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最大のピンチ

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「リーシャ! すぐに魔王城に帰って父さんに報告を…………ねぇ。何してんだよ。ラン君」
「……………………」

 魔王に報告しろ。という俺の言葉は喉でつっかえてしまった。
 俺がリーシャの方へと振り返ると、そこにはリーシャの首元に長剣の刃を当てたランドロフがいたのだ。
 その目は虚ろになっている。まるで誰かに操られているような…………

「まさか。ラン君も操ったの?」
「そりゃあな。狐族の族長で俺の次に強い獣人だ。敵にしておくのには勿体ないだろ」

 神獣は空を舞いながらそう口にする。
 すると、ランドロフは棒読みで口を開く。

「この女が殺されたくなければ、そこに両手を上げて跪け。我がある…………神獣様の邪魔をするな」
「…………アレン。この状況はいうことを聞いた方がいいんじゃないかな」

 俺がこっそり【テレポート】の脳内術式と短剣を抜く準備をしていると、隣にいる兄は心配そうに言った。
 周りに獣人の軍勢がいないこの場所でも分かる。大地が揺れているのだ。
 おおよそ神獣のことだ。ディルガイナもオースガイアも両方攻撃を仕掛けているのだろう。

 正直、ここでもたもたしていたらディルガイナはどうにかなるだろうが、オースガイアの方は難しいだろう。
 おおよそ、人族の滅亡。なんて可能性もあり得る。

「…………分かった」

 俺はランドロフの言う通り、兄と一緒に跪いて両手を頭につける。
 その様子を見て神獣はより一層歪な笑みを極めた。

 ゴゴゴゴゴゴゴ!

「…………ま、まさか!」
「その通りだよ。俺っちは一言も国を攻めるなんて言ってない。別にそんなことはいつでもできるしね。それより今は君みたいな不純物を消しておく方が先決だ。ランドロフ君?」
「承知しました。明瞭たる知能をここに限り、魔の根源たる深淵を封じる。【範囲魔法封鎖アンチマジックエリア】!」
「…………なッ!」

 ランドロフは【魔法封鎖アンチマジック】の上位互換である範囲魔法を行使した。
 鎖が放たれるはずの魔法は鎖同士が絡み合い、まるで鳥かごのような形状が完成する。俺たちは捕らわれた小鳥のようだ。

 このままでは俺が【テレポート】で逃げることも、【召喚コール】することもできない。
 完全にチェックメイトというやつだ。

 あと、数分もすれば五十万以上の獣人に俺たちは蹂躙されてあの世に行くことになるだろう。

「じゃあ。俺たちも一時間ぐらいで戻ってくるから。それまで生き残ってると良いね」

 神獣は完全に勝ったと思っているのか、俺たちに背を向け【テレポート】を行使する。
 その神獣の表情は何故か悲しげで、憎しみにも包まれていた。

 そして、その後ろをついていったランドロフの表情は俺が知っている好きな表情だった。
 まぁ一度過ちを犯したら対策を練るのがランドロフの性格だ。魔法にかかったふりをしているのだろう。
 一人で頑張り過ぎなければいいが。

「ってかそれならこっそり時間差で解けるようにしてくれたりしろよな」

 残された俺はそんな愚痴を漏らす。
 リーシャは魔力が残り少なく、フラフラの状態だったのでまた俺が補充してやった。
 すると、また頬を赤くしながらへへっと笑う。何がそんなに嬉しいのだろうか。
 まぁ魔法が使えないので魔力を戻したところで特に何の変化もないが。

「ちょっとごめん…………」
「え? 兄ちゃん?」

 そんな申し訳なさそうな声とともに兄はバタッと地面に倒れ込んだ。
 俺はすぐさま兄の元へと駆け寄る。

「これは…………」

 右太ももからの多量出血に、精神力の消耗。既に兄の身体はボロボロだったのだ。
 俺はすぐに回復ポーションをかけて、飲ませる。
 だが、出血は止まったとしても精神力は回復しない。兄はすぐに起きることはないだろう。

 俺は兄をインベントリから取り出したテントの中で眠らせる。
 テントが何であるのかって? 前にグレー先輩とキャンプに行った時に先輩からもらったのだ。
 不用品かと思っていたが、まさかこんなところで活躍するとは。後で感謝を伝えなければならない。

 ついでに、周りに転がっていた獣人たちも一箇所に集めておいた。
 何十万人に踏まれたら可哀想であろう。

「私とアレンの二人だけかぁ」
「これはヤバいよね」
「うん! ヤバすぎだよぉ!」

 リーシャのヤバすぎという言葉に嬉しみの感情が入ってないことを願いながら俺は頷いた。
 遠く方から砂煙がたち始めている。もうそろそろ地獄の時間の始まりのようだ。

 俺の場合【契約憑依レゾナンス】でどうにかなるだろうが、リーシャを庇いながらは少し骨がおれる。
 そもそも、【契約憑依レゾナンス】逃げればいい話なのだが、どうやら去り際に神獣が何か結界を張ったようで、透明の帳のようなものが張られているのが見える。
 必死で戦うしかないということだ。

「じゃあ頑張りますか」
「うん!」

 こうして俺たちの初めてのデートが始まろうとしていたのだった。
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