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1巻

1-2

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「そうか、本当にお前は僕の自慢の弟だよ」

 その後、俺たちは軽い談笑をした。

「そういえば、また新しい本を貸してよ」
「もう読み終わったのかい?」
「うん。兄さんが貸してくれる本は面白いから」

 俺が主に読んでいる本は、大きく分けて二種類。
 一つ目が伝記。
 例えば先ほどのアイザの伝記や、伝説の勇者の逸話などが当てはまる。
 そこから得られる転移魔術や収納魔術の知識は、俺の魔術開発に大いに役立っている。
 二つ目は空想本。
 こことは別の世界である『にほん』という土地を題材にしたものである。
 物語の中に未知の生物や魔道具がいくつも出てきて、そこから得られるアイデアは魔道具開発のかなめだ。あまりにも魅力的だからだろう、昔から多くの作家が『にほん』を舞台にした物語を書いてきた。
 最近ではこれをヒントに『えあこん』という、空気を氷魔術で冷たくして、それを風魔術で送るという魔道具を開発した。
 伝記から得た知識で新たな魔術を開発し、兄から借りている空想本から得たアイデアで魔道具を開発する。
 難しい魔術を開発すればするほど、複雑な魔道具を創れるようになる。これが引きこもっていても出来る俺の一番の趣味だった。

「分かった、また今度いっぱい持ってくるよ……と、もうこんな時間だ」

 時間を見計らってアレクは椅子から立ち上がる。

「じゃあ、僕はアーシャと一緒に先に行くから、ニートも遅刻しないようにね」
「分かった」

 アレクはそう言い残して部屋を後にした。
 本当は二度寝したかったのだが、入学初日ぐらいは兄の言う通り、余裕を持とうと思う。
 俺は気だるさを感じながらも、のそのそと学院に向かう準備を始めた。


「じゃあ、俺もそろそろ行くか」

 アレクとアーシャが王城から出発して一時間ぐらい経っただろうか。
 現在の時刻は七時。入学式が八時から行われるらしいので、今から登校しても十分に余裕があるはずだ。

かばんも持ったし、制服もちゃんと着たし、日焼け止めもし……よし、準備万端!」

 と、陽気な雰囲気を醸し出しているが、内心かなり気が進まない。
 校舎に入れば室内であるため、さほど辛くもないと思うが、登校中や屋外授業などが問題だ。
 一瞬、直で学院に転移しようかとも考えたが、流石さすがにそれは常識外れな気がしたのでやめた。
 アレクにも人前で使うなと言われたばかりだ。

「どこに転移しようかな……」

 俺は机の上に置いた地図を見ながら、転移する場所を考える。
 出来るだけ学院から近く、人目につきにくい場所が良い。
 となると、転移出来る場所はかなり限られてくる。

「この路地裏とかいいな……」

 熟考の末に、俺はとある路地裏を指さした。
 路地裏にしては少し開けた空間であるため、安全に転移出来る。
 また学院からの距離もそう遠くない。早歩きをすれば、そこから数分もかからないうちに校門をくぐれるだろう。
 転移場所が決まったので、地図を片付け、準備していた荷物を抱える。
 そして転移魔術を使うために詠唱えいしょうの準備を始めた。
 魔術を使う際には必ず詠唱が必要となる。
 いわばその魔術の設計図のようなものだ。基盤となるものであるため、一つでも詠唱をむと失敗してしまうほど大事なものである。
 まずは第一節。その魔術の属性を表す言葉。

「無の加護かごのもとに」

 次に第二節、第三節、第四節……と魔術の難度や威力が上がるほど、詠唱も複雑になり長くなる。
 しかし、転移する度に長々と詠唱するのも面倒だ。ということで、俺が創った転移魔術では詠唱を第二節から全てした。
 最後に残されたのは締めの言葉だけ。
 魔術の名称を口にすれば魔術は完成する。

「創作魔術【転移】」

 俺が魔術を行使した瞬間、体を囲うように何層もの魔法陣が浮かび上がった。
 魔法陣の中にいる対象者を空間ごと運ぶのが転移魔術だ。
 転移が始まると、自分の視界から徐々に色が失われていった。


 再び視界に色が付き始めると、そこはまったく別の場所になっていた。
 陽の光が届かない、薄暗く狭い通路。
 煌びやかな装飾や壁紙は、びた配管や雨で汚れた壁に。王城内のフレグランスの香りは、カビや煙の臭いに。
 もしかすると路地裏を選んだのは失敗だったかもしれない。

