13 / 22
13
しおりを挟む
それにしても、鼬瓏のことについて知らないことは確かだ。
知っている情報と言えば、怪しい男に追われていた胡散臭い外国人のホテル経営者。怪しげなオークション会場に出入りしている金持ち。紫釉と麗という名の二人の部下がいる。そんなものだ。
「なぁ、鼬瓏……」
「なぁに?」
「オレ、あんたのこと何も知らないんだけど?」
またキスでもされたらたまらないので、後ろにいるのは背もたれだと妥協した朱兎は鼬瓏に背を預けて座る。
「……朱兎は俺のこと、知りたいと思ってくれるの?」
「知らないよりは知っといた方がいいだろ」
成り行きとは言え、あの場から連れ出してくれた人間であることには違いない。買われた以上、恩人という形になるのかはわからないが……それでも、今ここで普通に生活が送れているのは鼬瓏のお陰であることは間違いない。
「いいヨ~、朱兎が知りたいのなら何でも教えてアゲルヨ」
ぎゅっと鼬瓏から抱え込まれる形になり、再びお湯が湯船から溢れた。
「何が知りたい? 貯金額? それとも取引先の顧客情報?」
「どうしてそんなぶっ飛んだこと聞かなきゃなんねぇんだよ」
「おや、違う?」
「普通だったら誕生日とか好きな食いもんとか、そういうもん聞くだろ」
そもそも顧客情報をほいほい教えて良いものではない。情報漏洩にもほどがある。
相変わらずこちらが予想をしていない答えを返してくる鼬瓏に、こちらが普通ではないのではと疑問を抱いてしまいそうになる。
「朱兎は俺の誕生日とか好きな食べ物、知りたい?」
「まぁ、貯金額と顧客情報よりは知りたいな」
「そっか……いいヨ、そんなことで良いならいくらでも教えてアゲル」
ぎゅうぎゅうと抱きしめられ、苦しいと文句を言いたいところだったが、鼬瓏が嬉しそうにしていたのでまあ良いかと好きにさせている。
「鼬瓏、ちょっ……流石に苦しい」
「ん~、もうチョットダケ」
回された腕に力が込められたので、苦しいと訴えながらその腕をペチペチと叩く。そこで鼬瓏の腕に今までなかったはずのものが浮き出ており、朱兎はギョッとした。
「は? 刺青?」
「あれ? 出ちゃってた? ちょっと興奮しすぎたカナ」
肌に浮き出た白い刺青。それは腕だけではなく、足から身体全体に広がっている。
「え……? どういう……」
「白粉彫りって言うんだヨ。朱兎もやってみる?」
「いや、そういうのは無理」
「そう? でもそうだネ。朱兎の肌は綺麗だから、このままの方が良いかナ」
即答した朱兎にも嫌な顔ひとつせず、鼬瓏は楽しそうに朱兎の肌をなでている。そのことに対しても色々と言いたいところだが、刺青のインパクトが強すぎて文句のひとつも浮かんでこなかった。
「鼬瓏さ、オレが知りたいこと教えてくれるんだよな」
「勿論。何か知りたいこと、あった?」
「……あんた、何者なんだ?」
その問の後、少しの静寂が訪れる。ピチャンっと天井から落ちてきた雫の音がやけに響いた。
「ホテル経営者だヨ。間違いなくネ」
「じゃあ、カタギ?」
「カタギじゃないネ」
その言葉に妙に納得してしまう。最初に会ったときからそうだったが、一般人という枠に収めるにはこの男はどうにも収まりきらない。ホテル経営者という肩書きですら、少し違和感があるくらいだ。
「……ちなみに、カタギじゃないってことは」
「マフィアだネ。朱龍会の幹部。日本支部の責任者だヨ」
そう言って濡れた髪をかきあげた鼬瓏は、不敵に笑った。その表情に不覚にも魅入ってしまい、朱兎は鼬瓏から視線を外すことが出来なかった。
「怖くなった?」
「それは、ない」
間髪入れずにスパッと言い切った朱兎に、それまでの表情を崩した鼬瓏はきょとんとしてしまう。それから、何かツボにでもハマったのか、風呂場によく響く声で笑いだした。
「あははは! 本当に、朱兎は面白いネ!」
「あんたのそのツボは、ほんとによくわかんねぇな」
「ますます手放せなくなったヨ」
「ソウデスカ」
「裸の付き合い、中々悪くないネ。またやろうか」
しばらくは御免被りたいところだが、拒否権はないのでいずれまたこのやり取りが行われるのだろう。それはもう諦めようと、朱兎はどこか遠い目をした。
「長湯しすぎたカナ? 出て夕飯にしよう。今日は点心沢山あるヨ~」
「ん。流石に熱い」
ザバッと二人揃って湯船から立ち上がる。その際に見えた鼬瓏の背中に浮かび上がった龍の刺青に、不覚にも目を奪われたのは……きっとのぼせているのだと言い聞かせた。
知っている情報と言えば、怪しい男に追われていた胡散臭い外国人のホテル経営者。怪しげなオークション会場に出入りしている金持ち。紫釉と麗という名の二人の部下がいる。そんなものだ。
「なぁ、鼬瓏……」
「なぁに?」
「オレ、あんたのこと何も知らないんだけど?」
またキスでもされたらたまらないので、後ろにいるのは背もたれだと妥協した朱兎は鼬瓏に背を預けて座る。
「……朱兎は俺のこと、知りたいと思ってくれるの?」
「知らないよりは知っといた方がいいだろ」
成り行きとは言え、あの場から連れ出してくれた人間であることには違いない。買われた以上、恩人という形になるのかはわからないが……それでも、今ここで普通に生活が送れているのは鼬瓏のお陰であることは間違いない。
「いいヨ~、朱兎が知りたいのなら何でも教えてアゲルヨ」
ぎゅっと鼬瓏から抱え込まれる形になり、再びお湯が湯船から溢れた。
「何が知りたい? 貯金額? それとも取引先の顧客情報?」
「どうしてそんなぶっ飛んだこと聞かなきゃなんねぇんだよ」
「おや、違う?」
