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2巻
2-2
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◆◆◆◆◆◆◆
そして、Eクラスの生徒はニート含め、全員が実戦訓練に行けることになる。
保護者が納得した理由はそれぞれの家庭で異なるが、一つだけ共通している点もあった。
それは生徒に大きな意欲があることだった。ルーグから提案された時は誰もが不安を抱いていた。だが、改めて考えると何も心配することはなかったのだ。
ニートとルーグがいれば、どのような状況だろうと絶対に何とかなる。そういった信頼のような関係が一学期の中で出来上がっていた。
こうして、のちに大事件として語られることになるEクラスの『ヴィンリス実戦訓練』が幕を開けた。
◆◆◆◆◆◆◆
翌朝。
「まさか全員が揃うとはな」
ルーグ先生は、目の前のEクラスの顔ぶれに驚いた様子だった。
昨日の説明の段階で、ヴィンリスでの実戦訓練に参加出来る者は、今日の朝に魔術学院の正門前に集合と言われていた。そして今、ここにはEクラスの生徒、十人全員が揃っている。
「提案したのはルーグ先生でしょ? 何で先生が驚いてるんですか」
「そうですよ。まさか俺たちが怖くて逃げるとでもお思いで?」
「ダンジョンだろうと、普段のルーグ先生の授業よりはマシだよな」
各々発言している生徒たちだが、誰も不安そうにしている者はいなかった。
そしてルーグ先生は今度は俺へと視線を向ける。正確には俺ではなく、俺の頭上で寝そべっている動物――テトにだが。
「またお前もついて来るんだな」
「クゥーン」
ルーグ先生の言葉にテトはだらしない鳴き声を返した。王都の路地裏で拾った犬だか狼だかハッキリしない小動物、それがテトだ。ルーベルクでの研修にもついて来ていて、俺の危機をステラに知らせてくれるなど、時折賢い一面を見せる。
頭に乗るのは肩が凝るのでやめてほしいのだが、自分で歩くのが面倒なのかこの位置から降りようとはしない。彼の中では定位置になっているようだ。
「俺は嫌なんですけど、こいつがどうしても言うこと聞かなくて」
もともと俺はテトを実戦訓練に連れて行くつもりはなかった。
一学期のルーベルクの野外研修とは違い、今回は期間も長く、危険も多い。そのためテトを母上に預けていくつもりだった。だが、今朝になって、急にテトが俺から離れなくなったのだ。
「クゥン」
何度降ろしても頭に乗ろうとする。母上に預けても、無理に部屋から抜け出し俺の元へやってくる。自分の意思はあまり示さないテトだったが、今日だけは絶対に一緒に行く、そんな意思を彼から感じた。
「まぁダンジョンに入れなければ問題はないだろう」
そう言ってテトの同行を認めたルーグ先生だが、本心はテトと一緒にいたいだけだろう。ルーベルクの野外研修でもテトを溺愛していた。
父上といい、ルーグ先生といい、テトは大人の男性を魅了する力でも持っているのかもしれない。
「じゃあお前ら、馬車に乗れ」
「先生、今回も飛んでいけば――」
「今回は一週間かけて馬車で行く。ヴィンリスまでの道のりで得られるものも多いからな」
前回のように馬車を改造して空を飛んでいけば一週間もかからない。そう提案しようとしたのだが、すぐにルーグ先生に遮られてしまった。
移動時間を短縮出来れば、訓練の時間も長くなるはずだ。それに空を飛ぶのは心地いいのに。
「うん、僕も馬車の方がいいと思う!」
「そうだね。もう私もあのような経験は十分かもしれない」
いつもなら俺に味方してくれるステラとロイも、今回はルーグ先生の意見に賛同した。他の生徒たちも何度も首を縦に振っている。
「分かったなら早く乗れ。さっさと行くぞ」
ルーグ先生は不満な俺を馬車に押し込んで、止まっていた馬車を走らせる。
こうしてヴィンリスへと向かう一週間にも及ぶ馬車の旅が始まった。
魔術学院を出発してからヴィンリスまでの一週間の道のりは一瞬で過ぎ去った。
移動などつまらないものだと考えていたのだが、その考えはすぐに取り払われた。
見たことのない光景に、見たことのない文化。国内にもかかわらずここまで知らないことがあるのかと、かなり驚いた。
北方のルーベルクの発展した都市にも驚いたが、南方のヴィンリスはルーベルクとは正反対の自然豊かな文化だった。王都アスラもルーベルクと比べたら自然豊かだと思っていたのだがその比ではない。
そして南方に行くほど、街で見かける魔術師の数が減っていった。
おそらくそれは南国テラロッサの影響だろう。テラロッサの兵士の中で魔術師は一割にも満たないそうだ。大抵が剣士だったり、拳闘士だったりする。
テラロッサは同盟国ではないが、国交が断絶しているわけでもない。国境での厳しい検査に合格した上で、アストリアへ旅行や商売に来る者もいる。
他にも、ヴィンリスにあるのが魔封ダンジョンであることも影響しているだろう。
皮肉にもほどがある。魔術大国のアストリアが唯一保有しているダンジョンで魔術が使えないとは。しかも、魔術に疎いテラロッサが、虎視眈々と魔封ダンジョンの所有権を狙っているという話もあるとか。
「あともう少しでヴィンリスだな。ここで一度ダンジョンのおさらいをしておこう」
ヴィンリスが視認出来るくらいの距離になってきたところで、ルーグ先生が口を開いた。
各々雑談したり、景色を眺めたりしていた生徒たちが顔を向ける。
「まずは冒険者についての説明だな」
冒険者とは、ダンジョン内を冒険する者たちを指す言葉だ。
その冒険者も大きく二つに分けられる。攻略をメインとする攻略組と、魔物の素材や魔石の採取をメインとする採取組である。
「ロイ、冒険者になるためにはどうすればいい?」
「はい。魔術学院で三年間実力をつけ、卒業と同時に冒険者資格を得ます」
俺たちが通っている国立魔術学院に限らず、魔術学院を卒業すると大抵は冒険者資格を得られる。一人前の魔術師の証のようなものだ。冒険者資格証は身分証明書にもなるため、冒険者にならなくとも意外と重宝されている。
「まぁお前らの中ではそうだろうな。王都の奴らにとって冒険者は美化されすぎている」
美化という言葉に引っかかる俺たちを見回しながら、ルーグ先生は続ける。
「もちろん高度な教育を受けて冒険者になった者も多い。だが、そうでないのが大半だ。金を稼ぐために、明日を生きるために。冒険者なんて危険な職業に就く奴は大体が金のためだ」
「「「え?」」」
確かに俺たちは冒険者のことを、研究員と同種の職だと考えていた。高い実力を持つ者だけがなれる職業なのだと。
「王都ではあり得ないだろうが、ヴィンリスではお前らと同年代の冒険者も多い」
「それはあまりにも危険ではないですか? しっかりとした授業を受けていなければダンジョン内で死ぬ可能性だって……」
「あぁ、死ぬ奴だっているだろうな」
ロイの質問にあっさりとルーグ先生は答えた。
死。これ以上に恐怖を掻き立てる言葉はない。皆の表情が一気に引き締まる。いや、引きつると言う方が近いかもしれない。
「安心しろ。お前らは俺の教え子だ。絶対に死ぬことはないし、死なせない」
この先生の言葉に、どれほどの安心感を抱いただろうか。
俺を含め、クラスメイト全員が今まで出会ってきた人物の中で、一番の強者。そんな彼の口から絶対に死なせないと言われたのだ。何よりも一番の安心材料となるだろう。
「ただ意識はしておいてくれ。本業の奴らは死を覚悟してダンジョンに潜っていることをな」
ルーグ先生の言葉に俺たちは慎重に頷いた。
おそらくこれはルーグ先生なりの忠告なのだろう。俺たちは訓練といっても実際にダンジョンに潜ることになる。先生のお膳立てのおかげで命の危機はないにしろ、冒険者たちと同じ土俵に立つのだ。それくらいの覚悟を持たなければ失礼だし、訓練もお遊びにしかならない。
「それと言い忘れていたが、ダンジョン攻略の際は二人組になってもらう」
「「「ええええぇぇぇぇ」」」
「ちなみにペアは既に俺が決めている。委員長はロイと組め」
「あ、はい」
ロイの実力は本物だ。それに親友と一緒なら気楽でいい。
そう思っていたのだが、皆は納得がいかないようで、
「何でロイなんすか! こいつは一人でも十分っしょ!」
「ロイ君だけずるいです! 私だってニート君と組みたいのに!」
「ここは公平に皆で決めるべきですヨ!」
この一学期、俺はクラスメイトから頼られることが多かった。今回もそのような感じだろう。
「そしたらお前らの訓練にならないだろうが。それにニートと組んだ場合、どこの組よりも下の層に行ってもらうことになるが、それでもいいのか?」
「「「うぐっ……」」」
ルーグ先生の物言いに生徒たちは押し黙ってしまう。
しかし、何故俺がどの組より下の層に行くことが確定しているのだろうか。委員長だからといって無理強いするのはやめてほしい。
「安心しろ。二人組だが、そこに指導役として冒険者協会から冒険者を一人つけてもらう」
いくらダンジョンについて多少の座学を受けていようと限界はある。現役の冒険者にパーティに入ってもらえるのは安心だ。
「さて、ヴィンリスに着いたぞ。詳しいことは追々だな」
ルーグ先生に促され、俺たちは窓の外に目を向けた。
ヴィンリスを一言で表すのなら冒険者の街だ。周囲を高い城壁に囲まれた城郭都市であり、王都アスラと構造は似ているものの住人の毛色が違う。
王都では武装している住人など少なかったが、ヴィンリスでは二人に一人は武装していた。
一見物騒にも見えるが、活気は王都よりあるだろう。