「ほんとに外に出たんだな……俺」

 俺は見慣れない景色を見回しながらしみじみと呟く。
 今までかたくなに外に出なかった俺だが、こうもあっさりと出ることになるとは思わなかった。
 まぁ引きこもりだからと言って、絶対に外に出てはいけないなどというルールがあるわけでもない。俺に穀潰士の道を示してくれた男と出会ったのだって屋外だった。
 必ずいつかはこの日が来た。それが想定より少し早かっただけだ。

「まぁ人もいないし。さっさと学院に――」
「きゃああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!」

 行こうか、と口にしようとした俺の言葉を遮って、女性の叫び声が路地裏に響き渡る。
 壁と壁との距離が狭いからだろう。途轍とてつもない大きさの声がこだました。

「悲鳴?」

 若い女性のものだろう。
 明らかに驚いたり、怒ったりした叫び声ではない。何かしらの恐怖から発せられたものだった。
 それにしても嫌なタイミングだ。早速の想定外な出来事に俺は少し頭を抱えてしまう。
 入学式初日にこのような事件に巻き込まれるのは、あまりにも理不尽りふじんだ。

「まぁでも、無視も出来ないよな……」

 俺はそう判断し、駆け足で声のした方へと向かった。
 幸い、かなり近い場所であったため、一分もしないうちに辿り着いた。
 嫌らしい表情を浮かべる男性と、地面に座り込んで怯えている女性が視界に入る。
 どちらが悪者かは話を聞かずとも一瞬で理解出来た。

「こそこそ逃げ回りやがって。だが、もう逃げ場はねぇぞ?」
「ひっ!? ち、近づかないで……!」

 男は舌でくちびるを何度も舐め回し、ニマニマといびつな笑みを漏らしている。
 怯える女性を前に優越感にでもひたっているのだろう。なかなかに気色が悪い。
 それに対して女性の方は惨憺さんたんたるものだった。服は目のやり場に困るほど破れており、泥などでかなり汚れている。雪のように白い肌からは所々出血しており痛々しい。
 女性は今まで男から必死に逃げてきたようだが、彼女の背後は壁。左右にも道はない。
 男に上手く路地裏の行き止まりに誘い入れられたのだろう。
 彼女にとっては絶体絶命だ。表情が絶望に染まっている。
 このような事件にはあまり関わりたくなかったのだが、かといってこんな胸糞むなくそ悪い光景を見ておいて女性を見捨てるのは俺の良心が許さない。
 覚悟を決め、二人の背後から少し大きめの声で告げた。

「おい、彼女に近づくな」


 ◆◆◆◆◆◆◆


「はぁ、はぁ、はぁ……」

 呼吸が乱れる。心臓の音が全身に響く。
 体中が痛い。痛覚が何度も全身を走る。
 それでも私は全力で逃げ続ける。
 逃げないと……追いつかれたら、殺されるから……!

「おいおい、どこまで逃げるんだよぉ」

 恐怖の声は延々と私につきまとってくる。
 私は何分、何十分、何時間逃げているのだろうか。全力で走り続けているため時間の感覚も既になくなってきていた。

(なんでこんなことに……!)


 あれは先ほどのことだ。
 いつも通り、馬車で学院まで登校していると、急に何者かに襲われた。
 馬は潰され、私の執事しつじ兼、護衛もすぐに殺された。
 最初は私も杖を握って戦おうとしたのだ。自分自身、この年代では上位の実力者だと自負している。それこそ最近では上級魔術師の称号さえ得た。
 ――でも、あの男には一切かなわなかった。
 あまりにも実力の差があったのだ。一瞬で杖を折られてしまい、魔術が行使出来なくなってしまった。
 確実に死を予感した私は、こうして逃亡に全力を費やしている。
 しかし、それも長くは続かない。

「貴族のお嬢様じょうさまがよくもまぁここまで走れるなぁ?」

 追いかけてくる男は気味の悪い笑みを漏らしている。
 この男が私を殺そうとする理由はおおよそ見当がつく。
 私の名はソフィア・エルドワード。エルドワード家はこの国で、王族の次に地位の高い大公たいこうの座に就いている。そして、私はそんな家の一人娘であった。
 私を殺して得をする者は少なくない。
 大公の地位を奪おうと目論む貴族、現体制に不満を持つ反逆者、あるいは他国のスパイや暗殺者など、男の正体はいくらでも思い浮かぶ。
 私を完封する圧倒的な実力と余裕の見せようから、まず他国の者と見て間違いないだろう。
 もしアストリア国の国民にこれほどの実力者がいれば、多少は名や顔が広まっているはずだから。

