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22話 大工

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 原初の剣へと帰ると、私はただ唖然とすることしか出来なかった。

「……え?」

 つい先ほどまであったはずのボロボロな建物は跡形もなく消えている。
 その代わりとでもいうように真新しい高級そうなギルドが位置していた。

 この場所で合っているはずだ。
 私は何度も確認するがこの立地は先ほどまで原初の剣のギルドがあった場所である。

 私は恐る恐る扉を開けて中に入った。
 するとにこにこと笑みを浮かべているシアンが飛びつくように寄ってきた。

「あっ! アリアさん! お帰りなさい!」
「た、ただいま。シアン。これどういう状況なの?」

 中は外装とは違ってまだ粗造りである。
 しかし、今も何名もの職人が手をかけて改築している最中であった。
 どの職人もなかなかの実力者に見える。
 これほどの人員、原初の剣に払える財力はなかったはずなのだが、どんな手段を使ったのだろうか。

 そんな私の疑問に答えるようにシアンは答える。

「アリアさんと別れた後、ある人が来たんですよ!」
「ある人?」
「あれですよ」

 シアンは苦笑を漏らしながら私の下方に視線を向けた。
 地面に何か落ちているのだろうか。私はゆっくりと視線を落とした。
 すると、そこには何者かが頭を地面にこすりつけて平伏しているではないか。

「うわっ!? だれ!?」
「この度は誠に申し訳ございませんでしたああああああぁぁぁ!」

 私が驚くのと同時にその者は誠心誠意込めて謝罪してくる。
 これほどまで心がこもった謝罪は久しぶりに聞いたかもしれない。
 しかし、ここまでされると謝罪しているというより変質者だ。
 そんな変質者の声に私は聞き覚えがあった。

「まさかその声……ルーカス?」
「はい! お久しぶりです! アリアさん!」

 私が尋ねるとルーカスはにっこりと顔を上げて頷く。
 そんな変わらない彼を見て私をホッとしながらも尋ねた。

「ねぇ、ルーカスってもしかして偉い人になってるの? さっきに会いに行っても会わせてくれなかったのだけれど」
「その件については本当にすみませんでした!」

 私が尋ねるとルーカスは地面におでこをゴンゴンと叩きつけて謝罪してくる。

「一応、俺は今大工のトップにねっておりまして……」
「へぇ。トップになったんだ。トップねぇ……トップ……は?」

 彼の言葉を聞いて私は最初全く理解できなかった。
 トップ? その事務所内での話だろうか。

「今や世界一の大工と呼ばれるまでになってるんです。なので個人と関わることはしてなくてですね……あ、もちろんアリアさんは例外ですよ?」
「せ、世界一? じょ、冗談よね?」
「本当ですよ! アリアさんの教育のおかげで急成長することが出来たんです!」

 ルーカスは戸惑っている私にトドメをさすように告げた。
 この目の前で平伏している男が世界一らしい。信じられるはずもない。

「本当にアリアさんの教育は凄かったですよ! 大森林での日々は今も鮮明に思い出せます」

 私がルーカスにした教育法は森林に放置することだった。
 普通なら一生懸命基礎の訓練をさせるところを、私は彼を大森林に放り出したのだ。

『一つの家具を作れば食料が供給されるシステムになってるわ』

 今考えたら完全にスパルタどころではないが、あの時の私はルーカスにそう告げた。
 もちろん大森林に木材以外の材料はない。
 結果ルーカスは一か月にわたって五十を超える木製の家具を作りあげる。最終日など一人で家まで完成させるほどに成長していた。

「あの時俺は木に関して深く理解することが出来ました。自然と融合したような感覚。あれがなければ今の俺はいません」

 シアンもそうだが教え子たちは私をいつも過大評価している。
 私は彼らに最短距離を提示しているだけだ。そこから成長しているのは彼ら自身の努力の賜物である。

「ま、まぁひとまず世界一については後で詳しく聞くわ。それよりこれはどういうこと?」
「シアン君が、『リフォームがしたくて困ってるってアリアさんが言ってたよ』というものですから全職人を招集して改築しているわけです!」
「うん。そういうことね……てなるかああああぁぁぁ!」
「な、何かダメな箇所がありましたか!? それならすぐに修正を――」
「他の仕事はどうしたのよ!? 世界一ならもっと大切な仕事があるでしょ!」

 先ほどルーカスは全職員と口にした。
 もし、追い出された事務所がルーカスのものであるなら、多くの取引先があるはずだ。
 有名ギルドや貴族と関係があってもおかしくない。
 そんな状況下、全職員がこの場にいるということは仕事を投げ出しているかもしれないということだ。

 動揺している私を落ちつけるようにルーカスは答える。

「もちろん急いで終わらせるので支障は出ませんよ。ですが一つだけ捨てました・・・・・ね」
「捨てた?」

 よく分からない言葉に私は聞き直す。
 するとルーカスは拳を握りしめ、少し苛立ちをあらわにしながら告げたのだった。

「えぇ。一番大きな取引先を捨ててやりました。もうあそこ・・・には用はない」
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