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2巻

2-3

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しゃくではあるが、魔術学院のメンツを潰されるわけにもいかない。私が相手をしてやろう」
「教師かなんだか知らねぇが、あんたの魔術も俺が壊してやるよ!」

 ネロはガイウスに向かって威嚇いかくするように吠える。どうも連戦で気が立っているらしい。

「そうか、なら遠慮なく相手をしてやろう。【ウインドボール】」

 ガイウスはパチンッと指を鳴らして魔術を使った。
 小さな風の球が発生する。それはゆっくりとネロに近づいていった。
 傍から見ればちんけな魔術だ。初級魔術らしさがあると言えばいいだろうか。
 しかし、そこに秘められた膨大な魔力は、上級魔術にも匹敵ひってきするほどだ。それは上手く偽装されており、【鑑定】持ちでなければ見抜けない。

「あっはっは! 生徒たちの魔術より弱いんじゃ……」

 ネロはガイウスが放った魔術を見て余裕を見せる。
 彼の【魔術破壊マジックブレイカー】の熟練度はA。
 しかし、それに対してガイウスは全ての能力値がAを超え、その内の大半をSが占めている。
 ネロがガイウスの魔術を破壊することは――不可能だ。

「……なっ⁉ うぐぐぅ……!」

 突如、尋常ではない威力の【ウインドボール】に襲われ、ネロは歯を食いしばる。
 風の球はネロの剣に触れた瞬間、爆発的に威力を増したのだ。
 ネロがこの前、ギルド対抗戦で味わった合体魔術を優に超えている。
 今までの魔術なら剣を振り下ろすだけで切れた。魔術の中に光る「点」を剣でなぞれば破壊出来たのだ。
 しかし今回は、どこをどれほど探そうとその光る点は見つからないようだ。

「くっ……!」

 ネロの双剣とガイウスの【ウインドボール】が激しくぶつかり合う。
 ネロがどれだけ力を加えようと、【ウインドボール】の威力が衰える様子はない。
 このままでは追い詰められると判断したネロは、【ウインドボール】に触れている刃の向きを少し斜めに変える。

「くそおおおおぉぉぉ!」
「ほぉ、耐えるか」

 ネロは歯を食いしばりながら、【ウインドボール】の軌道を左に逸らした。
【ウインドボール】はネロの横をかすめると、そのまま進み続け空中で消滅する。

「なんでこんなに重いんだよ⁉」
「そうか、初級魔術は耐えられるのか」

 ネロの様子にガイウスは淡々たんたんと告げる。
 そう、あれは上級魔術でも、その上をいく究極魔術でもない。
 子供でも使えるようなだ。

「今のが初級魔術だと⁉ それじゃ、あいつみたいじゃないか!」

 あいつとはエリスのことだろう。彼女の【ウォーターボール】もまた、初級魔術ながら上級魔術以上の威力がある。
 しかし、ガイウスの魔術はエリスのそれより驚異的だ。
 エリスの場合は隠れスキルであり、三年間それだけをひたすら鍛えていたということもある。
 けれどガイウスは違う。何のスキルとも無関係な、ただの初級魔術なのだから。

「すまんな、別にあおって初級魔術を使ったわけではない」
「あん? それはどういう、」

 一閃いっせん――ネロの言葉を遮るように、ガイウスは腰に差していた長剣でネロを切り伏せた。

「――うがっ!!」

 腹部に直撃をもらったネロは、見事に地面を何度か転がる。
 どうやらガイウスが腰に差していた剣は模造刀もぞうとうだったらしい。
 もしも真剣を持ってきていれば、今頃ネロの上半身と下半身は別々になっていただろう。
 上級治癒の魔法陣が敷いてあるとはいえ、体が真っ二つになってしまえば流石に再生出来ない。

「ただ初級魔術しか使えないというだけだ。私は魔術師ではなく剣闘士だからな」

 倒れ込んでいるネロにガイウスは言い捨てた。
 ネロは未だにみぞおち付近を押さえ、表情を苦渋くじゅうに染めている。模造刀と言っても痛くないわけではない。時に強者の斬撃は、死を与えるそれよりも強力な痛みを与える。

「ごほっ、ごほっ……!」

 ネロはき込みながら唾を吐く。
 A級冒険者に上り詰めたネロでさえも、ガイウスの攻撃は目で追えなかった。
 そこにはどうしてもくつがえすことの出来ない絶対的な実力差がある。
 ネロの表情から、先ほどまではなかった絶望の色が見えた。

