瞬間だ。
「あのオスマンが一撃でやられただと!?」
「ってか何で木剣の一振りで人間があんなに飛ぶんだよ!」
「地面蹴った時に空飛んでなかった?」
冒険者たちは信じられないとでも言いたげに声を上げる。中には目を擦ったり、自分の頬を引っ張ったりする者もいた。それも仕方ない。
「え? 弱くね?」
「何で反応しなかったの? 冒険者ならあれぐらい防げるでしょ」
「わざと私たちを勝たせてくれたのでは? 花を持たせてくれた的な感じで」
対照的に、学生たちはあまりの呆気なさに興醒めしている者すらいる。
ニート達にとって冒険者は憧れの存在。そんな憧れの存在との戦いが一瞬で終わってしまえば失望の声が出るのも無理はない。
驚愕と唖然。渾沌と化した状況を見かねたルーグが、助け舟を出す。
「ロイ、今やったことを説明してやれ」
「あ、はい。まず距離を詰めて……」
「まずそこだろ! 何で人間があの距離を一瞬で詰めれるんだよ!」
説明を始めたロイを遮って、一人の冒険者が声を上げた。彼の名前はダリオ。五人の冒険者の中で一番体格が良く、攻撃を一手に受ける役割のタンクをしている。
「単純に補助魔術を使っただけですが……」
質問の意図を掴めないロイは眉をひそめる。だが、その発言はさらにダリオを刺激することになる。
「補助魔術が使えるだと!?」
「何をそんなに驚いているんですか? 補助魔術なんて初歩の初歩ですよ?」
「お前たちの年で使えるのがおかしいって言ってんだ!」
「でも、皆使えますし。まぁニートやステラ君の補助魔術に比べたら私たちもまだまだですけど」
もともと補助魔術を会得していたニートと、補助魔術の適性が高いステラは、他のクラスメイトより何倍も効果のある補助魔術を使うことが出来る。
とはいえ、その補助魔術を使いこなせるほどの運動神経があるかと問われれば、否だ。
身体能力が高かったロイだからこそ出来る芸当であり、補助魔術を会得してからのロイはクラスでも負けなしとなっていた。
ニートが「いい勝負になる」と言っていたのも、この技量を見込んでのことだ。
「学院に通ってないから知らないだけだろ?」
「もしかして冒険者ってそんなに強くないのか?」
「あれなら私でも勝てそうね」
学生たちはおおよそ冒険者の実力を理解したのか、肩の力を抜き始めた。
「どうなっている、これは……」
想定外の状況にファロスは戸惑いを隠せていない。Eクラスの面々は初歩だと思い込んでいるが、学院の一年生であれだけ高度に補助魔術を使いこなせるなど、通常はあり得ない。
「簡単な話だ。一人の無自覚の天才がいたら、普通は時間をかけて、周りの人間が『お前は天才だ』と自覚させていくだろう」
動揺しているファロスの隣で、ルーグは彼だけに聞こえる声で説明を始めた。
「俺のクラスは違う。一人の無自覚がいるなら周りをも無自覚にすればいい」
「何を言っているんだ……?」
ファロスは聞き間違えかと自身の耳を疑った。
「その天才のレベルを、普通という基準にすれば周りもまた天才になる」
「そんなこと不可能だ! 可能なら誰だって同じことをしている!」
「だから言ったろ?」
ファロスの反論に対して、待ってましたと言わんばかりにルーグは口を開く。
「うちの教え子には周りをも天才にさせる、天才を超えた奴がいるってな」
「……ッ!!」
その瞬間、ファロスの中で点と点が繋がった。
何故これほどまでにルーグが自信ありげだったのか。何故一年生の段階で異例のダンジョン実戦訓練を行おうとしているのか。そして先程の天才についての会話。
だが、点と点が線になったとはいえ、理解までは出来なかった。
「し、しかしだ! 魔封ダンジョンでは純粋な実力が問われる。そうなれば補助魔術は意味がない!」
「あぁ、だからわざわざ一週間もかけてここに来たんだよ。こいつらもそっち方面はからっきしだからな」
学院では魔術に重きを置き、体術や剣術といった近接戦闘の訓練を疎かにする傾向がある。ルーグはそれを危惧し、どのクラスよりも早く、自分の教え子に先の世界へと辿り着いてほしかったのだ。
「お、お前は世界征服でもする気か……?」
