121 / 123
20章 決戦前夜
261話 苦戦
しおりを挟む
「だって私には攻撃が一切当たらないんだもの!」
ヘルは自分の実力を誇示するように高らかと言った。
本来なら笑い捨てるような言葉。
けれど、その光景を目の前で見てしまったローレンは何も言い返せなかった。
(スキルか? 魔術か? それにしても厄介な敵だな……)
自分の斬撃は確実にヘルの胴を切り裂いた。
けれど何事もなかったように斬撃が通り抜けたのだ。
(まぁ何かしらの条件があるだろ……いろいろ探ってみるか)
悩んだところで疑問は解決しないと判断したローレンは再び斧を構える。
「普通の人間ならここでやる気を失うのに……もしかしてマゾなの?」
「はあああぁぁぁぁ!」
ローレンはヘルの言葉に反応することなく、再び地面を蹴って疾走した。
その勢いのまま構えた斧をヘルめがけて振りきる。
しかし今度は狙いを一点に定めていた。
「頭ならどうだ!」
頭を潰せば大抵の生物は死ぬ。それは魔物や人間も同じだ。
だからこそ魔族にもそれが当てはまるとローレンは考えたのだ。
だが、そんな常識はヘルには通用しなかった。
「アッハッハ! だから当たらないんだって!」
「なっ!?」
なんとヘルはローレンの斧めがけて接近する。
本来なら自殺行為。しかし、彼女の言う通り、斧は彼女の頭を通り抜けて空を切った。
ローレンは完全に攻撃態勢だったため、すぐに防御に転じることは人間の構造上不可能。
その隙を狙ってそのままヘルは重い拳をローレンのみぞおちにぶち込む。
「おらっ!」
「うぐっ!」
肉体を鋼のように鍛えているローレンとはいえ、相手は人間を辞めた化け物だ。
さらに完璧にみぞおちに入ったため、その打撃は体を貫かれるほどの激痛を与える。
ローレン反射的に後方に下がったが、あまりの強力な一撃にその場で膝をついてしまった。
(捨て身で攻撃してくるだと……!? そんなもの対策しようがないじゃないか!)
本来、戦いとは駆け引きだ。
攻撃に守りとその行いの駆け引きで勝敗が決まる。
しかし、攻撃が当たらないとなるとそれらの前提を全て覆す。今までの培ってきた経験が何もかも通用しないのだ。
「ほらほらほらっ! 守ってばかりじゃ死んじゃうよ!」
「くっ!」
ヘルは重い打撃や鋭利な爪でローレンを切り裂いては嬲る。その度にローレンに傷が一つずつ増えていく。
彼も必死に抵抗するがヘルの攻撃を全て防げるわけでもない。
自分の攻撃は全て無効化されるにもかかわらず、ヘルの攻撃の一つ一つが命を刈り取るような危険な一撃。
ローレンが負けるのは時間の問題だった。
(くそっ……どうすれば……!)
◆
同刻。冒険者ギルドの会議室にて。
ロイドの隣に立つレイは疑問を浮かべていた。
「ロイド様。何故、ヘルにローレンさんをぶつけたのですか?」
「どうしてって?」
「攻撃が一切当たらないヘルに物理特化のローレンさんは相性が悪すぎます」
レイは複雑そうな表情で尋ねてくる。
彼女なりに考えて、理解しようとして。
それでも分からなかったから俺に聞いてきたのだろう。
まぁ彼女の言うことも理解できる。誰もがこの二人の組み合わせは相性が悪いと思うだろう。
「そうか……じゃあ、レイならヘルをどうやって倒す?」
「私ですか? 私なら魔術で押し潰しますね」
「ほぉ、どうやって?」
「全包囲から一斉に魔術を放ちます。攻撃が当たらないとはいえ、流石に制限がないはずがないので」
レイは自信ありげに答えた。
流石はレイだ。物量で押しきる彼女の案がヘルに対しては最適解である。
まぁ全包囲から魔術を放てるような、同時行使を可能とする魔術師がどれだけいるのかと言われたら、ごく一部の人しか出来ないので全員に当てはまるわけではないが。
「ローレンもそれには気づくと思うよ」
「あのローレンさんが? 気づきますかね?」
いつも騒がしく脳筋のように見えるローレンだが、ああ見えて賢い。
しかし彼の言動を見る限りその片鱗も見えないのも事実。
レイも俺の言葉に小首をかしげていた。
