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第ニ部 loves
第六十四話【地獄の月曜日①】
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樹李さんが帰った後、わたしはお風呂のお湯が溜まるまでの間、柊悟さんがいないのをいいことにベッド下の片付けを開始した。いつも一緒なのだ、なかなか手をつけられずにいたその場所を片付けるのに、今は絶好のチャンスタイムだ。
(……懐かしいな)
そこにはずっと彼に見られたくなかったもの──桃哉と交際していた頃の写真や、贈られたアクセサリーなどがしまってあった。
写真は紙袋に入れて、ガムテープでぐるぐる巻きにしてごみ箱へ。アクセサリー類も悩んだ挙げ句一緒にごみ箱へ捨てることにした。売りに出すのはなんだか気が引ける。桃哉には申し訳ないけれど、全て処分させてもらうことにした。
(なんか、悪いことしちゃったかな……もっと早く片付けておけばよかった)
未練があるわけではないけれど、なんとなく胸がもやもやする。お風呂にでも入ればスッキリするかもしれない。食器は樹李さんが洗ってくれているので、お湯が溜まるとすぐに入浴をした。
(帰ってこないなあ、柊悟さん)
お風呂から上がり、時計を見ると二十一時半だった。どうしようかと悩んだが、わたしは洗濯機を回して一人分の洗濯物を干し終えた。
ネット小説のブックマークを読み漁り時間を潰すも、彼は帰ってこない──もうすぐ日付が変わろうかというのに、連絡すらないのだ。
(ひょっとして何かあったとか……? ううん、家族水入らずで楽しんでるだけだよね……連絡するのも悪いよね)
胸の奥に不安と寂しさを抱えたまま、わたしは一人でベッドへと潜り込んだ。明日も仕事なので夜更かしは出来ない。チャーリーを抱きしめ、あっという間に眠りに落ちる。
しかし翌朝目覚めて彼の姿は何処にもなく、わたしは一人盛大な溜め息と共に細長い涙を流したのであった。
*
樹李さんと二人で食したものの、少しだけ余ってしまったハンバーグを二人分のお弁当箱に詰める。他のおかずも詰めて完成したお弁当と、わたしはにらめっこをしながら腕を組んだ。
ひょっとしたら柊悟さんが帰ってくるかもしれない、なんて淡い期待をしながら作ったお弁当だったが、どうやら無駄になってしまいそうだ。そろそろ家を出なければならない。
(仕方ない、樹李さんにあげよ──)
──ガチャガチャ、ガチャリ
「ほたる!」
「柊悟さん?」
玄関の鍵と扉の開く音、それに駆けてくる足音。目が合った刹那、わたしをギュッと抱き締めてくれる、待ち焦がれていた彼の腕。
「ハアッ……帰れなくてごめん……色々あって……」
「ううん、大丈夫。それより時間は?」
わたしはもう出勤しなければ間に合わない時間だ。彼だって同じはず。昨日着て行った服とは違う──というか、今までわたしが見たことのない服を着た彼に一瞬驚くが、恐らく実家に置いていた服なのだろう。彼はわたしを解放すると軽く唇を重ね、リビングへと向かった。
「仕事にはこのまま行く。スーツは持って行ってあちらで着替えればいいし」
「コンタクトは?」
「今日はいいや、眼鏡で」
「あ、お弁当あるよ。ハンバーグも入れてるよ」
「本当? ありがとう」
準備が整ったのか荷物を持った彼はわたしの手を掴む。
「どうしたの?」
「会社まで俺の車で送るよ。向かいながら話をしよう。帰りも迎えに行くから」
「うん、わかった」
駆け足で彼の車へと向かい、助手席に乗り込む。今日はカウンタックではなくメルセデス・ベンツなので、この車で出勤してもそこまで目立ちはしない……だろう。
「連絡も無しに帰れなくて……本当にごめん」
「何かあったのかなって心配だったけど、何もなくて良かった。楽しく食事は出来た?」
「楽しくはなかったけど」
「そうなの?」
「ああ、俺が酒に弱いのを知ってて、酒を飲ませるし……お陰で寝ちゃって、帰れなくて。食事中はスマホ厳禁なんだよ、うち」