「ははっ、そんなものに俺が興味あると本気で思ってるのか?」
ファロスの震え声を聞いてルーグは苦笑する。
「ただ、虐げられてきた奴らに面白い経験をさせてやりたいだけだよ」
ルーグにとっては、それだけが本心だった。優しく微笑みながら口にする彼には他に何の邪心もない。それはファロスにも読み取れるほどであった。
ファロスもどこか嬉しそうに小さく呟く。
「そうか……意外とお前は教職に向いてるのかもな」
「なんか言ったか?」
「いいや。ただ、俺が選んだ冒険者たちはお前の無自覚教育に利用されたんだなと思ってな」
意地悪く言うファロスに、ルーグはすまなかったなと笑い返す。
「ニート、とりあえずそいつを起こしてやれ」
「あ、はい」
ニートはルーグの指示で、倒れているオスマンの元まで駆け足で向かう。そしていつも通り、万能なオリジナル魔術を彼に使った。
「治癒の加護のもとに。創作魔術【完全再生】」
「何してんだ? 治癒魔術じゃ意識は取り戻せ――」
治癒魔術は傷は癒せても、精神的なものや欠損部は癒せない。これは魔術を使わない一般人にも周知の事実だった。ダリオは常識に従ってツッコミを入れたが、またもや彼の発言はすぐに否定されることになる。
「あれ? 俺は何をして……」
意識を取り戻したオスマンは、辺りを見渡しながら状況を把握しようと試みる。
周りの反応は、口を大きく開けて固まってしまった冒険者と、見慣れた光景にもはや何も感じない学生とで二極化していた。
その中でファロスは、ニートがこの異常事態の原因だと察する。
「元凶はあいつか……」
「凄いだろ? ちなみにあいつ、この国の第二王子なんだぜ?」
「ほぅ、第二王子なのか……ん? 第二王子?」
ファロスはルーグの言葉を反芻した。
「そ、それは彼がニート・ファン・アヴァドーラということか?」
「さっきもニートって呼んだろ? 周りには隠してるがな。会長だから言ったが、内密にしといてくれよ」
「はぁ、第二王子か…………」
小さい溜息と共に漏れた第二王子という単語。
口にしたそれは自分の耳に伝わり、頭の中を何度も何度もよぎる。
そして嫌でも理解する。目の前にいる黒髪の学生が、自分たちの国の第二王子なのだと。
「はあああああああああああああぁぁぁぁぁ!?」
ファロスは冒険者協会会長の威厳を捨て去って叫んだ。
彼は今まで、どんな状況だろうと冷静沈着に対処してきた。そのため補助魔術まではどうにか理解しようと脳を回転させていた。
しかし、ニートの話でトドメを刺されたらしい。彼の情報処理能力は限界を超えてしまった。
「あっ……」
「ファ、ファロス会長!? お気を確かに!!」
ファロスはふらふらと意識を失いかけ、地面に倒れ込んだ。
すぐさまルカと呼ばれていた青年が駆け寄る。
「ほ、本日は解散です! 実戦訓練は明日行いますので、早朝ダンジョン前にお集まりください。それでよろしいでしょうか?」
「あぁ。お前ら一旦宿に行くぞ」
これ以上はさらに状況が混迷を極めると考えたルカが、解散を提案した。
ルーグもそれに応じ、今日の集まりはお開きとなったのだった。
◆◆◆◆◆◆◆
ヴィンリス二日目の早朝。
ニート――俺とEクラスの仲間はダンジョン前に集まっていた。
ダンジョンはヴィンリスの中心部に位置している。というより、ダンジョンがある場所に街が作られたと言う方が正しいだろう。
入口周辺は冒険者協会の職員が厳重に警備をしており、ここで冒険者の資格証を提示しなければダンジョンに入ることは出来ない。
その資格証に関しては、昨日の夜、わざわざ宿屋までルカという青年が届けてくれた。
「ふぁ、こんなに朝早いなんて聞いてないよ~」
「昨日は予定外のことが色々あったからね。余裕を持ってのことらしい」
眠そうに大きくあくびをするステラと優雅に笑うロイ。
他のクラスメイトたちも、皆いつもより早い集合時間だったため眠そうにしていた。
昨日は冒険者協会を出た後は日が暮れていたこともあり、特に観光することもなく、そのまま宿屋で過ごした。
結局、協会内での出来事は詳しく説明されることはなかった。
