愛 need you ーあなたに愛されなければ呼吸すらできないー

橋本しら子

文字の大きさ
上 下
13 / 41

12

しおりを挟む
「久しぶりだね、音無くん。最近調子はどう?」
 
向かい合って座る黒川が、カルテを確認しながら律に笑みを向ける。

「調子は……そうですね、変わらないと思います」
「そっか、なら良いんだけど」

 あれから定期的に病院へ通うようになった。と言うより、通わなければならなくなったと言う方が正しいかもしれない。
 オメガとして身体が安定していない律は、ヒートの周期も安定していない。その為、月に一度は定期検診を受けるようにと黒川に言われている。

「伊織先輩とはどう?あの人ちょっと、とっつきにくい所があるけど、上手くやれてる?」
「あはははー……」
「その様子だと、ダメっぽいかな」

 実際は上手くやれている以前の問題なのだと思う。まず、会話がないのだから。顔を合わせたのも数回程度だ。前回姿を見たのはいつだっただろうか?

「あの……紫藤さんって黒川先生の先輩ですよね?」
「そうだよ?」
「あの人のこと、僕何も知らなくて……」

  あぁ、と困ったように黒川は笑う。律が何に悩んでいるのかおおよその検討が付いたらしい。検査用の機器を用意しながら答えてくれる。

「伊織先輩ってさ、人当たりは良いんだよね。あのルックスだし、学生時代は寄ってくる子も大勢いたし」

 女性に囲まれている紫藤の姿は簡単に想像が付いた。その拍子にチクリと胸が痛んだような気がしたのはきっと気のせいだろう。

「でも、誰にも靡かない」

 僻んだ相手が根も歯もない噂ばかり立ててはいたけれど。そう言って黒川は懐かしそうに笑った。

「何て、実を言うと伊織先輩のことは語れるほど詳しくはないんだ。あ、腕出してくれる?」
「そうなんですか?」

 バースの件では態々黒川の所を選んで来たくらいだし、紫藤とは随分親しげに話していたように思えたが、勘違いだったのだろうか?
 言われた通りに腕を出せば、慣れた手付きで計測器を付けられる。

「何て言うか……あの人、プライベートが本当に謎で」

 どうやら、黒川の前でも紫藤のプライベートは謎に包まれていたらしい。少しは情報を得られるかと期待していた律だったが、当てが外れてしまった。

「だから、君を連れて来たときは驚いたんだよ」
「僕を?」
「仕事の一環だったって言うのもあるんだろうけど、それなら大学と提携している医療施設に連れて行くはずだろ?」

 言われてみればその通りだと思った。ことがことだったとは言え、本来ならばそうなるはずだったのだろう。
 だけど紫藤はそうしなかった。

「まぁ……発情期のオメガとアルファ、色々と察するに余りあるけどさ」
「あはは……」
「伊織先輩としては、面倒ごとを避けたくて俺の所に来たって言うのもあるとは思う」

 いくら不測の事態だったとは言え、教職員が生徒に手を出したと他に知られてしまうのは紫藤にとっても律にとってもマイナスでしかない。
 だから知り合いである黒川の所を選んで来たと言われたら、そうなのだろうと納得はする。

「ただ――」
「ただ?」

 黒川は少し躊躇した後、気まずそうに言葉を続ける。

「紫藤伊織と言う人間は、
「それは、どう言う……」
「言葉通り、かな」

 紫藤と言う男は、周りの人間、評価、地位といったものにこれと言って興味を示さないのだと、黒川は教えてくれた。
 今回の件が露見して大学の医務員としての職を失ったところで、紫藤に取っては些末事に過ぎないのだと言う。

「物事に興味が無さ過ぎるんだ、あの人」
「じゃあ、どうして僕のことは色々手を回してくれたんでしょう」

 そこなんだよね。黒川は不思議そうに、しかし確信があるのか律にこう告げる。

「君に興味を持ったんじゃないかな」
「僕に?」
「そう。理由は俺にはわからないけれどね」

 理由があるとすれば、それは突然変異のオメガだからだろうか? 律自身もそのくらいしか思い当たる節はない。
 おおよその可能性があるとすれば、珍しいから手元に置いておきたい、そんな理由なのではないだろうかと律は思う。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

暑がりになったのはお前のせいかっ

わさび
BL
ただのβである僕は最近身体の調子が悪い なんでだろう? そんな僕の隣には今日も光り輝くαの幼馴染、空がいた

見ぃつけた。

茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは… 他サイトにも公開しています

嘘の日の言葉を信じてはいけない

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
嘘の日--それは一年に一度だけユイさんに会える日。ユイさんは毎年僕を選んでくれるけど、毎回首筋を噛んでもらえずに施設に返される。それでも去り際に彼が「来年も選ぶから」と言ってくれるからその言葉を信じてまた一年待ち続ける。待ったところで選ばれる保証はどこにもない。オメガは相手を選べない。アルファに選んでもらうしかない。今年もモニター越しにユイさんの姿を見つけ、選んで欲しい気持ちでアピールをするけれど……。

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

あなたが愛してくれたから

水無瀬 蒼
BL
溺愛α×β(→Ω) 独自設定あり ◇◇◇◇◇◇ Ωの名門・加賀美に産まれたβの優斗。 Ωに産まれなかったため、出来損ない、役立たずと言われて育ってきた。 そんな優斗に告白してきたのは、Kコーポレーションの御曹司・αの如月樹。 Ωに産まれなかった優斗は、幼い頃から母にΩになるようにホルモン剤を投与されてきた。 しかし、優斗はΩになることはなかったし、出来損ないでもβで良いと思っていた。 だが、樹と付き合うようになり、愛情を注がれるようになってからΩになりたいと思うようになった。 そしてダメ元で試した結果、βから後天性Ωに。 これで、樹と幸せに暮らせると思っていたが…… ◇◇◇◇◇◇

知らないだけで。

どんころ
BL
名家育ちのαとΩが政略結婚した話。 最初は切ない展開が続きますが、ハッピーエンドです。 10話程で完結の短編です。

処理中です...