溜め息を吐いた彼の横顔は、やはり疲れの色が見えた。あれだけ働いているのだ、無理もない。
「寝ちゃったのは仕方ないよ。疲れも溜まってるんだし。わたしのことは気にしなくていいから」
「……ごめん」
赤信号になり、停車する。そのタイミングで体を寄せてきた彼は、フッとわたしの唇を塞いだ。
「だ……誰かに見られたら!」
「大丈夫だって」
濃厚なものへとなってきたところで、彼の肩を叩く。「信号!」と怒鳴ったが、生憎まだ赤信号だった。
「もう、おしまい! 後は帰ってから!」
「楽しみにしてる」
「ほら、口紅着いちゃったよ、ウエットティッシュどうぞ」
「ありがとう」
口紅を塗り直すわたしの隣で彼は唇を拭く。もう間もなく会社に到着するというのに、誰かに見られでもしたら本当に洒落にならない。
「柊悟さんの家族って、どんな感じなの?」
「うちの家族?」
「うん」
今まで一年間共に生活をしてきて、お互い家族の話題で盛り上がったことなどなかったように思う。わたし自身その話を避けていた部分もあるし、彼もそうだったように思う。
「仕事の虫だよ、みんな。基本的にはまあ……まともだけど、やたらと茶目っ気があるというか……」
「楽しそうな家族だね」
「全然。ほたるは?」
「うちは…………」
(わたしの家族──)
「……ほたる?」
(家族、か)
「ほたる?」
「…………あれ」
「どうしたの、着いたよ?」
ハッと顔を上げると、いつの間に到着したのか、会社の駐車場だった。
「ごめん……わたし何か……ぼぉっとしてた?」
「うん。大丈夫?」
「……大丈夫」
家族のことを考えてしまったからだろうか。今から仕事だというのに、気を引き締めないと。
「送ってくれてありがとう。柊悟さんも気を付けてね」
「ああ……。夕方、また連絡するよ」
「うん、行ってらっしゃい」
彼の車が見えなくなるまで、わたしはその場に立ち尽くしていた。
(お弁当、喜んでくれたらいいけど)
駐車場に次から次へと入ってくる車を尻目に、わたしはオフィスビルへと足を向けた。
「よし、がんばろ」
この時のわたしは、まさか今日がこんなにも長い長い一日になるなんて、知る由もなかった──。
(……懐かしいな)
そこにはずっと彼に見られたくなかったもの──桃哉と交際していた頃の写真や、贈られたアクセサリーなどがしまってあった。
写真は紙袋に入れて、ガムテープでぐるぐる巻きにしてごみ箱へ。アクセサリー類も悩んだ挙げ句一緒にごみ箱へ捨てることにした。売りに出すのはなんだか気が引ける。桃哉には申し訳ないけれど、全て処分させてもらうことにした。
(なんか、悪いことしちゃったかな……もっと早く片付けておけばよかった)
未練があるわけではないけれど、なんとなく胸がもやもやする。お風呂にでも入ればスッキリするかもしれない。食器は樹李さんが洗ってくれているので、お湯が溜まるとすぐに入浴をした。
(帰ってこないなあ、柊悟さん)
お風呂から上がり、時計を見ると二十一時半だった。どうしようかと悩んだが、わたしは洗濯機を回して一人分の洗濯物を干し終えた。
ネット小説のブックマークを読み漁り時間を潰すも、彼は帰ってこない──もうすぐ日付が変わろうかというのに、連絡すらないのだ。
(ひょっとして何かあったとか……? ううん、家族水入らずで楽しんでるだけだよね……連絡するのも悪いよね)
胸の奥に不安と寂しさを抱えたまま、わたしは一人でベッドへと潜り込んだ。明日も仕事なので夜更かしは出来ない。チャーリーを抱きしめ、あっという間に眠りに落ちる。
しかし翌朝目覚めて彼の姿は何処にもなく、わたしは一人盛大な溜め息と共に細長い涙を流したのであった。
*
樹李さんと二人で食したものの、少しだけ余ってしまったハンバーグを二人分のお弁当箱に詰める。他のおかずも詰めて完成したお弁当と、わたしはにらめっこをしながら腕を組んだ。