何故あれほどオスマンが弱かったのか。どうして冒険者たちは補助魔術程度で驚愕していたのか。疑問は残るばかりだが、昨日は移動での長旅で疲れていたため、各々大人しく床に就いたのだ。
そして朝早くからダンジョン前に集まったのだが――
「まだ冒険者たちは来てないな」
「待ち合わせ時間の一時間前に来る人なんているわけないじゃないですか」
ルーグ先生のわざとなのか天然なのか分からない発言に、俺が一応ツッコミを入れる。
現在の時刻は、昨日ファロス会長から提案されていた集合時間の一時間前。当然、冒険者たちが来ているわけがなかった。
「というか、何でこんな早く集合したんですか?」
「決まってるだろ。事前にあれやこれや説明しとくためだ。昨日色々あったしな。とりあえずお前らの立ち位置から説明しよう」
それからルーグ先生は俺たちの実力について説明し始めた。
魔術師が初級、中級、上級と区分けされるように、冒険者も銅級、銀級、金級とクラス分けされる。初級が銅級、中級が銀級、そして上級が金級とほぼ同等の実力である。
互いにさらに上の階級として聖級だったり、白金級だったりが存在するが、母数が少なく俺たちには関係ないので今は省く。
現在俺たちEクラスの平均的な力量は、おおよそ中級魔術師程度らしい。
そして引率してくれる冒険者たちの実力は銅級。昨日のロイ対オスマンの試合を見ても分かるように、俺たちの方が実力は上のようだ。なら、どうしてそのレベルの冒険者に引率を頼んだのか。
「それはお前らが補助魔術の使用込みで中級だからだ」
補助魔術は、自分の身体能力を数段階も引き上げる。魔術師の弱点である近接戦闘を可能にする手段だ。
「だが、ダンジョン内では魔術が使えない。となると、お前たちの素の実力はあの冒険者たちと同等ぐらいだろう」
「それでも同等なんですね?」
想像では、魔術が使えない俺たちは、オスマンたちよりも格下になると思っていた。
クラスメイトたちも同じ考えらしく、半信半疑といった様子である。
「まあな。だが、もちろん単純な実力だけの話だ。そこにダンジョン内の知識や戦闘経験なども含むと、冒険者たちの足元にも及ばないだろう」
俺たちがダンジョンを探索するのは今回が初めてだ。多少の座学を受けていようと、所詮付け焼き刃の知識に過ぎない。百聞は一見に如かずだ。今まで何十回、何百回も潜ってきた冒険者とは比べようもない。
「しかしこの実戦訓練を終える頃には、知識や経験の面でも銅級冒険者たちに手が届くくらいには成長させてやる」
「たった二週間くらいでそんなに強くなれますかね?」
「誰に向かって言ってる。お前らの教師はこの俺だぞ?」
いつも通りの自信ありげな発言に、俺たちは苦笑を漏らす。
Eクラスはもともとロイのように家庭に事情がある者や、ステラのように今までまともな教育を受けてこられなかった平民など、訳アリの生徒が多く集まっている。
ルーグ先生は、そんな俺たちの不安を笑い飛ばすかのように、いつも自信に満ちている。その姿勢に救われている生徒も多いだろう。
すると、先ほどからむずむずしていた一人のクラスメイトが質問をする。
「ちなみにAクラスの奴らはどのくらいの強さなんですか?」
「あ、あぁ、まぁそうだな。上級ぐらいじゃないか?」
先ほどとは異なり、ルーグ先生は今回はどこか歯切れ悪く答えた。少し気になったが、今はそれは本題ではないため聞き流した。
それより俺には、実戦訓練を行うと聞いてからずっと気になっていたことがあったのだ。
「ルーグ先生、まだ集合時間まで四十分以上ありますよね?」
「あぁ、それがどうした?」
「一層の入り口だけ入ってみてもいいですか? 実戦より先に雰囲気だけ感じてみたいというか……」
「別に構わない、そもそも俺もそうするつもりでお前らを早めに集合させたんだ。ダンジョン内部の説明も少しはしておいた方がいいからな」
たとえ引率の冒険者がいようと、初見でダンジョンに潜るのは誰しも緊張するだろう。
けれどルーグ先生が最初に同行してくれれば怖いものはない。その点は先生も俺たちに気を遣ってくれていたらしい。
生徒たちが訓練場に向かい、会長室にはファロスとルーグだけが取り残される。
