上 下
72 / 74

72話 影の集団

しおりを挟む
「えぇ、二人で協力してがんば――」
「アレン様! お待たせしました!」
「ごめんなさい。アリア様、クロ先輩がどうしてもと聞かなくて……」

 緊張が走っていたこの場に二つの声が響く。
 一人はネイトだ。シアンを安全なギルドまで送り、戦場へと戻ってきてくれたのだろう。
 もう一人は聞き覚えがない。アレンの知り合いっぽいけど……

「クロ、どうしてお前がここに?」
「前にアレン様がおっしゃっていたではないですか! 魔族が現れたと!」
「ま、魔族? 何の話だい?」

 アレンは意味が理解できていないようで首を傾げている。

 そもそも、あの伝説上の魔族が存在することはまずない。
 何故なら魔族を封印するため、私たちの村が九十九層で百層の扉を守護しているのだから。
 祖父の目が光っている限り、魔族がダンジョンに出ることも、地上に出ることも絶対にありえない。

「時間を止めたり、山一つ越えるほど飛ばされたり……自分たちが雑魚とまで卑下してたではありませんか!」
「あっ、その話か……」
「時間を止める?」

 私は納得したアレンを横目に目を細める。
 時間を止めるなんて芸当を可能にする者など、私の知る限り一人しかしらない。
 アレンはクロに説明するために、口を開こうとした。
 しかしクロにその言葉が届くことはない。

「それは魔族じゃなくてえいゆ――」
「さすがの私でも分かります。アレン様の背後にいるのが魔族なんですね!」

 クロは私たちの背後で仁王立ちをしているクラウスに視線を向ける。 
 彼は先ほどから私たちの話が終わるのを律義に待っていた。
 それは余裕なのか、傲慢なのか。どちらにしろハデスの力に溺れていることは確かだ。

「いや、こいつはクラウ――」
「そりゃあ私たちもアレン様のように強くはありません! ですが一応私たちもA級並みの実力は持ち得ています! 足手まといにはなりません!」

 どれだけアレンが説明しようと、クロは聞く耳を持たない。
 こうなったらこちらが折れるしかないだろう。

「アレン、もうクラウスが魔族ってことにしちゃいましょ」
「あはは……まぁ見た目は完全に魔族ですからね」

 私の提案にアレンは苦笑を浮かべながら頷いた。
 この状況下でクロとネイトが参戦してくれるのは非常に助かる。
 私の補助魔法をかけ合わせれば二人も十分、アレンに次ぐほどまでには成長させられるだろう。

「クロの言う通りだよ。手伝ってくれるかい?」
「えぇ! 私はあなたの影ですから!」

 クロはアレンの言葉に応えるように強く頷く。
 そして、彼は高らかに叫んだ。

「お前ら! やるぞ!」
「「ん? お前ら?」」

 私とアレンはクロの言葉に違和感を持つ。
 クロとネイトしかこの場にはいないはずなのに……
 そんな私たちの疑問はすぐに明らかになった。

「やっと出番か。待ちくたびれたぜ」
「ふふっ、魔族はまだ切ったことがありませんの。切り甲斐がありそうですわね」
「この国を脅かす者なら容赦なく殺す。殺す殺す殺す」

 クロとネイトの影から黒いフードをかぶった者たちが現れる。
 その数は五十を超えており、複数の殺気が結界内に漂う。

「く、クロ!? これはどいうことだ!?」
「念のために援軍を連れてきてたんです! 全員、他ギルドの諜報部だったり、王族に仕えている者なので、A級並みの実力はあります!」
「「……は?」」

 私とアレンは同時に素っ頓狂な声をあげてしまった。
 そもそもA級は一国に数十人しかいないと言われている、冒険者の中でもエリートのことを指す。
 それが五十人? 何を言ってるのかな?