「なに、分からないのならもう一度相手をしてやろう」

 そう言ってガイウスは再び、ネロに肉迫する。
 ネロも咄嗟に反応し、二本の剣を構えようとするが、その時には既に遅い。

「ぐはっ!」

 ガイウスはネロの右肩めがけて模造刀を突き刺した。
 肩を撃ち抜かれたネロは再び、痛みに表情をゆがめる。
 しかし、今度はそこで立ち止まることなく反撃に出た。

「くそおおおおおおおおぉぉぉ!」
「才能頼りの荒い剣だ。その年齢なら致し方ないが経験も浅い。経験があればこの実力差もある程度は埋められただろうに」
「うぐっ!」

 突進してきたネロの刃の勢いを、ガイウスは模造刀で上手くぎ、ネロの重心を右側に傾ける。
 その隙にガイウスは、右斜めから袈裟斬けさぎり。
 ネロは脱力するように膝から崩れ落ちた。

「行動が単純だな。格下相手なら通用するかもしれないが格上の存在には効かない」

 それからガイウスは何度もネロに斬撃を見舞う。
 その一発一発が目で追えないほど鋭く、今までのどんな攻撃よりも重かった。

「もう心が折れたか。最初は私の魔術も防げていたのにな」

 いつも強気なネロが防戦一方になっている。
 そうして数分ほどなぶられ続けた末に、ネロは最後の力を振り絞って……降参を口にした。

「俺の……俺の負けです」

 ネロが負けを認めたことによって、ガイウスとの模擬戦は終了となった。
 ここまで一方的な戦いでは会場が盛り上がるはずもなく、お祭り騒ぎなどすぐに収束していった。
 徐々に人だまりもなくなり、いつものような閑散とした会場へと戻っていく。

「やはり貴様の犬だったか。ロイド」
「げっ、ガイウス先生……」

 模擬戦を終えたガイウスは、一直線にこちらへと向かってきた。
 彼の背後には、とぼとぼと歩くネロがいる。
 ネロはそのまま奥の壁にもたれかかり、項垂うなだれるように地面に座り込んだ。

「面倒な役目を押し付けてきたな。これも貴様の目論見もくろみ通りか?」

 ガイウスの言う通り、僕はこの状況を狙って作った。
 ネロが模擬戦に参加すれば、注目されることはもちろん、彼自身の鬱憤うっぷんを発散させる場にもなる。自分の実力が落ちていることを危惧きぐしていたネロにとって、自信を取り戻す機会にもなっただろう。
 そして騒ぎになれば、この学院で最も強いガイウスが出てくることは目に見えていた。
 彼の目的はただ一つ。お祭り騒ぎを収めること。
 となると生徒に恐怖を与え、見るのが辛くなるほど嬲るのが一番効率がいい。教師としてもっと道徳的なやり方もあるだろうが、彼はそういう手段は使わないと信じていた。まぁ、ここまで順調に進むとは思っていなかったけど。

「あっはっは、なんのことでしょうね?」
「貴様は学生時代からそうだったな。だが、多少はマシな人間になったようで何よりだ」

 ガイウスは褒めるように僕の肩をぽんぽんと叩いた。
 かなり力が加えられているのは気のせいだろうか。かなり痛いんだけど。

「それで、どうでした?」
「どうとは」
「うちの子ですよ。なかなか良いものを持ってるでしょう?」

 僕はガイウスに自慢するように言った。
 彼は少し悩んだ末に答える。

「あぁ、良い剣筋だった」

 ガイウスは叩き上げの元冒険者で口が悪い。引退後にロサリア先生に拾われ、彼女のことだけは信頼しているが、他の者には何かしら毒づくのがお決まりである。
 そんな彼がまともに人を褒めるなど珍しいことだった。それほどネロに才能を感じたということだろう。

「現役でもないのに剣筋が分かるんですか?」
「ちっ!」
「じょ、冗談ですよ~!」

 背筋をなぞるような悪寒おかんがしたため、すぐに誤魔化ごまかした。
 あんな殺気を感じたのは、ダンジョンで魔物に殺されかけた時以来かもしれない。

「経験さえ積めば、いつかS級冒険者にはなれるだろう」
「へぇ~。先生がそこまで言うなんて珍しいですね」
「彼のような者が部隊で守護者の役割を担ってくれたなら……剣闘士である私も安心して背中を任せられそうだな」

