【完結済】26歳OL、玄関先でイケメン執事を拾う〜アルファポリス版〜

こうしき

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第ニ部 loves

第九十六話 【悩める乙女たち】

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 外車のディーラー務めの父母はわたしが幼い頃から多忙で、家族揃って出かけるということは滅多となかった。二人とも同じ職場に務めているので、同じ日に休みを取るのが難しいということは今となっては理解が出来るが、幼い頃にはなかなか難しいものがあった。

「わたしたち? ほたる、きょうだいがいるの?」
「うん……」
「初めて聞いた」
「うん……」

 おまけに仲の良すぎる両親は、重なった貴重な休みをわたしたち子供と過ごさず、二人きりで外出してばかり。仲が良いのは悪いことではないが、隣の大家家おおやけ──桃哉とうやの実家に預けられたわたしと弟の寂しさといったら一溜まりもなかった。

 その上わたしのこの「ほたる」という名前。幼少期、両親はわたしのことが嫌いだから、虫の名前をつけたんだと信じて疑わなかった。

 成長してからもそのわだかまりは消えず、県外の大学に通ってからはより溝は深くなった。四年間の大学生活の間帰省したのは、成人式のたった一度だけ。恐らく、社会人になってからのわたしは、実家よりも隣の大家家に上がった回数の方が多いのだ。

「素敵な名前なのに」
「そう言ってくれるのは柊悟くんだけだよ」

 何かあれば連絡すれば良いし、何かあれば連絡が来る。そう思いつつも実家からの連絡は全く無し。勿論わたしから連絡することも無し──流石に誕生日には「おめでとう」とショートメールが届いたけれど。

「ごめんね、こんな話……」
「ううん、聞けてよかった」

 約束通りベッドの上で優しく頭を撫で、思い切り抱き締めてくれる。唇が何度か重なった所で、わたしは小さく唸って柊悟くんの肩を押した。

「……どうした?」
「忘れてた、アリスさんに連絡しなきゃ」
「やだ」
「や……ちょ、ちょっと……柊悟くん……」

 後ろから抱きつかれ、そのままうつぶせに押し倒される。耳と首筋に吸い付かれ、足がバタついた。

「待って……」
「やだ」
「連絡するって約束したんだから。このままだと……遅くなっちゃう」
「俺、先に寝ちゃうかもよ?」
「……いいよ?」

 身を起こしてしゅん、と項垂れた柊悟くんは、そのまま布団にくるまりベッドに転がった。臍を曲げてしまったのかもしれない。

「柊悟くん、柊悟くんったら」
「拗ねてないし……」
「本当に?」
「本当、冗談だからゆっくり電話しておいでよ」
「ありがとう」

 正直、家族の話をした後に身体を重ねる気にはなれなかった。彼はわたしを慰めようとしてくれたのかもしれないが、今夜はそっとしておいて欲しいというのが本音であった。

 ベッドに戻っても彼がまだ起きていたら、正直に伝えよう。これから先、共に生きていくのならば、きっとこんなことが何度もあるに違いないのだから。





 アリスさんとはその週の土曜日に、約束通り買い物に行くことが出来た。友人のゆーちゃんに教えてもらったランジェリーショップに連れていくと、アリスさんは目を輝かせて買い物に夢中になっていた。

「こ……このサイズでこんなに可愛い物があるとは驚きです」

 休日だというのに、アリスさんは仕事の時に身に付けている黒のパンツスーツ姿だ。華やかなランジェリーショップではなんとなく浮いてしまう。彼女本人が楽しそうなので問題はないが、「洋服も見に行ってみますか?」と誘うと目をキラキラさせながら首を縦に振った。

「そもそも、どうしてスーツなんですか?」
「仕事の虫なので……お恥ずかしい話、まともな外出着を持っていないのです」
「スーツばかりで?」
「はい」

 そういうことならと彼女の好みを聞き出し、良さそうなショップへと足を伸ばす。案の定気に入って貰えたようで、紙袋いっぱいの服を購入したアリスさんは、それを車の後部座席に丁寧に積み込んだ。

「良い物が沢山買えました」
「よかった。いっぱいおしゃれして下さいね」
「喜んで下さるといいのですが……」
「誰がですか?」
「え……あ、あ……その……」

 顔をほんのり赤らめて黙り込んでしまったアリスさんを促し、昼食をとるために近くのカフェへと向かう。その席でとんでもない恋愛相談を受けた。

「……今なんて……?」

 驚きのあまりティーカップに添えた指が震えてしまう。こんな話、誰にも出来ないからと言ってアリスさんは俯いてしまった。なかなか難有りな相手に、わたしも開いた口が塞がらない。上手くいってくれればいいなとは思うが、相手はかなりの強敵だと思われる。

「まさか、夏牙なつきさんとは……」
「……やっぱり無理ですかね」
「そんなことはないと思いますけど 」

 わたしを散々追い詰めた柊悟くんの実兄である夏牙さん。アリスさんとは雇主と被用者の関係だが、幼い頃から共に育ったのだ──二人の関係は家族に近いものがあった。仲は良さそうだが馴れ合っているようには見えず、どちらかと言えば仕事だけの関係を築いているような、お堅い印象を受けた。ただ──お似合いだな、という雰囲気はあった。

「直接的には何も出来ないかも知れませんが……何かあったらいつでも相談して下さいね」
「ありがとうございます!」

 女性からの人気が高い夏牙さんをどう攻略するか、わたしたちは食事を終えても作戦会議を続けた。アリスさんは魅力的な女性なのだから、もっと自信を持って押せば行けると思うのだが、彼女本人が自分に自信がないという。

「顔良し、スタイル良し、性格良し。なんで自信がないんですか?」
「私など、仕事ばかりでつまらない女なんです……」
「趣味とかは?」
「読書と生け花は好きです」
「女性らしくて素敵じゃないですか!」

 わたしがアリスさんのような女性であれば、好きな相手にはガンガン押して行くんだけどな──と伝えると、彼女は「逆ですよ」と言って眉尻を下げた。

「私こそ、ほたるさんのような魅力的な女性であれば、もっと自信を持って夏牙様に擦り寄りますよ」
「そんな、魅力なんてないです」

 わたしなんて、劣等感の塊のような女だというのに。魅力的過ぎる柊悟くんの隣を歩くことさえ、躊躇ってしまうというのに。

「結局は、無い物ねだりなんでしょうね」
「……そうかもしれませんね」

 もっと自分自身に自信があれば──躊躇うことなく堂々と彼の隣を歩けるというのに。こんなわたしがアリスさんにアドバイス出来ることなど、あるのだろうか。

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