「普通だったら誕生日とか好きな食いもんとか、そういうもん聞くだろ」
そもそも顧客情報をほいほい教えて良いものではない。情報漏洩にもほどがある。
相変わらずこちらが予想をしていない答えを返してくる鼬瓏に、こちらが普通ではないのではと疑問を抱いてしまいそうになる。
「朱兎は俺の誕生日とか好きな食べ物、知りたい?」
「まぁ、貯金額と顧客情報よりは知りたいな」
「そっか……いいヨ、そんなことで良いならいくらでも教えてアゲル」
ぎゅうぎゅうと抱きしめられ、苦しいと文句を言いたいところだったが、鼬瓏が嬉しそうにしていたのでまあ良いかと好きにさせている。
「鼬瓏、ちょっ……流石に苦しい」
「ん~、もうチョットダケ」
回された腕に力が込められたので、苦しいと訴えながらその腕をペチペチと叩く。そこで鼬瓏の腕に今までなかったはずのものが浮き出ており、朱兎はギョッとした。
「は? 刺青?」
「あれ? 出ちゃってた? ちょっと興奮しすぎたカナ」
肌に浮き出た白い刺青。それは腕だけではなく、足から身体全体に広がっている。
「え……? どういう……」
「白粉彫りって言うんだヨ。朱兎もやってみる?」
「いや、そういうのは無理」
「そう? でもそうだネ。朱兎の肌は綺麗だから、このままの方が良いかナ」
即答した朱兎にも嫌な顔ひとつせず、鼬瓏は楽しそうに朱兎の肌をなでている。そのことに対しても色々と言いたいところだが、刺青のインパクトが強すぎて文句のひとつも浮かんでこなかった。
「鼬瓏さ、オレが知りたいこと教えてくれるんだよな」
「勿論。何か知りたいこと、あった?」
「……あんた、何者なんだ?」
その問の後、少しの静寂が訪れる。ピチャンっと天井から落ちてきた雫の音がやけに響いた。
「ホテル経営者だヨ。間違いなくネ」
「じゃあ、カタギ?」
「カタギじゃないネ」
その言葉に妙に納得してしまう。最初に会ったときからそうだったが、一般人という枠に収めるにはこの男はどうにも収まりきらない。ホテル経営者という肩書きですら、少し違和感があるくらいだ。
「……ちなみに、カタギじゃないってことは」
「マフィアだネ。朱龍会の幹部。日本支部の責任者だヨ」
そう言って濡れた髪をかきあげた鼬瓏は、不敵に笑った。その表情に不覚にも魅入ってしまい、朱兎は鼬瓏から視線を外すことが出来なかった。
「怖くなった?」
「それは、ない」
間髪入れずにスパッと言い切った朱兎に、それまでの表情を崩した鼬瓏はきょとんとしてしまう。それから、何かツボにでもハマったのか、風呂場によく響く声で笑いだした。
「あははは! 本当に、朱兎は面白いネ!」
「あんたのそのツボは、ほんとによくわかんねぇな」
「ますます手放せなくなったヨ」
「ソウデスカ」
「裸の付き合い、中々悪くないネ。またやろうか」
しばらくは御免被りたいところだが、拒否権はないのでいずれまたこのやり取りが行われるのだろう。それはもう諦めようと、朱兎はどこか遠い目をした。
「長湯しすぎたカナ? 出て夕飯にしよう。今日は点心沢山あるヨ~」
「ん。流石に熱い」
ザバッと二人揃って湯船から立ち上がる。その際に見えた鼬瓏の背中に浮かび上がった龍の刺青に、不覚にも目を奪われたのは……きっとのぼせているのだと言い聞かせた。
89
お気に入りに追加
343
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
ヤクザと捨て子
幕間ささめ
BL
執着溺愛ヤクザ幹部×箱入り義理息子
ヤクザの事務所前に捨てられた子どもを自分好みに育てるヤクザ幹部とそんな保護者に育てられてる箱入り男子のお話。
ヤクザは頭の切れる爽やかな風貌の腹黒紳士。息子は細身の美男子の空回り全力少年。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
見ぃつけた。
茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは…
他サイトにも公開しています
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。
執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
言い逃げしたら5年後捕まった件について。
なるせ
BL
「ずっと、好きだよ。」
…長年ずっと一緒にいた幼馴染に告白をした。
もちろん、アイツがオレをそういう目で見てないのは百も承知だし、返事なんて求めてない。
ただ、これからはもう一緒にいないから…想いを伝えるぐらい、許してくれ。
そう思って告白したのが高校三年生の最後の登校日。……あれから5年経ったんだけど…
なんでアイツに馬乗りにされてるわけ!?
ーーーーー
美形×平凡っていいですよね、、、、
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜
・話の流れが遅い
・作者が話の進行悩み過ぎてる
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
普通の男の子がヤンデレや変態に愛されるだけの短編集、はじめました。
山田ハメ太郎
BL
タイトル通りです。
お話ごとに章分けしており、ひとつの章が大体1万文字以下のショート詰め合わせです。
サクッと読めますので、お好きなお話からどうぞ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる