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あの日紫藤と話をして以来、夕食を共にするようになった。
昼間はお互いに大学にいるため、今までと特に代わり映えはしないが……ちょっとした進歩ではないだろうか。
(今日は夕飯どうしようかな)
洗濯や掃除は大学の講義のない日や、夜の内に済ませてしまっている。
元より紫藤のマンションの室内は生活感が乏しい。汚れている場所も少なく掃除の必要もあまりないので、正直やることがほとんどない。
(紫藤さんわかってて家事を条件に出したんじゃない?)
随分と適当な条件を出して来たものだと、今更ながらに苦笑してしまう。
あの男は本当に金銭に頓着がない。渡された一月分の生活費の金額を見たときには、目を疑ってしまった。
そんな律の様子を見た紫藤の言葉にも驚いたものだ。
『これじゃ足りなかったかな? もう少し多めに入れておくよ』
大慌てで止めたものの、紫藤の顔は冗談を言って要るようには見えなかった。
「生活費が月に三桁とか馬鹿げてる……」
大学勤務の医務員とは、そんなに給料が良いものなのだろうか? 他に株や副業でもしているのではないかと疑ってしまう。
確か教員は副業NGだと聞いたことがある。
(紫藤さんなら、ダメだと知っていてもやりかねない気がする)
しばらくの間とは言え一緒に暮らすのだから、彼の言動や金銭感覚に慣れたほうがいいのかもしれない。と考えたところで、いや駄目だろうとセルフでツッコミを入れてしまった。
(いやいや、あれに慣れたら絶対に駄目だ!)
慣れてしまったら、もう二度と普通の生活には戻れないような気がした。
いつかあの人が本当に結婚するようなことでもあれば、相手の人はさぞ紫藤の色々な感覚のおかしさに苦労するんだろうな。
思わず、まだ見ぬ相手に同情の念を抱いてしまった。
あれこれと考えながらも、途中のスーパーで買い物を済ましてマンションへの帰路に着く。
(大分、暑くなってきたな)
季節はそろそろ初夏。じわじわと陽射しが照りつけるようになり、空の色も青みが増したように見える。春先の出会いから、気付けば季節が一つ進もうとしていた。
危惧していた体調も安定していて、バースが変異する前と何ら変わらぬ生活が続いている。
「うん、平和だ」
この調子なら、オメガとしてもなんとかして生きていけるかもしれない。
心の中でガッツポーズを決めていると、不意に背後から声を掛けられた。
「……きみ、もしかして――」
そこにいたのは見知らぬ男。暑いのだろうか、呼吸は少し荒く汗ばんでいる。その様子に律はどことなく違和感を感じた。
「あの、どちら様でしょうか? 僕に何か用ですか?」
律の問いかけにも心ここにあらずといった男は、ふらふらと律の方へ歩み寄ってくる。
違和感は律の中で急速に膨らんでいき、それは恐怖へと姿を変えた。
(なんだ、この人……怖い)
雑踏の中でそこだけがスローモーションに見える。道行く人は誰ひとりとして、この男の行動を気に留めることはない。
(逃げ、ないと)
昼間はお互いに大学にいるため、今までと特に代わり映えはしないが……ちょっとした進歩ではないだろうか。
(今日は夕飯どうしようかな)
洗濯や掃除は大学の講義のない日や、夜の内に済ませてしまっている。
元より紫藤のマンションの室内は生活感が乏しい。汚れている場所も少なく掃除の必要もあまりないので、正直やることがほとんどない。
(紫藤さんわかってて家事を条件に出したんじゃない?)
随分と適当な条件を出して来たものだと、今更ながらに苦笑してしまう。
あの男は本当に金銭に頓着がない。渡された一月分の生活費の金額を見たときには、目を疑ってしまった。
そんな律の様子を見た紫藤の言葉にも驚いたものだ。
『これじゃ足りなかったかな? もう少し多めに入れておくよ』
大慌てで止めたものの、紫藤の顔は冗談を言って要るようには見えなかった。
「生活費が月に三桁とか馬鹿げてる……」
大学勤務の医務員とは、そんなに給料が良いものなのだろうか? 他に株や副業でもしているのではないかと疑ってしまう。
確か教員は副業NGだと聞いたことがある。
(紫藤さんなら、ダメだと知っていてもやりかねない気がする)
しばらくの間とは言え一緒に暮らすのだから、彼の言動や金銭感覚に慣れたほうがいいのかもしれない。と考えたところで、いや駄目だろうとセルフでツッコミを入れてしまった。
(いやいや、あれに慣れたら絶対に駄目だ!)
慣れてしまったら、もう二度と普通の生活には戻れないような気がした。
いつかあの人が本当に結婚するようなことでもあれば、相手の人はさぞ紫藤の色々な感覚のおかしさに苦労するんだろうな。
思わず、まだ見ぬ相手に同情の念を抱いてしまった。
あれこれと考えながらも、途中のスーパーで買い物を済ましてマンションへの帰路に着く。
(大分、暑くなってきたな)
季節はそろそろ初夏。じわじわと陽射しが照りつけるようになり、空の色も青みが増したように見える。春先の出会いから、気付けば季節が一つ進もうとしていた。
危惧していた体調も安定していて、バースが変異する前と何ら変わらぬ生活が続いている。
「うん、平和だ」
この調子なら、オメガとしてもなんとかして生きていけるかもしれない。
心の中でガッツポーズを決めていると、不意に背後から声を掛けられた。
「……きみ、もしかして――」
そこにいたのは見知らぬ男。暑いのだろうか、呼吸は少し荒く汗ばんでいる。その様子に律はどことなく違和感を感じた。
「あの、どちら様でしょうか? 僕に何か用ですか?」
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違和感は律の中で急速に膨らんでいき、それは恐怖へと姿を変えた。
(なんだ、この人……怖い)
雑踏の中でそこだけがスローモーションに見える。道行く人は誰ひとりとして、この男の行動を気に留めることはない。
(逃げ、ないと)
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