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第一部 owner&butler
第五十一話 【桃哉のこころⅡ】
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その日の俺は、いつもの友達と居酒屋で酒を飲んでいた。けれど、なんとなく今日は気分が乗らず、あまり酒を飲めなかった。友達と別れて別の場所で一人で飲み直そうと思っていたところに、ふいにほたるの声が聴こえた。
「あ? ほたる?」
声を掛けて近寄ると、やはりほたるだった。会社の飲み会なのだろう、少し離れた場所でスーツを着た強面のおっさんが心配そうにほたるのことを見つめていた。
話しているうちに、俺がほたるを家まで送り届けることになった。「面倒だ」とか、「なんで俺が」とか、そんな風には思わなかった。
ただ「ラッキーだ」とは思った。
結局ほたるは家に着くまで目を覚ますことはなかった。車からマンションまでは俺が背負って彼女を運んだ。相変わらず軽い。
「もうすぐ着くぞ」
「…………」
尻を叩いても起きないかこの野郎。まあ起きたところでまともに歩けないだろうから、いいんだが。
エレベーターが五階に到着する。俺の部屋は角部屋で無駄に広い。一人暮らしなのに3LDK──不動産会社を経営する親父が「いつ所帯を持っても大丈夫なように」なんて無駄な心配をして、ここに住むよう勧めてきなのだ。勿論会社の持ち物で、ローンはまあ、アレだ。
「着いたぞ」
「うー……」
セミダブルのベッドに仰向けにほたるを寝かせると、うっすらと目が開いた。ぼうっと俺を見つめ、ころんと横向きに転がった。
「とおや?」
「ああ」
とおや──こいつは俺のことをさっきからとおやと呼んでいる。幼い頃から交際中もずっと、ずっと、とおやだった。別れてからは冷たく突き放すように桃哉と呼び方が変わっていて、それがひどくショックだった。まあ、悪いのは俺なんだが。
「あれ、なんでー?」
「酔いはまだ覚めねえか」
「酔ってないもーん」
酔ってるじゃねえか。酔っていなければ俺の部屋に連れ込まれたと気が付いた時点で帰ってるだろうがよ。
「お風呂入っていーい?」
「はあ? 何言ってんだお前、危ねえから駄目だ」
「気持ち悪いもんー」
言いながら上から服を脱ぎ出す。やっぱり脱ぐのか。仕方なく俺は立ち上がり、脱衣場に行きそれからキッチンへ。固く絞ったタオルを二枚電子レンジにぶち込んで蒸しタオルを作りほたるの元へと戻る。
「おい、そんな格好で寝るな」
「うー……んー……」
中途半端だった脱衣を全て完了させ、首から順に拭いてやる。
「これで我慢しろ」
「わーい、ありがとー」
首を拭き、腕を拭き、腋を拭き──胸を拭いたところで、ほたるが小さく喘いだ。相変わらず感度の良い奴だ。
「とおやあ……」
「見るな馬鹿」
「んー……」
タオルを替えて、腰を拭き、尻を拭き、足を拭き──太股の内側でまた喘ぐ。伸びてきた彼女の手は、俺の手首を掴んでいた。
「や」
「もう少しで終わる、我慢しろ」
「やあ」
「ったく……」
こっちの身にもなりやがれってんだ。話をしたくてほたるをここに連れて来たが、これは我慢出来ないかもしれない。
「化粧は落とすか?」
「むー」
「むー、じゃわかんねえよ」
「とおや」
「なんだよ」
着ていた服をタオルと共に洗濯機に放り込む。乾燥モードまでセットしたから、明日の朝には乾いているだろう。
「お前、今日泊まれよ」
「うん」
「なあ、ほたる」
「なにい」
自分の服も脱ぎ終え下着だけになると、俺は寝転がるほたるの隣に座った。指で髪を鋤いてやると、ベッドの反対側に転がっていった。