「彼は頭脳派には見えませんが?」
「うん、頭脳派ではないね」
「え? でも今、ローレンさんが賢いって……」
「うん、ローレンは俺が見てきた中で一、二を争うの本能派なんだ」
本能派とはその名の通り、本能のままに動く部類の人間を指す。
一見ただの脳筋に見えることもないが、その本能派たちの行動には明確な理由がある。
思考、伝達、行動。本来人間はこの三つの順序を踏むなければならない。
しかし本能という二文字で片づけ、一つの順序で行動出来てしまうのが本能派の人間だ。
その中でもローレンは至高の域に近い。
でなければ自分のギルドを三位まで成長させることはもちろん、国内最強の斧使いになれるわけがないだろう。
「本能派は時に頭脳派を凌駕するからね。彼は今回一番の適任だよ」
もちろん頭脳派が劣っていると言いたいわけではない。
それこそ頭脳派と言えば鬼の牙のギルド長であるニケや、緑山の頂のギルド長であるミントなどが当てはまる。
双方とも強力な指揮力を持っており、ギルドには必要不可欠なものだ。
しかし急に頭脳派、本能派と言われたところでレイも納得できないだろう。
「で、ですが! そもそも気づいたところで斧使いの彼にはなす術がありません!」
「だからローレンを送ったんだよ」
「え?」
俺の予想外の言葉にレイは目を丸くする。
それもそうだろう。
このことは俺とローレンしか知らないのだから。
「それってどういう――」
「大丈夫。すぐに朗報が届くさ」
ヘルは自分の実力を誇示するように高らかと言った。
本来なら笑い捨てるような言葉。
けれど、その光景を目の前で見てしまったローレンは何も言い返せなかった。
(スキルか? 魔術か? それにしても厄介な敵だな……)
自分の斬撃は確実にヘルの胴を切り裂いた。
けれど何事もなかったように斬撃が通り抜けたのだ。
(まぁ何かしらの条件があるだろ……いろいろ探ってみるか)
悩んだところで疑問は解決しないと判断したローレンは再び斧を構える。
「普通の人間ならここでやる気を失うのに……もしかしてマゾなの?」
「はあああぁぁぁぁ!」
ローレンはヘルの言葉に反応することなく、再び地面を蹴って疾走した。
その勢いのまま構えた斧をヘルめがけて振りきる。
しかし今度は狙いを一点に定めていた。
「頭ならどうだ!」
頭を潰せば大抵の生物は死ぬ。それは魔物や人間も同じだ。
だからこそ魔族にもそれが当てはまるとローレンは考えたのだ。
だが、そんな常識はヘルには通用しなかった。
「アッハッハ! だから当たらないんだって!」
「なっ!?」
なんとヘルはローレンの斧めがけて接近する。
本来なら自殺行為。しかし、彼女の言う通り、斧は彼女の頭を通り抜けて空を切った。
ローレンは完全に攻撃態勢だったため、すぐに防御に転じることは人間の構造上不可能。
その隙を狙ってそのままヘルは重い拳をローレンのみぞおちにぶち込む。
「おらっ!」
「うぐっ!」
肉体を鋼のように鍛えているローレンとはいえ、相手は人間を辞めた化け物だ。
さらに完璧にみぞおちに入ったため、その打撃は体を貫かれるほどの激痛を与える。
ローレン反射的に後方に下がったが、あまりの強力な一撃にその場で膝をついてしまった。
(捨て身で攻撃してくるだと……!? そんなもの対策しようがないじゃないか!)
本来、戦いとは駆け引きだ。
攻撃に守りとその行いの駆け引きで勝敗が決まる。
しかし、攻撃が当たらないとなるとそれらの前提を全て覆す。今までの培ってきた経験が何もかも通用しないのだ。
「ほらほらほらっ! 守ってばかりじゃ死んじゃうよ!」
「くっ!」
ヘルは重い打撃や鋭利な爪でローレンを切り裂いては嬲る。その度にローレンに傷が一つずつ増えていく。
彼も必死に抵抗するがヘルの攻撃を全て防げるわけでもない。
自分の攻撃は全て無効化されるにもかかわらず、ヘルの攻撃の一つ一つが命を刈り取るような危険な一撃。
ローレンが負けるのは時間の問題だった。
(くそっ……どうすれば……!)
