中華マフィア若頭の寵愛が重すぎて頭を抱えています

橋本しら子

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 鼬瓏が離してくれたあとは、スイートルームから直結しているプールへ案内される。途中紫釉も合流したことで、まるで大学の友人といるような感覚で大騒ぎをしながら遊んだ。一頻り遊んだあとは、映像でしか見たことがないような豪勢な中華のフルコースを振舞われ、夏休み初日から非日常をフルで満喫している。
 今までバイトばかりだった朱兎は、こんなに遊んだのはいつぶりかとボーッと窓の外の景色を眺めながら考えていた。

(母さんいなくなってから、誰かとこんなに遊んだことねぇな)
 大きな窓から眼下に広がる夜景はネオンがキラキラと輝いていて、いつも暮らしている場所からそう離れていないというのにまったく違った景色に見える。少し離れた場所に見える海は、吸い込まれてしまいそうなほどの漆黒で思わず目を奪われてしまう。

「その景色、気に入ったノ?」
「ん。すげぇ綺麗」
「ソウデショ~。俺もこの景色は綺麗だから好きなんダ」

 気の利いた感想なんて答えらず、人並みの感想しか出てこない。しかしその返答に満足した鼬瓏は、朱兎の背後から肩を抱く。いつもの朱兎なら跳ね除けるなり文句を言うなりするが、今は大人しくしていた。

「連れてきてくれてありがとな。久しぶりに楽しかった」
「素直な朱兎も可愛くてイイネ。気に入ったのなら、いくらでもここに居て良いんだヨ?」
「いや……それは落ち着かないから無理」

 流石スイートルームと言うだけあり、部屋の調度品は一目見て値段が張るものだとわかる。オリエンタルな調度品で揃えられている部屋はオールドスタイルで、まるでここだけ異国に居るような錯覚を起こしそうだった。
 普段から質素な暮らしをしている朱兎には、こんな高そうな物に囲まれながら暮らすことなど、考えるだけで頭が痛くなりそうなことだ。

「朱兎、チョット疲れてるデショ?」

 いつもより覇気のない朱兎に、鼬瓏が気遣いの声をかける。

「あー……久しぶりにはしゃいだから疲れたのかも」
「じゃあ、少し休憩しようか」
「いやいやいや、下ろせ! 流石に下ろせ!」
「暴れると落ちるヨ~」

 素直に疲れていると申告すれば、鼬瓏は朱兎をひょいと横抱きに抱えながらベッドルームへと歩き出す。それに慌てて抗議するが、鼬瓏は聞く耳を持たない。暴れて落とされても困るので、朱兎は不本意だがそのまま大人しく抱えられていた。
 身長も体重もそれなりにあるはずなのに、軽々と鼬瓏に抱えられてしまうのはやはり筋肉量の差なのだろうか。ジト目で鼬瓏を見ても彼からはにこにこと笑い返されるだけで、その余裕に朱兎は敗北感を感じてしまいぐうの音も出なかった。

「……天蓋付きのベッドとか、本当にあんだな」

 部屋に入った率直な感想はそれだった。赤い天蓋の付いたベッドの周りには同じ赤い提灯が付けられており、独特な雰囲気が漂っている。

「お気に召しましたか、お姫様?」
「誰が姫だ」

 ベッドにゆっくりと下ろされた朱兎は、呆れたようにそう返した。

「ほら、靴も脱がすヨ~」
「お、おう」

 跪きながら朱兎の靴を脱がす動作は、さながら物語の騎士や王子に見える。

「俺が姫なら、鼬瓏は王子って?」
「ん~。どちらかと言えば、姫を攫った魔王の方カナ」

 確かにそちらの方がしっくりとハマった。攫われこそしてはいないが、半ば強引にこのホテルへ連れてこられているのも肯定する要因の1つになっている。

「鼬瓏が魔王だったら、勝てる気しねぇな……」
「俺からお姫様を奪い取ろうとする奴は、皆そこの海に沈めちゃうヨ」
「……本当にやんなよ?」

 語尾にハートがつきそうなほど軽くは言っているが、鼬瓏の本職を考えると本当にやりかねないのではと思ってしまう。

「俺から朱兎を奪おうなんて、そんな悪い奴は生かしておく必要はないデショ」

 うっそりと目を細めながら朱兎を見ている鼬瓏に、朱兎は背筋にゾクリとしたものを感じた。恐怖とは違う、言葉にするには難しい感情が朱兎の胸の内に芽生える。

「お姫様は自由に遊んでいる姿の方が好きなんだケド、奪われる前に閉じ込めておいた方が良いカナ」
「ちょっ、なにして」

 ギシリと音を立てながら沈むベッドに、トンと押し倒される。その上に鼬瓏が覆い被さり、手首を押さえつけられてしまう。言葉通りに閉じ込められているような形になり、朱兎を見るその目は先ほど一瞬垣間見たあの目と同じで冷ややかだ。

「ゆう、ろん……」
「俺が怖い?」
「怖くはない」

 それでも鼬瓏に対して恐怖は感じなかった。朱兎の返事を聞いた鼬瓏は、そのまま朱兎の首元に顔を埋めた。

「……ひぇ! 痛っ!」

 ぬるりと生暖かいものが首筋を這ったかと思えば、次に訪れたのは急な痛みだった。それに驚いた朱兎は思わず声を上げてしまう。

「ちょっ、鼬瓏!」

 身の危険を感じた朱兎は鼬瓏の下で身を捩りながら抵抗を試みるが、両腕をしっかりと押さえ込まれてしまっているためささやかなものに終わる。

「朱兎……」
「っ……」

 少し掠れた低い声で名前を呼ばれ、朱兎の身体が小さく跳ねた。その際に鼬瓏と視線が絡み合う。

(あ、喰われる)

 熱を帯びたその眼差しを向けられた朱兎は、本能で勝てないと悟り抵抗を諦めた。
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