ルーグ以外に誰の気配もないことを確認すると、ファロスは正していた姿勢を崩し、会長としてではなく友人としての一面を見せ始めた。
「お前がまさかまともに教師をしているなんてな。この目で見るまで信じられなかったぞ」
「賢者にも言われたよ。お前は教師に向いてないってな」
ルーグも、今は生徒たちがいないため先ほどより喋りやすそうにしている。
「そりゃそうだろ。お前の性格もそうだが、戦闘スタイルだって滅茶苦茶だった。何を子供に教えるって言うんだよ」
ルーグは実は三英傑のうちの一人、勇者である。この事実を知っている者は両手の指で数えられるほどしかいない。ファロスはその数少ない人間の一人だ。
ルーグたち三英傑は凄腕の冒険者と共にダンジョン攻略の遠征に赴くことがあるため、接点が多いのだ。
「にしてもその変装、どうやってるんだ? まるで別人じゃないか。ルーグという名前を聞かなければ分からなかったぞ」
「魔術でそう見せてんだよ。かなりイケオジだろ?」
落ち着いてきたところでルーグは本題を口にする。
「この勝負。会長はどっちが勝つと考える?」
「まぁ勇者様の教え子だろうと所詮は学生だ。俺が選んだ冒険者には勝てないはずだ。あの年代ではトップクラスの実力の奴を集めたからな」
「そりゃあそうだろう。実戦経験があるとないとじゃ話は変わってくる」
あの五人の冒険者は年齢は若い方だが、それでも毎日のようにダンジョンに潜っている。
魔物との戦闘ほど効率の良い訓練はない。たとえ現代最強と謳われる勇者の教え子たちだろうと相手にはならない。それはルーグも理解していた。
「だが、それは普通だったらの話だ」
「普通だったら?」
ルーグの含みのある言葉にファロスは首を傾げる。
「もし、俺より才能がある奴がいると言ったら会長は信じるか?」
「ないな。お前ほどの天賦の才を超える者など二度と生まれまい」
即答だった。ルーグの問いをファロスはすぐさま否定する。
しかし、ルーグの質問は止まらない。
「もし、その天才が無自覚に周りをも天才にしてしまうような奴だったら?」
「天才がいると仮定しての話か? 才能は生まれた時点で決まっている。人工的に天才を作るなんて不可能だろう」
たとえ勇者を超える天才がいようと、誰かを天才にさせることは不可能である。今まで何千人何万人もの冒険者を見てきた経験からそのように結論付けた。
「なら、もし今まで語ってきた人物が本当に俺のクラスにいたとしたら?」
「ははっ、お前も冗談を言えるように……って本気か?」
最初は笑い飛ばそうとしたファロスだが、真剣なルーグの表情を見ると押し黙ってしまった。
それと同時に心の底から沸き立つ未知に対しての高揚感と、それに勝るほどの恐怖を感じた。
三英傑は一人ひとりが国一つ分に匹敵する軍事力を持つ存在。その存在を超えるほどの天才となると、世界の情勢を簡単にひっくり返す存在ということになる。
「見てろ。面白いものが見れるはずだからな」
◆◆◆◆◆◆◆
俺たちが訓練場に着いてから数分遅れて、ファロス会長とルーグ先生もやってきた。どこかファロス会長の表情が先ほどより強張って見えるのは思い過ごしだろうか。
訓練場では、既にロイとオスマンが舞台の上で準備運動を終わらせていた。
今回はルーグ先生が審判を務めるようで、彼も舞台に上がっていく。
「ルールは、ロイが降参するか、こちらが続行不可能と判断した場合はオスマンの勝利。そしてオスマンにロイが一撃を入れた場合、その時点でロイの勝利となる。これでいいな?」
「「はい」」
ルーグ先生の確認に二人は頷く。明らかにロイが有利な条件ではあるが、オスマンから提案されたものなので彼自身も不満はなさそうだ。
「双方、構え」
凛としたルーグ先生の声に従い、オスマンとロイは同時に長剣を抜いた。怪我がないように、互いに訓練場に用意されてある長剣を模した木剣を使用している。
万が一大怪我をした場合も、俺とルーグ先生が治癒魔術を使えるので手を貸せば問題はないだろう。
「ニート君はロイ君が勝てると思う?」
