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第ニ部 loves
第八十五話 【助けて】
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扉を破壊した桃哉は、遥臣さんのことなど見向きもせずに真っ直ぐわたしの元へと駆け寄る。あまりの衝撃に何も出来ないでいると、正面から思い切り抱き締められた。桃哉のTシャツの肩に、わたしの涙が吸い込まれて行く。
「と……おっ……や…………」
「もう大丈夫だから、泣くな」
桃哉と入れ替わる形で、樹李さんがわたしを思い切り抱き締めてくれる。立ち上がった桃哉はというと、遥臣さんと正面から対峙していた。
「誰だよ、あんた。ほたるに何してんだ」
ああ──。桃哉のこの声は、キレる寸前の、完全に怒っている時の声色だ。気を付けなければ我を忘れて遥臣さんを殴りかねない。
「立石 遥臣。立石 柊悟の弟だ」
「あいつの弟……? 弟がなんでほたるに──」
「彼女が欲しかったから、介抱ついでに口説こうと思って」
「っ──テメェッ!」
案の定桃哉は遥臣さんの胸倉に掴みかかる。握られた左拳がわなわなと震えていた。
「桃哉!」
「……わかってる!」
掴んだ胸倉から手を離しざまに、桃哉は遥臣さんを突き飛ばした。大きな舌打ちの音が静かな部屋に響いた。
「殴らないんだ?」
「ほたるが泣くからよ」
「君、ほたるちゃんの何なの?」
誂うような口調の遥臣さんは、乱れたシャツを正しながらベッドの端に腰かけた。樹李さんがわたしを抱き締める腕に力を込める。
「幼馴染みで……元彼だ」
「へぇ……柊悟はそのこと知ってるの?」
「知ってるさ。俺が時々こうやって実家で採れた野菜を、親に頼まれて持ってくることも把握してる」
「ふぅん」
ひどくつまらなさそうに桃哉をみつめる遥臣さんは、ちらりとわたしに視線を投げると大きな溜め息を吐いた。
「あともう少しだったのにね、残念」
「……ほたるに何をしたんだ」
樹李さんが凄む。普段柔らかな態度の彼女が怒るのを見るのは、久しぶりのことだった。
「別に、お姉さんには関係ないよね? それよりも時間はいいの?」
彼の言う通り確かに、樹李さんがバイトに行く時間は刻一刻と迫っていた。睨み合った二人の間に冷ややかな空気が流れる。
「ちょっといいか、どういう状況だこれ」
割って入ったのは桃哉だった。恐らく彼は何も知らぬまま樹李さんに頼まれ、扉を破壊しここに踏み込んだのだろう。わたしが熱があることもわかっていないはずだ。
「まあ簡潔に言えば、誰がほたるさんの看病をするかで揉めてる感じ。そこのお姉さんはバイトに行くみたいだし、それなら俺が看るしかないよねって流れ」
遥臣さんがペラペラと早口で説明を終える。わたしの隣に腰を下ろした桃哉は、手のひらをわたしの額に当てた。
「熱があるんか、お前」
「うん……」
「あいつは?」
「柊悟さんのこと?」
「ああ」
「仕事……」
「……チッ」
不満げに眉を寄せた桃哉は、樹李さんに「俺に任せてバイトに行って下さい」と声を掛けた。不安げにわたしを見つめた彼女は、桃哉の肩に手を添えて彼を見つめる。
「任せて大丈夫なんだよな?」
「はい」
「信用するよ?」
「はい」
「ほたるが今、一番大切な男が誰だか、わかってるよな?」
「大丈夫です樹李さん。俺はもう、こいつを傷つけません」
「……わかった、任せる。ほたる、しっかり休んどくんだよ」
わたしが頷くと、遥臣さんを一睨みした樹李さんは早足で部屋から出て行った。時間が押しているのかもしれない。あとできちんとお礼をしなければ。
樹李さんを見送り、わたし達三人は顔を見合わせる。遥臣さんが距離を詰めて来たので身構えると、庇うように桃哉がわたしにぴったりと身体を寄せた。
「あいつが帰ってくるまで、俺がここに残る。だからあんたはさっさと帰るんだな」
挑発的な桃哉の物言いに、遥臣さんは肩を竦める。ちらりと腕の時計を見ると、大きな溜め息を一つ。
「ほたるさんの病状が悪化するのは、こちらとしても望んではいないし。このまま君と揉めても、埒があかないんだろうね」
「だろうな」
「ほたるさんは、そこの元彼と俺のどちらに看病をして欲しいのかな?」
「え……」
どちらかを選べと、そういうことなのだろう。遥臣さんと二人きりになるのは、言うまでもなく怖い。先程服を脱がされかけたのだから、この後二人きりになろうものなら、何をされるか分かったものではない。
桃哉は──桃哉と会うのは久しぶりだった。この半年で何度か玄関のドアノブに野菜の入った袋をぶら下げてくれていたが、直接会ったのは半年以上前。彼がもうわたしのことをそういう目で見てはいないということは、先程の発言から明らかであったが、完全に信用出来るかと問われれば際どいラインであった。それでも、遥臣さんよりかは幾分ましである。
「……桃哉、いいの?」
「別に予定はねえし」
ぷい、とそっぽを向いた桃哉の背に額を預け「ありがとう」と告げると、わたしはおずおずと遥臣さんと目を合わせた。
「そういうわけですので、お引き取り下さいますか」
「オッケー、わかったよ。柊兄にも何も言わないから、二人で楽しむといいよ」