 クロは驚いている私たちを気にかけることなく、声を荒げた。

「行くぞお前ら! 魔族をぶち殺せ!」
「「「おおおおぉぉぉ!」」」

 本当に暗殺者なのか? と思ってしまうほどの声量で暗殺者たちは応える。
 そして、五十人の大群はクラウスめがけて疾駆した。

「ちょ、ちょっと待て! その数は聞いて――」

 先ほどまで余裕を見せていたクラウスも、流石にこの人数は想定していなかったのだろう。
 表情を一瞬で青ざめる。と言ってもクラウスはハデスの魔力で真っ黒なので、あくまで比喩的な表現だが。

 暗殺者たちは一目見るだけでも危険だと分かる武器を構えた。
 一人は巨大なハンマーを、一人は肉切り包丁を、一人は奇妙な液体が滴る剣を。

「死ねえええぇぇぇ! クソ魔族がぁぁぁ!」
「切り刻んでやりますわ!」
「殺す殺す殺す!」

 彼らはまるで飢えた獣のようにクラウスに飛び掛かった。
 当然、強大な力を手に入れたとしても、クラウスがこの人数をさばけるわけもなく。もらった力をすぐに扱えるわけもなく。

「い、いやああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 クラウスの断末魔が結界内に響き渡った。
 しかし、暗殺者たちの猛攻が止むことはない。たかるように暗殺者は攻撃を仕掛けていく。
 流石に殺されはしないだろうが、クラウスは死ぬよりも苦しいものを経験することになるだろう。
 うん、本当にご愁傷です。

「じゃあ帰ろっか。アレン」
「え、えぇ。なんかほんとにあっさり終わっちゃいましたね」
「そうね。あれじゃあクラウスも何も出来ないだろうし」
「さっきまで魔神がいたってのが信じられませんよ」

 覚悟を決めていたアレンは肩の力をどっと抜く。
 そんな彼に対して、私は確かな違和感が頭の中でしこりのように残っていた。

「魔神ね……」

 ハデスを捕らえられるような者、ハデスに召喚術式を刻めるような者。
 それこそ魔族なんて存在ではないと不可能なはず……
 
 そんなことを考えながら私はアレンと一緒に帰路に着く。
 こうして国を揺るがすはずの一大事件は、一夜のうちに影で処理されたのだった。

****

 本当に更新が遅れてすみませんでしたああああああぁぁぁぁ!
 学年末テストとかいうやつと、色々なタスクがたまってまして……
 本当にこんなに期間が空いたにもかかわらず、読んでくださる読者の皆様には感謝しかありません。
 もうこんなことにならないように、残り2話は明日と明後日で終わらせる予定です。
 最後までお付き合いいただけると嬉しいです!
しおりを挟む
感想 91

あなたにおすすめの小説

【完結】え、別れましょう?

須木 水夏
恋愛
「実は他に好きな人が出来て」 「は?え?別れましょう?」 何言ってんだこいつ、とアリエットは目を瞬かせながらも。まあこちらも好きな訳では無いし都合がいいわ、と長年の婚約者(腐れ縁)だったディオルにお別れを申し出た。  ところがその出来事の裏側にはある双子が絡んでいて…?  だる絡みをしてくる美しい双子の兄妹(?)と、のんびりかつ冷静なアリエットのお話。   ※毎度ですが空想であり、架空のお話です。史実に全く関係ありません。 ヨーロッパの雰囲気出してますが、別物です。

無能だとクビになったメイドですが、今は王宮で筆頭メイドをしています

如月ぐるぐる
恋愛
「お前の様な役立たずは首だ! さっさと出て行け!」 何年も仕えていた男爵家を追い出され、途方に暮れるシルヴィア。 しかし街の人々はシルビアを優しく受け入れ、宿屋で住み込みで働く事になる。 様々な理由により職を転々とするが、ある日、男爵家は爵位剥奪となり、近隣の子爵家の代理人が統治する事になる。 この地域に詳しく、元男爵家に仕えていた事もあり、代理人がシルヴィアに協力を求めて来たのだが…… 男爵メイドから王宮筆頭メイドになるシルビアの物語が、今始まった。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