そういえば、ヴィンリスに入った途端、俺から離れようとしなかったテトが急に馬車から飛び出していった。このようにテトは勝手にいなくなることが度々あるのだ。そして時間が経てばいつの間にか俺の頭上に戻ってきている。気まぐれにもほどがある。
まぁ今回も実戦訓練が終わるまでには帰ってくるだろう。
「最初に冒険者協会に向かう。冒険者の資格証を貰わないといけないからな」
「そう簡単に貰えるものなんですか?」
「王都では手続きやらなんやらで難しいが、こっちだと簡単だ。実力さえあれば問題ない」
その実力面が心配なんだが、とツッコミたかったがやめておいた。ルーグ先生が問題ないと言うのならそうなのだろう。
それから馬車はヴィンリスの街の中心部に向かった。
「ここが冒険者協会だ」
ルーグ先生が指したのは、いかにも歴史のありそうな木造の建物だった。
「これがあの冒険者協会……! でかいな!」
「確かに大きいね。まさかこの歳でもうお目にかかれるとは」
馬車から降りた俺とロイは、冒険者協会を前にして感嘆の声を漏らす。そして、とうとうここまで来てしまったという事実に心臓の鼓動が速くなる。
「そんなに驚くこと? 国立魔術学院より小さいよ?」
ステラはピンと来ていないようだが、他のクラスメイト、特に男子生徒は興奮を隠せていなかった。
男にとって冒険者はロマンと言ってもいい。幼い頃読み聞かせられた英雄譚や伝記には必ずダンジョンが出てくる。そして凶悪な魔物に立ち向かっていく英雄たちの姿に憧れるのだ。
そんな憧れの存在ともうすぐ同じ舞台に立てる。興奮しないわけがない。
「ボーっとしてないで早く入るぞ」
ルーグ先生に急かされ、俺たちは建物の中へと入った。
協会内も見た目通り広く、正面には受付があり、右手には色々な紙が貼られた大きな掲示板がある。恐らくクエストを見つける場所だろう。
左手にはいくつかの椅子が置かれており、冒険者たちが雑談している。
二階からは何かしらの美味しそうな匂いがした。食堂でもあるのだろうか。いつか行ってみたいものだ。
「なんだあいつら。冒険者協会の見学か? 遠足でもしに来たのか?」
「ここはお遊びの場じゃねぇよ。邪魔くせぇな」
「あっはっは、引率の先生までいるぞ! いつからここはそんな平和ボケな場所になったんだ?」
冒険者たちの苛立った声や笑い声が耳に届く。明らかに俺たちのことを言っているのだろう。
「……かなり視線を感じますね」
「そりゃそうだろ。急にこんな身綺麗なガキどもが来たら目立つに決まってる」
先生の言う通り、俺たちが浮いているのは確かだ。傷一つついていない装備を見れば、この街の人間でないことはすぐに分かる。
ルーグ先生はそんな視線の雨も気にすることなく、受付へと一直線に向かった。俺たちもそんな彼の後ろをついていく。
「こんにちは。ご用件をお伺いします」
受付には美しい女性が座っていた。これが噂の受付嬢というものだろうか。身なりは整えられており、話し方には品がある。どこから見ても不快感がない。まさに冒険者業界の花形である。
「会長に繋げてくれ。ルーグという名前で約束しているはずだ」
「ルーグ様ですね……はい、確認出来ました。会長室まで案内します」
仕事が早い受付嬢は、すぐに俺たちを会長室まで案内してくれた。
「では私はここで失礼します」
受付嬢はルーグ先生に深くお辞儀すると、元の仕事場へと戻っていく。
それからルーグ先生は扉を三回ノックして、返事を待たずに会長室に足を踏み入れた。
「あの人が会長……」
会長室に入るとまず目に入ったのが、正面の豪華そうな椅子に深く腰掛けている中年の男性だ。
一目で分かる。彼が冒険者協会の会長だ。
ルーグ先生とは別物の雰囲気を纏っており、会長としての風格があった。
会長は入ってきたルーグ先生を目に留めると、バッと席から立ち上がった。
「よく来たルーグ! 久しぶりだな!」
「あんたも元気そうで良かったよ。ファロス会長」
会長と先生は、まるで友人のような気軽なあいさつを交わした。
「え!? 先生って会長さんとお知り合いだったんですか!?」
ロイは二人のやり取りを見て声を上げた。俺を含め、クラスメイトたちも声にこそ出していないが同じ心境だろう。
冒険者協会の会長は、いわば冒険者たちを統べる長。ダンジョンが絡むことにかけては、王族に次ぐ権力を持つと聞いた覚えがある。名声は三英傑に劣るが、それでも誰もが頭を下げる役職だ。
そんな人物と一介の教師が関係を持っているのは異様なのである。ルーグという人物についてますます謎が深まるばかりだ。
「まぁ昔色々あってな。今回の実戦訓練もその伝手があったから出来たんだ」
「ルーグの頼みとあったら断るわけにはいかないからな。昔こいつには――」
「会長。その話はしない約束だ」
「そ、そうだったな」
会長の言葉をルーグ先生はバッサリと遮る。その声音は冷たく、会長もあっさりと引いた。
