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2章 囚われの姫

8話 親睦

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 魔王城の散策を始めて半日が経った。
 半分以上は午前中にまわれたと思う。
 大庭園や大浴場を見た時には腰が抜けそうになった。広くて、豪華で。あれはもう……嫉妬を通り越して感嘆するしかない。
 その後、俺とラナは軽く昼食を済ませて、午後からの時間を大書庫で使うことにした。

 ◆

 大書庫に向かう道中、俺は辺りに視線を散らしながら言う。

「思ったより魔王城って人が少ないんだな」

 この大通りも閑散としており、俺とラナ以外に人が見当たらない。
 もっと他の魔族と交流できるのだと思っていたが、午前中に出会ったのは数人だけだった。

「そうですね。人間とは違って、王族文化がさほど濃くありませんから。魔王様、魔王幹部、あとは使用人ぐらいでしょうか」
「魔王幹部はエリーナ以外にあと二人いるんだっけ?」
「はい、結界師のフィーリア様、魔剣使いのアスラ様です」

 ラナ曰く、魔王幹部は三人、それぞれの役目を持っているらしい。
 エリーナは魔王の世話係兼、この国を支える脳として。
 フィーリアはこの国をどんな脅威からも守る盾として。
 アスラはすべての敵を打ち砕く一本の剣として。 
 人間界で言うところの勇者パーティーのようなものだろう。

「アスラはさっき食堂で会った男だよな? あの不機嫌そうな」
「えぇ、よく分かりましたね?」
「完全に一人だけ毛色が違ってたから。魔王幹部なんだろうな、とは思ってた」

 アスラという男は、かなりの強者だ。それは近づかなくても感覚的に分かった。
 洗礼された肉体、ビシビシと伝わる至高まで鍛え上げられた魔力濃度。
 もしかしたら【武神】や【賢者】より強いかもしれない。

「あの男、めっちゃ努力家だろ?」
「えぇ、そうですが……そのようなことも分かるのですか? アスラ様は努力している姿を誰にも見せないので、ほぼ誰にも知られていません」

 人は彼のような者を天才と言うのかもしれない。
 しかしあれは毎日必死に努力して、抗って、渇望して。
 そうやって手に入れた力のはず。

「ちょっと似たような目をしたやつを知ってたから」

 どれだけ渇望しても満たされない底なしの沼。
 それは一般人が感じるような感覚ではない。
 重い肩書だったり、誰か人質に取られてたり、取り返しのつかない過去を持っていたり。
 絶対に覆せない運命を背負った者がするような目だった。

「ちなみにフィーリア様はアスラ様の妹君です」
兄妹きょうだいで幹部か。それはすごいな」

 魔王幹部なんてそう簡単になれるものでもないだろうに。
 二人とも相当な努力を積んだのだろう。一度でいいから手合わせしてみたいものだ。
 そんなことを考えていると、俺の隣でラナはふと思い出したのか、

「そういえばアスラ様が笑わなくなったのはフィーリア様が不治の病にかかってからですね」
「不治の病?」

 俺は聞きなじみのない単語に眉をひそめた。
 不治の病、そんな言葉は千年以上前に消えている。
 この世に魔法という概念が生まれてから、大抵の場合、回復魔法かポーションで治療することが出来るから。
 手術をする場合でも補助魔法があるため、失敗する確率なんてゼロに等しい。
 そう、この世界では病や怪我などで命を落とす者なんていないのだ。

「誰にもわからない病らしいです。私も詳しくは知りませんが」
「そうか……」

 アルの魔法技術は俺や【聖女】よりも優れている。
 今まで出会ってきた者たちは底が見えたのに、アルの底はまるで深淵のように暗く、見通せない。
 そんなアルが病一つ治せない? どこかきな臭いような気がする。

「フィーリアって魔王城にいるんだよな。どこにいるんだ?」
「地下にある自室で療養しているはずですが……どうしてそんなことを聞くんですか?」
「い、いや……いつか見舞いにでも行けたらなと思って。それより……」

 俺は話題を変えるように言った。

「ここが大書庫? めっちゃ大きくない?」

 大書庫にたどり着くと、その圧倒的な本の数の多さに立ち眩みしそうになる。
 前後左右どこをみても、本、本、本本本……
 それに、一人で来ていたら道に迷ってしまうのではないか、そう思うほど大書庫は広かった。

「はい。魔王城の一割を占めてますからね。一度私もここにある本の数を数えようとしたのですが、一千万冊ほどで諦めてしまいました。予想ですが六千万冊ほどあると思います」
「ろ、六千万冊!? な、なんじゃそりゃ……」
「たくさんの種類の本がありますからね」

 魔法書や教科書などもあるのだと、彼女は付け加えて言う。
 その数を聞くと、この大書庫の広さに納得出来るような、出来ないような。
 もしかしたらこの世の全てはここにあるのでは?

「これから毎日少しずつ、魔界や魔族については私がお教えします。なのでエル様はご自由に気になる本をお読みください」
「いいのか? ラナにも負担をかけるんじゃ……」

 俺は今日一日でメイドや使用人を何人も見てきた。
 皆忙しそうで、手が空いているようには見えない。
 それはラナも同様だ。俺の世話以外にも仕事は残っているはず。
 なのにラナは快く受け入れてくれる。

「私は少しでもエル様の役に立てるのなら嬉しいです。それが私の仕事ですから」

 その言葉は昨日までの完璧なメイドとしての受け答えとは異なっていて。
 紛れもなくラナが本心から口にした言葉だった。
 だから俺も大船に乗ったつもりで彼女に頼ろうと思う。
 するとラナは、どこか小悪魔的な笑みを浮かべ、俺の顔を下からのぞき込むように近づきながらぼそっと呟いた。

「それに私もレースに参加してみたくなりましたから」

「……え?」

 息がかかりそうな距離。互いの表情が瞳に映り、交差する。
 その頬を赤く染めたラナの笑みは、メイドの笑みでも、今までのラナの笑みでもなくて。
 俺にはレースの意味もラナの真意も分からない。
 それなのに、どうしてこれほどまで心拍数があがっているのだろうか。
 そんな俺の動揺している反応を見て、ラナは「今はこれで満足です」と口にしながら幸せそうに微笑む。

「まぁその話はまた今度にしましょう。それより、本どれにします?」
「あ、うん。どれがいいかな……」
 
 再び距離をとったラナを見てホッと安堵し、どこか残念に感じた。
 安堵は分かる。でも残念ってどういうことだ……?
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