 ガイウスは虚空こくうを見つめながら告げる。
 僕は真面目に返すことも、冗談を口にすることもなく押し黙った。
 ガイウスはS級冒険者として活躍していたが、何らかの理由で辞めてしまった。
 多分、今の言葉はそれに関係することだ。無遠慮に口を挟むことは僕には出来ない。

「だが、まだ迷いも見える」
「やっぱり先生から見てもそう思いますか」
「人間は万能じゃない。それはあの子も同様だ」

 たった数回戦っただけでネロの不安定な部分を見抜くとは、流石はガイウス先生だ。
 それは僕が一番求めていた言葉で、ネロに一番必要な言葉だった。
 だから僕は彼に頭を下げる。

「ガイウス先生、一つお願いがあります」
「なんだ」
「ネロに今の言葉を言ってあげてはくれませんか? S級冒険者だった先生が言ってくれたら――」
「はぁ? 言うわけないだろ。馬鹿か貴様は」
「アハハ、やっぱりそうですよね……」

 ガイウスは僕が言い切る前にあっさりと提案を断る。
 彼がネロにとって刺激になってくれるのではないかと、少し期待していた僕は肩を落としてしまう。
 するとガイウスは、ちっ、とわざとらしく舌打ちをしてから面倒臭そうに言った。

「それは貴様の仕事だろうが」
「え?」
「貴様が必死こいて五年間で得たものを使わなくてどうする」
「――――っ」

 ガイウスの真剣な眼差しが僕を貫く。
 その言葉を聞いた途端、自分の中から何か熱いものが込み上げてきた。
 いつもは高圧的な態度でいるのに、相手が求めている言葉は平然と言ってのける。本当にこの人はずるい。
 黙り込んだ僕に、ガイウスは少し戸惑いながらも付け加える。

「別にお前のためじゃない。勘違いをするな」
「もしかしてガイウス先生って……ツンデレなんですか?」
「貴様――殺されたいのか?」
「嘘です嘘です! すみませんでしたぁ!」

 僕は本物の殺気を前に全力で頭を下げた。ガイウスの殺気は寿命が縮みそうになるのでやめてほしい。今のは完全に僕が悪いので何とも言えないが。

「さっさとあのガキを連れて失せろ。他の生徒たちの邪魔になる」
「ガイウス先生、本当にお世話になりました」

 ガイウスの方へと向き直って、深々と頭を下げた。
 頭を上げると、ガイウスは眉をピクリと動かした。
 不動要塞ふどうようさいとまでうたわれるほどの仏頂面ぶっちょうづらであるガイウス。そんな彼が元生徒ごときの言葉に反応するのは少々珍しいことであった。
 毎日毒を吐かれ、正直、学生時代は一番苦手な先生だったと言っても過言ではない。
 けれど、今ではその毒さえも彼にとっては愛情表現だったと分かる。
 無関心ほど怖いものはない。毒を吐かれているその間は、まだガイウスに見てもらえていたのだ。そう考えると、僕の面倒を一番見てくれていたのはガイウスだったのかもしれない。

「ちっ、調子が狂う」

 そんな毒づきも微笑ましく思いながら、僕はネロのもとへと向かう。
 手も足も出ず、唯一の取り柄である【魔術破壊マジックブレイカー】も効かなかった。
 流石にこたえたのか今までになく暗い顔をしていた。

「じゃあネロ。そろそろ帰ろうか」
「……はい」

 ネロは呆然としたまま頷く。
 僕はそんなネロの腕を引っ張って帰りの馬車へと乗り込んだ。

         †

 再び僕たちは馬車に揺られながら、ギルドへの帰路についていた。
 ロサリア先生との話は中途半端に終わってしまったため、また改めて日を設けるつもりだ。
 帰り際に、様子を見に来てくれた先生に軽く謝ったが、先生いわく、そこまで急を要する話でもないとのこと。それなら、今は目の前のことを優先した方が良いだろう。

「強かったかい? 元S級冒険者は」
「はい……今までの誰よりも強かったです」

 僕の正面の席にネロはうつむいて座っていた。シャルは空気を読んだのか、静かに座ったまま毛づくろいをしている。
 今までネロが負けなしだったというわけではない。当然、何度も敗北を経験することでA級にまで上り詰めた。しかし今回の敗北は今までのものとは全く別物だった。