隣で一緒に観戦しているステラがほんの少し不安そうに尋ねてくる。先ほどまで意気揚々としていた彼女だったが、試合直前になると心配も募ってきたようだ。
「俺は人の実力を見る目がないから、何とも言えないけど……」
これは前々から自覚している俺の問題点だった。
ルーグ先生や先ほど出会った冒険者協会の会長、あとイスカル国が侵略してきた時に対峙した、ホーキスと名乗っていた一般兵。今名前を挙げた人たちは出会った瞬間、脳が強者だと理解した。
だが、それ以外の人たちは、俺には一切見分けがつかない。どれほどの実力があるのか見当すらつかない。全員同じように見えてしまうのだ。
そして今回も対戦相手のオスマンの実力は俺にはさっぱり分からなかった。だからと言って、勝敗が予想出来ないわけではないが。
「まぁいい勝負にはなると思う」
これは俺がロイを信頼しているからとか、そういった心的な理由ではない。彼の技量を知っているからである。
「試合開始!」
ルーグ先生の合図と共に、ロイとオスマンの模擬戦が幕を開けた。
「ははっ、俺は冒険者だからな。先攻はお前に譲ってやるよ」
オスマンは余裕そうに笑みを漏らしながら、ロイの行動を待つことを選択した。何度もダンジョンに潜り、命のやり取りをしてきたからだろうか。警戒しつつもそれなりにゆとりがある状態で木剣を構えていた。
対してロイはというと、
「なら遠慮なくいかせてもらおう!」
「は? 何を考えて――」
殺気溢れる瞳で地面を蹴り飛ばし、オスマンの元へと跳躍する。
二人の間の距離は50メートルはあった。間合いを詰めるにはとても一歩では足りない。だから、急に向かってきたロイの奇行に、オスマンは間抜けな声を上げた。
届くはずがない。普通の剣士なら、彼の元に来るまでに時間がかかるため、その隙に対策を考えればいいと思っていたのだろう。
なのに何故ロイは、既にオスマンに手の届く距離にいるのだろうか。
「終わりだ」
一瞬で間合いを詰められて戸惑いながらも、流石は冒険者と言うべきか、オスマンは咄嗟に木剣を構え、防御の体勢に移ろうとする。
しかし、ロイに懐に入られた時点で勝敗は決していた。
「うがっ!」
目で追えないほどの速い一閃。防ぐ時間など与えない強烈な一撃。腹部に吸い込まれるような横薙ぎの斬撃を受けて、オスマンは呻き声を上げた。同時に、骨が砕けた音が訓練場に響き渡る。
ロイの一撃の勢いは凄まじく、オスマンは何度も地面を転がりながら場外へと吹き飛ばされた。
「「「は?」」」
一瞬の出来事に俺を含め、皆が口を大きく開けたまま固まってしまった。オスマンは場外でうつ伏せになって意識を失っている。
全員が混乱している中、一人だけ平然としている者もいた。
「勝者、ロイ」
ルーグ先生は、特に驚いた様子もなく淡々と結果を告げる。
しかし誰もがあっさりと結果を受け止められるわけではない。勝者であるロイもそれに当てはまる。
「あ、あれ? 手加減してくれた……とか?」
ロイもまさか、オスマンがこれほどあっさりと吹っ飛ぶとは思ってもいなかったのだろう。
重い一撃が入ればいい。それくらいの期待で放った一発だったにもかかわらず、相手は場外で気絶している。
当事者のロイですら意外なら、観戦していた周囲の人間の衝撃はそれ以上だ。
「「「はあああああああああぁぁぁぁぁ!?」」」
茫然としていた俺たちもようやく現状を理解し、絶叫が訓練場に響き渡る。
気絶しているオスマン以外の四人の冒険者、俺たちEクラスの生徒たち、さらにはファロス会長までが目を丸くしていた。
こうして怒涛の展開から、実戦訓練は幕を開けた。
◆◆◆◆◆◆◆
「「「はあああああああああぁぁぁぁぁ!?」」」
意味は理解出来ないが、状況は理解出来る。ロイが立っており、オスマンが倒れている。それだけのことだ。
なのに誰もこの現実を受け入れられなかった。ルーグという男を除いては。
「ふっふっふ……既視感のある光景だなぁ」
ルーグは、入学式の翌日に行われたニート対ロイの試合を思い出していた。あの時のロイは驚く側だったが、それを除けば状況はよく似ている。今まで培われてきた常識が壊れる瞬間だ。
「あのオスマンが一撃でやられただと!?」
