愛 need you ーあなたに愛されなければ呼吸すらできないー

橋本しら子

文字の大きさ
上 下
15 / 41

14

しおりを挟む
 さあ、どうしようか?
 病院から帰って来たときには、すでに紫藤は帰宅をしていた。相変わらず部屋に篭っているが、誰かと電話をしているのか声は聞こえている。

(どうしよう、入るタイミング)

 紫藤の部屋のドアの前で、入るタイミングを伺う律。かれこれ十分くらいはこの状態である。
 電話も終わったのか、今は静寂に包まれている。それが余計に躊躇してしまう要因になっているのだ。

(やっぱり、今日じゃなくても良いかな)

 ドアノブをノックしようとするも、踏み切れずにそのまま手を下ろしてしまう。急ぎの案件ではないので焦る必要もないのだから、やはり今日はやめておこうと律はドアに背を向けた。

「入らないのかい? ドア、鍵掛かっていないからどうぞ?」

 急にドアの向こうから紫藤の声が聞こえ、律の肩が跳ねる。どうやらドアの前で入ることを躊躇っていたのはお見通しのようだった。
 このまま居ないフリを決め込んで立ち去っても良かったのだろう。それでも、ここで逃げてはいけない気がした律は意を決してそのドアを開いた。

「失礼、します」
「どうぞ」

 割り当てられている自室のドアと同じ作りのはずなのに、紫藤の部屋のドアはとても重たく感じた。
 あの日以来入っていないその部屋は、相変わらず無駄なものがなくシンプルだった。

「どうしたんだい、キミからここに来るなんて珍しいこともあるね」

 紫藤もまた、変わらない笑みを浮かべたまま律を見ていた。仕事でもしていたのか、使っていたノートパソコンを閉じて立ち上がる。

「少し、聞きたいことがあったんですけど……お邪魔ならまた今度で大丈夫です」
「丁度手が空いたところだから気にしなくていいよ」

 いざ話をする機会が出来ると怖気づいてしまう。逃げ腰な姿勢を見抜いたのか、紫藤は逃がさないと言うように律の前に立つ。開いたままのドアを閉められてしまえば、律はいよいよ退路を断たれてしまった。

「立ち話もなんだと言いたいんだけど、生憎とこの部屋には椅子があれしかないからね」

 ベッドにでも座ってくれるかい? と促されるままに踏み入ってしまえば、そこから先は相手のテリトリー。変な緊張感からか、手に汗が滲んでしまう。

「そんなに緊張しなくていいよ」
「すみません……」

 自分から訪れておいて話を切り出せない。ただ一言聞けば良いだけの話だというのに。そもそも、何故こんなにも躊躇ってしまうのかすら、律自身にもよくわからなかった。

「えっと、ですね」
「うん」

 パソコンデスクの椅子に座りながら、紫藤は急かすわけでもなく律の言葉を待っている。

「今更、なんですけど。紫藤さんが、どうして僕をここに置いてくれているのか気になってしまって」
「ああ、そんなことか」

 あれだけ言葉を搾り出すのに勇気が入ったにも関わらず、紫藤にはそんなことの一言で片付けられてしまった。
 どうやら彼にとっては、そこまで大した理由ではないのかもしれない。黒川との会話で危惧していたような内容にはならないだろうと、律は少し安堵した表情を浮かべた。

「俺がキミをここに置いているのは、キミに興味があるからだよ」

 安堵した矢先、黒川の予想した通りの返答が返ってきてしまった。

「興味、ですか」
「そう。突然変異のオメガなんて、そうお目にかかれるものでもないからね?」

 紫藤の興味は突然変異のオメガなのだと理解して、どこか附に落ちた感じがした。予想していた通りの回答だ。
 理由なんてそんなものか、そう納得してしまえば先ほどまでの緊張は一瞬にしてどこかへ吹き飛んでしまった。

「……じゃあ、僕が普通のオメガなら」

しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

暑がりになったのはお前のせいかっ

わさび
BL
ただのβである僕は最近身体の調子が悪い なんでだろう? そんな僕の隣には今日も光り輝くαの幼馴染、空がいた

噛痕に思う

阿沙🌷
BL
αのイオに執着されているβのキバは最近、思うことがある。じゃれ合っているとイオが噛み付いてくるのだ。痛む傷跡にどことなく関係もギクシャクしてくる。そんななか、彼の悪癖の理由を知って――。 ✿オメガバースもの掌編二本作。 (『ride』は2021年3月28日に追加します)

どうも。チートαの運命の番、やらせてもらってます。

Q.➽
BL
アラフォーおっさんΩの一人語りで話が進みます。 典型的、屑には天誅話。 突発的な手慰みショートショート。

Ωの不幸は蜜の味

grotta
BL
俺はΩだけどαとつがいになることが出来ない。うなじに火傷を負ってフェロモン受容機能が損なわれたから噛まれてもつがいになれないのだ――。 Ωの川西望はこれまで不幸な恋ばかりしてきた。 そんな自分でも良いと言ってくれた相手と結婚することになるも、直前で婚約は破棄される。 何もかも諦めかけた時、望に同居を持ちかけてきたのはマンションのオーナーである北条雪哉だった。 6千文字程度のショートショート。 思いついてダダっと書いたので設定ゆるいです。

見ぃつけた。

茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは… 他サイトにも公開しています

恋した貴方はαなロミオ

須藤慎弥
BL
Ω性の凛太が恋したのは、ロミオに扮したα性の結城先輩でした。 Ω性に引け目を感じている凛太。 凛太を運命の番だと信じているα性の結城。 すれ違う二人を引き寄せたヒート。 ほんわか現代BLオメガバース♡ ※二人それぞれの視点が交互に展開します ※R 18要素はほとんどありませんが、表現と受け取り方に個人差があるものと判断しレーティングマークを付けさせていただきますm(*_ _)m ※fujossy様にて行われました「コスプレ」をテーマにした短編コンテスト出品作です

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

処理中です...