「あれはレベルが違いすぎます……」

 敗北することで燃えるはずの闘争心が、ネロからは欠片かけらも感じられない。
 実力差が圧倒的すぎたのだ。自分が勝てる未来が全く見えないのだろう。
 強靭きょうじんな彼のメンタルも砕け散ってしまっている。

「本当に俺は……『雲隠の極月』にいていいんでしょうか?」

 ネロはすがるように尋ねてきた。

「俺、どんどん弱くなってるんですよ。今じゃB級相手も厳しいかもしれない」

 ネロは今まで表には出さなかったものの、少し前から不安を感じ始めていた。
 その「少し前」とは、ギルド対抗戦でC級やD級を三十人相手にした時だ。

「対抗戦だってエリスがいなきゃ俺はやられてました。俺は昔のようにA級として戦えない」

 相手はA級の時代なら瞬殺出来るような格下。それなのに危ない状況まで追い込まれてしまった。
 そのことがネロをより追い詰めていた。焦っていた一番の原因はそれだろう。

「でもネロはあの時、合体魔術を破壊したじゃないか。あんなことが出来る冒険者はこの国にいないよ?」
「そりゃあもちろん、【魔術破壊マジックブレイカー】が成長してることは嬉しいですよ。でも、このままじゃ俺は、このギルドで足手まといになると思うんです」

魔術破壊マジックブレイカー】はどちらかというと守り向きのスキルである。
 もともとネロは前衛で戦っていたため、ポジション変更に慣れていないという点も大きいだろう。

「じゃあ一つ質問しようか」
「あ、はい」
「戦いの中で、冒険者が四つの役割に分けられるのは知ってるよね?」
「もちろんです」

 冒険者は集団で戦う時に、大きく四つの役職に分けられる。
 前衛で攻撃を主にする『剣闘士』。
 部隊の大黒柱であり、皆を守る『守護者』。
 後衛で魔術を行使し、剣闘士にも引けを取らない攻撃を使う『魔術師』。
 回復魔術を行使し、部隊全体を支える『治癒者』。
 それぞれ、部隊に一人は欠かせない必要不可欠な役割だ。

「じゃあどうして四つに分けられてると思う?」
「それは互いの短所を埋め合う……あっ」

 ネロは何かひらめいたように言葉を止めた。
 冒険者や鍛冶師、錬金術師は実力が上がるにつれ、大抵のことは一人で行えるようになる。
 冒険者なら、A級やS級になればソロでダンジョンに潜ることだって可能なほどだ。
 別にそれは悪いことではない。『太陽の化身』ではそういうメンバーを一人でも多く育成しようという方針だった。
 けれど、時間が経つにつれて忘れていってしまう。一番単純で、大切なことを。

「アハハ……基本中の基本なのに、なんで俺はこんな大切なことを忘れてたんですかね」

 ネロは自分を嘲笑ちょうしょうするように言った。
 彼もA級冒険者の肩書を得る頃には、ほぼ全てのことを一人でこなせるようになっていた。
 剣闘士として前衛で敵をぎ倒し、仲間が窮地きゅうちに立たされたら守護者のようにすぐに補助に向かう。遠距離の敵だって、その跳躍力を駆使すれば一瞬で距離を詰められるし、回復はポーションを使えばいいだけのこと。魔術師や治癒者は不要だ。
『太陽の化身』にいた頃のネロはまさに万能者だった。
 そのため、すっかり忘れてしまっていたのだ。

、ですか?」
「あぁそうだよ。それが今の君に必要なことなんだ」

 何かを極めるということは、他に短所を作るということでもある。
 苦手なことも増え、上手くいかないことも増えるだろう。
 しかし、その分、誰よりも特化したものを身につけられる。その力で他の誰かの短所を埋めてあげることだって出来る。

「僕がこのギルドを作ったのは、みんなで短所を補えるようにするためなんだ」

 体力や魔力といった、全能力値の伸び代がBクラスより上の者だけをギルドに入れる。そんな『太陽の化身』の育成方法では限界があった。
 競争が激しかったのもあって、部隊を組んでいても、どうも個人主義なところが目立つのだ。
 そういう集団は必ずどこかで行き詰まる。どこかで誰も立ち上がれなくなる。それが個人で戦うということだ。

「僕たちは不完全なんだ。どれだけ成長しようと完全になることはない。あのガイウス先生だって万能じゃないんだよ? あの人は奥さんがいないとまともに生きていけないほど生活力がないからね」
「え……?」

