上 下
50 / 58
ダンジョン

ボス

しおりを挟む
 暗闇に染まっていた視界が徐々に開き始める。
 他の階層と違って血の匂いも金属の匂いもない。
 未開拓地と証明するような状況である。

 そして、私たちの視線の先には、

「オオォ!? ヤットキタカ! ニンゲン!」

 私はその魔物を見た時、人間ではないかと錯覚してしまった。
 やはりそう思ってしまうのは私だけではないようで、

「なっ! あれは魔物じゃないですよね!?」
「あれは…………まさか魔族か!?」
「魔族ってあの伝説の?」

 キールに続いてアレン、マルクの三人は口を大きく上げながら驚愕を顕わにしている。

 魔族とは伝説上の存在である。
 英雄譚や軍記物語などでたまに出てきて、架空の存在だと考えられてきた。
 まぁいわば子供の悪の象徴になっていたのである。

 魔物の上位互換と言えばいいだろうか。
 知能が上がり人間並みの戦術を覚えた者である。

 私は深くフードをかぶりなおして後ろに下がった。

「コレガユウシャパーティーッテヤツカ? イイネ! サッサトタタカオウゼ!」

 どこか片言であるもののその魔族は鞘にさしていた剣を抜刀する。

 見た目はそこまで人間とは変わらない。
 赤く染まった角と尾があり、肉体が緑色に染まっている。
 また筋骨隆々な肉体を備えており、一目で強者と分かってしまう。

「どうしますか? 僕の転移魔法で逃げれると思いますが」
「そうだな。この状況は芳しくない。一度引いた方が――」

 そんな二人の会話を遮るように私は口にする。

「無駄だわ。結界が張られているもの。戦うしかないわよ」
「結界? そんなもの…………いや、薄いが特殊な結界が張られているね」

 マルクが目を凝らしながら部屋を見回す。
 すると、気づいたのか少し驚嘆気味に口にした。

 ちなみに70階層からはすべての階層に結界が張られている。
 何故そんなことを知っているのかって?
 まぁこの結界を作った張本人から聞いたとだけ言っておこう。

「…………三人は下がっていてくれ」

 この現状にアレンは一言だけ告げた。
 分かるのだろう。相手の魔族の実力がマルクとキールには敵わないと。
 
 しかし、そんな理由で二人が下がるはずもない。

「こっそりエリス様にかっこいいところを見せようとしても無駄ですからね」
「そうだね。抜け駆けはよくないね」

 キールとマルクはフードを脱ぎ去ってから杖を構えてアレンの隣に立つ。
 そんな二人にアレンは苦笑いを漏らすものの、少し嬉しそうに大楯を構えた。

「なら、せいぜい俺にかっこいいところをとられないように頑張るんだな!」

 意気揚々としている三人を見て相手の魔族は歪に口角を上げた。

「イイゾ! サッサトコイ!」
「おおおおおおおおおおおぉぉぉ!」

 その魔族の言葉を合図にアレンは大楯を正面に構えて突進し始める。
 アレンの役割は守護者タンカーと言ったところか。

「アッハッハ! チカラショウブカ? オレニハ、ソレジャカテナイゾ!」

 魔族はアレンめがけて長剣を空を薙ぐように振り切った。
 それは今まで見てきた魔物の中で一番速い攻撃であり、重い攻撃であった。

「…………うっ!」

 それを大楯で受け流そうとするが、難しかったようでアレンは壁にドカンと言う音を立てて飛ばされる。
 あの誰にも押し負けたことのないアレンがいとも簡単に飛ばされるなどやはり魔族はレベルが違うようだ。