先生の過去は気になるが、俺たちでは到底詮索も出来そうにない。
「それで約束の話はどうなった」
「引率の冒険者を五人用意する話だろう? もちろん準備してるさ。お前ら入ってこい!」
会長の合図で、後ろの扉から五人の冒険者たちが会長室に足を踏み入れた。いくら広い部屋とはいえ、十七人にもなると少々手狭に感じる。
入ってきたのは一人の女性と四人の男性。年齢は俺たちより少し上といったところか。
彼らは順番に軽い自己紹介も兼ねて名乗っていった。
ミア、ディーノ、ダリオ、オスマン、ルカ。彼らが今回俺たちを引率してくれるようだ。馬車の中で聞いた時は、もっと年季の入った熟練の冒険者が来ると思っていたが、予想が外れた。
「こいつらは俺が自ら選んだ五人だから実力は申し分ない。年齢もお前の教え子と近くしてやったんだぜ?」
「助かる。そっちの方がこいつらも気が楽だろう」
今回の実戦訓練はダンジョンの上層に限っている。それなら年若い冒険者でも十分ということだろう。
そんな中、一人の青年が不満げに声を上げた。
「……会長。俺はまだ納得いってません」
「いつまで文句を言っているつもりだ。あの時納得したと言ったじゃないか」
彼は確かオスマンと名乗っていた剣士だ。
会長とのやりとりを見るに、どうやら何かいざこざがあるらしい。
「ですが実際に見たら考えが変わりました。何で俺たちがこんなお坊ちゃまの子守をしないといけないんすか!」
「オスマン! 口を慎まないか!」
「会長から直々の依頼だったから引き受けましたが、こんな苦労もしたことのないような奴らの子守なんて絶対に嫌です!」
オスマンは俺たちを見て怒りをあらわにする。
彼の言い分も十分に分かるため、俺たちに何か言い返せることはなかった。
「オスマン、どんな依頼だろうと完璧にこなすのが冒険者というものだ」
「なら実力を確かめるためにも、こいつらの代表と勝負させてください! 実力も知らない奴とパーティは組めません! その代表が俺に一撃でも入れられたら、大人しく引率でも雑用でも何でもしますよ」
突如勝負を提案され、俺たちは耳を疑った。
魔術学院の一年の底辺クラスと、若いとはいえ現役の冒険者。勝敗はやらずとも分かる。
流石に厳しすぎるのでは、と思っていたのだが、一人だけにんまりと笑みを浮かべた者がいた。
「いいんじゃないか。お前らもこんな言われように腹が立ってるだろうしな」
そう、ルーグ先生だ。
いつもつまらなそうで表情が死んでいる彼だが、今は何がそれほど面白いのか、珍しく口角を吊り上げていた。
「まぁ、ルーグが良いなら構わないが……俺としてもついでに冒険者資格証を出せるから楽だしな」
代表の生徒が勝ったからといって、Eクラス全員に冒険者並みの力量があるというわけではないと思うのだが……コネだけで許可するよりは多少マシなのだろう。
「それで学院側の代表は誰だ?」
「俺です」
ファロス会長の問いに俺は堂々と名乗り出た。クラスの代表となれば自然と委員長の俺になる。
正直、現役の冒険者と戦える自信などないが、ここはクラスの代表として逃げるわけにもいかない。
それに一撃ぐらいなら、もしかしたらいける可能性だってある。
そんなことを考えていると、オスマンは俺の頭のてっぺんから足の爪先までじろじろと観察し、呆れた様子で告げる。
「なんだ、雑魚そうなヒョロガリだな」
「「あぁ?」」
オスマンの俺を蔑む発言に対して、殺気のこもった二つの低い声が返された。もちろん俺は何も言っていない。両隣に立つロイとステラから聞こえたような気がしたのだが、気のせいだろうか。うん、気のせいだろう。
すると先ほどから黙って聞いていたロイが、俺に尋ねてきた。
「ニート。すまないが、ここは私に任せてくれないか?」
「ロイに? 俺としてはそっちの方が嬉しいけど……」
「私情が出来てしまってね。ステラ君もそれでいいかな」
「うん、代わりに頼んだよロイ君! ぼっこぼこにしてやってね!」
「任せてほしい」
ロイは俺と、何故かステラにも許可を取ってから名乗り出た。
クラス一の実力を持つロイなら誰も異論はない。戦わなくて済み、俺も内心ありがたかった。ただ、どうして急にやる気になったのだろうか。
オスマンの視線は俺からロイへと移る。
「なんだ? お前が俺の相手をしてくれるのか?」
「あぁ、わざわざニートが出るほどの幕じゃないからね」
オスマンに相対するロイには余裕があるように見えた。
ロイは入学当初と比べると、心身共に見違えるほど成長している。冒険者相手だろうと臆していないようだ。
「それに、すまないが今の私は手加減出来そうにない」
対戦相手が定まったのを見て、会長が別の青年に声をかけた。
「ルカ。学生たちを訓練場に案内してやれ」
「承知いたしました。では皆さん、僕についてきてください」