 ネロは意外だったとでも言いたげに目を丸くする。
 あのガイウスにも得意不得意がある。それを知ると、張り詰めていたネロの表情が和らいだように見えた。

「でもみんなで補えば完全になれるんだ。人間は補い合って生きていく生き物なんだから」

 今の僕たちには、頼りになる仲間たちがいる。
 頼り頼られる。それが何よりも重要であるということを、ネロにも理解してほしかった。それに、仲間を信じて守護者に徹することで、個人としても強くなる。いずれガイウスと並ぶことも出来るだろう。

「君はさっき、エリスがいなければ対抗戦に負けていたと言ったね? でもそれはエリスだって同じなんだ」
「エリスも?」
「あぁ、エリスもネロがいなければ城は守れなかった。彼女に城を守れと言ってもそれを遂行出来ると思うかい? 彼女なら逆に壊してしまいそうで怖いくらいだよ」

 僕はその光景が簡単に想像出来てしまい、苦笑しながらも話を続ける。

「だからね、ネロ。不安なことがあればどんどん頼っていいんだよ」

 彼は二年間『太陽の化身』にいたため、あのギルドの習慣が身についてしまっている。
 自分の尻は自分でけ。自分の落とし前は自分でつけろ。
 別にそれが悪いわけではない。個人としてはそこそこ成長出来る。
 でも、僕はそんな他人行儀なギルドを作りたいとは思わない。みんなが手を取り合うからこそ成り立つような、そんなギルドを作りたいと思っている。

「君の周りにはいつだって頼れる仲間がいるんだから」
「ロイドさん……」

 ネロは溢れそうになる涙を拭い、自分の頬を両手でバチンと勢い良く叩いた。
 一瞬大丈夫かと心配しかけたが、その必要はなかったようだ。
 先ほどまでとは全く別の人間のような目つきになっていた。そこには確かな野心が宿っている。

「明日からまた【魔術破壊マジックブレイカー】を極めようと思います!」
「うん。君なら絶対に極められるさ」

 ガイウスが言った通り、自分の言葉でネロに伝えられて良かった。僕が五年かけて得たものは、「助言」の力だ。それがネロの心に響いたのなら、冥利みょうりに尽きる。
 こうして、ネロも心機一転したところで、僕たちの魔術学院の訪問は終了した。
 何か約束を忘れているような気もするが……まぁ気のせいだろう。


 二章 昇級試験

 時は少しさかのぼり、ロイドたちが魔術学院に向かうために馬車に揺られていた頃。エリスたちは昇級試験に取り掛かろうとしていた。

「オーガスさん。今日はエリスがお世話になります」
「あぁ。任せとけ」

 エリスとレーナが冒険者協会に着くと、入口にオーガスが立っていた。エリスが来ることを見越して待っていてくれたらしい。
 見送り役のレーナは、オーガスに軽く一礼をしてからエリスを受け渡す。

「じゃあ、エリス。頑張ってきてね」
「うん! ちゃんとB級になってくるわ!」

 自信ありげなエリスを見て、レーナは安心したようにきびすを返した。
 残された二人は、冒険者協会内の昇級試験会場へと向かう。

「ちなみに昇級試験の試験官は俺じゃない。ハンデとかはないからな?」
「分かってます! 私は私が出せる全力で挑むつもりです!」
「そ、そうか……」

 やる気に満ち溢れているエリスを見て、オーガスは顔を引きつらせる。ちなみに今の彼の言葉は、ロイドに言えと命令されたものだ。彼女を甘えさせないようにするためらしい。

(甘えるも何も……試験官が死ななきゃいいけどな)

 エリスの実力を知っているオーガスは、内心でつい頭を抱える。
 だが、冒険者協会の会長という立場上、手加減しろなどと言うことも出来ない。

「ここが昇級試験会場だ。他にも受験者はいるが、負けないように頑張れよ」
「えぇ。本気の【ウォーターボール】をぶちかましてきます!」

 流石にエリスに本気で撃たれたら、この冒険者協会が存続の危機に陥る。
 それこそ物理的に潰れてしまうだろう。

「お、おぉ。ほどほどにな?」

 オーガスは精一杯、表情を取り繕ったが、顔が引きつりすぎて変顔のようになっている。
 そんな彼にエリスは一礼し、昇級試験会場と貼り紙がある部屋の扉を押し開けた。


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