中華マフィア若頭の寵愛が重すぎて頭を抱えています

橋本しら子

文字の大きさ
上 下
6 / 22

6

しおりを挟む
 それでも諦めきれず、朱兎は動かせる部位を再度動かして全身で暴れてみる。身体を大きく左右リズミカルに揺らせば、座っていた椅子が微かに動いた。
(これ、上手くやれば椅子が前に進んだりするんじゃないか?)
 運が良ければそのまま檻のドアまで辿り着ける可能性がある。辿り着いたところでどうにかなるアテはないが、それでもここから脱出することに繋がる可能性を信じて朱兎は更に身体を動かす。
「うっ、わ!」
 勢いをつけすぎた。そう思ったときにはすでに遅く、椅子が大きく音を立てて倒れてしまった。朱兎も受け身を取れずにそのまま椅子とともに倒れ込む。
「いってぇ……!」
 誰もいない空間に自分の声が虚しく響く。そう、ここには誰もいないはずだった。
「お前、なにを一人で暴れている?」
「え、誰」
 突如響いた低音の声。倒れている体勢と暗がりということもあり、突然現れた人物の顔はよくわからない。ただ、朱兎をここまで運んできたオークション関係者ではないことだけは理解することができた。
(功夫服?)
 判別できるのは声からして男、服装は功夫服だということだけ。
『はぁ……、こんなのに大金を積んだボスの気が知れん』
 溜息と共に呟かれた言葉は日本語ではなかったため聞き取ることはできなかったが、なんとなく馬鹿にされたような気がした朱兎はムッと顔をしかめた。
「あんたがオレを買った人?」
「違う」
 しかめっ面をしたまま相手に問う。その声音にも不服がにじみ出たのか、ピシャリと冷たく言い放たれた否定の言葉。
「じゃあ、あんた何者なんだよ」
「答える必要はない」
 ガチャリと音がしたあと、ギィッと扉が開く鈍い金属音が辺りに響いた。
「え、ちょっ、なに」
 男が近付いてくる気配を感じ、朱兎は思わず身構える。
「動くな」
「っ!」
 威圧的な声が頭上から降ってきたと思えば、次の瞬間には木材が壊れる鈍い音をダイレクトに肌で感じた。
 どうやったのかまでは目視できないため朱兎にはわからなかったが、この男は足なり手なりを使って椅子を破壊したらしい。朱兎があれだけ暴れてもビクともしなかった椅子を、ほんの一瞬で破壊した怪力男。朱兎は己の非力さを痛感した。
「舌を噛みたくなければ、黙って大人しくしていろ」
「わっ!」
 冷ややかにそう言われた次の瞬間に、急な浮遊感に襲われ朱兎は身体を強張らせた。俵担ぎにされていると頭が認識できたのは、檻を出てしばらく経ってからのことだった。
(大の男を軽々と担ぎ上げるとかどんな筋肉野郎なんだ……)
 生憎と担がれている向きから男顔は未だ見ることができていないが、大層屈強で強面の男なのだろうと朱兎は想像を膨らませていた。
(いやいや! それより、オレはどこへ連れて行かれるんだ!)
 真っ暗な通路から、段々と薄明かりで照らされている通路へと視界が切り替わる。
(絶対にオレのこと買った奴のところじゃん! どうすんだよさっきのおっさんみたいな奴だったら……)
 思い出してゾッとしてしまう。オークションの最後の方は色々と考えていたため、正直誰に大金を積まれて落札されたのかなんてわからない。男なのか、女なのか。どちらにせよ人間を買う人間なんて、まともじゃないことだけは確かだ。
「お前は“”だ。ここから先、少しでも長生きしたいのならば勝手に喋るなよ」
「……」
 急に立ち止まったかと思えば、物騒なことを告げられる。自分を買った相手はそんなにも恐ろしい人間なのかと、想像しただけでも絶望しかなかった。
「……連れてきました」
 男は控えめにドアをノックすると、中の人物に向かって声を掛ける。少ししてから内側からドアが開かれ、男は部屋の中へと歩き出した。
「精々、気に入られることだな」
 小さく呟かれた男の言葉は、ただいたずらに朱兎の緊張感を増幅させるだけだった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

見ぃつけた。

茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは… 他サイトにも公開しています

ヤクザと捨て子

幕間ささめ
BL
執着溺愛ヤクザ幹部×箱入り義理息子 ヤクザの事務所前に捨てられた子どもを自分好みに育てるヤクザ幹部とそんな保護者に育てられてる箱入り男子のお話。 ヤクザは頭の切れる爽やかな風貌の腹黒紳士。息子は細身の美男子の空回り全力少年。

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

からかわれていると思ってたら本気だった?!

雨宮里玖
BL
御曹司カリスマ冷静沈着クール美形高校生×貧乏で平凡な高校生 《あらすじ》 ヒカルに告白をされ、まさか俺なんかを好きになるはずないだろと疑いながらも付き合うことにした。 ある日、「あいつ間に受けてやんの」「身の程知らずだな」とヒカルが友人と話しているところを聞いてしまい、やっぱりからかわれていただけだったと知り、ショックを受ける弦。騙された怒りをヒカルにぶつけて、ヒカルに別れを告げる——。 葛葉ヒカル(18)高校三年生。財閥次男。完璧。カリスマ。 弦(18)高校三年生。父子家庭。貧乏。 葛葉一真(20)財閥長男。爽やかイケメン。

普通の男の子がヤンデレや変態に愛されるだけの短編集、はじめました。

山田ハメ太郎
BL
タイトル通りです。 お話ごとに章分けしており、ひとつの章が大体1万文字以下のショート詰め合わせです。 サクッと読めますので、お好きなお話からどうぞ。

初夜の翌朝失踪する受けの話

春野ひより
BL
家の事情で8歳年上の男と結婚することになった直巳。婚約者の恵はカッコいいうえに優しくて直巳は彼に恋をしている。けれど彼には別に好きな人がいて…? タイトル通り初夜の翌朝攻めの前から姿を消して、案の定攻めに連れ戻される話。 歳上穏やか執着攻め×頑固な健気受け

親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話

gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、 立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。 タイトルそのままですみません。

婚約破棄されたSubですが、新しく伴侶になったDomに溺愛コマンド受けてます。

猫宮乾
BL
 【完結済み】僕(ルイス)は、Subに生まれた侯爵令息だ。許婚である公爵令息のヘルナンドに無茶な命令をされて何度もSub dropしていたが、ある日婚約破棄される。内心ではホッとしていた僕に対し、その時、その場にいたクライヴ第二王子殿下が、新しい婚約者に立候補すると言い出した。以後、Domであるクライヴ殿下に溺愛され、愛に溢れるコマンドを囁かれ、僕の悲惨だったこれまでの境遇が一変する。※異世界婚約破棄×Dom/Subユニバースのお話です。独自設定も含まれます。(☆)挿入無し性描写、(★)挿入有り性描写です。第10回BL大賞応募作です。応援・ご投票していただけましたら嬉しいです! ▼一日2話以上更新。あと、(微弱ですが)ざまぁ要素が含まれます。D/Sお好きな方のほか、D/Sご存じなくとも婚約破棄系好きな方にもお楽しみいただけましたら嬉しいです!(性描写に痛い系は含まれません。ただ、たまに激しい時があります)

処理中です...