ルカと呼ばれた爽やかそうな青年の案内で、俺たちは会長室を後にする。
そして、Eクラスの生徒はニート含め、全員が実戦訓練に行けることになる。
保護者が納得した理由はそれぞれの家庭で異なるが、一つだけ共通している点もあった。
それは生徒に大きな意欲があることだった。ルーグから提案された時は誰もが不安を抱いていた。だが、改めて考えると何も心配することはなかったのだ。
ニートとルーグがいれば、どのような状況だろうと絶対に何とかなる。そういった信頼のような関係が一学期の中で出来上がっていた。
こうして、のちに大事件として語られることになるEクラスの『ヴィンリス実戦訓練』が幕を開けた。
◆◆◆◆◆◆◆
翌朝。
「まさか全員が揃うとはな」
ルーグ先生は、目の前のEクラスの顔ぶれに驚いた様子だった。
昨日の説明の段階で、ヴィンリスでの実戦訓練に参加出来る者は、今日の朝に魔術学院の正門前に集合と言われていた。そして今、ここにはEクラスの生徒、十人全員が揃っている。
「提案したのはルーグ先生でしょ? 何で先生が驚いてるんですか」
「そうですよ。まさか俺たちが怖くて逃げるとでもお思いで?」
「ダンジョンだろうと、普段のルーグ先生の授業よりはマシだよな」
各々発言している生徒たちだが、誰も不安そうにしている者はいなかった。
そしてルーグ先生は今度は俺へと視線を向ける。正確には俺ではなく、俺の頭上で寝そべっている動物――テトにだが。
「またお前もついて来るんだな」
「クゥーン」
ルーグ先生の言葉にテトはだらしない鳴き声を返した。王都の路地裏で拾った犬だか狼だかハッキリしない小動物、それがテトだ。ルーベルクでの研修にもついて来ていて、俺の危機をステラに知らせてくれるなど、時折賢い一面を見せる。
頭に乗るのは肩が凝るのでやめてほしいのだが、自分で歩くのが面倒なのかこの位置から降りようとはしない。彼の中では定位置になっているようだ。
「俺は嫌なんですけど、こいつがどうしても言うこと聞かなくて」
もともと俺はテトを実戦訓練に連れて行くつもりはなかった。
一学期のルーベルクの野外研修とは違い、今回は期間も長く、危険も多い。そのためテトを母上に預けていくつもりだった。だが、今朝になって、急にテトが俺から離れなくなったのだ。
「クゥン」
何度降ろしても頭に乗ろうとする。母上に預けても、無理に部屋から抜け出し俺の元へやってくる。自分の意思はあまり示さないテトだったが、今日だけは絶対に一緒に行く、そんな意思を彼から感じた。
「まぁダンジョンに入れなければ問題はないだろう」
そう言ってテトの同行を認めたルーグ先生だが、本心はテトと一緒にいたいだけだろう。ルーベルクの野外研修でもテトを溺愛していた。
父上といい、ルーグ先生といい、テトは大人の男性を魅了する力でも持っているのかもしれない。
「じゃあお前ら、馬車に乗れ」
「先生、今回も飛んでいけば――」
「今回は一週間かけて馬車で行く。ヴィンリスまでの道のりで得られるものも多いからな」
前回のように馬車を改造して空を飛んでいけば一週間もかからない。そう提案しようとしたのだが、すぐにルーグ先生に遮られてしまった。
移動時間を短縮出来れば、訓練の時間も長くなるはずだ。それに空を飛ぶのは心地いいのに。
「うん、僕も馬車の方がいいと思う!」
「そうだね。もう私もあのような経験は十分かもしれない」
いつもなら俺に味方してくれるステラとロイも、今回はルーグ先生の意見に賛同した。他の生徒たちも何度も首を縦に振っている。
「分かったなら早く乗れ。さっさと行くぞ」
ルーグ先生は不満な俺を馬車に押し込んで、止まっていた馬車を走らせる。
こうしてヴィンリスへと向かう一週間にも及ぶ馬車の旅が始まった。
魔術学院を出発してからヴィンリスまでの一週間の道のりは一瞬で過ぎ去った。
移動などつまらないものだと考えていたのだが、その考えはすぐに取り払われた。
見たことのない光景に、見たことのない文化。国内にもかかわらずここまで知らないことがあるのかと、かなり驚いた。
北方のルーベルクの発展した都市にも驚いたが、南方のヴィンリスはルーベルクとは正反対の自然豊かな文化だった。王都アスラもルーベルクと比べたら自然豊かだと思っていたのだがその比ではない。
そして南方に行くほど、街で見かける魔術師の数が減っていった。
おそらくそれは南国テラロッサの影響だろう。テラロッサの兵士の中で魔術師は一割にも満たないそうだ。大抵が剣士だったり、拳闘士だったりする。
テラロッサは同盟国ではないが、国交が断絶しているわけでもない。国境での厳しい検査に合格した上で、アストリアへ旅行や商売に来る者もいる。
他にも、ヴィンリスにあるのが魔封ダンジョンであることも影響しているだろう。
