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31話 非常事態
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「エリス様! 警戒を!」
「う、うん! 分かったわ!」
私が茫然としている中、サーシャの注意喚起が聞こえる。
本当であれば私こそ冷静でなければならない状況だ。私は首をぶんぶんと左右に振り、意識を目の前に集中させる。
すると、煙の中からテスラの叫び声が聞こえた。
「二人とも! この場から逃げ……」
しかしその言葉が言い切られることはなく、
「ぐはっ!」
ドンッ!
砂煙と燃え盛る炎の中からテスラが飛び出し、そのまま壁に衝突する。
右腕と左足をなくしたテスラは無残な姿になっていた。
サーシャはその光景に一瞬気絶しそうになるも、無理矢理に意識を保ち、テスラに回復魔法を行使する。
「ぱ、【パーフェクトヒール】!」
この魔法は回復魔法の最上位魔法。
病などは治せないが、物理的な損害ならこの魔法でおおよそ治せる。
だが、あまりにも魔力の消耗が早いため一日に一度しか使えない切り札のような魔法なのだ。
最上位の光はテスラを包み、むにむにと生々しくテスラの四肢が再生されていく。
その光景を見て私たちが安堵の息を漏らしていると、
「あ~あ。ミノちゃんがやられてると思ったらこんな雑魚にやられてたのかよ」
「「…………ッ!」」
ダンジョンの中に一人の青年の声が聞こえた。
それは魔獣の声ではない。確かに人の声であったのだ。
「一、二、三、……三人だけか?」
砂埃が雲散し始め、その中に一人の青年の姿が映し出される。
私たちはその光景にただ息をのむことしか出来なかった。
「に、人間じゃない?」
かろうじて私の口から出た言葉はそれだけである。
漆黒の角に尾を生やした青年はにんまりと笑みを浮かべてこちらを見ていた。
また、角と尾以外にも膨大な魔力を感じる。このボスの何倍以上も強力であった。
「ったく。門が開かれたから来てやったのによ。全然強くねぇじゃん」
その青年は私たちを見て落胆するように項垂れた。
「二人とも……逃げるぞ」
テスラは脂汗をかきながら言った。
一瞬でも肉薄したテスラだから分かるのだ。私たちでは絶対にかなわないと。
しかし、そんな私たちを見て青年はハデスに襲い掛かる。
「逃がすと思ってんのか? おらよっ!」
「ちっ! スイッチ!」
パリンッ!
テスラは鎌に模した長剣で青年の長剣を上手く勢いをそらして上にあげた。
ただパリィしただけだ。であるのにテスラの長剣にひびが入る。そして、同時に遠方の壁へと吹き飛ばされた。
しかし、パリィは成功したようで、長剣が上にあがり、青年の体重が浮く。
「せやっ!」
私はテスラの号令と同時に地を駆け、エルナからもらった短剣を抜刀する。
サーシャはテスラに回復魔法を行使しており、テスラは吹っ飛ばされた衝撃でまだ戦場に戻ってこれないようだ。
本当ならこの場では退くべきなのだろう。
しかし、今行動しなければならない。私の脳がそう命令してしまったのだ。
青年も急いで私の突進を対処しようとするが、テスラのパリィが上手く聞いたのか体重を戻せそうにない。
舐めてかかっていなければ対処できたはずだ。完全に相手の油断から生まれた隙である。
「くっ! 小賢しい!」
いける……!
私はこの瞬間、漆黒の短剣が青年を切りつけれると確信する。
そして、私はその短剣で青年の心臓めがけて刺突した。
しかし……
スポッ!