「ってか何で木剣の一振りで人間があんなに飛ぶんだよ!」
「地面蹴った時に空飛んでなかった?」
冒険者たちは信じられないとでも言いたげに声を上げる。中には目を擦ったり、自分の頬を引っ張ったりする者もいた。それも仕方ない。
「え? 弱くね?」
「何で反応しなかったの? 冒険者ならあれぐらい防げるでしょ」
「わざと私たちを勝たせてくれたのでは? 花を持たせてくれた的な感じで」
対照的に、学生たちはあまりの呆気なさに興醒めしている者すらいる。
ニート達にとって冒険者は憧れの存在。そんな憧れの存在との戦いが一瞬で終わってしまえば失望の声が出るのも無理はない。
驚愕と唖然。渾沌と化した状況を見かねたルーグが、助け舟を出す。
「ロイ、今やったことを説明してやれ」
「あ、はい。まず距離を詰めて……」
「まずそこだろ! 何で人間があの距離を一瞬で詰めれるんだよ!」
説明を始めたロイを遮って、一人の冒険者が声を上げた。彼の名前はダリオ。五人の冒険者の中で一番体格が良く、攻撃を一手に受ける役割のタンクをしている。
「単純に補助魔術を使っただけですが……」
質問の意図を掴めないロイは眉をひそめる。だが、その発言はさらにダリオを刺激することになる。
「補助魔術が使えるだと!?」
「何をそんなに驚いているんですか? 補助魔術なんて初歩の初歩ですよ?」
「お前たちの年で使えるのがおかしいって言ってんだ!」
「でも、皆使えますし。まぁニートやステラ君の補助魔術に比べたら私たちもまだまだですけど」
もともと補助魔術を会得していたニートと、補助魔術の適性が高いステラは、他のクラスメイトより何倍も効果のある補助魔術を使うことが出来る。
とはいえ、その補助魔術を使いこなせるほどの運動神経があるかと問われれば、否だ。
身体能力が高かったロイだからこそ出来る芸当であり、補助魔術を会得してからのロイはクラスでも負けなしとなっていた。
ニートが「いい勝負になる」と言っていたのも、この技量を見込んでのことだ。
「学院に通ってないから知らないだけだろ?」
「もしかして冒険者ってそんなに強くないのか?」
「あれなら私でも勝てそうね」
学生たちはおおよそ冒険者の実力を理解したのか、肩の力を抜き始めた。
「どうなっている、これは……」
想定外の状況にファロスは戸惑いを隠せていない。Eクラスの面々は初歩だと思い込んでいるが、学院の一年生であれだけ高度に補助魔術を使いこなせるなど、通常はあり得ない。
「簡単な話だ。一人の無自覚の天才がいたら、普通は時間をかけて、周りの人間が『お前は天才だ』と自覚させていくだろう」
動揺しているファロスの隣で、ルーグは彼だけに聞こえる声で説明を始めた。
「俺のクラスは違う。一人の無自覚がいるなら周りをも無自覚にすればいい」
「何を言っているんだ……?」
ファロスは聞き間違えかと自身の耳を疑った。
「その天才のレベルを、普通という基準にすれば周りもまた天才になる」
「そんなこと不可能だ! 可能なら誰だって同じことをしている!」
「だから言ったろ?」
ファロスの反論に対して、待ってましたと言わんばかりにルーグは口を開く。
「うちの教え子には周りをも天才にさせる、天才を超えた奴がいるってな」
「……ッ!!」
その瞬間、ファロスの中で点と点が繋がった。
何故これほどまでにルーグが自信ありげだったのか。何故一年生の段階で異例のダンジョン実戦訓練を行おうとしているのか。そして先程の天才についての会話。
だが、点と点が線になったとはいえ、理解までは出来なかった。
「し、しかしだ! 魔封ダンジョンでは純粋な実力が問われる。そうなれば補助魔術は意味がない!」
「あぁ、だからわざわざ一週間もかけてここに来たんだよ。こいつらもそっち方面はからっきしだからな」
学院では魔術に重きを置き、体術や剣術といった近接戦闘の訓練を疎かにする傾向がある。ルーグはそれを危惧し、どのクラスよりも早く、自分の教え子に先の世界へと辿り着いてほしかったのだ。
「お、お前は世界征服でもする気か……?」
「ははっ、そんなものに俺が興味あると本気で思ってるのか?」
