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2章 囚われの姫

17話 日常へ

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「ふぅ、これで大丈夫かな」

 術式の再構築を終えた俺はどっと疲労感をあらわにする。
 フィーリアの前では余裕を見せていたが、やはり国一つ覆う結界。一筋縄ではいかない。
 結局、魔力変換効率は格段に上げられたものの、制約を外すことは出来なかった。
 現段階では今後もフィーリアの血族の魔力を必要とするだろうが、今までのように苦しむことはなくなるはず。
 俺は外で待たせている彼女に報告するため、重い腰をゆっくりとあげて扉へと向かう。

「フィーリア、結界の再構築が終わ――」

 しかし俺の言葉が言いきられることはなかった。
 扉を開いて、視界に入ったのはフィーリアでも虚無空間でもない。
 目頭を赤くしたアスラだった。

「本当にありがとう!」
「うわっ!?」

 アスラは腰を折り、深々と俺に向かって頭を下げる。
 誠心誠意の塊のような彼の姿に俺はただ驚いてしまった。 
 俺が何か言葉を発しようとする隙もなく、アスラは頭を下げたまま続ける。

「フィーリアから全て聞いたよ。どれだけフィーリアのために動いてくれたか」

 その声は弱弱しくて、かすれていて。

「僕では妹を連れ出すことが出来なかった。そんな覚悟も力も持ち合わせていなかった」

 その声はまるで自分を叱責しているようだった。
 なのにアスラの表情は、瞳は、一切の濁りもなくて。
 瞳は澄み切っており、表情には自然と笑みが漏れていた。

「全て君のおかげだよ。本当にありがとう」

 『ありがとう』それは今まで何度もかけられてきた言葉。
 勇者として何度も言われてきて、言われることが当たり前となっていた言葉。
 なのにどうしてここまで胸が温まるのだろうか。今まで一度もビクともしなかった心が揺れるのだろうか。

 高鳴る鼓動を抑えて平然を装い、アスラの面を上げさせる。

「顔を上げてくれ。俺は出来ることをやっただけなんだし。それに制限は残ってるから、フィーリアにはこれからも結界師の仕事は続けてもらわなければならない」
「そ、その再構築というのはどれくらい効率が上がったんだい?」
「一日に一回の補充で大丈夫じゃないかな。まぁ回復ポーションを飲む必要はなくなるな」
「なんと感謝すればいいのやら……靴でも舐めたらいいかな?」

 冗談のような言葉だが、アスラの目は一つも笑っていなかった。
 彼は本気で靴を舐めてもいいと思えるほど感謝の意をあらわにしている。
 そんなアスラの背後で一人の女性が頬を赤く染めながらも彼を睨みつけていた。

「お兄ちゃん止めてよ……恥ずかしいから……」

 もちろんこの場にいる女性とはフィーリア以外当てはまらない。

「いや、フィーリアこそさっき言っていたじゃないか。『エルのためなら私はなんでも――』」
「ああああああああぁぁぁ! 何言ってるのお兄ちゃん! そんな嘘つくの止めてよね!」

 何か言おうとしていたアスラの言葉にかぶせるようにフィーリアは叫んだ。
 だが負けじとアスラも堂々と告げる。

「そんなはずはない! 僕はフィーリアの言葉なら一言一句覚えてるから!」
「うわっ……それはキモイ」
「実の兄にドン引き!? 僕はフィーリアのためを思って――」
「はいはい。それでエル。私からも改めて」

 そんなアスラの抗議をフィーリアは軽くあしらい、俺の正面に立つ。

「本当にありがとう。エルのおかげで私は救われたわ」

 フィーリアは力強い視線で俺を射抜いた。
 俺は感謝されたかったわけじゃない。
 信頼を得るために行動したわけでも、勇者として行動したわけでもない。
 これは自らの意思で、未来の自分が後悔しないために行動した。
 もう二度と過ちを犯さないために。二度と道を踏み外さないように。
 だからこれほどまでにも胸が高鳴るのかもしれない。

 フィーリアはふざけた様子もなく、本心から何の着色もない言葉を口にする。

「エルは偽善者でも何でもない。私にとっては本物の勇者なのよ」 

 どれほどの憎悪の感情があろうと、どれだけ高く厚い壁があろうと。
 人間と魔族は手を取り合える。それを証明するような光景だった。

 俺は本当にアルに拾ってもらえて良かったと心から感謝した。
 アルと出会っていなければ、俺は二人と戦うことになっていたかもしれないから。

「「…………」」

 恥ずかしさからか、どことなく互いに気まずい空気がこの場に流れる。
 そんな様子を見てアスラは気遣うように口を開くが、

「もちろん僕にとっても――」
「もう! お兄ちゃんは余計なこと言わないで!」

 ことごとくアスラの言葉はフィーリアに遮られる。

「ふぃ、フィーリア!? 久々の再開なのに当たりきつくないかい!? 昔はお兄ちゃんお兄ちゃんって抱き着てきてたのに……」
「なっ、何年前の話をしてるのよ……っ!」

 フィーリアは羞恥に顔を真っ赤に染めながらアスラの肩をこつんと殴った。
 フィーリアとアスラもこうして面と向かって気軽に話すのは久しぶりだったのだろう。
 そんな二人の仲睦まじい会話を見ていると、アスラが申し訳なさそうに言った。

「あ、勢い余って距離感間違えちゃってごめんね? 僕が誰かは聞いてるかな?」
「もちろん。一目見て魔王軍幹部のアスラだと分かったよ」

 最初から頭を下げられたのは正直驚いたが、今では納得さえ出来る。
 アスラは不機嫌でも不愛想でもない。本来はこれほど陽気な男なのだ。まぁここまで暑苦しければフィーリアが嫌がるのも分かるけど。
 すると彼は俺を心配するように聞いてくる。

「そういえばエルの来訪理由は決まったのかい?」
「いや、それがまだ決まってないんだ。だからこうして魔王城からも出れない」

 今頃、アルとエリ―ナは準備をしているはず。
 一日交替で養い体験をさせるとか言っていたが、何をされるのだろうか。
 そもそも何故俺は養われることが決まっているんだ?

 そんなことを考えていると、アスラは何か思いついたのか、微笑を浮かべた。

「そうか……なら僕に良い提案があるんだ」
「良い提案?」

 アスラとしても何か俺に恩返しをしたいと思っているのかもしれない。
 彼は少し口角をつり上げながら、

「うん。それは――」


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