愛 need you ーあなたに愛されなければ呼吸すらできないー

橋本しら子

文字の大きさ
上 下
6 / 41

05

しおりを挟む
 ふわふわと、柔らかくて暖かいものに包まれている感覚。それは久しぶりに感じるとても幸せな気分だった。極め付けに、その幸せはとても良い香りまでするときた。
 まだ少し遠くにある意識の中、律はこのぬくもりを手放したくなくて、それを手繰り寄せ自分の方へ引き寄せようとする。

「んっ……」

 カタンッと小さな物音が聞こえ、ほんのりと意識が覚醒し始めた。
 まだ目を覚ましたくないという気持ちの方が強いのだが、じわじわと違和感が沸き上がってくるのを感じて律はその重たい瞼を開く。

「やあ、目が覚めたかい? 音無律くん?」
「……だ、れ」

 瞼を開いて一番に視界に飛び込んできたのは、爽やかな男の笑顔だった。

「キミ、本当にベータだったんだね。住所、随分遠いけど……ここから通っているのかい?」

 覚醒しきらない靄の掛かった頭を振り、どうにか今自分の置かれている状況を把握しようと努めた。
 先程とは違い、首元がざっくりと開いた薄手の黒いセーターを着た男がそこに立っていた。手に持っているのは恐らく律の学生証だろう。

「ここ、どこ……」

 医務室ではない。ベッドとパソコンデスクしか見当たらない、とてもシンプルな部屋だった。

「俺の部屋だよ」
「あなたの……部屋?」
「あのまま医務室に置いておくわけにもいかないだろう? それに、キミの家に送って行こうにも県外じゃね」

 はい、と学生証を返される。余りにも飄々とした男に、律は面を食らってしまった。
 そして今着ている服が自分の物ではないことに気付き、段々と沈んでいた記憶が浮上してくる。いっそ沈んでいてくれたままでいて欲しかったとも律は思う。

(僕、知らない男に抱かれて……)

 目の前にいる名前も素性も知らないこの男との行為を思い出してしまい、律の顔は青ざめる。
 それと同時に、最終的にはそれを受け入れ喘ぐ自分の痴態もフラッシュバックしてきてしまい、今度はブワッと顔に一気に熱が集中して赤くなった。

「青くなったり赤くなったり、忙しいねキミは」
「誰のせいだと! っ!」
「俺のせいだろうね」

 飄々とした男に苛立ちを覚えて勢いよく飛び起きれば、現実を突き付けるように腰に鈍い痛みが走る。

「無理はしない方がいいんじゃないかい? 初めてであれだけヤったんだから」

 悪びれることなく笑みを浮かべている男を一発殴ってやろうかと思った。
 生憎と怒りに任せて騒ぎ立てる元気も体力も残されていないため、律は大人しく言葉を飲み込んだ。

「それより、キミもう一度バース判定を受けた方が良い」

 男が急に真面目な顔をしたので、律は先程との差に驚いて一瞬固まった。

「どうして……僕はベータだって、その学生証にも書かれてるし」


 至近距離まで近づいてきた男は、スッと手を伸ばして律の前髪を退かして額に触れる。
 また何かされるのではないかと、身構えて体を強張らせている律を余所に、男はそれ以上何かしてくるわけでもなく、そのまま離れていった。

「身体は、落ち着いてるかい?」
「え……、そう言えば楽になってる」

 倦怠感と鈍痛は残っているものの、朝方のような身体の火照りはない。
 そんな律の様子を見た男は、少し考えた後に口を開く。

「バースは専門じゃないんだけど……さっきのは発情期で間違いないと思うよ?」

 発情期、オメガ特有の現象。周期は個人差もあるが大おおよそ三ヶ月に一度、当人の意志とは関係なく強いフェロモンを撒き散らす。その期間は発情、手近にいるアルファはベータとの繁殖行動以外ままならなくなる。
 思わず授業で教わったテンプレートがそのまま脳裏を駆け抜けていった。

「俺の知り合いにバース専門医がいるから、紹介するよ」
「あなたは……一体何なんだ」
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

元ベータ後天性オメガ

桜 晴樹
BL
懲りずにオメガバースです。 ベータだった主人公がある日を境にオメガになってしまう。 主人公(受) 17歳男子高校生。黒髪平凡顔。身長170cm。 ベータからオメガに。後天性の性(バース)転換。 藤宮春樹(ふじみやはるき) 友人兼ライバル(攻) 金髪イケメン身長182cm ベータを偽っているアルファ 名前決まりました(1月26日) 決まるまではナナシくん‥。 大上礼央(おおかみれお) 名前の由来、狼とライオン(レオ)から‥ ⭐︎コメント受付中 前作の"番なんて要らない"は、編集作業につき、更新停滞中です。 宜しければ其方も読んで頂ければ喜びます。

【完結】相談する相手を、間違えました

ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。 自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・ *** 執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。 ただ、それだけです。 *** 他サイトにも、掲載しています。 てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。 *** エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。 ありがとうございました。 *** 閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。 ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*) *** 2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

幸福奇譚

安馬川 隠
BL
『僕はとても幸せです』 気に入られたら終わりな人に気に入られてしまった彼の話。 ※倫理的ではないシーンがあります

Ωの不幸は蜜の味

grotta
BL
俺はΩだけどαとつがいになることが出来ない。うなじに火傷を負ってフェロモン受容機能が損なわれたから噛まれてもつがいになれないのだ――。 Ωの川西望はこれまで不幸な恋ばかりしてきた。 そんな自分でも良いと言ってくれた相手と結婚することになるも、直前で婚約は破棄される。 何もかも諦めかけた時、望に同居を持ちかけてきたのはマンションのオーナーである北条雪哉だった。 6千文字程度のショートショート。 思いついてダダっと書いたので設定ゆるいです。

【完結】運命の番に逃げられたアルファと、身代わりベータの結婚

貴宮 あすか
BL
ベータの新は、オメガである兄、律の身代わりとなって結婚した。 相手は優れた経営手腕で新たちの両親に見込まれた、アルファの木南直樹だった。 しかし、直樹は自分の運命の番である律が、他のアルファと駆け落ちするのを手助けした新を、律の身代わりにすると言って組み敷き、何もかも初めての新を律の名前を呼びながら抱いた。それでも新は幸せだった。新にとって木南直樹は少年の頃に初めての恋をした相手だったから。 アルファ×ベータの身代わり結婚ものです。

オメガ修道院〜破戒の繁殖城〜

トマトふぁ之助
BL
 某国の最北端に位置する陸の孤島、エゼキエラ修道院。  そこは迫害を受けやすいオメガ性を持つ修道士を保護するための施設であった。修道士たちは互いに助け合いながら厳しい冬越えを行っていたが、ある夜の訪問者によってその平穏な生活は終焉を迎える。  聖なる家で嬲られる哀れな修道士たち。アルファ性の兵士のみで構成された王家の私設部隊が逃げ場のない極寒の城を蹂躙し尽くしていく。その裏に棲まうものの正体とは。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

処理中です...