「おい」
すかさず腕を掴み仰向けの彼女を押し倒すと、乱暴に唇を塞いでやった。抵抗されることはなく、受け入れられたことに驚く。弱々しいほたるの右手はベッドに投げ出され、左手は自分の腹の上に添えられていた。
「ほたる、俺は」
「なにー」
「俺は、お前が」
駄目だ。酔っているこいつに話しても意味がない。明日の朝、ちゃんと話をしなければ。
そっと頬に触れ、首に触れ、彼女の瞳を見つめる。ぼんやと俺を見つめてはいるが、ちゃんと俺だとわかっているのかどうかは──わからなかった。
「せっくす、するのぉ?」
「それもいいかもな」
そっと指先を胸に伸ばす。顔を見まいと唇を塞ぐと、ほたるが小さく声を漏らした。
「──ん……ぅ……」
こいつはこの状況がわかっているのだろうか。いや、絶対わかっていないな。わかっているならばこんな──俺が欲情するような声なんて出さないはずだ。
「なんだよ」
「んー…………っ……」
啄むように唇を離す。薄目を開けたほたるは未だに俺のことをぼんやりと見つめたままだ。そんな目で見るな、もっとちゃんと俺を見てくれ。
そんな彼女の目付きが妙に癪に障って、俺は──。
「あ…………とお、や……ぁ……」
「悪い、無理だ」
俺の手は、もう我慢することを止めた。俺がほたるに触れる度、それにつられて彼女が声を上げる。しばらくそうしていると、甘い声の隙間を縫って、ほたるが言葉を溢《こぼ》した。
「──さ──ん」
「なに」
「セバ……スさ…………ん」
聞き覚えのある男の名に、俺はハッとして顔を上げる。昂っていたありとあらゆるものが一気に冷め、体が冷え冷えとしてゆく。
「……バカ野郎が」
衣装ケースからTシャツを一枚取り出し、ほたるに無理矢理着せる。「むーむー」と小さく唸っていたが、頭を撫でてタオルケットを掛けてやると大人しくなった。
「ったく……」
寝室のエアコンのタイマーをセットし部屋を後にした俺は、下着姿のままリビングのソファに一人転がった。盛大な溜め息を吐くと乱暴に頭を掻きむしり、そのまま目を瞑った。
「あ? ほたる?」
声を掛けて近寄ると、やはりほたるだった。会社の飲み会なのだろう、少し離れた場所でスーツを着た強面のおっさんが心配そうにほたるのことを見つめていた。
話しているうちに、俺がほたるを家まで送り届けることになった。「面倒だ」とか、「なんで俺が」とか、そんな風には思わなかった。
ただ「ラッキーだ」とは思った。
結局ほたるは家に着くまで目を覚ますことはなかった。車からマンションまでは俺が背負って彼女を運んだ。相変わらず軽い。
「もうすぐ着くぞ」
「…………」
尻を叩いても起きないかこの野郎。まあ起きたところでまともに歩けないだろうから、いいんだが。
エレベーターが五階に到着する。俺の部屋は角部屋で無駄に広い。一人暮らしなのに3LDK──不動産会社を経営する親父が「いつ所帯を持っても大丈夫なように」なんて無駄な心配をして、ここに住むよう勧めてきなのだ。勿論会社の持ち物で、ローンはまあ、アレだ。
「着いたぞ」
「うー……」
セミダブルのベッドに仰向けにほたるを寝かせると、うっすらと目が開いた。ぼうっと俺を見つめ、ころんと横向きに転がった。
「とおや?」
「ああ」
とおや──こいつは俺のことをさっきからとおやと呼んでいる。幼い頃から交際中もずっと、ずっと、とおやだった。別れてからは冷たく突き放すように桃哉と呼び方が変わっていて、それがひどくショックだった。まあ、悪いのは俺なんだが。
「あれ、なんでー?」
「酔いはまだ覚めねえか」
「酔ってないもーん」
酔ってるじゃねえか。酔っていなければ俺の部屋に連れ込まれたと気が付いた時点で帰ってるだろうがよ。