「え?」
「は?」
私と青年はその光景に素っ頓狂な声を上げてしまう。
短剣の刃がなんと引っ込んだのである。
これは格安のぼろい短剣ではない。エルナからもらった短剣である。
「お前……俺たちを殺す気がないのか?」
意味が分からないとでも言いたげな表情で青年は聞いてくる。
私も意味が分からない。
右手で掴んでいた短剣を試しに私の手に刺す。
すると、
「あれ!? 刺さらないわ! なんで……」
何度私の手を刺そうが刃が柄に引っ込んでしまうのだ。
あ……死んだ。
何か冷たいものに誘われているような感覚になる。これが死というものなのだろう。
しかし、そんな感覚を晴らすように青年は、笑い始めた。
「あっはっは! 面白いな、人間の女!」
「……え?」
私は更に青年の言動に驚いてしまう。
殺されてしまう。死んでしまう。そんな危機感に包まれていたはずなのだが、青年から私に向けての殺気が一ミリもなくなったのだ。
「よし……いいこと考えた! 【転移】!」
「なっ! ちょっと待っ――」
すると青年は私の腕を強引に掴んだ。
そして、私に向けて空間魔法を行使した。
私が文句を言う隙もなく、視界が真っ黒に染まったのだった。
後方から戻ってきたテスラとサーシャはその光景に言葉を失っていた。
エリスがこの場から消えてしまったのだ。
「おい! お前! エリスに何をした!」
「えーっと……殺したんだよ!」
まるでとってつけた言葉のように青年は言う。
しかし、これだけでは怪しまれると思ったのか、凶悪な笑みを浮かべて付け足した。
「空間魔法で潰したんだ。あっはっは! お前らも同じ目にあわせてやろうか?」
青年は豪快に笑いながら二人を見据える。
その様子にサーシャは今までになく憤怒を覚えた。
サーシャは雄たけびを上げながら青年に向かって疾走しようとする。
「ふ、ふざけるなあああああああぁぁぁぁぁ! エリスちゃんをかえ――」
「ちっ。すまない」
テスラはそんなサーシャの首根っこに手刀を当て、気絶させた。
そして、サテラはサーシャを担ぎ、血が出るほど拳を握りしめた状態で一言だけ残す。
「次は……絶対にお前を殺す」
そして、言い終えたと同時にテスラは出入口へと疾走し、戦場を離脱した。
取り残された青年は笑みを浮かべて魔法を行使する。
「じゃあ俺も行きますか」
こうしてダンジョンの最奥にはボスの死体だけが取り残されたのだった。
「う、うん! 分かったわ!」
私が茫然としている中、サーシャの注意喚起が聞こえる。
本当であれば私こそ冷静でなければならない状況だ。私は首をぶんぶんと左右に振り、意識を目の前に集中させる。
すると、煙の中からテスラの叫び声が聞こえた。
「二人とも! この場から逃げ……」
しかしその言葉が言い切られることはなく、
「ぐはっ!」
ドンッ!
砂煙と燃え盛る炎の中からテスラが飛び出し、そのまま壁に衝突する。
右腕と左足をなくしたテスラは無残な姿になっていた。
サーシャはその光景に一瞬気絶しそうになるも、無理矢理に意識を保ち、テスラに回復魔法を行使する。
「ぱ、【パーフェクトヒール】!」
この魔法は回復魔法の最上位魔法。
病などは治せないが、物理的な損害ならこの魔法でおおよそ治せる。
だが、あまりにも魔力の消耗が早いため一日に一度しか使えない切り札のような魔法なのだ。
最上位の光はテスラを包み、むにむにと生々しくテスラの四肢が再生されていく。
その光景を見て私たちが安堵の息を漏らしていると、
「あ~あ。ミノちゃんがやられてると思ったらこんな雑魚にやられてたのかよ」
「「…………ッ!」」
ダンジョンの中に一人の青年の声が聞こえた。
それは魔獣の声ではない。確かに人の声であったのだ。
「一、二、三、……三人だけか?」
砂埃が雲散し始め、その中に一人の青年の姿が映し出される。
私たちはその光景にただ息をのむことしか出来なかった。
「に、人間じゃない?」
かろうじて私の口から出た言葉はそれだけである。
漆黒の角に尾を生やした青年はにんまりと笑みを浮かべてこちらを見ていた。
また、角と尾以外にも膨大な魔力を感じる。このボスの何倍以上も強力であった。
「ったく。門が開かれたから来てやったのによ。全然強くねぇじゃん」
その青年は私たちを見て落胆するように項垂れた。
「二人とも……逃げるぞ」
テスラは脂汗をかきながら言った。
一瞬でも肉薄したテスラだから分かるのだ。私たちでは絶対にかなわないと。
しかし、そんな私たちを見て青年はハデスに襲い掛かる。
「逃がすと思ってんのか? おらよっ!」
「ちっ! スイッチ!」
パリンッ!