 アレンの様子を見てマルクは少し表情を青ざめる。
 しかしすぐに詠唱していた魔法を行使した。

「火なる加護のもとに…………【炎地獄ボルケーノ・ノヴァ

 マルクの手から巨大な炎の塊が放たれる。
 それはすべてを焼き尽くすような獄炎であり、熱風が私たちを覆いつくす。
 しかし、魔族は、

「コンナマホウクラワネェゾ!」

 その魔族は長剣で獄炎を切ろうと、大きく長剣を振りかぶった。
 このままではきれいに切断されてしまうだろう。
 だが、どうやら対策方法はあるようだ。

「空間の加護のもとに…………【転移ワープ】!」
「ナッ!?」

 キールは魔族が長剣を振りかざそうとした瞬間に獄炎を転移させる。
 当然、急に目の前から獄炎が姿を消したとなると魔族もその状況に驚愕するしかない。
 そして、その驚愕が注意をうち消してしまう。

 キールが行使した魔法は【転移ワープ】だ。
 そう。ただの打消しではない。

「ギ、ギャアアアアアアァァァァ!」

 背後からの獄炎に魔族は断末魔を上げたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】夫は王太子妃の愛人

紅位碧子 kurenaiaoko
恋愛
侯爵家長女であるローゼミリアは、侯爵家を継ぐはずだったのに、女ったらしの幼馴染みの公爵から求婚され、急遽結婚することになった。 しかし、持参金不要、式まで1ヶ月。 これは愛人多数?など訳ありの結婚に違いないと悟る。 案の定、初夜すら屋敷に戻らず、 3ヶ月以上も放置されーー。 そんな時に、驚きの手紙が届いた。 ーー公爵は、王太子妃と毎日ベッドを共にしている、と。 ローゼは、王宮に乗り込むのだがそこで驚きの光景を目撃してしまいーー。 *誤字脱字多数あるかと思います。 *初心者につき表現稚拙ですので温かく見守ってくださいませ *ゆるふわ設定です

婚約破棄され森に捨てられました。探さないで下さい。

拓海のり
ファンタジー
属性魔法が使えず、役に立たない『自然魔法』だとバカにされていたステラは、婚約者の王太子から婚約破棄された。そして身に覚えのない罪で断罪され、修道院に行く途中で襲われる。他サイトにも投稿しています。

石しか生成出来ないと追放されましたが、それでOKです!

udonlevel2
ファンタジー
夏祭り中に異世界召喚に巻き込まれた、ただの一般人の桜木ユリ。 皆がそれぞれ素晴らしいスキルを持っている中、桜木の持つスキルは【石を出す程度の力】しかなく、余りにも貧相なそれは皆に笑われて城から金だけ受け取り追い出される。 この国ではもう直ぐ戦争が始まるらしい……。 召喚された3人は戦うスキルを持っていて、桜木だけが【石を出す程度の能力】……。 確かに貧相だけれど――と思っていたが、意外と強いスキルだったようで!? 「こうなったらこの国を抜け出して平和な国で就職よ!」 気合いを入れ直した桜木は、商業ギルド相手に提案し、国を出て違う場所で新生活を送る事になるのだが、辿り着いた国にて、とある家族と出会う事となる――。 ★暫く書き溜めが結構あるので、一日三回更新していきます! 応援よろしくお願いします! ★カクヨム・小説家になろう・アルファポリスで連載中です。 中国でコピーされていたので自衛です。 「天安門事件」

公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌

招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」 毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。 彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。 そして…。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

【完結】義姉上が悪役令嬢だと!?ふざけるな!姉を貶めたお前達を絶対に許さない!!

つくも茄子
ファンタジー
義姉は王家とこの国に殺された。 冤罪に末に毒杯だ。公爵令嬢である義姉上に対してこの仕打ち。笑顔の王太子夫妻が憎い。嘘の供述をした連中を許さない。我が子可愛さに隠蔽した国王。実の娘を信じなかった義父。 全ての復讐を終えたミゲルは義姉の墓前で報告をした直後に世界が歪む。目を覚ますとそこには亡くなった義姉の姿があった。過去に巻き戻った事を知ったミゲルは今度こそ義姉を守るために行動する。 巻き戻った世界は同じようで違う。その違いは吉とでるか凶とでるか……。

処理中です...