「おらぁ!」

 後ろを振り向くと鋭い一撃が顔に迫る。このままでは目に刺さると直感し、反射的に私は叫んだ。

「きゃああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!」

 何とか振り払ったが、危機はまだ続く。

「こそこそ逃げ回りやがって。だが、もう逃げ場はねぇぞ?」

 悪あがきの逃亡はついに終わりを告げた。
 私の左右に道はなく、正面は高い壁で行き止まり。この刺客に、上手く路地裏の行き止まりへと誘い込まれたのだ。

「ひっ!? ち、近づかないで……!」

 悔しいことに、無意識のうちに無様ぶざまな言葉を吐いていた。
 恐怖で尻もちをついてしまい、その状態のまま後ずさる。けれど、すぐにドンッと冷たく硬い壁の感触が背中に伝わった。その感触はすぐに絶望へと変わっていく。

「じゃあ、長いお楽しみもこれで最後だ!」

 男はそう言って、血に染まった短刀を構える。
 逃げる途中に魔道具で王宮騎士団に通報したが、王城から東区域のこの場所まではかなり距離がある。確実に間に合わない。
 もちろんそのことはこの刺客も想定しているはずだ。
 それに、たとえ間に合ったとしても、この男に敵うかどうかすら分からない。
 私はゆっくりと瞼を閉じた。
 希望がないのも、私が生き残る可能性がないのも理解している。
 だけど心の中で誰かにすがるように願い続けた。
 お願い……誰でもいいから……誰か助けて!
 そんな時だった――

「おい、彼女に近づくな」


 ◆◆◆◆◆◆◆


「あん? 誰だ?」
「……え?」

 突如現れた俺の言葉に、二人は唖然あぜんとした。
 しかし先に男の方は状況を理解したのか、すぐに本性をあらわにする。

「ちっ、いいとこを邪魔しやがって。とりあえず痛い目見て勉強してもらおうかぁ!」
「に、逃げて……君のような学生が敵う相手じゃない!」

 男の背後にいる女性は俺に向かってそう叫んだ。彼女自身も怖くて仕方ないはずだ。その声は明らかに震えている。
 けれど彼女は自分ではなく、赤の他人である目の前の俺の命を優先した。そんなことを言われたら、余計に彼女を助けたくなってしまうのが男のさがだろう。

「かかってこいよ。ナンパ野郎」
「あっはっは! 言われなくとも殺してやるよぉ!」

 挑発すると男は地面を強く蹴って、10メートルはあった俺との距離を一瞬で詰める。腰だめに構えた短刀を握りしめ、一直線に突進してきた。
 その刃は俺の腹をえぐり、内臓を引きずり出す……かと思いきや、
 ガキンッ!
 激しい金属音とともに、男が握っていた短刀の刃が折れる。

「へ?」
「うわっ、危なっ!?」

 男は一瞬呆けたものの咄嗟とっさに後方へと下がり、再び距離を取った。
 対して俺は自分の腹をさすりながらほっと安心する。刃を突き立てられたはずの腹は血が出るどころか、服さえも無事だ。
 それにしても急に刺し殺そうとするとか怖すぎだろ。一般人なら完全に死んでたぞ。

「おい、ふざけるなよクソガキ……どうやって防いだ!」

 この事態が予想外だったらしく、男は声を荒らげる。まぁ、全力で刺し殺そうとして、自分の短刀が折れたのだ。それも相手は無防備な状態で。当たり前の反応と言われればその通りだ。

「多分、日焼け止めだろうな」
「は?」
「だから日焼け止めが防いでくれたんだって」

 俺は絶対に日焼けはしたくない。
 けれど、太陽の下に出れば、必ず日焼けしてしまう。それに体に有害なものもびてしまうらしい。
 そこで思いついたのが日焼け止めの魔術を創ることだった。
 発想はアレクからもらった空想本に書いてあった。『すぷれー』というもので体を保護するらしく、日光に含まれる有害なものをさえぎってくれる。
 父に日焼け止めのことを尋ねてみると首を傾げられ、逆に聞き返されてしまう始末だった。
 日焼け止めはあまり広く認知されているものではなかったのだ。
 だったら俺が創るしかないよな。

「俺を害するものを全て遮断する結界を俺自身にまとわせたら、日焼け止めの完成だ」
「まさか……【完全遮断結界術エグゾ・アイギス】か!?」
「何だそれ」

 俺は聞き覚えのない言葉に眉をひそめる。
 日焼け止めは俺が一から創り上げた魔術だ。そんな凄そうな魔術とは全くの別物である。
 だが男は勝手に納得してしまったようで、

