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第ニ部 loves
第六十話 【甘い日常】
しおりを挟む日曜の朝らしく少し朝寝坊をしたわたしたちは、遅めの朝食を軽く取りショッピングへと出掛けた。買い物を済ませ、出掛けた先のカフェで昼食を取った後、その店自慢のケーキを購入。いつものことなのだが、ショーケースに並ぶケーキを選ぶ彼の横顔はきらきらしていて、まるで子供のようだった。可愛らしさに頬が弛むのを堪えるのに、いつもわたしは必死にならなければいけない。
「え、実家に挨拶ですか?」
帰宅し、のんびりと愛し合った後のこと。彼の温もりを肌に保ったまま、わたしたちは早めのおやつタイムと洒落混んでいた。ケーキは四つ購入したので、二人でつつき合いながら幸せな時間に浸る。
「そろそろいいかなと思って」
彼と交際を始めた直後から髪を伸ばし始めたわたしとは対照的に、彼は黒く長い髪をバッサリと切り落としていた。コンタクトレンズも蒼色ではなく普通のクリアタイプのものだ。わたしの隣に立つ自分が「恋人」として見られるのであれば、好機の目を向けられることは避けなければならない──とかなんとか。何の相談もなしに髪を切って帰ってきた時はかなり驚いたが、これはこれで男性らしさが出ていて、なかなか素敵なのだ。
「そろそろと言うのは?」
「ええ……ほたると付き合い始めて一年近く経ちましたし、そろそろご両親にもきちんと挨拶をしないと」
今わたしたちが敬語で話しているのは、月に何度か──休日限定に開催する「敬語で話すday」という遊びの為だ。あれからお互いに敬語を取り払って会話をするようになったが、時々こうやって悪ふざけをするのだ。いつ、いかなる時も敬語なので、体を重ねるときには細心の注意を払わなければならない。
因みにわたしは先程三回、彼は四回もミスをしている。
勿論、失敗が多かった方には罰ゲームが待っている。どんな罰ゲームかだなんて、そんな……そんな恥ずかしいことは言えるわけがないんだから!
「挨拶って、まだ結婚をするという段階まで行っていないのに、ですか?」
しまった、と彼の顔を見ると、困ったようにフォークを咥え固まっていた。ひょっとしたらこれはそろそろプロポーズがあるというフラグだったのかも知れない。
「ごめんなさい、柊悟さん……わたし、その、そういうつもりじゃ」
「いえ、いいんですよ。いつまで経っても俺がうじうじとしているのが悪いんですから」
(うじうじ、か……)
別に交際してたった一年でプロポーズを受けることが早すぎる、とか思わないわけでもないけれど……結婚を前提に交際を始めたわりには、なんのアクションも起こさないまま一年近くが経過しているというこの現状が、正直ほんの少しだけ不安ではあった。
彼がわたしのことを大切にしてくれている、ということは十分すぎるほどに伝わっているのだけれど。
(ひょっとして誕生日に何かある……とか?)
止めておこう、期待しすぎて何もないというのは悲しいものだ。
「何かタイミングがあったら、是非ご家族に紹介して下さい」
「……ええ」
考えてみればわたしは、彼の勤めるカフェレストランへは何度か客として足を運んでいるにも関わらず、彼の家族に会ったことが一度もないのだ。彼らは同じ敷地内の式場に勤めているのだから、何かの偶然で会っても不思議はないと思うのだけれど。
「そうだ、夕食なんですけど」
なんとなく暗い空気を払拭しようと、わたしは紅茶を飲み干した後、出来るだけ明るい声で言った。
「今日は柊悟さんの好きな煮込みハンバーグです。しかもなんとソースにはマッシュルームを入れます!」
「やったー!」
本当に嬉しそうに笑う彼に、わたしは抱きついた。頭を撫でてくれるので目を細め、胡座をかく彼の足の上に頭を乗せると、柔らかい声で名前を呼ばれた。
「ほたる」
「なあに?」
「来て」
身を起こし、何度も優しく唇を重ねた。食器を片付けなければとも思うが、どうやら彼は解放してくれる気がないらしい──わたしも、離れる気はないんだけれど。
「柊悟さん、さっき……ミスしましたね」
「……ほたるも、でしょう?」
「まだ、わたしの方が優勢」
「今日はなんだか、負けてもいい気分」
「本当に? じゃあ、罰ゲーム執行しちゃいますよ?」
「……今から?」
「今から」
体が熱を孕み、目が合う。立ち上がった彼がカーテンを引き、ベッドに腰かけた。その足元に身を寄せた瞬間だった。
──トゥルルルルル──トゥルルルルル
「……電話」
「出たら?」
「やだ」
ごろん、とベッドに仰向けに倒れた彼を尻目に、わたしはタンスの上に置かれたスマートフォンに手を伸ばした。
「柊悟さん」
「出なきゃ駄目?」
「出た方がいい相手のように見えますけど」
「……?」
通話画面に映し出された名前──立石 夏牙──
(──なつ……? 何て読むんだろ?)
画面を見た瞬間、彼の表現が強張った。
「ごめん、直ぐ済ませるから」
「大丈夫ですよ」
少し残念だなと思ったのはきっとわたしだけではないはずだ。ケーキ皿とティーカップを片付けながら、わたしは嫌々通話を開始した彼を見守った。
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