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14章 反響
200話 影の鍛冶師
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「どうか……どうか俺はもう一度あなたのもとで働かせてください」
アバドンは誠心誠意僕と向き合うように深々と頭を下げた。
彼はこの国で唯一の現役S級鍛冶師である。たとえ隻眼の工房を辞めようともっと良い環境はすぐに見つかるだろう。
本来であればこちらから頭を下げなければならないような人物なのだ。
だが、今回はいろいろ事情が絡み合っている。
「アレンはどうするんだい? 君はアレンとパートナーシップ契約を結んでいるだろう」
一番大きな問題と言えばこれである。
宣戦布告した相手と彼は個人契約を結んでいるのだ。
「それも副ギルマスに引き継ぎました。もともと俺は鍛冶師を引退する覚悟でここに来てます」
先ほどの態度とは打って変わってアバドンは礼儀正しく言った。
彼が太陽の化身と縁を切っているのであれば碧海の白波のように僕の傘下に入れることは可能だ。
そもそも鍛冶職に就いていない僕がニックに教ええれることなど限られている。それこそアバドンであれば何倍も効率よく指導をすることが出来るだろう。
残りの問題は所属するであろうギルドの長であるニックの判断だけだ。
「ニック。君はどう思うんだい?」
「ギルド長として俺は反対っす。もともと敵の陣営についていたんです。そう簡単に信じれるはずがないっすよ」
ニックは首を左右に振りながら答えた。その判断はギルド長として完璧なものである。僕もニックの立場ならそう判断したに違いない。
その後ニックは苦渋の決断をするかのように表情を曇らせて口にした。
「でも……鍛冶師の俺としては賛成っす……アバドンさんの指摘は俺に完全に足りないこと。実際、今の俺は模倣しか出来ない鍛冶師なんすよ」
ニックにとって最強の鍛冶師が教育係になるなど絶好のチャンスだ。
昔のアバドンとニックは境遇が似ている。アバドンももしかしたら自分とニックを重ねているのかもしれない。
僕はニックの肩に手を置き、微笑みながら言った。
「ニック。君がしたいようにすればいい。不安要素の管理は僕の役目だからね」
「ロイドさん……」
僕には鍛冶の才も戦闘の才もない。
助言士である僕に出来ることがあるとすれば隊員たちに思う存分暴れてもらえる環境を作ることだけである。
「アバドン。再度聞くが本当にいいのかい? 君はまだ若い。それこそこの国ではなく世界を狙えたりも――」
アバドンはまだ二十九歳である。それこそ鍛冶師にとってはこれからが本番、経験が発揮できる頃合いだ。
そんな時期に引退するなど人生を棒にふるようなものである。
だが、アバドンは首を左右に振りながら僕の言葉を遮った。
「俺は進め方を間違えたんです。ロイドさんの意見も聞かずに勢力をどんどん拡大させました。結果、世界で見ればゴロゴロといるようなギルドになったんです」
なら新たにギルドを作れば…………なんて言うことは僕には出来なかった。
彼も彼なりに覚悟を決めてきているのだ。一度自分が作ったギルドを辞めておきながら新たにギルドを作るなど彼のプライドが許すはずもない。
「もちろん俺はこれから世に武具を出すつもりはありません。ただロイドにはたまにでいいので指導してほしい」
アバドンの渇きを癒すことは国内最高峰の鍛冶師という肩書でも、トップのギルドマスターという肩書でもない。
彼の渇きを癒すのはただ自分の技術を磨くことのみ。
彼も一度頂上に上ったことで気づいたのだろう。 一人で届く場所には限界があるということを。
「俺はこのギルドを裏から支えたいんです。それこそ俺が憧れたロイドのように」
「僕を憧れにしているのは納得いかないけど、僕は君の加入を認めるよ。あとはギルマスのニックの許可だけだ」
人々を普段から観察し、鑑定してきた僕でなくとも分かる。
アバドンがどれだけの覚悟をもってこの場に来たかということを。
アバドンを疑っていた僕自身が馬鹿らしいほどである。彼も役職や肩書に囚われない心からの職人なのだ。
そんな彼に向かってニックは深々と頭を下げた。
「こちらこそよろしくお願いいたします。師匠」
「それは俺のセリフだよ。よろしくな。ギルマス」
こうして新たに双翼の鍛冶にアバドンが加入することになった。
未来先の伝記ではアバドンは二十九歳で引退。凄腕の鍛冶師のままその職を辞したことになっている。
