中華マフィア若頭の寵愛が重すぎて頭を抱えています

橋本しら子

文字の大きさ
上 下
19 / 22

19

しおりを挟む
 大きな窓から眼下に広がるのは、港街の明かりと繁華街のネオン、そして地平線に浮かぶ船の小さな明かり。それらは漆黒の中で一層キラキラと輝いて、そこで営まれている人々の生活を主張する。
 しかし、朱兎は今そんな美しい景色を見ている余裕もない。

「ネェ、オーナー! この子、お肌スベスベヨ!」
「ちょっ……ちかっ」
「こんな若いコとどこで知り合ったノヨ、オーナー?」
「うわ、当たる……!」

 朱兎は今、高級クラブのVIPルームでチャイナ服姿の女性たちに囲まれていた。女性たちは目のやり場に困るほど丈の短い服で、足を組んで朱兎にしな垂れ掛かる。女性に慣れていないことと、こういった場所が初めての朱兎は完全に雰囲気に呑まれてしまっていた。
 その様子をウイスキー片手に鼬瓏が横で見ている。足を組みながら高そうなソファーに背を預けて座るその様子からして、朱兎を助けてくれる気はないようだ。しかし、その表情はとても楽しそうだった。

「イイデショ? 俺のお気に入りだから、手は出しちゃヤだヨ」
「ワタシのタイプはオーナーだから、安心シテ!」

 社交辞令なのか本気なのかはわからないが、女性たちは慣れたような口ぶりでそう言い笑いあう。
 場の空気に馴染めない朱兎は、居心地が悪そうにしながらも出された酒をチビチビと飲んでいる。おそらくは高い酒なのだろうが、味なんて全くわからない。

(せめて紫釉でも側にいてくれれば、どうにかなりそうなのに)

 コミュニケーションを取ることに長けている紫釉ならば、こういった場でも上手く会話を続けられるのだろう。逆に麗は苦手そうだなと、朱兎は軽く現実逃避を始める。

「朱兎、これも社会勉強だヨ」
「もう少しマイルドな社会勉強から始めてほしかった」

 ホテルに入ったときから従業員総出の出迎えを受け、すでに疲労が蓄積されている。そこからこのクラブへ連れてこられた朱兎は、改めて鼬瓏とは住む世界が違いすぎると素直に感じた。

「その服もよく似合ってる」
「……どーも」

 クラブの前にどこかの部屋に連れ込まれ、あれよあれよと脱がされ着替えさせられた記憶は頭の隅っこに追いやっていたというのに。朱兎が着ているのは白地に金色の龍が刺繍されている長袍。鼬瓏も同じ柄の黒地の長袍を身にまとっている。
 お揃いだネと実に嬉しそうに言われてしまったうえに、ここに来る前まで着ていた服はどこかへと持って行かれてしまった。そのため、朱兎にはこれを着ている他道は残されていない。

「男のヒトが服を送る意味、アヤトちゃん知ってるノ?」
「いや、知らない。そんなことに意味があったのか?」

 そう問いかけられ、正直に知らないと答えれば女性の1人がそっと朱兎に耳打ちをする。

「その服を脱がせたいッテ意味ナノヨ。気をつけてネ、アヤトちゃん」
「……は?」

 服を送られたのは今回が初めてではない。朱兎の家にある服や、今日着ていた服……なんなら下着だって鼬瓏から送られたものだ。
 一度聞いたときには着飾りたいと言っていたが、もしその意味を知っていて服を送っていたのだとすれば、最初からそういう意味が込められていた可能性もある。鼬瓏の方を見ればにこにこと笑みを浮かべながら朱兎を見ていたので、この件は確定で黒だ。

「マジか」
「男からの贈り物には気をつけた方がイイヨ、朱兎」
「あんたがそれを言うな」

 初日から遠まわしな下心を知ってしまったため、このホテルに滞在している間は本当に気が抜けなくなってしまった。
 好きになってくれてから手を出すという鼬瓏の言葉を信じて良いのか、もはや妖しいところだった。

「そんなジト目で可愛く見つめなくても、まだなにもしないヨ……まだ、ネ?」
「可愛くない」
「そうやってむくれてる表情も唆るヨ」

 否定しても通じない相手に、朱兎は諦めて残っていた酒を煽ることで逃げる。やはり味などわからなかった。そのやり取りを見ていた女性たちは「惚気ネ」「お腹イッパイヨ」とケラケラ笑っていた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

ヤクザと捨て子

幕間ささめ
BL
執着溺愛ヤクザ幹部×箱入り義理息子 ヤクザの事務所前に捨てられた子どもを自分好みに育てるヤクザ幹部とそんな保護者に育てられてる箱入り男子のお話。 ヤクザは頭の切れる爽やかな風貌の腹黒紳士。息子は細身の美男子の空回り全力少年。

見ぃつけた。

茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは… 他サイトにも公開しています

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

アルファな俺が最推しを救う話〜どうして俺が受けなんだ?!〜

車不
BL
5歳の誕生日に階段から落ちて頭を打った主人公は、自身がオメガバースの世界を舞台にしたBLゲームに転生したことに気づく。「よりにもよってレオンハルトに転生なんて…悪役じゃねぇか!!待てよ、もしかしたらゲームで死んだ最推しの異母兄を助けられるかもしれない…」これは第二の性により人々の人生や生活が左右される世界に疑問を持った主人公が、最推しの死を阻止するために奮闘する物語である。

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

弟が生まれて両親に売られたけど、売られた先で溺愛されました

にがり
BL
貴族の家に生まれたが、弟が生まれたことによって両親に売られた少年が、自分を溺愛している人と出会う話です

普通の男の子がヤンデレや変態に愛されるだけの短編集、はじめました。

山田ハメ太郎
BL
タイトル通りです。 お話ごとに章分けしており、ひとつの章が大体1万文字以下のショート詰め合わせです。 サクッと読めますので、お好きなお話からどうぞ。

いじめっこ令息に転生したけど、いじめなかったのに義弟が酷い。

えっしゃー(エミリオ猫)
BL
オレはデニス=アッカー伯爵令息(18才)。成績が悪くて跡継ぎから外された一人息子だ。跡継ぎに養子に来た義弟アルフ(15才)を、グレていじめる令息…の予定だったが、ここが物語の中で、義弟いじめの途中に事故で亡くなる事を思いだした。死にたくないので、優しい兄を目指してるのに、義弟はなかなか義兄上大好き!と言ってくれません。反抗期?思春期かな? そして今日も何故かオレの服が脱げそうです? そんなある日、義弟の親友と出会って…。

処理中です...