皮肉にもほどがある。魔術大国のアストリアが唯一保有しているダンジョンで魔術が使えないとは。しかも、魔術に疎いテラロッサが、虎視眈々と魔封ダンジョンの所有権を狙っているという話もあるとか。
「あともう少しでヴィンリスだな。ここで一度ダンジョンのおさらいをしておこう」
ヴィンリスが視認出来るくらいの距離になってきたところで、ルーグ先生が口を開いた。
各々雑談したり、景色を眺めたりしていた生徒たちが顔を向ける。
「まずは冒険者についての説明だな」
冒険者とは、ダンジョン内を冒険する者たちを指す言葉だ。
その冒険者も大きく二つに分けられる。攻略をメインとする攻略組と、魔物の素材や魔石の採取をメインとする採取組である。
「ロイ、冒険者になるためにはどうすればいい?」
「はい。魔術学院で三年間実力をつけ、卒業と同時に冒険者資格を得ます」
俺たちが通っている国立魔術学院に限らず、魔術学院を卒業すると大抵は冒険者資格を得られる。一人前の魔術師の証のようなものだ。冒険者資格証は身分証明書にもなるため、冒険者にならなくとも意外と重宝されている。
「まぁお前らの中ではそうだろうな。王都の奴らにとって冒険者は美化されすぎている」
美化という言葉に引っかかる俺たちを見回しながら、ルーグ先生は続ける。
「もちろん高度な教育を受けて冒険者になった者も多い。だが、そうでないのが大半だ。金を稼ぐために、明日を生きるために。冒険者なんて危険な職業に就く奴は大体が金のためだ」
「「「え?」」」
確かに俺たちは冒険者のことを、研究員と同種の職だと考えていた。高い実力を持つ者だけがなれる職業なのだと。
「王都ではあり得ないだろうが、ヴィンリスではお前らと同年代の冒険者も多い」
「それはあまりにも危険ではないですか? しっかりとした授業を受けていなければダンジョン内で死ぬ可能性だって……」
「あぁ、死ぬ奴だっているだろうな」
ロイの質問にあっさりとルーグ先生は答えた。
死。これ以上に恐怖を掻き立てる言葉はない。皆の表情が一気に引き締まる。いや、引きつると言う方が近いかもしれない。
「安心しろ。お前らは俺の教え子だ。絶対に死ぬことはないし、死なせない」
この先生の言葉に、どれほどの安心感を抱いただろうか。
俺を含め、クラスメイト全員が今まで出会ってきた人物の中で、一番の強者。そんな彼の口から絶対に死なせないと言われたのだ。何よりも一番の安心材料となるだろう。
「ただ意識はしておいてくれ。本業の奴らは死を覚悟してダンジョンに潜っていることをな」
ルーグ先生の言葉に俺たちは慎重に頷いた。
おそらくこれはルーグ先生なりの忠告なのだろう。俺たちは訓練といっても実際にダンジョンに潜ることになる。先生のお膳立てのおかげで命の危機はないにしろ、冒険者たちと同じ土俵に立つのだ。それくらいの覚悟を持たなければ失礼だし、訓練もお遊びにしかならない。
「それと言い忘れていたが、ダンジョン攻略の際は二人組になってもらう」
「「「ええええぇぇぇぇ」」」
「ちなみにペアは既に俺が決めている。委員長はロイと組め」
「あ、はい」
ロイの実力は本物だ。それに親友と一緒なら気楽でいい。
そう思っていたのだが、皆は納得がいかないようで、
「何でロイなんすか! こいつは一人でも十分っしょ!」
「ロイ君だけずるいです! 私だってニート君と組みたいのに!」
「ここは公平に皆で決めるべきですヨ!」
この一学期、俺はクラスメイトから頼られることが多かった。今回もそのような感じだろう。
「そしたらお前らの訓練にならないだろうが。それにニートと組んだ場合、どこの組よりも下の層に行ってもらうことになるが、それでもいいのか?」
「「「うぐっ……」」」
ルーグ先生の物言いに生徒たちは押し黙ってしまう。
しかし、何故俺がどの組より下の層に行くことが確定しているのだろうか。委員長だからといって無理強いするのはやめてほしい。
「安心しろ。二人組だが、そこに指導役として冒険者協会から冒険者を一人つけてもらう」
いくらダンジョンについて多少の座学を受けていようと限界はある。現役の冒険者にパーティに入ってもらえるのは安心だ。
「さて、ヴィンリスに着いたぞ。詳しいことは追々だな」
ルーグ先生に促され、俺たちは窓の外に目を向けた。
ヴィンリスを一言で表すのなら冒険者の街だ。周囲を高い城壁に囲まれた城郭都市であり、王都アスラと構造は似ているものの住人の毛色が違う。
王都では武装している住人など少なかったが、ヴィンリスでは二人に一人は武装していた。
一見物騒にも見えるが、活気は王都よりあるだろう。
そういえば、ヴィンリスに入った途端、俺から離れようとしなかったテトが急に馬車から飛び出していった。このようにテトは勝手にいなくなることが度々あるのだ。そして時間が経てばいつの間にか俺の頭上に戻ってきている。気まぐれにもほどがある。
