上 下
28 / 36
3章 養い対決

27話 本気

しおりを挟む
「やっぱりエリーナが作る食事は別格だな……」

 シチューを食べ終えた俺は再び、ソファーでくつろいでいた。今日はくつろいでばかりな気がする。
 勇者時代は、まともに安心して食事をとれることなんてなかった。だから、この何気ない時間さえも幸せに思える。
 しかし、エリ―ナはどこか腑に落ちていないようで、首をかしげていた。
 彼女は俺には聞こえないくらいの小さな声で呟く。

「魔王様にも効く睡眠薬を入れたはずなのに……」
「ん? 何か言った?」
「い、いいえ! 何でもないですよ!」
「そう? なら俺の気のせいかな」

 聞き取れなかった俺はエリ―ナに聞き返したが、エリ―ナはぶんぶんと首を左右に振って否定した。

「そう言えば、この養い対決はいつまであるんだ?」
「いつまで、とは?」
「いや、いつ終わるのかなって……風呂とか睡眠とかもとらないといけないから」

 流石に養い対決といえど、風呂や睡眠は各自で行うはず。
 そう思っていたのに、エリ―ナは驚いたような声を上げた。

「え?」
「ん?」

 想定外の返答に、俺も唖然としてしまう。
 驚くようなことがあっただろうか。一般常識を言ったつもりなんだが。
 しかし、エリ―ナは何故か頬を紅潮させながら、ぼそぼそと呟く。

「も、もちろんエル様が嫌がるのであれば、強制は――」
「うん、嫌です」
「うぐっ、どストレートですね……!」

 俺はエリ―ナの言葉を遮って一蹴した。
 すると彼女は少ししゅんとしつつも、上目遣いで聞いてくる。

「なら、一つだけお願いを聞いてもらえますか?」
「願い? まぁ一つぐらいなら」

 今日一日、エリ―ナには色々と奉仕してもらった。
 だから俺には彼女の願いの一つや二つぐらい聞く義務はある。

「少しそのベッドの上で仰向けになってください」

 エリ―ナは奥にあるベッドに視線を向ける。
 正直に言おう。意味が分からない。
 女性のベッドの上に寝転がるのに抵抗があるのはもちろんのこと、何をするのかも想像がつかない。
 しかし、彼女からは覚悟のようなものが感じられた。

「聞いてくれるんですよね?」
「わ、分かった……」

 射抜くような力強い視線。それに漂う真剣な雰囲気。
 俺はエリ―ナの言う通り、渋々ベッドの上に寝転がる。

 刹那――

「なっ!? これは!?」

 俺の四肢にまとわりつくように鎖が発現する。
 それは誰が見ようと拘束魔法であり、ベッドに術式が仕掛けられていたことは明確。
 もちろん、エリ―ナが自分のために術式を刻んでいましたと言うなら納得出来なくもない。まぁないだろうけど。



「ふっふっふ……」

 ベッドの上で四肢を拘束された俺の上に、朦朧とした目をしているエリ―ナが座る。
 全く状況がつかめない俺は恐る恐る彼女に尋ねた。

「え、エリ―ナ? な、何これ?」
「ふふっ、既成事実さえ作ってしまえば私の……勝ちですね……!」

 しかし俺の言葉はエリ―ナの耳には届かなかったらしい。
 彼女はゆっくりと顔を俺のもとまで近づける。そして……

「ちょっ、ちょっと待って、何をする気で――」
「ではエル様の初めて……いただきます!」
「い、いやああああああぁぁぁぁ!」

 エリ―ナは俺の言葉を遮り、そのまま獲物に食らいつくように顔を近づける。
 俺はあまりの衝撃に絶叫交じりの叫び声を上げながら目を閉じた。
 その直後にカプっ、と何かが起きるのと同時に、少しチクリと首元に電流が走る。
 それはあまりにも経験したことのない感覚で、理解するのに多少の時間を要する。

「ん? カプっ?」

 俺はゆっくりと目を開けると、何故か血の気が引くように感じた。
 それもそうだろう。だって、実際に血を吸われている、、、、、、、、のだから。

「……美味しいの?」
「ふふっ、美味しいです、最高です」

 俺がジト目でエリ―ナに聞くと、エリ―ナは満足そうな笑みを浮かべる。そして、再び俺の首に歯をたてて吸血を始めた。
 そんなに幸せそうな顔をされたら、怒るにも怒れなくなるじゃないか。

「血と魔力を吸ってるのか?」

 微量だが、少しずつ体内を循環している魔力が減っているように感じた。
 これぐらいの量なら何ともないが、魔力を吸われるということは今までに一度もなかったので違和感が大きい。
 すると、エリ―ナは吸血を止め、口を拭いながら言う、