「何を……」
「じゃ、お大事に。また会おうね」
上着を纏い、颯爽と去って行く遥臣さんの姿に唖然としてしまう。安心して力が抜けたのか、わたしは仰向けの状態でベットに倒れ込んだ。
「と……おっ……や…………」
「もう大丈夫だから、泣くな」
桃哉と入れ替わる形で、樹李さんがわたしを思い切り抱き締めてくれる。立ち上がった桃哉はというと、遥臣さんと正面から対峙していた。
「誰だよ、あんた。ほたるに何してんだ」
ああ──。桃哉のこの声は、キレる寸前の、完全に怒っている時の声色だ。気を付けなければ我を忘れて遥臣さんを殴りかねない。
「立石 遥臣。立石 柊悟の弟だ」
「あいつの弟……? 弟がなんでほたるに──」
「彼女が欲しかったから、介抱ついでに口説こうと思って」
「っ──テメェッ!」
案の定桃哉は遥臣さんの胸倉に掴みかかる。握られた左拳がわなわなと震えていた。
「桃哉!」
「……わかってる!」
掴んだ胸倉から手を離しざまに、桃哉は遥臣さんを突き飛ばした。大きな舌打ちの音が静かな部屋に響いた。
「殴らないんだ?」
「ほたるが泣くからよ」
「君、ほたるちゃんの何なの?」
誂うような口調の遥臣さんは、乱れたシャツを正しながらベッドの端に腰かけた。樹李さんがわたしを抱き締める腕に力を込める。
「幼馴染みで……元彼だ」
「へぇ……柊悟はそのこと知ってるの?」
「知ってるさ。俺が時々こうやって実家で採れた野菜を、親に頼まれて持ってくることも把握してる」
「ふぅん」
ひどくつまらなさそうに桃哉をみつめる遥臣さんは、ちらりとわたしに視線を投げると大きな溜め息を吐いた。
「あともう少しだったのにね、残念」
「……ほたるに何をしたんだ」
樹李さんが凄む。普段柔らかな態度の彼女が怒るのを見るのは、久しぶりのことだった。
「別に、お姉さんには関係ないよね? それよりも時間はいいの?」
彼の言う通り確かに、樹李さんがバイトに行く時間は刻一刻と迫っていた。睨み合った二人の間に冷ややかな空気が流れる。
「ちょっといいか、どういう状況だこれ」
割って入ったのは桃哉だった。恐らく彼は何も知らぬまま樹李さんに頼まれ、扉を破壊しここに踏み込んだのだろう。わたしが熱があることもわかっていないはずだ。
「まあ簡潔に言えば、誰がほたるさんの看病をするかで揉めてる感じ。そこのお姉さんはバイトに行くみたいだし、それなら俺が看るしかないよねって流れ」
遥臣さんがペラペラと早口で説明を終える。わたしの隣に腰を下ろした桃哉は、手のひらをわたしの額に当てた。
「熱があるんか、お前」
「うん……」
「あいつは?」
「柊悟さんのこと?」
「ああ」
「仕事……」
「……チッ」
不満げに眉を寄せた桃哉は、樹李さんに「俺に任せてバイトに行って下さい」と声を掛けた。不安げにわたしを見つめた彼女は、桃哉の肩に手を添えて彼を見つめる。
「任せて大丈夫なんだよな?」
「はい」
「信用するよ?」
「はい」
「ほたるが今、一番大切な男が誰だか、わかってるよな?」
「大丈夫です樹李さん。俺はもう、こいつを傷つけません」
「……わかった、任せる。ほたる、しっかり休んどくんだよ」
わたしが頷くと、遥臣さんを一睨みした樹李さんは早足で部屋から出て行った。時間が押しているのかもしれない。あとできちんとお礼をしなければ。
樹李さんを見送り、わたし達三人は顔を見合わせる。遥臣さんが距離を詰めて来たので身構えると、庇うように桃哉がわたしにぴったりと身体を寄せた。
「あいつが帰ってくるまで、俺がここに残る。だからあんたはさっさと帰るんだな」
挑発的な桃哉の物言いに、遥臣さんは肩を竦める。ちらりと腕の時計を見ると、大きな溜め息を一つ。
「ほたるさんの病状が悪化するのは、こちらとしても望んではいないし。このまま君と揉めても、埒があかないんだろうね」
「だろうな」
「ほたるさんは、そこの元彼と俺のどちらに看病をして欲しいのかな?」
「え……」
どちらかを選べと、そういうことなのだろう。遥臣さんと二人きりになるのは、言うまでもなく怖い。先程服を脱がされかけたのだから、この後二人きりになろうものなら、何をされるか分かったものではない。
桃哉は──桃哉と会うのは久しぶりだった。この半年で何度か玄関のドアノブに野菜の入った袋をぶら下げてくれていたが、直接会ったのは半年以上前。彼がもうわたしのことをそういう目で見てはいないということは、先程の発言から明らかであったが、完全に信用出来るかと問われれば際どいラインであった。それでも、遥臣さんよりかは幾分ましである。
「……桃哉、いいの?」
「別に予定はねえし」
ぷい、とそっぽを向いた桃哉の背に額を預け「ありがとう」と告げると、わたしはおずおずと遥臣さんと目を合わせた。
「そういうわけですので、お引き取り下さいますか」
「オッケー、わかったよ。柊兄にも何も言わないから、二人で楽しむといいよ」
「何を……」
「じゃ、お大事に。また会おうね」
上着を纏い、颯爽と去って行く遥臣さんの姿に唖然としてしまう。安心して力が抜けたのか、わたしは仰向けの状態でベットに倒れ込んだ。
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