中華マフィア若頭の寵愛が重すぎて頭を抱えています

橋本しら子

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 結局あの場では電話で救急車も警察も呼ぶことができず、しかしその場に男を放置して帰るなどできなかった朱兎は男を自宅へと連れ帰ることしかできなかった。
 意識のない成人男性を担ぐようにして歩くのは骨が折れたが、あの場に捨て置いたまま翌朝ニュースになりでもしたら寝覚めが悪いどころの話ではない。自ら厄介事を抱え込んでいるとわかってはいたが、やらない後悔よりはやった後悔。

「駄目だヨ、見ず知らずの怪しい男を部屋に連れ込んじゃあ……殺されても文句言えないヨ?」

 穏やかな口調なのに、向けられている視線と額に押し付けられているセイフティの外された銃口はとても冷え切っていた。予想以上に早く訪れた後悔は想像以上のもので、どうしてこんな状況になっているのか、考えるだけで朱兎は軽く頭痛を覚えた。

「それとも、誰かの指示?」

 自宅に入った途端、担いでいた男に押し倒されて馬乗りで拳銃を突きつけられている。いっそ夢なのではないかと疑いたくなるのが今朱兎を襲っている現状だった。
 窮地に陥ると逆に冷静になるタイプだったのかと、朱兎は脳内で自己分析をしながら目の前の現実離れした現実とどう向き合おうか考えていた。

「あー……道っ端にワケありの怪我人が転がってるけど、救急車も警察も呼べる状況じゃなかったから自宅に連れ帰るしかなかっただけなんですけどね」

 どこか遠い目をした朱兎は、目の前の男に淡々とそう返した。なにも嘘は言っていない。この状況で嘘を吐けるのは相当肝が据わっているか、ただの馬鹿だと思った。

「――――」
「え?」

 ぼそりと呟かれた言葉は中国語で、朱兎にはその言葉の意味を理解することはできなかった。

「オニーサン、よくお人好しって言われない?」
「自覚はしてるんで」

 お人好しの自覚はある。そうでなければ厄介事を自ら抱え込んだりはしない。
 シングルマザーの家庭で育ち、母親は朝から夜までいつも忙しそうだった。そんな母を支えようとあれこれ気を使っている内に、厄介事を引き受けてしまう性格が出来上がっていた。付き合いの長い親友からは、この件で度々いつか絶対に厄介なのに引っかかると心配されている。

「それより、肩平気なんです? 怪我してるんじゃないの?」
「……面白いなぁ、この状況で自分より他人の心配? オニーサン、今殺されかけてるんだヨ?」
「あんたが本当に殺す気なら、オレもう死んでるでしょ」

 そう返せば、返ってきた答えが彼の中で想像以上に予想外だったのか、男は急に笑いだした。

「本当に面白いね、きみ! 気に入っちゃったヨ」

 突きつけられていた銃口は離れ、馬乗りになっていた男も上から退いてくれた。よほどおかしかったのか、肩を震わせながら腕で目元を拭う仕草も見られる。そんな男の様子を伺いながらも、朱兎はホッと一息吐き出した。

「こんなに笑ったの久しぶりだヨ……ごめんね、驚かせて」
「いーえ、気にしてないんで」

 男に腕を引かれて朱兎も立ち上がる。セイフティロックが掛けられた銃は男の上着の内側にしまわれ、今の今までここで命のやり取りがあったことなど嘘のようだった。

「それで……どうします? その傷手当してきます?」

 銃を使ったり朱兎の手を引いたりとしてくれているが、肩に怪我をしていたはずだ。けろりとしてはいるが、大した怪我ではなかったのだろうか。
 ここでようやっと部屋の電気を付ける。長いこと暗がりにいたためか急な明かりで視界が一瞬眩む。

「って! 怪我ヤバいじゃん! なんでそんな平気な顔してんだよあんた!」
「んー……慣れてるから、かな」

 そうして目に入った男の怪我の状況は、想像以上のものだった。
 黒っぽい服だからこそ目立ちはしないが、出血量が多いのか肩から袖に掛けて色が変色してしまっている。よく見れば衣服もところどころ破れていたり汚れていたりと、まるでどこぞの戦場帰りのようだ。

「慣れてるって言っても、痛いもんは痛いだろ。ちょっと靴脱いでそこ座って」
「え、いや……」
「いいから」

 朱兎は男に有無を言わさず部屋の中へ連れて行き、部屋に1つしかない椅子へと男を座らせた。

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