「はい、本当に温かくて、濃厚で――」
「感想は言わないでくれ、寒気がするから」

 俺は苦笑を漏らしながらも彼女の言葉を遮り、拘束魔法を解除してもらう。
 そして俺の上に乗っている彼女をどかせて、ゆっくりと体を起こした。
 彼女が落ち着いた様子を確認すると、俺はベッドに腰かけたまま、彼女に向き合って告げる。

「じゃあ始めようか」
「ほ、本番ですか!? そ、それならお風呂に……」

 どうして魔族は皆、急に距離感がおかしくなるのだろうか。
 ラナに似てきた、と思ったがこれはラナよりも重症かもしれない。

「弁解の場を設けようって意味だよ。何で急に吸血をしたんだ?」
「そ、それはですね……」

 エリ―ナは俺から目をそらし、少し焦りを見せながらも説明を始めたのだった。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

攫われた転生王子は下町でスローライフを満喫中!?

伽羅
ファンタジー
 転生したのに、どうやら捨てられたらしい。しかも気がついたら籠に入れられ川に流されている。  このままじゃ死んじゃう!っと思ったら運良く拾われて下町でスローライフを満喫中。  自分が王子と知らないまま、色々ともの作りをしながら新しい人生を楽しく生きている…。 そんな主人公や王宮を取り巻く不穏な空気とは…。 このまま下町でスローライフを送れるのか?

神速の成長チート! ~無能だと追い出されましたが、逆転レベルアップで最強異世界ライフ始めました~

雪華慧太
ファンタジー
高校生の裕樹はある日、意地の悪いクラスメートたちと異世界に勇者として召喚された。勇者に相応しい力を与えられたクラスメートとは違い、裕樹が持っていたのは自分のレベルを一つ下げるという使えないにも程があるスキル。皆に嘲笑われ、さらには国王の命令で命を狙われる。絶体絶命の状況の中、唯一のスキルを使った裕樹はなんとレベル1からレベル0に。絶望する裕樹だったが、実はそれがあり得ない程の神速成長チートの始まりだった! その力を使って裕樹は様々な職業を極め、異世界最強に上り詰めると共に、極めた生産職で快適な異世界ライフを目指していく。

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

最強スキルで無双したからって、美女達によってこられても迷惑なだけなのだが……。冥府王は普通目指して今日も無双する

覧都
ファンタジー
男は四人の魔王を倒し力の回復と傷ついた体を治す為に魔法で眠りについた。 三十四年の後、完全回復をした男は、配下の大魔女マリーに眠りの世界から魔法により連れ戻される。 三十四年間ずっと見ていたの夢の中では、ノコと言う名前で貧相で虚弱体質のさえない日本人として生活していた。 目覚めた男はマリーに、このさえない男ノコに姿を変えてもらう。 それはノコに自分の世界で、人生を満喫してもらおうと思ったからだ。 この世界でノコは世界最強のスキルを持っていた。 同時に四人の魔王を倒せるほどのスキル<冥府の王> このスキルはゾンビやゴーストを自由に使役するスキルであり、世界中をゾンビだらけに出来るスキルだ。 だがノコの目標はゾンビだらけにすることでは無い。 彼女いない歴イコール年齢のノコに普通の彼女を作ることであった。 だがノコに近づいて来るのは、大賢者やお姫様、ドラゴンなどの普通じゃない美女ばかりでした。 果たして普通の彼女など出来るのでしょうか。 普通で平凡な幸せな生活をしたいと思うノコに、そんな平凡な日々がやって来ないという物語です。

アレイスター・テイル

ゴリラ・ゴリラ・ゴリラ
ファンタジー
一ノ瀬和哉は普通の高校生だった。 ある日、突然現れた少女とであり、魔導師として現世と魔導師の世界を行き来することになる。 現世×ファンタジー×魔法 物語

破滅する悪役五人兄弟の末っ子に転生した俺、無能と見下されるがゲームの知識で最強となり、悪役一家と幸せエンディングを目指します。

大田明
ファンタジー
『サークラルファンタズム』というゲームの、ダンカン・エルグレイヴというキャラクターに転生した主人公。 ダンカンは悪役で性格が悪く、さらに無能という人気が無いキャラクター。 主人公はそんなダンカンに転生するも、家族愛に溢れる兄弟たちのことが大好きであった。 マグヌス、アングス、ニール、イナ。破滅する運命にある兄弟たち。 しかし主人公はゲームの知識があるため、そんな彼らを救うことができると確信していた。 主人公は兄弟たちにゲーム中に辿り着けなかった最高の幸せを与えるため、奮闘することを決意する。 これは無能と呼ばれた悪役が最強となり、兄弟を幸せに導く物語だ。

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します

有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。 妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。 さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。 そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。 そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。 現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

処理中です...