◆
同刻。冒険者ギルドの会議室にて。
ロイドの隣に立つレイは疑問を浮かべていた。
「ロイド様。何故、ヘルにローレンさんをぶつけたのですか?」
「どうしてって?」
「攻撃が一切当たらないヘルに物理特化のローレンさんは相性が悪すぎます」
レイは複雑そうな表情で尋ねてくる。
彼女なりに考えて、理解しようとして。
それでも分からなかったから俺に聞いてきたのだろう。
まぁ彼女の言うことも理解できる。誰もがこの二人の組み合わせは相性が悪いと思うだろう。
「そうか……じゃあ、レイならヘルをどうやって倒す?」
「私ですか? 私なら魔術で押し潰しますね」
「ほぉ、どうやって?」
「全包囲から一斉に魔術を放ちます。攻撃が当たらないとはいえ、流石に制限がないはずがないので」
レイは自信ありげに答えた。
流石はレイだ。物量で押しきる彼女の案がヘルに対しては最適解である。
まぁ全包囲から魔術を放てるような、同時行使を可能とする魔術師がどれだけいるのかと言われたら、ごく一部の人しか出来ないので全員に当てはまるわけではないが。
「ローレンもそれには気づくと思うよ」
「あのローレンさんが? 気づきますかね?」
いつも騒がしく脳筋のように見えるローレンだが、ああ見えて賢い。
しかし彼の言動を見る限りその片鱗も見えないのも事実。
レイも俺の言葉に小首をかしげていた。
「彼は頭脳派には見えませんが?」
「うん、頭脳派ではないね」
「え? でも今、ローレンさんが賢いって……」
「うん、ローレンは俺が見てきた中で一、二を争うの本能派なんだ」
本能派とはその名の通り、本能のままに動く部類の人間を指す。
一見ただの脳筋に見えることもないが、その本能派たちの行動には明確な理由がある。
思考、伝達、行動。本来人間はこの三つの順序を踏むなければならない。
しかし本能という二文字で片づけ、一つの順序で行動出来てしまうのが本能派の人間だ。
その中でもローレンは至高の域に近い。
でなければ自分のギルドを三位まで成長させることはもちろん、国内最強の斧使いになれるわけがないだろう。
「本能派は時に頭脳派を凌駕するからね。彼は今回一番の適任だよ」
もちろん頭脳派が劣っていると言いたいわけではない。
それこそ頭脳派と言えば鬼の牙のギルド長であるニケや、緑山の頂のギルド長であるミントなどが当てはまる。
双方とも強力な指揮力を持っており、ギルドには必要不可欠なものだ。
しかし急に頭脳派、本能派と言われたところでレイも納得できないだろう。
「で、ですが! そもそも気づいたところで斧使いの彼にはなす術がありません!」
「だからローレンを送ったんだよ」
「え?」
俺の予想外の言葉にレイは目を丸くする。
それもそうだろう。
このことは俺とローレンしか知らないのだから。
「それってどういう――」
「大丈夫。すぐに朗報が届くさ」
10
お気に入りに追加
8,492
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました

冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない
一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。
クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。
さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。
両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。
……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。
それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。
皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。
※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。
【完結】魔物をテイムしたので忌み子と呼ばれ一族から追放された最弱テイマー~今頃、お前の力が必要だと言われても魔王の息子になったのでもう遅い~
柊彼方
ファンタジー
「一族から出ていけ!」「お前は忌み子だ! 俺たちの子じゃない!」
テイマーのエリート一族に生まれた俺は一族の中で最弱だった。
この一族は十二歳になると獣と契約を交わさないといけない。
誰にも期待されていなかった俺は自分で獣を見つけて契約を交わすことに成功した。
しかし、一族のみんなに見せるとそれは『獣』ではなく『魔物』だった。
その瞬間俺は全ての関係を失い、一族、そして村から追放され、野原に捨てられてしまう。
だが、急な展開過ぎて追いつけなくなった俺は最初は夢だと思って行動することに。
「やっと来たか勇者! …………ん、子供?」
「貴方がマオウさんですね! これからお世話になります!」
これは魔物、魔族、そして魔王と一緒に暮らし、いずれ世界最強のテイマー、冒険者として名をとどろかせる俺の物語
2月28日HOTランキング9位!
3月1日HOTランキング6位!
本当にありがとうございます!

私に姉など居ませんが?
山葵
恋愛
「ごめんよ、クリス。僕は君よりお姉さんの方が好きになってしまったんだ。だから婚約を解消して欲しい」
「婚約破棄という事で宜しいですか?では、構いませんよ」
「ありがとう」
私は婚約者スティーブと結婚破棄した。
書類にサインをし、慰謝料も請求した。
「ところでスティーブ様、私には姉はおりませんが、一体誰と婚約をするのですか?」
側妃は捨てられましたので
なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」
現王、ランドルフが呟いた言葉。
周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。
ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。
別の女性を正妃として迎え入れた。
裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。
あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。
だが、彼を止める事は誰にも出来ず。
廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。
王妃として教育を受けて、側妃にされ
廃妃となった彼女。
その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。
実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。
それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。
屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。
ただコソコソと身を隠すつまりはない。
私を軽んじて。
捨てた彼らに自身の価値を示すため。
捨てられたのは、どちらか……。
後悔するのはどちらかを示すために。
【完結】「異世界に召喚されたら聖女を名乗る女に冤罪をかけられ森に捨てられました。特殊スキルで育てたリンゴを食べて生き抜きます」
まほりろ
恋愛
※小説家になろう「異世界転生ジャンル」日間ランキング9位!2022/09/05
仕事からの帰り道、近所に住むセレブ女子大生と一緒に異世界に召喚された。
私たちを呼び出したのは中世ヨーロッパ風の世界に住むイケメン王子。
王子は美人女子大生に夢中になり彼女を本物の聖女と認定した。
冴えない見た目の私は、故郷で女子大生を脅迫していた冤罪をかけられ追放されてしまう。
本物の聖女は私だったのに……。この国が困ったことになっても助けてあげないんだから。
「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します。
※小説家になろう先行投稿。カクヨム、エブリスタにも投稿予定。
※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。