「アストリア国がこんな化け物を抱えてるなんて聞いてないぞ……!」

 と俺たちにも聞こえる声量で呟く。
 化け物というか国の第二王子なのだが、どうやら俺の正体には気づいていないらしい。
 一応、俺は自分でもそこそこ強い自信はある。そうなるために今までかなりの努力もしてきた。
 このチンピラがどのくらいの実力かは知らないが、学院で落ちこぼれる心配はなさそうだ。

「おらああああぁぁぁ!」

 男は声で自分を奮い立たせながら俺のもとまで疾駆しっくし、短刀で何度も切りつけてきた。その度に日焼け止めが刃を防ぎ、火花を散らす。
 そんな男の攻撃を、俺は棒立ちのまま受け続けた。

「いくら結界が硬くても、守ってばかりじゃ勝てねぇよなぁ!」

 男は短刀で何度も切り刻み、日焼け止めも少しずつ傷が入り始めていた。割れるのも時間の問題だろう。
 なら、俺もそろそろ行動しなければならない。でないと日焼けしてしまう。

「じゃあ今度は俺の番か」

 俺は背負っていた荷物から一つの細長い缶を取り出す。
 武器とはかけ離れた形状のそれに、男は目を丸くしていた。

「何だそれは!?」
「見たら分かるだろ。殺虫剤だよ」
「さ、殺虫剤?」
「俺は虫が死ぬほど嫌いだから。俺の必須アイテム」

 俺が部屋の外に出たくない理由の一つに、虫が嫌いだからというのが挙げられる。そこで一から創り上げたのがこの殺虫剤だ。

「何故それを今取り出し……まさか!」
「女性に付きまとう害虫に使おうと思ってね」

 俺は瞬時に男の鼻先まで距離を詰め、至近距離で殺虫剤を振りまいた。
 男は反射的に自分の衣服を破り、その布で口元を押さえる。
 咄嗟の判断にしては上出来だろう。だが、そんな単純な対策方法を想定していないわけがない。

「ちなみにこれ、吸わなくても肌に触れた瞬間終わるから」
「っ!? ふざけ――」

 男は言い終えることなく、その場でバタリと白目をむいて倒れ込んだ。
 ちなみに、この缶の中には俺特製の睡眠すいみん魔術を詰め込んでいる。
 猛獣でさえ一瞬で眠ってしまうほどの効果があるらしい。
 殺虫剤を創ろうと思ったのだが、故意に虫を殺すのも気が引けるため、最終的に催眠剤さいみんざいとなったのだ。そんなものを食らったのだ、この男は二日以上目を覚まさないだろう。
 俺自身は一切動かなくていいため、汗をかくこともないし、体力を使う必要もない。実に素晴らしい魔道具だ。
 そんなことを思っていると、複数の足音が路地裏に響き始めた。

「ん? この音は……」

 列になっているのか揃った足音と、甲冑かっちゅうがガチャガチャと鳴る音。
 彼女が救援を呼んでいたと考えると、王国騎士団かそこらの人たちだろう。騎士団は王城にもよく出入りしているため、聞き慣れた足音だった。
 これ以上面倒事に巻き込まれるのは御免ごめんだ。あとは騎士団の人たちが何とかしてくれるはず。

「あ、あの……!」
「ん?」

 この場から立ち去ろうとすると、俺を止めるように女性は声を上げる。
 彼女は未だに震える自分の手を必死に押さえながら、おずおずと尋ねてきた。

貴方あなたは何者なんですか?」

 どうやら引きこもっていたおかげか、この国の第二王子である俺の顔は広まっていないらしい。
 第二王子が路地裏を使って登校していたなんて噂されれば、家族に迷惑をかけてしまう。正直に名前を出すのは得策ではないだろう。
 かといって、すぐに偽名を思いつくわけもなかった。

「ただの穀潰士だよ」
「ご、穀潰し?」



 彼女は意味の分からない俺の言葉に首を傾げる。
 急に穀潰士と言われて理解出来るはずもない。けれど説明している時間もなかった。
 俺は彼女に背を向けて、この場を後にしたのだった。


 ◆◆◆◆◆◆◆


 ニートがこの場を去って、すぐに王国騎士団はソフィアのもとへ到着した。

「ソフィアお嬢様! ご無事でしたか!?」
「え、えぇ」
「よくぞご無事で……救護班は早くお嬢様を治療ちりょうせよ! 護衛班は刺客の身柄の拘束こうそくと周辺の警備だ!」
「「「了解!」」」

 隊長の指示に従って、騎士団の団員たちは迅速に行動を始める。
 そんな中、ソフィアは先ほどの出来事を思い返して放心状態になっていた。

(ひ、日焼け止め? さ、殺虫剤?)