テスラは鎌に模した長剣で青年の長剣を上手く勢いをそらして上にあげた。
ただパリィしただけだ。であるのにテスラの長剣にひびが入る。そして、同時に遠方の壁へと吹き飛ばされた。
しかし、パリィは成功したようで、長剣が上にあがり、青年の体重が浮く。
「せやっ!」
私はテスラの号令と同時に地を駆け、エルナからもらった短剣を抜刀する。
サーシャはテスラに回復魔法を行使しており、テスラは吹っ飛ばされた衝撃でまだ戦場に戻ってこれないようだ。
本当ならこの場では退くべきなのだろう。
しかし、今行動しなければならない。私の脳がそう命令してしまったのだ。
青年も急いで私の突進を対処しようとするが、テスラのパリィが上手く聞いたのか体重を戻せそうにない。
舐めてかかっていなければ対処できたはずだ。完全に相手の油断から生まれた隙である。
「くっ! 小賢しい!」
いける……!
私はこの瞬間、漆黒の短剣が青年を切りつけれると確信する。
そして、私はその短剣で青年の心臓めがけて刺突した。
しかし……
スポッ!
「え?」
「は?」
私と青年はその光景に素っ頓狂な声を上げてしまう。
短剣の刃がなんと引っ込んだのである。
これは格安のぼろい短剣ではない。エルナからもらった短剣である。
「お前……俺たちを殺す気がないのか?」
意味が分からないとでも言いたげな表情で青年は聞いてくる。
私も意味が分からない。
右手で掴んでいた短剣を試しに私の手に刺す。
すると、
「あれ!? 刺さらないわ! なんで……」
何度私の手を刺そうが刃が柄に引っ込んでしまうのだ。
あ……死んだ。
何か冷たいものに誘われているような感覚になる。これが死というものなのだろう。
しかし、そんな感覚を晴らすように青年は、笑い始めた。
「あっはっは! 面白いな、人間の女!」
「……え?」
私は更に青年の言動に驚いてしまう。
殺されてしまう。死んでしまう。そんな危機感に包まれていたはずなのだが、青年から私に向けての殺気が一ミリもなくなったのだ。
「よし……いいこと考えた! 【転移】!」
「なっ! ちょっと待っ――」
すると青年は私の腕を強引に掴んだ。
そして、私に向けて空間魔法を行使した。
私が文句を言う隙もなく、視界が真っ黒に染まったのだった。
後方から戻ってきたテスラとサーシャはその光景に言葉を失っていた。
エリスがこの場から消えてしまったのだ。
「おい! お前! エリスに何をした!」
「えーっと……殺したんだよ!」
まるでとってつけた言葉のように青年は言う。
しかし、これだけでは怪しまれると思ったのか、凶悪な笑みを浮かべて付け足した。
「空間魔法で潰したんだ。あっはっは! お前らも同じ目にあわせてやろうか?」
青年は豪快に笑いながら二人を見据える。
その様子にサーシャは今までになく憤怒を覚えた。
サーシャは雄たけびを上げながら青年に向かって疾走しようとする。
「ふ、ふざけるなあああああああぁぁぁぁぁ! エリスちゃんをかえ――」
「ちっ。すまない」
テスラはそんなサーシャの首根っこに手刀を当て、気絶させた。
そして、サテラはサーシャを担ぎ、血が出るほど拳を握りしめた状態で一言だけ残す。
「次は……絶対にお前を殺す」
そして、言い終えたと同時にテスラは出入口へと疾走し、戦場を離脱した。
取り残された青年は笑みを浮かべて魔法を行使する。
「じゃあ俺も行きますか」
こうしてダンジョンの最奥にはボスの死体だけが取り残されたのだった。
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