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20章 決戦前夜
262話 弱点
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「はぁ、はぁ、はぁ」
何度も血がローレンの頬を伝って滴る。
何分耐えただろうか。何十分ヘルの攻撃を防いでいただろうか。
自分の中の時計が曖昧になるほどまでローレンは消耗していた。
それでも未だに彼は地に膝をつけていない。
「まだ立っていられるの? 人間じゃないわね」
そんな不屈のローレンを見てヘルは眉をひそめる。
今までヘルが殺してきた人間たちは誰もが攻撃が当たらないと知った時点で諦めた。表情を絶望に染め、生に縋ることを放棄したのだ。
だからそれでも抵抗してくるローレンには久しぶりに高揚感を覚えた。
しかし、その高揚感も徐々に終息を見せている。
「クソがっ!」
「うわっ、なに!? やけくそになってるの?」
ローレンは地面に転がっているいくつもの瓦礫の破片を手でわしづかみ、ヘルめがけて投げつけた。
ヘルは彼の奇行に驚きながら咄嗟に体をよじって避ける。
「はぁ、本当に死ぬ前の人間って醜いわよね。まぁ諦めるよりはましか」
ヘルはローレンを見て憐れむように嘆息する。
彼なら自分の好敵手になりうると思った。自分の全力をぶつけれる相手だと思った。
しかし結局はこうして醜く生に縋っている。そんな現状にヘルはただただ呆れていたのだ。
そんなヘルの言動に対して、ローレンは急に腹を抱えて笑い始めた。
「ふっふっふ……あっはっは!」
「……っ!? 急にどうしたの? そんな自信ありげな表情をして」
「お前の弱点が分かったからな。お前は確実に細かい攻撃には弱い!」
ローレンの言葉にヘルは遅れて、あっ、と反応する。
あの細かい瓦礫の目くらましのような攻撃。
やけくそになったのでも奇行でもなく、ローレンの計算通りだったわけだ。
今までローレンがヘルの攻撃を受け続けてきたのも、反撃が不可能だったからというのもあるが、本心はヘルをじっくり観察したかったからという点が一番大きい。
「ちっ、何してんのよ私……」
上手く誘導されていた自分自身をヘルは叱責する。
だが、すぐにヘルは平常を装って口にした。
「それで? 分かったところで何になるの?」
「は?」
「だってローレンは物理攻撃だけしか使えないわよね。いくらその斧で私を切って叩いたところで私の【無効】に限界は来ない」
ヘルの能力。それは【無効】と呼ばれるスキルによるものだった。
これはヘルの主であるノワールによって付与されたスキルである。
効果は単純明瞭で何かを無効化するというもの。
その効果を自分自身に付与することで、自分が無効化が付与され、ほぼ無敵でいられるのだ。
もちろんローレンの言う通り、無効化でいられる限界や制限もある。
「事前に情報が筒抜けになっていた時点で、ローレンの負けは確定していたのよ」
主であるノワールから既にヘルは自分が戦う男が巨躯な斧使いだと聞かされていた。
だからこそ最初からあれほどの余裕でいられたのだ。
そしてそれは今もなお変わらない。
すると、ローレンがボソッと口にした。
「なぁ、一つ教えてくれよ」
「なに?」
「いつから俺が魔術を使えないと思い込んでいた?」
「え?」
ローレンは構えていた斧を背中にかけなおす。
そしてその代わりに腰に差していた杖を構えた。
巨躯の身体にはあまりにも似つかない子供用の小さな杖。
だが、その杖にはローレンのいくつもの想いが込められている。
「【水の加護】」
ローレンはいつものように、まず【水の加護】を行使した。
効力は水の完全操作。水を使用することなら何でもできるというチートスキルである。
そしてすぐにローレンはヘルめがけて魔術を放った。
「【ウォーターボール】!」
魔術にしてはかなりゆっくりの速さで【ウォーターボール】がヘルに放たれる。
たった一発の魔術。それも初級だ。
ヘルが無効化しなくとも何のダメージも入らないだろう。
「ぷっ、なに初級魔術で粋がっちゃってるの?」
「あぁ、俺には大将のように賢くもないし、あの方のように魔術も使えない。だが――」
ロイドのように事前に策略を練り、計画通り行動も出来ない、
エリスのように規格外な魔術を使えるわけでもない。
だからこそ自分は戦闘で覚える。一度失敗したことは二度と繰り返さない。
「【細分化・超加速】!」
「っ!?」
放たれていた【ウォーターボール】は急に空中で数百に小さく分裂した。
その大きさはローレンからギリギリ目に見える程度。小指の一関節分ぐらいだろうか。
そしてそれらは急に加速し、ヘルめがけて集中砲火を食らわせる。
「うぐっ!」
四方から細分化された【ウォーターボール】がヘルの身体を一気に貫いた。
一つ一つは攻撃は針のように小さい。大したダメージにはならないだろう。
けれど、その数は百を超える。致命傷にはならずともヘルに危機感を持たせることは出来る。
「あ? 無敵じゃなかったのか?」
「ちっ、小賢しい真似を……」
ヘルは体中を押さえ、ローレンを睨みながら唸る。
魔人の再生の能力によって空いていた穴も既に塞がりかけていた。
だが、そんな魔人の身体に一瞬でも百を超える穴が開いたのも事実。
先ほどまであったヘルの余裕は既になくなっていた。