「お風呂入っていーい?」
「はあ? 何言ってんだお前、危ねえから駄目だ」
「気持ち悪いもんー」
言いながら上から服を脱ぎ出す。やっぱり脱ぐのか。仕方なく俺は立ち上がり、脱衣場に行きそれからキッチンへ。固く絞ったタオルを二枚電子レンジにぶち込んで蒸しタオルを作りほたるの元へと戻る。
「おい、そんな格好で寝るな」
「うー……んー……」
中途半端だった脱衣を全て完了させ、首から順に拭いてやる。
「これで我慢しろ」
「わーい、ありがとー」
首を拭き、腕を拭き、腋を拭き──胸を拭いたところで、ほたるが小さく喘いだ。相変わらず感度の良い奴だ。
「とおやあ……」
「見るな馬鹿」
「んー……」
タオルを替えて、腰を拭き、尻を拭き、足を拭き──太股の内側でまた喘ぐ。伸びてきた彼女の手は、俺の手首を掴んでいた。
「や」
「もう少しで終わる、我慢しろ」
「やあ」
「ったく……」
こっちの身にもなりやがれってんだ。話をしたくてほたるをここに連れて来たが、これは我慢出来ないかもしれない。
「化粧は落とすか?」
「むー」
「むー、じゃわかんねえよ」
「とおや」
「なんだよ」
着ていた服をタオルと共に洗濯機に放り込む。乾燥モードまでセットしたから、明日の朝には乾いているだろう。
「お前、今日泊まれよ」
「うん」
「なあ、ほたる」
「なにい」
自分の服も脱ぎ終え下着だけになると、俺は寝転がるほたるの隣に座った。指で髪を鋤いてやると、ベッドの反対側に転がっていった。
「おい」
すかさず腕を掴み仰向けの彼女を押し倒すと、乱暴に唇を塞いでやった。抵抗されることはなく、受け入れられたことに驚く。弱々しいほたるの右手はベッドに投げ出され、左手は自分の腹の上に添えられていた。
「ほたる、俺は」
「なにー」
「俺は、お前が」
駄目だ。酔っているこいつに話しても意味がない。明日の朝、ちゃんと話をしなければ。
そっと頬に触れ、首に触れ、彼女の瞳を見つめる。ぼんやと俺を見つめてはいるが、ちゃんと俺だとわかっているのかどうかは──わからなかった。
「せっくす、するのぉ?」
「それもいいかもな」
そっと指先を胸に伸ばす。顔を見まいと唇を塞ぐと、ほたるが小さく声を漏らした。
「──ん……ぅ……」
こいつはこの状況がわかっているのだろうか。いや、絶対わかっていないな。わかっているならばこんな──俺が欲情するような声なんて出さないはずだ。
「なんだよ」
「んー…………っ……」
啄むように唇を離す。薄目を開けたほたるは未だに俺のことをぼんやりと見つめたままだ。そんな目で見るな、もっとちゃんと俺を見てくれ。
そんな彼女の目付きが妙に癪に障って、俺は──。
「あ…………とお、や……ぁ……」
「悪い、無理だ」
俺の手は、もう我慢することを止めた。俺がほたるに触れる度、それにつられて彼女が声を上げる。しばらくそうしていると、甘い声の隙間を縫って、ほたるが言葉を溢《こぼ》した。
「──さ──ん」
「なに」
「セバ……スさ…………ん」
聞き覚えのある男の名に、俺はハッとして顔を上げる。昂っていたありとあらゆるものが一気に冷め、体が冷え冷えとしてゆく。
「……バカ野郎が」
衣装ケースからTシャツを一枚取り出し、ほたるに無理矢理着せる。「むーむー」と小さく唸っていたが、頭を撫でてタオルケットを掛けてやると大人しくなった。
「ったく……」
寝室のエアコンのタイマーをセットし部屋を後にした俺は、下着姿のままリビングのソファに一人転がった。盛大な溜め息を吐くと乱暴に頭を掻きむしり、そのまま目を瞑った。
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