ひょっとしたら柊悟さんが帰ってくるかもしれない、なんて淡い期待をしながら作ったお弁当だったが、どうやら無駄になってしまいそうだ。そろそろ家を出なければならない。
(仕方ない、樹李さんにあげよ──)
──ガチャガチャ、ガチャリ
「ほたる!」
「柊悟さん?」
玄関の鍵と扉の開く音、それに駆けてくる足音。目が合った刹那、わたしをギュッと抱き締めてくれる、待ち焦がれていた彼の腕。
「ハアッ……帰れなくてごめん……色々あって……」
「ううん、大丈夫。それより時間は?」
わたしはもう出勤しなければ間に合わない時間だ。彼だって同じはず。昨日着て行った服とは違う──というか、今までわたしが見たことのない服を着た彼に一瞬驚くが、恐らく実家に置いていた服なのだろう。彼はわたしを解放すると軽く唇を重ね、リビングへと向かった。
「仕事にはこのまま行く。スーツは持って行ってあちらで着替えればいいし」
「コンタクトは?」
「今日はいいや、眼鏡で」
「あ、お弁当あるよ。ハンバーグも入れてるよ」
「本当? ありがとう」
準備が整ったのか荷物を持った彼はわたしの手を掴む。
「どうしたの?」
「会社まで俺の車で送るよ。向かいながら話をしよう。帰りも迎えに行くから」
「うん、わかった」
駆け足で彼の車へと向かい、助手席に乗り込む。今日はカウンタックではなくメルセデス・ベンツなので、この車で出勤してもそこまで目立ちはしない……だろう。
「連絡も無しに帰れなくて……本当にごめん」
「何かあったのかなって心配だったけど、何もなくて良かった。楽しく食事は出来た?」
「楽しくはなかったけど」
「そうなの?」
「ああ、俺が酒に弱いのを知ってて、酒を飲ませるし……お陰で寝ちゃって、帰れなくて。食事中はスマホ厳禁なんだよ、うち」
溜め息を吐いた彼の横顔は、やはり疲れの色が見えた。あれだけ働いているのだ、無理もない。
「寝ちゃったのは仕方ないよ。疲れも溜まってるんだし。わたしのことは気にしなくていいから」
「……ごめん」
赤信号になり、停車する。そのタイミングで体を寄せてきた彼は、フッとわたしの唇を塞いだ。
「だ……誰かに見られたら!」
「大丈夫だって」
濃厚なものへとなってきたところで、彼の肩を叩く。「信号!」と怒鳴ったが、生憎まだ赤信号だった。
「もう、おしまい! 後は帰ってから!」
「楽しみにしてる」
「ほら、口紅着いちゃったよ、ウエットティッシュどうぞ」
「ありがとう」
口紅を塗り直すわたしの隣で彼は唇を拭く。もう間もなく会社に到着するというのに、誰かに見られでもしたら本当に洒落にならない。
「柊悟さんの家族って、どんな感じなの?」
「うちの家族?」
「うん」
今まで一年間共に生活をしてきて、お互い家族の話題で盛り上がったことなどなかったように思う。わたし自身その話を避けていた部分もあるし、彼もそうだったように思う。
「仕事の虫だよ、みんな。基本的にはまあ……まともだけど、やたらと茶目っ気があるというか……」
「楽しそうな家族だね」
「全然。ほたるは?」
「うちは…………」
(わたしの家族──)
「……ほたる?」
(家族、か)
「ほたる?」
「…………あれ」
「どうしたの、着いたよ?」
ハッと顔を上げると、いつの間に到着したのか、会社の駐車場だった。
「ごめん……わたし何か……ぼぉっとしてた?」
「うん。大丈夫?」
「……大丈夫」
家族のことを考えてしまったからだろうか。今から仕事だというのに、気を引き締めないと。
「送ってくれてありがとう。柊悟さんも気を付けてね」
「ああ……。夕方、また連絡するよ」
「うん、行ってらっしゃい」
彼の車が見えなくなるまで、わたしはその場に立ち尽くしていた。
(お弁当、喜んでくれたらいいけど)
駐車場に次から次へと入ってくる車を尻目に、わたしはオフィスビルへと足を向けた。
「よし、がんばろ」
この時のわたしは、まさか今日がこんなにも長い長い一日になるなんて、知る由もなかった──。
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