愛 need you ーあなたに愛されなければ呼吸すらできないー

橋本しら子

文字の大きさ
上 下
30 / 41

29

しおりを挟む
「時間外なのに、本当にすみません」
「気にしなくていいって。それに、頼ってもらえるのは医者冥利に尽きるよ」
 
 陽が落ちるのが大分遅くなったこの時期だが、診療時間外の診察室から見える窓の景色は闇に包まれている。
 この診察室の他の医療スタッフは先に帰らせたのか、迎えてくれたのは黒川のみだった。
 検査結果の書かれたカルテを見ていた黒川は、ふぅっと一息吐き出すとカルテから目を離して律の方へ向き直った。

「どう、でした?」
「色々と言いたいことはあるけれど……結論から言ってしまうと、軽度の分離性不安症候群ってやつかな」
「分離性、不安症候群?」

 黒川の説明によれば、幼い子などが母親から離れると不安を感じるそれと同じようなものだと言うことらしい。

「君の場合はオメガ性のものだから、少し違うけどね」

 オメガ性の分離性不安症候群は、番と離れたオメガに起こりやすい。希にではあるが、重症なものだと衰弱死した例もあるそうだ。

「僕、紫藤さんとは番になってないですよ?」
「それは音無くんが、伊織先輩を運命の番と認識してしまっているからじゃないかな」

 普通のオメガであれば、番わなければこんなことにはならなかったのかもしれない。運命の番と言うだけで、好かれているかもわからない相手にここまで振り回されなければならないなんて。運命の番というものは本当に厄介極まりないシステムだと改めて再認識した。

「で、伊織先輩はまだ家には帰ってこない?」
「そうですね。構内に紫藤さんの匂いがするから、医務室にいるって言うのはわかってるんですけど」
「そっか……」

 困ったように笑う黒川に、律も釣られて苦笑する。

「伊織先輩には困ったものだけど、このままだと音無くんも辛いよね」

 再びカルテに目を移した黒川は暫く考えんでいたが、なにか思い付いたのかパソコンに文字を打ち込み始めた。

「音無くん、大分オメガとして安定してきてるみたいだから大丈夫かな」

 静かな診察室にカチカチとキーボードの音が響く。医療方面には疎いので、パソコン画面に打ち込まれたカタカナの羅列が何なのかは、律にはわからない。

「それに、その顔色の悪さ……これ以上症状が続くようなら入院も考えないと」
「僕、そんなに体調悪そうに見えます?」
「見えるから言ってるんだよ」

 間髪入れずにピシャリと言われてしまった。友人にすらそう言われるのだから、医者である黒川の目にもやはりそう映っているのだろう。

「分離性不安症候群の他にも、軽いけど栄養失調も起こしてるし……」
「栄養……」

 栄養面に関しては思い当たることしかないのでぐうの音も出ない。

「目の下に隈もできてるから、ちゃんと眠れてないんだろう? それのせいもあって症状が悪化してるところもあるんだよ」

 まだ大丈夫だと思っていた律だったが、医者の診断では全然大丈夫ではないという結果が出てしまった。
 あの時に黒川に連絡を取っていなければ、最悪倒れていたのかもしれない。体調の悪さに気付いてくれた友人には感謝しかなかった。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

見ぃつけた。

茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは… 他サイトにも公開しています

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

暑がりになったのはお前のせいかっ

わさび
BL
ただのβである僕は最近身体の調子が悪い なんでだろう? そんな僕の隣には今日も光り輝くαの幼馴染、空がいた

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭

あなたが愛してくれたから

水無瀬 蒼
BL
溺愛α×β(→Ω) 独自設定あり ◇◇◇◇◇◇ Ωの名門・加賀美に産まれたβの優斗。 Ωに産まれなかったため、出来損ない、役立たずと言われて育ってきた。 そんな優斗に告白してきたのは、Kコーポレーションの御曹司・αの如月樹。 Ωに産まれなかった優斗は、幼い頃から母にΩになるようにホルモン剤を投与されてきた。 しかし、優斗はΩになることはなかったし、出来損ないでもβで良いと思っていた。 だが、樹と付き合うようになり、愛情を注がれるようになってからΩになりたいと思うようになった。 そしてダメ元で試した結果、βから後天性Ωに。 これで、樹と幸せに暮らせると思っていたが…… ◇◇◇◇◇◇

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

嘘の日の言葉を信じてはいけない

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
嘘の日--それは一年に一度だけユイさんに会える日。ユイさんは毎年僕を選んでくれるけど、毎回首筋を噛んでもらえずに施設に返される。それでも去り際に彼が「来年も選ぶから」と言ってくれるからその言葉を信じてまた一年待ち続ける。待ったところで選ばれる保証はどこにもない。オメガは相手を選べない。アルファに選んでもらうしかない。今年もモニター越しにユイさんの姿を見つけ、選んで欲しい気持ちでアピールをするけれど……。

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

処理中です...