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16話 一か月

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 エリスが王族を追放され、一か月が経った時。その日は唐突にやってきた。

 王の間。エルメス国の国王と第一王女に昇進したミーナ。その付き添いにマルクがいた。
 ミーナにとって完璧な環境と言っていいものである。
 そんな中に一人の男性が表情を真っ青にして入ってくる。

 その男は国王、並びに王族に深々と頭を下げ、叫ぶように伝令する。

「ご報告申し上げます! エリスという女性がダンジョンで行方不明になったそうです!」

 それは涙交じりの発言であった。
 この男は元エリスの教育係。王宮に仕えている教育監なのである。
 そのため、エリスが平民であろうとなかろうと、男にとっては悲しいなんて言葉で言い表せないものだった。
 しかし…………

「なんだ。そんなことか。わざわざそんなことで大きい声を出すでない」
「そうよ。今のあなたの仕事はエリスの観察でも何でもない。さっさと能無しどもを育成しなさい」

 国王とミーナはそんな事かと男の言葉を一蹴する。
 王の間に入ってくるなど過去には国を挙げる問題しかなかった。
 そんな中でたった一人の平民が死んだなど問題にもならない。

 しかし、二人が安堵している中、マルクは完全に表情を真っ青に変えた。

「ちっ!」
「…………」

 その様子に気づいたミーナは隣にいるマルクだけに聞こえる音で舌打ちをする。
 すると、マルクも自分の表情の変化に気づいたのか、首を左右にぶんぶんと振って表情を戻した。

「用が済んだのならさっさと出ていけ」
「捜索に人員も経費も割かないわよ。実際、平民の捜索は王族の管轄ではないもの」

 二人は男をあしらうように口にした。
 男はぷるぷると憤怒で揺れる体を押さえながら頭を上げ、この場を去っていく。

「じゃあ私たちも行きましょうか。マルク」
「……………………」
「マルク?」

 自分たちの部屋に戻ろうとしたミーナだが、何故かマルクの返事がなかったため後ろを振り返る。
 すると、どこに視線の焦点を当てているのか、マルクはぼーっとしていた。
 それはまるで婚約者のミーナとは別の女性を想っているようで…………

「マルク!」
「む!? どうしたのだ!?」

 王の間に響き渡るエルナの声に国王は驚く。それは、エリスの時より何十倍も驚いている表情であった。
 そんな国王の態度がさらにマルクの精神を蝕む。

「申し訳ございません。最近疲れが溜まっていたようでぼーっとしておりました」
「そうか。なら休んでくるがよい。未来の国王に何かあってはならんからな!」

 国王はあっはっはと笑いながらマルクを心配した。
 しかし、どこかミーナは納得いっていないようである。

「今日は少し休ませてもらっても構いませんか?」
「え、ええ」
「ありがとうございます」

 マルクは二人に頭を下げながら王の間を出た。
 そして、早歩きで手洗いへと向かう。

「うえぇ…………げほっ、げほっ!」

 我慢していた吐き気をマルクは便器に向かって開放する。
 そして、同時に全ての気持ちの悪い感情を吐き出すように嘔吐した。

「僕のせいだ……僕のせいだ僕のせいだ僕のせいだ」

 マルクはまるで呪縛にかかったように頭を変えて連呼する。
 今のマルクはいつもの完璧超人のマルクではなかった。
 憎悪、後悔、その他諸々の負の感情が溢れかえっている。

「僕は……僕は僕は僕は僕は!」

 ドガンッ!

 マルクは隣の壁を自分の拳で思い切りたたいた。
 血が流れる拳を気にすることなくマルクはゆっくりと立ち上がった。

 この瞬間、操り人形は自分で紐を切ったのだった。
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