 ニートの攻撃は全てにおいて常軌じょうきを逸していた。
 あの刺客の男もそれなり……いや、ソフィアを凌駕りょうがするほどの実力となると、他国で要職に就いているような人間だろう。そんな男さえもあの青年には一手も届かなかったのだ。
 彼の実力は底が知れない。

(知れたとしても私には理解出来ないんでしょうね……)

 ソフィアは自分自身の思い上がりをじる。
 今までほぼ負けなしで成長してきた彼女にとって、この経験は大きなものだった。上には上がいるのだということを、この短時間で思い知ったのだ。

(私ももっと強くならなければ!)

 自分の身を守るためにも。誰にも恥じない自分であるためにも。
 今まで以上にソフィアは上を目指す決意をする。

「そういえば、あの制服……同じ学院の生徒かしら」

 彼女はこの後、地面に座り込んだまま少しの間、物思いにふけるのだった。


 ◆◆◆◆◆◆◆


 見知らぬ女性を助けた後、俺は足早に学院へと向かった。

「お、おぉ……」

 学院に着くと、俺は感嘆の言葉を漏らす。
 王城にも劣らないほどの広大な敷地。校門の周りには綺麗きれいに整えられた芝生しばふがあり、奥には巨大な校舎がある。年季の入った外観からはそれなりの荘厳そうごんな雰囲気がただよう。
 好奇心をくすぐるには十分な光景だった。
 校門をくぐると、周りには親に連れられた新入生たちがたくさん目につく。
 どの生徒たちも目を輝かせたり、喜びの表情を浮かべていたりと、これからの学生生活を楽しみにしているようだ。

「入学式は大講堂でやるのか」

 受付でもらった紙によると、一時間以上かかる入学式だが大講堂で行われるらしい。
 大講堂とは巨大なホールのような場所であり、よく集会に使われる。座席もしっかりした造りで座面にはクッションがあり、座り心地もよい。
 昨夜、俺は学院についてしっかりと予習していたので道に迷うこともなく、目的の大講堂に辿り着いた。
 大講堂に入ると、既にかなりの数の生徒が席についていた。
 保護者は二階の席に座るらしく、一階の座席は生徒だけで埋め尽くされている。
 情報によると今年の一年生は百人を超えているらしい。例年の新入生の数よりも少し多いそうだ。

「俺の席は……ここか」

 事前に決められていた席に俺は腰かける。
 アレクの助言でかなりの余裕を持って行動したため、路地裏で面倒事にも関わったものの、それでもまだ開式まで時間があった。
 席に座ってしまえば特に何かすることも出来ない。
 俺が空いた時間を持て余してボーっとしていると、

「ねぇねぇ、もしかして君も高等部からの新入生?」

 隣の席に座っていた銀髪の男子生徒に声をかけられた。
 その生徒を一言で言い表すなら美少年だ。華奢きゃしゃな体躯に優しげな印象を与える丸い目。
 アレクのような凛々りりしい感じとは異なり、どちらかというと可愛らしいと言うべきか。動物で例えるなら間違いなく子犬だろう。

「も、ってことは君も?」
「うん!」

 ここに集まっている新入生は、大きく二つに分けられる。
 俺や彼のように高等部から新しく入学する生徒と、妹のアーシャや兄のアレクのように中等部から上がってきた生徒だ。
 別に生徒同士が対立しているわけではないが、平均的には中等部から学院に所属している者の方が優れていたりする。中等部でしっかりと基礎を叩き込まれるため、高等部に入ってからの成長が早く、高等部から入学した生徒たちとは段違いなのだとか。

「僕はステラ。よろしくね!」
「俺はニート。こちらこそよろしく」
「周りは中等部から上がってきた人たちが多くて僕、浮いてたんだよね~」
「そう言われてみればそうかもな」

 辺りを軽く見回すと、自分たち以外にも近くの生徒たち同士で談笑しているグループがいくつかあった。既に顔見知りなのだろう。距離感が明らかに初対面とは異なる。

「いやぁ、ニート君が隣にいてくれて助かったよ!」
「俺もしゃべれる男友達が出来て嬉しいよ」
「……うん、本当にそうだね!」

 その後、入学式が始まるまで俺はステラと他愛ない話をした。
 誕生日だったり、趣味だったり、と短い間でかなり彼と仲良くなれたと思う。
 もしかしたら友達が一人も出来ないんじゃないかと、内心俺も焦ってはいたよ。うん。
 隣の席がステラだったのは俺にとっても本当に幸運だった。


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