ローレンは背後に数百もの細分化した【ウォーターボール】を待機させながら、不敵に笑った。
「俺は脳筋だが、もともと器用でな。小手先の技には自信があるんだ」
何度も血がローレンの頬を伝って滴る。
何分耐えただろうか。何十分ヘルの攻撃を防いでいただろうか。
自分の中の時計が曖昧になるほどまでローレンは消耗していた。
それでも未だに彼は地に膝をつけていない。
「まだ立っていられるの? 人間じゃないわね」
そんな不屈のローレンを見てヘルは眉をひそめる。
今までヘルが殺してきた人間たちは誰もが攻撃が当たらないと知った時点で諦めた。表情を絶望に染め、生に縋ることを放棄したのだ。
だからそれでも抵抗してくるローレンには久しぶりに高揚感を覚えた。
しかし、その高揚感も徐々に終息を見せている。
「クソがっ!」
「うわっ、なに!? やけくそになってるの?」
ローレンは地面に転がっているいくつもの瓦礫の破片を手でわしづかみ、ヘルめがけて投げつけた。
ヘルは彼の奇行に驚きながら咄嗟に体をよじって避ける。
「はぁ、本当に死ぬ前の人間って醜いわよね。まぁ諦めるよりはましか」
ヘルはローレンを見て憐れむように嘆息する。
彼なら自分の好敵手になりうると思った。自分の全力をぶつけれる相手だと思った。
しかし結局はこうして醜く生に縋っている。そんな現状にヘルはただただ呆れていたのだ。
そんなヘルの言動に対して、ローレンは急に腹を抱えて笑い始めた。
「ふっふっふ……あっはっは!」
「……っ!? 急にどうしたの? そんな自信ありげな表情をして」
「お前の弱点が分かったからな。お前は確実に細かい攻撃には弱い!」
ローレンの言葉にヘルは遅れて、あっ、と反応する。
あの細かい瓦礫の目くらましのような攻撃。
やけくそになったのでも奇行でもなく、ローレンの計算通りだったわけだ。
今までローレンがヘルの攻撃を受け続けてきたのも、反撃が不可能だったからというのもあるが、本心はヘルをじっくり観察したかったからという点が一番大きい。
「ちっ、何してんのよ私……」
上手く誘導されていた自分自身をヘルは叱責する。
だが、すぐにヘルは平常を装って口にした。
「それで? 分かったところで何になるの?」
「は?」
「だってローレンは物理攻撃だけしか使えないわよね。いくらその斧で私を切って叩いたところで私の【無効】に限界は来ない」
ヘルの能力。それは【無効】と呼ばれるスキルによるものだった。
これはヘルの主であるノワールによって付与されたスキルである。
効果は単純明瞭で何かを無効化するというもの。
その効果を自分自身に付与することで、自分が無効化が付与され、ほぼ無敵でいられるのだ。
もちろんローレンの言う通り、無効化でいられる限界や制限もある。
「事前に情報が筒抜けになっていた時点で、ローレンの負けは確定していたのよ」
主であるノワールから既にヘルは自分が戦う男が巨躯な斧使いだと聞かされていた。
だからこそ最初からあれほどの余裕でいられたのだ。
そしてそれは今もなお変わらない。
すると、ローレンがボソッと口にした。
「なぁ、一つ教えてくれよ」
「なに?」
「いつから俺が魔術を使えないと思い込んでいた?」
「え?」
ローレンは構えていた斧を背中にかけなおす。
そしてその代わりに腰に差していた杖を構えた。
巨躯の身体にはあまりにも似つかない子供用の小さな杖。
だが、その杖にはローレンのいくつもの想いが込められている。
「【水の加護】」
ローレンはいつものように、まず【水の加護】を行使した。
効力は水の完全操作。水を使用することなら何でもできるというチートスキルである。
そしてすぐにローレンはヘルめがけて魔術を放った。
「【ウォーターボール】!」
魔術にしてはかなりゆっくりの速さで【ウォーターボール】がヘルに放たれる。
たった一発の魔術。それも初級だ。
ヘルが無効化しなくとも何のダメージも入らないだろう。
「ぷっ、なに初級魔術で粋がっちゃってるの?」
「あぁ、俺には大将のように賢くもないし、あの方のように魔術も使えない。だが――」
ロイドのように事前に策略を練り、計画通り行動も出来ない、
エリスのように規格外な魔術を使えるわけでもない。
だからこそ自分は戦闘で覚える。一度失敗したことは二度と繰り返さない。
「【細分化・超加速】!」
「っ!?」
放たれていた【ウォーターボール】は急に空中で数百に小さく分裂した。
その大きさはローレンからギリギリ目に見える程度。小指の一関節分ぐらいだろうか。
そしてそれらは急に加速し、ヘルめがけて集中砲火を食らわせる。
「うぐっ!」
四方から細分化された【ウォーターボール】がヘルの身体を一気に貫いた。
一つ一つは攻撃は針のように小さい。大したダメージにはならないだろう。
けれど、その数は百を超える。致命傷にはならずともヘルに危機感を持たせることは出来る。
「あ? 無敵じゃなかったのか?」
「ちっ、小賢しい真似を……」
ヘルは体中を押さえ、ローレンを睨みながら唸る。
魔人の再生の能力によって空いていた穴も既に塞がりかけていた。
だが、そんな魔人の身体に一瞬でも百を超える穴が開いたのも事実。
先ほどまであったヘルの余裕は既になくなっていた。
ローレンは背後に数百もの細分化した【ウォーターボール】を待機させながら、不敵に笑った。
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