公爵家次男はちょっと変わりモノ? ~ここは乙女ゲームの世界だから、デブなら婚約破棄されると思っていました~

松原 透
ファンタジー
異世界に転生した俺は、婚約破棄をされるため誰も成し得なかったデブに進化する。 なぜそんな事になったのか……目が覚めると、ローバン公爵家次男のアレスという少年の姿に変わっていた。 生まれ変わったことで、異世界を満喫していた俺は冒険者に憧れる。訓練中に、魔獣に襲われていたミーアを助けることになったが……。 しかし俺は、失敗をしてしまう。責任を取らされる形で、ミーアを婚約者として迎え入れることになった。その婚約者に奇妙な違和感を感じていた。 二人である場所へと行ったことで、この異世界が乙女ゲームだったことを理解した。 婚約破棄されるためのデブとなり、陰ながらミーアを守るため奮闘する日々が始まる……はずだった。 カクヨム様 小説家になろう様でも掲載してます。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

悪役令嬢に転生したおばさんは憧れの辺境伯と結ばれたい

ゆうゆう
恋愛
王子の婚約者だった侯爵令嬢はある時前世の記憶がよみがえる。 よみがえった記憶の中に今の自分が出てくる物語があったことを思い出す。 その中の自分はまさかの悪役令嬢?!

ブラックギルドマスターへ、社畜以下の道具として扱ってくれてあざーす!お陰で転職した俺は初日にSランクハンターに成り上がりました!

仁徳
ファンタジー
あらすじ リュシアン・プライムはブラックハンターギルドの一員だった。 彼はギルドマスターやギルド仲間から、常人ではこなせない量の依頼を押し付けられていたが、夜遅くまで働くことで全ての依頼を一日で終わらせていた。 ある日、リュシアンは仲間の罠に嵌められ、依頼を終わらせることができなかった。その一度の失敗をきっかけに、ギルドマスターから無能ハンターの烙印を押され、クビになる。 途方に暮れていると、モンスターに襲われている女性を彼は見つけてしまう。 ハンターとして襲われている人を見過ごせないリュシアンは、モンスターから女性を守った。 彼は助けた女性が、隣町にあるハンターギルドのギルドマスターであることを知る。 リュシアンの才能に目をつけたギルドマスターは、彼をスカウトした。 一方ブラックギルドでは、リュシアンがいないことで依頼達成の効率が悪くなり、依頼は溜まっていく一方だった。ついにブラックギルドは町の住民たちからのクレームなどが殺到して町民たちから見放されることになる。 そんな彼らに反してリュシアンは新しい職場、新しい仲間と出会い、ブッラックギルドの経験を活かして最速でギルドランキング一位を獲得し、ギルドマスターや町の住民たちから一目置かれるようになった。 これはブラックな環境で働いていた主人公が一人の女性を助けたことがきっかけで人生が一変し、ホワイトなギルド環境で最強、無双、ときどきスローライフをしていく物語!

誕生日当日、親友に裏切られて婚約破棄された勢いでヤケ酒をしましたら

Rohdea
恋愛
───酔っ払って人を踏みつけたら……いつしか恋になりました!? 政略結婚で王子を婚約者に持つ侯爵令嬢のガーネット。 十八歳の誕生日、開かれていたパーティーで親友に裏切られて冤罪を着せられてしまう。 さらにその場で王子から婚約破棄をされた挙句、その親友に王子の婚約者の座も奪われることに。 (───よくも、やってくれたわね?) 親友と婚約者に復讐を誓いながらも、嵌められた苛立ちが止まらず、 パーティーで浴びるようにヤケ酒をし続けたガーネット。 そんな中、熱を冷まそうと出た庭先で、 (邪魔よっ!) 目の前に転がっていた“邪魔な何か”を思いっきり踏みつけた。 しかし、その“邪魔な何か”は、物ではなく────…… ★リクエストの多かった、~踏まれて始まる恋~ 『結婚式当日、婚約者と姉に裏切られて惨めに捨てられた花嫁ですが』 こちらの話のヒーローの父と母の馴れ初め話です。

処理中です...