それに代替わりするようなニックが紡ぐ伝説の物語。その裏にアバドンがいたことなど誰も知る由もない。
アバドンは誠心誠意僕と向き合うように深々と頭を下げた。
彼はこの国で唯一の現役S級鍛冶師である。たとえ隻眼の工房を辞めようともっと良い環境はすぐに見つかるだろう。
本来であればこちらから頭を下げなければならないような人物なのだ。
だが、今回はいろいろ事情が絡み合っている。
「アレンはどうするんだい? 君はアレンとパートナーシップ契約を結んでいるだろう」
一番大きな問題と言えばこれである。
宣戦布告した相手と彼は個人契約を結んでいるのだ。
「それも副ギルマスに引き継ぎました。もともと俺は鍛冶師を引退する覚悟でここに来てます」
先ほどの態度とは打って変わってアバドンは礼儀正しく言った。
彼が太陽の化身と縁を切っているのであれば碧海の白波のように僕の傘下に入れることは可能だ。
そもそも鍛冶職に就いていない僕がニックに教ええれることなど限られている。それこそアバドンであれば何倍も効率よく指導をすることが出来るだろう。
残りの問題は所属するであろうギルドの長であるニックの判断だけだ。
「ニック。君はどう思うんだい?」
「ギルド長として俺は反対っす。もともと敵の陣営についていたんです。そう簡単に信じれるはずがないっすよ」
ニックは首を左右に振りながら答えた。その判断はギルド長として完璧なものである。僕もニックの立場ならそう判断したに違いない。
その後ニックは苦渋の決断をするかのように表情を曇らせて口にした。
「でも……鍛冶師の俺としては賛成っす……アバドンさんの指摘は俺に完全に足りないこと。実際、今の俺は模倣しか出来ない鍛冶師なんすよ」
ニックにとって最強の鍛冶師が教育係になるなど絶好のチャンスだ。
昔のアバドンとニックは境遇が似ている。アバドンももしかしたら自分とニックを重ねているのかもしれない。
僕はニックの肩に手を置き、微笑みながら言った。
「ニック。君がしたいようにすればいい。不安要素の管理は僕の役目だからね」
「ロイドさん……」
僕には鍛冶の才も戦闘の才もない。
助言士である僕に出来ることがあるとすれば隊員たちに思う存分暴れてもらえる環境を作ることだけである。
「アバドン。再度聞くが本当にいいのかい? 君はまだ若い。それこそこの国ではなく世界を狙えたりも――」
アバドンはまだ二十九歳である。それこそ鍛冶師にとってはこれからが本番、経験が発揮できる頃合いだ。
そんな時期に引退するなど人生を棒にふるようなものである。
だが、アバドンは首を左右に振りながら僕の言葉を遮った。
「俺は進め方を間違えたんです。ロイドさんの意見も聞かずに勢力をどんどん拡大させました。結果、世界で見ればゴロゴロといるようなギルドになったんです」
なら新たにギルドを作れば…………なんて言うことは僕には出来なかった。
彼も彼なりに覚悟を決めてきているのだ。一度自分が作ったギルドを辞めておきながら新たにギルドを作るなど彼のプライドが許すはずもない。
「もちろん俺はこれから世に武具を出すつもりはありません。ただロイドにはたまにでいいので指導してほしい」
アバドンの渇きを癒すことは国内最高峰の鍛冶師という肩書でも、トップのギルドマスターという肩書でもない。
彼の渇きを癒すのはただ自分の技術を磨くことのみ。
彼も一度頂上に上ったことで気づいたのだろう。 一人で届く場所には限界があるということを。
「俺はこのギルドを裏から支えたいんです。それこそ俺が憧れたロイドのように」
「僕を憧れにしているのは納得いかないけど、僕は君の加入を認めるよ。あとはギルマスのニックの許可だけだ」
人々を普段から観察し、鑑定してきた僕でなくとも分かる。
アバドンがどれだけの覚悟をもってこの場に来たかということを。
アバドンを疑っていた僕自身が馬鹿らしいほどである。彼も役職や肩書に囚われない心からの職人なのだ。
そんな彼に向かってニックは深々と頭を下げた。
「こちらこそよろしくお願いいたします。師匠」
「それは俺のセリフだよ。よろしくな。ギルマス」
こうして新たに双翼の鍛冶にアバドンが加入することになった。
未来先の伝記ではアバドンは二十九歳で引退。凄腕の鍛冶師のままその職を辞したことになっている。
それに代替わりするようなニックが紡ぐ伝説の物語。その裏にアバドンがいたことなど誰も知る由もない。
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