まぁ今回も実戦訓練が終わるまでには帰ってくるだろう。
「最初に冒険者協会に向かう。冒険者の資格証を貰わないといけないからな」
「そう簡単に貰えるものなんですか?」
「王都では手続きやらなんやらで難しいが、こっちだと簡単だ。実力さえあれば問題ない」
その実力面が心配なんだが、とツッコミたかったがやめておいた。ルーグ先生が問題ないと言うのならそうなのだろう。
それから馬車はヴィンリスの街の中心部に向かった。
「ここが冒険者協会だ」
ルーグ先生が指したのは、いかにも歴史のありそうな木造の建物だった。
「これがあの冒険者協会……! でかいな!」
「確かに大きいね。まさかこの歳でもうお目にかかれるとは」
馬車から降りた俺とロイは、冒険者協会を前にして感嘆の声を漏らす。そして、とうとうここまで来てしまったという事実に心臓の鼓動が速くなる。
「そんなに驚くこと? 国立魔術学院より小さいよ?」
ステラはピンと来ていないようだが、他のクラスメイト、特に男子生徒は興奮を隠せていなかった。
男にとって冒険者はロマンと言ってもいい。幼い頃読み聞かせられた英雄譚や伝記には必ずダンジョンが出てくる。そして凶悪な魔物に立ち向かっていく英雄たちの姿に憧れるのだ。
そんな憧れの存在ともうすぐ同じ舞台に立てる。興奮しないわけがない。
「ボーっとしてないで早く入るぞ」
ルーグ先生に急かされ、俺たちは建物の中へと入った。
協会内も見た目通り広く、正面には受付があり、右手には色々な紙が貼られた大きな掲示板がある。恐らくクエストを見つける場所だろう。
左手にはいくつかの椅子が置かれており、冒険者たちが雑談している。
二階からは何かしらの美味しそうな匂いがした。食堂でもあるのだろうか。いつか行ってみたいものだ。
「なんだあいつら。冒険者協会の見学か? 遠足でもしに来たのか?」
「ここはお遊びの場じゃねぇよ。邪魔くせぇな」
「あっはっは、引率の先生までいるぞ! いつからここはそんな平和ボケな場所になったんだ?」
冒険者たちの苛立った声や笑い声が耳に届く。明らかに俺たちのことを言っているのだろう。
「……かなり視線を感じますね」
「そりゃそうだろ。急にこんな身綺麗なガキどもが来たら目立つに決まってる」
先生の言う通り、俺たちが浮いているのは確かだ。傷一つついていない装備を見れば、この街の人間でないことはすぐに分かる。
ルーグ先生はそんな視線の雨も気にすることなく、受付へと一直線に向かった。俺たちもそんな彼の後ろをついていく。
「こんにちは。ご用件をお伺いします」
受付には美しい女性が座っていた。これが噂の受付嬢というものだろうか。身なりは整えられており、話し方には品がある。どこから見ても不快感がない。まさに冒険者業界の花形である。
「会長に繋げてくれ。ルーグという名前で約束しているはずだ」
「ルーグ様ですね……はい、確認出来ました。会長室まで案内します」
仕事が早い受付嬢は、すぐに俺たちを会長室まで案内してくれた。
「では私はここで失礼します」
受付嬢はルーグ先生に深くお辞儀すると、元の仕事場へと戻っていく。
それからルーグ先生は扉を三回ノックして、返事を待たずに会長室に足を踏み入れた。
「あの人が会長……」
会長室に入るとまず目に入ったのが、正面の豪華そうな椅子に深く腰掛けている中年の男性だ。
一目で分かる。彼が冒険者協会の会長だ。
ルーグ先生とは別物の雰囲気を纏っており、会長としての風格があった。
会長は入ってきたルーグ先生を目に留めると、バッと席から立ち上がった。
「よく来たルーグ! 久しぶりだな!」
「あんたも元気そうで良かったよ。ファロス会長」
会長と先生は、まるで友人のような気軽なあいさつを交わした。
「え!? 先生って会長さんとお知り合いだったんですか!?」
ロイは二人のやり取りを見て声を上げた。俺を含め、クラスメイトたちも声にこそ出していないが同じ心境だろう。
冒険者協会の会長は、いわば冒険者たちを統べる長。ダンジョンが絡むことにかけては、王族に次ぐ権力を持つと聞いた覚えがある。名声は三英傑に劣るが、それでも誰もが頭を下げる役職だ。
そんな人物と一介の教師が関係を持っているのは異様なのである。ルーグという人物についてますます謎が深まるばかりだ。
「まぁ昔色々あってな。今回の実戦訓練もその伝手があったから出来たんだ」
「ルーグの頼みとあったら断るわけにはいかないからな。昔こいつには――」
「会長。その話はしない約束だ」
「そ、そうだったな」
会長の言葉をルーグ先生はバッサリと遮る。その声音は冷たく、会長もあっさりと引いた。
先生の過去は気になるが、俺たちでは到底詮索も出来そうにない。
「それで約束の話はどうなった」
「引率の冒険者を五人用意する話だろう? もちろん準備してるさ。お前ら入ってこい!」
