愛 need you ーあなたに愛されなければ呼吸すらできないー

橋本しら子

文字の大きさ
上 下
20 / 41

19

しおりを挟む


「はぁっ、はぁッ……くるし……」

 肩で息をしながら玄関のドアに凭れ掛かる律。ズルズルと座り込みながら息を整えようと、胸元の服をギュッと掴んで深い呼吸を何度か繰り返した。
 買い物袋は無造作に床に置かれているが、今の律には中身の無事を確認する余裕はなかった。

(落ち着け、大丈夫)

 全身が心臓にでもなったのではないかと思えるほど、ドクドクと早鐘を打つ鼓動が耳に響く。

「…………ふぅ」

 少し落ち着きを取り戻してきたところで、身体が震えていることに気づいた。

「大丈夫、なにも……されてない」

 先程の出来事がフラッシュバックして背筋に冷や汗が伝うが、膝を抱え込みながら自分にそう言い聞かせ、どうにかやり過ごす。
 投げ出した買い物袋を拾い上げながらフラフラと立ち上がり、覚束無い足取りでどうにかキッチンにたどり着く。買ってきた野菜や肉を冷蔵庫にしまわなければ、そう思う反面思うように動くことができない。

(落ち着け、落ち着け)

 思い出すだけでも身震いしてしまい、キッチンのカウンターテーブルの椅子に座りそのまま突っ伏した。
 買い物帰り、声を掛けてきたのはアルファの男だった。どこかそわそわとしながら、無理やり律の腕を掴んで裏路地へと引き込もうとした。あの様子では周囲の様子すら見えていなかった可能性もある。

(あそこで逃げなかったら……)

 今頃はどうなっていたか、考えるだけで背筋がゾッとする。あの男の眼には覚えがあった。

「あのときの紫藤さんと、おんなじだった」

 初めての発情期の際、律に欲情した紫藤と同じギラギラと獲物を狙う目をしていた。オメガに劣情を抱くアルファの目。
 あのアルファの男には嫌悪感しか抱くことはなかった。腕を掴んでくる相手が触れた箇所に不快感のみしか感じない。

(紫藤さんには、そんなこと思わなかったのに)

 そもそも、今発情期は起きてはいないはずだ。それなのに、なぜ外で見知らぬアルファに反応されたのか? それが理解できない。
 確かに未だオメガとして律の身体は安定していない。それ故に発情期の時期も、一般的な他のオメガと違って兆候が見えてこないのが現状だ。

(さっきのが紫藤さんだったら、受け入れてたのかな)

 運命の番という理由だけで、彼の横暴な要求も受け入れていたのだろうか? そこにお互いへの愛だの恋だのという感情が一切なかったとしても。

「望はこんなに悩む事もないんだろうなぁ」

 一度のやり取りしか見ていないが、望は番の相手にしっかりと愛されているという確信がある。そうでなければ、あんなに花が綻んだような嬉しそうな顔はしないだろう。
 正直に言って羨ましいと感じてしまう。もし、自分の番があの人であったら? 望のように愛されて幸せになれていたのだろうか?
 あれこれと有り得ない可能性の妄想を繰り広げてみるも、あとに残るのは虚しい感情だけだった。

「僕は紫藤さんに愛されたいの?」

 思わず漏れた独り言。それはじわじわと律の胸に染み渡り静かに溶け込んでいった。
 随分長い時間が過ぎていたらしく、明るかった室内には薄暗い闇が広がっている。

「紫藤さん、そろそろ帰ってくる時間だよね」

 少し気怠くなった身体を起き上がらせ、床にそのまま転がしていた買い物袋の中身を冷蔵庫の中へ押し込んだ。
 夕飯の支度をしている際にも気怠さが取れることはなかった。結局その日は紫藤と顔を合わせるのも気が引けたので、紫藤の分の夕飯の支度だけ済ませ、律は早々に自室へと引き上げるのだった。


―――――

しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

暑がりになったのはお前のせいかっ

わさび
BL
ただのβである僕は最近身体の調子が悪い なんでだろう? そんな僕の隣には今日も光り輝くαの幼馴染、空がいた

どうも。チートαの運命の番、やらせてもらってます。

Q.➽
BL
アラフォーおっさんΩの一人語りで話が進みます。 典型的、屑には天誅話。 突発的な手慰みショートショート。

見ぃつけた。

茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは… 他サイトにも公開しています

噛痕に思う

阿沙🌷
BL
αのイオに執着されているβのキバは最近、思うことがある。じゃれ合っているとイオが噛み付いてくるのだ。痛む傷跡にどことなく関係もギクシャクしてくる。そんななか、彼の悪癖の理由を知って――。 ✿オメガバースもの掌編二本作。 (『ride』は2021年3月28日に追加します)

Ωの不幸は蜜の味

grotta
BL
俺はΩだけどαとつがいになることが出来ない。うなじに火傷を負ってフェロモン受容機能が損なわれたから噛まれてもつがいになれないのだ――。 Ωの川西望はこれまで不幸な恋ばかりしてきた。 そんな自分でも良いと言ってくれた相手と結婚することになるも、直前で婚約は破棄される。 何もかも諦めかけた時、望に同居を持ちかけてきたのはマンションのオーナーである北条雪哉だった。 6千文字程度のショートショート。 思いついてダダっと書いたので設定ゆるいです。

花婿候補は冴えないαでした

いち
BL
バース性がわからないまま育った凪咲は、20歳の年に待ちに待った判定を受けた。会社を経営する父の一人息子として育てられるなか結果はΩ。 父親を困らせることになってしまう。このまま親に従って、政略結婚を進めて行こうとするが、それでいいのかと自分の今後を考え始める。そして、偶然同じ部署にいた25歳の秘書の孝景と出会った。 本番なしなのもたまにはと思って書いてみました! ※pixivに同様の作品を掲載しています

告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした

雨宮里玖
BL
《あらすじ》 昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。 その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。 その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。 早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。 乃木(18)普通の高校三年生。 波田野(17)早坂の友人。 蓑島(17)早坂の友人。 石井(18)乃木の友人。

処理中です...