ファロスの震え声を聞いてルーグは苦笑する。
「ただ、虐げられてきた奴らに面白い経験をさせてやりたいだけだよ」
ルーグにとっては、それだけが本心だった。優しく微笑みながら口にする彼には他に何の邪心もない。それはファロスにも読み取れるほどであった。
ファロスもどこか嬉しそうに小さく呟く。
「そうか……意外とお前は教職に向いてるのかもな」
「なんか言ったか?」
「いいや。ただ、俺が選んだ冒険者たちはお前の無自覚教育に利用されたんだなと思ってな」
意地悪く言うファロスに、ルーグはすまなかったなと笑い返す。
「ニート、とりあえずそいつを起こしてやれ」
「あ、はい」
ニートはルーグの指示で、倒れているオスマンの元まで駆け足で向かう。そしていつも通り、万能なオリジナル魔術を彼に使った。
「治癒の加護のもとに。創作魔術【完全再生】」
「何してんだ? 治癒魔術じゃ意識は取り戻せ――」
治癒魔術は傷は癒せても、精神的なものや欠損部は癒せない。これは魔術を使わない一般人にも周知の事実だった。ダリオは常識に従ってツッコミを入れたが、またもや彼の発言はすぐに否定されることになる。
「あれ? 俺は何をして……」
意識を取り戻したオスマンは、辺りを見渡しながら状況を把握しようと試みる。
周りの反応は、口を大きく開けて固まってしまった冒険者と、見慣れた光景にもはや何も感じない学生とで二極化していた。
その中でファロスは、ニートがこの異常事態の原因だと察する。
「元凶はあいつか……」
「凄いだろ? ちなみにあいつ、この国の第二王子なんだぜ?」
「ほぅ、第二王子なのか……ん? 第二王子?」
ファロスはルーグの言葉を反芻した。
「そ、それは彼がニート・ファン・アヴァドーラということか?」
「さっきもニートって呼んだろ? 周りには隠してるがな。会長だから言ったが、内密にしといてくれよ」
「はぁ、第二王子か…………」
小さい溜息と共に漏れた第二王子という単語。
口にしたそれは自分の耳に伝わり、頭の中を何度も何度もよぎる。
そして嫌でも理解する。目の前にいる黒髪の学生が、自分たちの国の第二王子なのだと。
「はあああああああああああああぁぁぁぁぁ!?」
ファロスは冒険者協会会長の威厳を捨て去って叫んだ。
彼は今まで、どんな状況だろうと冷静沈着に対処してきた。そのため補助魔術まではどうにか理解しようと脳を回転させていた。
しかし、ニートの話でトドメを刺されたらしい。彼の情報処理能力は限界を超えてしまった。
「あっ……」
「ファ、ファロス会長!? お気を確かに!!」
ファロスはふらふらと意識を失いかけ、地面に倒れ込んだ。
すぐさまルカと呼ばれていた青年が駆け寄る。
「ほ、本日は解散です! 実戦訓練は明日行いますので、早朝ダンジョン前にお集まりください。それでよろしいでしょうか?」
「あぁ。お前ら一旦宿に行くぞ」
これ以上はさらに状況が混迷を極めると考えたルカが、解散を提案した。
ルーグもそれに応じ、今日の集まりはお開きとなったのだった。
◆◆◆◆◆◆◆
ヴィンリス二日目の早朝。
ニート――俺とEクラスの仲間はダンジョン前に集まっていた。
ダンジョンはヴィンリスの中心部に位置している。というより、ダンジョンがある場所に街が作られたと言う方が正しいだろう。
入口周辺は冒険者協会の職員が厳重に警備をしており、ここで冒険者の資格証を提示しなければダンジョンに入ることは出来ない。
その資格証に関しては、昨日の夜、わざわざ宿屋までルカという青年が届けてくれた。
「ふぁ、こんなに朝早いなんて聞いてないよ~」
「昨日は予定外のことが色々あったからね。余裕を持ってのことらしい」
眠そうに大きくあくびをするステラと優雅に笑うロイ。
他のクラスメイトたちも、皆いつもより早い集合時間だったため眠そうにしていた。
昨日は冒険者協会を出た後は日が暮れていたこともあり、特に観光することもなく、そのまま宿屋で過ごした。
結局、協会内での出来事は詳しく説明されることはなかった。
