【完結済】26歳OL、玄関先でイケメン執事を拾う〜アルファポリス版〜

こうしき

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第ニ部 loves

第八十七話 【追憶】

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 遥臣さんが立ち去り玄関の扉が閉まるや否や、桃哉は早足で施錠に向かった。悪態を吐き扉に蹴りを入れると、わたしが転がるベッドの足元の床に腰を下ろした。

「大丈夫か?」
「うん……」
「なんもしねえから、寝てろよ」
「うん……」
「お前、髪伸びたな」
「そうかな?」
「……昔のことを思い出しちまう」
「……そう」

 布団に潜り込み、チャーリー──水色の、大きなカエルのぬいぐるみ──を抱き締める。それを見た桃哉は驚き、少しだけ腰を浮かせた。

「まだそれ持ってたのか」
「うん……」
「……懐かしい」

 チャーリーは、わたしが桃哉と別れるか別れないかという際どい関係だった頃に、寂しさを紛らわせるために購入したものだった。抱き締めて眠ると心地の良いふわふわのぬいぐるみは、わたしと彼が破局後も身体の関係があったことを知っている──目撃している、数少ない存在だった。

「……こいつは全部知ってるんだもんな」

 桃哉も同じことを考えていたのだろう、懐かしむようにチャーリーの手をふにふにと握る。行為の際、幾度となくベッドから滑り落ちたこの大きなぬいぐるみは、処分したくてもなかなか出来ずにここまできてしまっていた。

「捨てねえの?」
「だって、可哀想」
「お前、これ見て俺を思い出すとか、ねえの?」
「無くはないけど……」
「それなら、俺が貰って帰ろうか?」
「えっ?」
「だって、お前にはもう必要ねえだろ? どうせこの狭いベッドであいつと一緒に寝てるんだろ。窮屈そうだし、抱き締めてくれる奴がいるなら、要らねえだろこれ」

 間違ったことは言っていないとは思う。 事実、ここ最近チャーリーを抱き締めて眠ることは滅多とないのだ。けれど、わたしにもチャーリーに対する愛着というものがある。数年間一緒に眠り続けたのだから、「はいどうぞ」とすぐに譲れるものでもないのだ。

「あいつは、お前がこれを買った経緯は知らねえんだろ?」
「うん」
「それならやっぱり処分だな」
「でも……」
「俺とはもう何もねえんだから、俺に関係あるものをいつまでも置いとくなって」
「……わかった。でも柊悟さんに何て言おう」

 桃哉は柊悟さんが帰ってくるまでここに居てくれるのだろうから、彼がチャーリーを連れ帰る場面にはどうしても遭遇してしまう。下手な嘘も吐きたくはないし、どうしたものか。

「俺が一人で寂しいから、貰って帰るって言っとけば?」
「一人で寂しいの?」
「別に……」

 フッと絡まった視線が──桃哉の目が、一瞬男の色に染まった。刹那、彼との過去のことを思い出してしまい、気まずくなって目を逸らしてしまった。

「ほたる?」
「なんでもない……」
「嘘吐くな」
「なんでわかるのよ」
「そんくらい、わかる」

 ベッドサイドに腰を下ろしたままの桃哉は、それ以上何も言わなかった。「寝てろ」と言われるので布団に潜り目を瞑った。

 うとうとと微睡んでは目を覚まし、その度に桃哉が「何か飲むか?」とか「しんどくないか?」と聞いてくる。求めると、スポーツドリンクのキャップを開けて渡してくれるという厚待遇だ。

「ごめんね……明日も仕事なんでしょ」
「気にすんな。別に、嫌じゃねえし」
「テレビ、つけてていいからね」

 音量をうんと小さくしたテレビから、人気の芸人の笑い声が漏れる。ぼんやりとそれを聴きながら、ごろごろと寝返りを打った。

「起きてるか?」
「うん……なに?」
「あいつ、何時くらいに帰ってくるんだ?」

 手首に巻いた時計で、桃哉は時刻を確認している。「何時?」と訊くと「もうすぐ九時」とのことだった。

「なるべく早く帰ってくるとは言ってたけど……やっぱり、長引いてるのかもしれない」
「お前がこんな状態だってのにか」
「仕方ないよ……彼にも立場があるんだから」
「立場ねえ……」

 溜め息を吐いた桃哉が検温をしろというので、体温計を受け取りパジャマのボタンを開け、腋に挟む。

「なに?」
「……別に」

 視線が気になり顔を上げると、桃哉は慌てて目を逸らす。口を開こうとしたその時、検温完了の電子音が鳴った。彼を一瞥して体温計を取り出すと、37.6℃。

「だいぶ下がったみたい」
「そうか。でも、まだ寝てろ」
「わかってる──ちょ……!」

 わたしの手の中から体温計を取り上げた桃哉は、わたしの背と肩に手を添えるとゆっくりとベッドに横たわらせた。端から見ると押し倒しているようにも見えてしまう。

「……びっくりさせないでよ」
「悪い、そういうつもりじゃ」
「────!!」

 ガチャガチャと玄関の鍵を開ける音に、勢いよく起き上がる桃哉。どうやら柊悟さんが帰宅したようだ。驚いたわたしが布団を被った時には、彼はベッドサイドの床に胡座をかいて座り、玄関の方を凝視していた。


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