会長の合図で、後ろの扉から五人の冒険者たちが会長室に足を踏み入れた。いくら広い部屋とはいえ、十七人にもなると少々手狭に感じる。
入ってきたのは一人の女性と四人の男性。年齢は俺たちより少し上といったところか。
彼らは順番に軽い自己紹介も兼ねて名乗っていった。
ミア、ディーノ、ダリオ、オスマン、ルカ。彼らが今回俺たちを引率してくれるようだ。馬車の中で聞いた時は、もっと年季の入った熟練の冒険者が来ると思っていたが、予想が外れた。
「こいつらは俺が自ら選んだ五人だから実力は申し分ない。年齢もお前の教え子と近くしてやったんだぜ?」
「助かる。そっちの方がこいつらも気が楽だろう」
今回の実戦訓練はダンジョンの上層に限っている。それなら年若い冒険者でも十分ということだろう。
そんな中、一人の青年が不満げに声を上げた。
「……会長。俺はまだ納得いってません」
「いつまで文句を言っているつもりだ。あの時納得したと言ったじゃないか」
彼は確かオスマンと名乗っていた剣士だ。
会長とのやりとりを見るに、どうやら何かいざこざがあるらしい。
「ですが実際に見たら考えが変わりました。何で俺たちがこんなお坊ちゃまの子守をしないといけないんすか!」
「オスマン! 口を慎まないか!」
「会長から直々の依頼だったから引き受けましたが、こんな苦労もしたことのないような奴らの子守なんて絶対に嫌です!」
オスマンは俺たちを見て怒りをあらわにする。
彼の言い分も十分に分かるため、俺たちに何か言い返せることはなかった。
「オスマン、どんな依頼だろうと完璧にこなすのが冒険者というものだ」
「なら実力を確かめるためにも、こいつらの代表と勝負させてください! 実力も知らない奴とパーティは組めません! その代表が俺に一撃でも入れられたら、大人しく引率でも雑用でも何でもしますよ」
突如勝負を提案され、俺たちは耳を疑った。
魔術学院の一年の底辺クラスと、若いとはいえ現役の冒険者。勝敗はやらずとも分かる。
流石に厳しすぎるのでは、と思っていたのだが、一人だけにんまりと笑みを浮かべた者がいた。
「いいんじゃないか。お前らもこんな言われように腹が立ってるだろうしな」
そう、ルーグ先生だ。
いつもつまらなそうで表情が死んでいる彼だが、今は何がそれほど面白いのか、珍しく口角を吊り上げていた。
「まぁ、ルーグが良いなら構わないが……俺としてもついでに冒険者資格証を出せるから楽だしな」
代表の生徒が勝ったからといって、Eクラス全員に冒険者並みの力量があるというわけではないと思うのだが……コネだけで許可するよりは多少マシなのだろう。
「それで学院側の代表は誰だ?」
「俺です」
ファロス会長の問いに俺は堂々と名乗り出た。クラスの代表となれば自然と委員長の俺になる。
正直、現役の冒険者と戦える自信などないが、ここはクラスの代表として逃げるわけにもいかない。
それに一撃ぐらいなら、もしかしたらいける可能性だってある。
そんなことを考えていると、オスマンは俺の頭のてっぺんから足の爪先までじろじろと観察し、呆れた様子で告げる。
「なんだ、雑魚そうなヒョロガリだな」
「「あぁ?」」
オスマンの俺を蔑む発言に対して、殺気のこもった二つの低い声が返された。もちろん俺は何も言っていない。両隣に立つロイとステラから聞こえたような気がしたのだが、気のせいだろうか。うん、気のせいだろう。
すると先ほどから黙って聞いていたロイが、俺に尋ねてきた。
「ニート。すまないが、ここは私に任せてくれないか?」
「ロイに? 俺としてはそっちの方が嬉しいけど……」
「私情が出来てしまってね。ステラ君もそれでいいかな」
「うん、代わりに頼んだよロイ君! ぼっこぼこにしてやってね!」
「任せてほしい」
ロイは俺と、何故かステラにも許可を取ってから名乗り出た。
クラス一の実力を持つロイなら誰も異論はない。戦わなくて済み、俺も内心ありがたかった。ただ、どうして急にやる気になったのだろうか。
オスマンの視線は俺からロイへと移る。
「なんだ? お前が俺の相手をしてくれるのか?」
「あぁ、わざわざニートが出るほどの幕じゃないからね」
オスマンに相対するロイには余裕があるように見えた。
ロイは入学当初と比べると、心身共に見違えるほど成長している。冒険者相手だろうと臆していないようだ。
「それに、すまないが今の私は手加減出来そうにない」
対戦相手が定まったのを見て、会長が別の青年に声をかけた。
「ルカ。学生たちを訓練場に案内してやれ」
「承知いたしました。では皆さん、僕についてきてください」
ルカと呼ばれた爽やかそうな青年の案内で、俺たちは会長室を後にする。
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