何故あれほどオスマンが弱かったのか。どうして冒険者たちは補助魔術程度で驚愕していたのか。疑問は残るばかりだが、昨日は移動での長旅で疲れていたため、各々大人しく床に就いたのだ。
そして朝早くからダンジョン前に集まったのだが――
「まだ冒険者たちは来てないな」
「待ち合わせ時間の一時間前に来る人なんているわけないじゃないですか」
ルーグ先生のわざとなのか天然なのか分からない発言に、俺が一応ツッコミを入れる。
現在の時刻は、昨日ファロス会長から提案されていた集合時間の一時間前。当然、冒険者たちが来ているわけがなかった。
「というか、何でこんな早く集合したんですか?」
「決まってるだろ。事前にあれやこれや説明しとくためだ。昨日色々あったしな。とりあえずお前らの立ち位置から説明しよう」
それからルーグ先生は俺たちの実力について説明し始めた。
魔術師が初級、中級、上級と区分けされるように、冒険者も銅級、銀級、金級とクラス分けされる。初級が銅級、中級が銀級、そして上級が金級とほぼ同等の実力である。
互いにさらに上の階級として聖級だったり、白金級だったりが存在するが、母数が少なく俺たちには関係ないので今は省く。
現在俺たちEクラスの平均的な力量は、おおよそ中級魔術師程度らしい。
そして引率してくれる冒険者たちの実力は銅級。昨日のロイ対オスマンの試合を見ても分かるように、俺たちの方が実力は上のようだ。なら、どうしてそのレベルの冒険者に引率を頼んだのか。
「それはお前らが補助魔術の使用込みで中級だからだ」
補助魔術は、自分の身体能力を数段階も引き上げる。魔術師の弱点である近接戦闘を可能にする手段だ。
「だが、ダンジョン内では魔術が使えない。となると、お前たちの素の実力はあの冒険者たちと同等ぐらいだろう」
「それでも同等なんですね?」
想像では、魔術が使えない俺たちは、オスマンたちよりも格下になると思っていた。
クラスメイトたちも同じ考えらしく、半信半疑といった様子である。
「まあな。だが、もちろん単純な実力だけの話だ。そこにダンジョン内の知識や戦闘経験なども含むと、冒険者たちの足元にも及ばないだろう」
俺たちがダンジョンを探索するのは今回が初めてだ。多少の座学を受けていようと、所詮付け焼き刃の知識に過ぎない。百聞は一見に如かずだ。今まで何十回、何百回も潜ってきた冒険者とは比べようもない。
「しかしこの実戦訓練を終える頃には、知識や経験の面でも銅級冒険者たちに手が届くくらいには成長させてやる」
「たった二週間くらいでそんなに強くなれますかね?」
「誰に向かって言ってる。お前らの教師はこの俺だぞ?」
いつも通りの自信ありげな発言に、俺たちは苦笑を漏らす。
Eクラスはもともとロイのように家庭に事情がある者や、ステラのように今までまともな教育を受けてこられなかった平民など、訳アリの生徒が多く集まっている。
ルーグ先生は、そんな俺たちの不安を笑い飛ばすかのように、いつも自信に満ちている。その姿勢に救われている生徒も多いだろう。
すると、先ほどからむずむずしていた一人のクラスメイトが質問をする。
「ちなみにAクラスの奴らはどのくらいの強さなんですか?」
「あ、あぁ、まぁそうだな。上級ぐらいじゃないか?」
先ほどとは異なり、ルーグ先生は今回はどこか歯切れ悪く答えた。少し気になったが、今はそれは本題ではないため聞き流した。
それより俺には、実戦訓練を行うと聞いてからずっと気になっていたことがあったのだ。
「ルーグ先生、まだ集合時間まで四十分以上ありますよね?」
「あぁ、それがどうした?」
「一層の入り口だけ入ってみてもいいですか? 実戦より先に雰囲気だけ感じてみたいというか……」
「別に構わない、そもそも俺もそうするつもりでお前らを早めに集合させたんだ。ダンジョン内部の説明も少しはしておいた方がいいからな」
たとえ引率の冒険者がいようと、初見でダンジョンに潜るのは誰しも緊張するだろう。
けれどルーグ先生が最初に同行してくれれば怖いものはない。その点は先生も俺たちに気を遣ってくれていたらしい。
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