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第一部 owner&butler
第四十二話 【天敵】
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「どうぞ」
「ありがとうございます……」
セバスチャンが黒塗りの車のドアを開いてくれるので、わたしはそのまま助手席に乗り込んだ。そわそわしている間にも車は発進する。向かうはドラッグストア。食料品と日用品を買うためにセバスチャンが立ち寄りたいそうだ。
「何か?」
「……いえ」
今朝とは車が変わっていた。真っ白なランボルギーニ カウンタックは何処へいったのか。今、わたし達が乗っているのはメルセデス・ベンツ──しかもSクラス。朝の車に比べれば目立ちはしないが、それでも高級車ということに変わりはない。
「セバスさん、一体何台車を持っているんですか?」
「内緒です」
「内緒にすることなんですか、それ?」
「男には秘密の一つや二つ、あったほうが格好がいいのですよ」
何処かで聞いたことのある台詞を吐くセバスチャン。
(何処だったかな……まあいいか)
車内に流れるのは朝とは違うスローテンポのクラシック曲。聴いたことのない曲だった。仕事終わりの疲れた頭にこの曲とは──リラックスし過ぎてしまい、流石に眠たくなってしまう。
「御疲れでしたら眠られても」
「いや……運転してもらっているのにそういうわけには」
「私は気にしませんよ?」
赤信号で止まったタイミングで、セバスチャンは後部座席に手を伸ばした。何か布のようなものを掴んでいる。
同時にカサカサと音がしたので振り向くと、淡い紫色と白色のキキョウの花がグレーの包装紙に包まれていた。
「お花?」
「すみません、勝手に……御好きなのかなと思いまして」
確かに、好きかと訊かれれば好きだ。まだ時間に余裕があった頃は、時々花を買っては生けていた。今はそんな余裕などないので、花瓶はしまいっぱなしにないっている。
けれどそんな──花が好きだなんて素振りをわたしはセバスチャンに見せたことなどないはずだ。
「どうして、そう思ったんです?」
試しに訊いてみることにした。どんな返しがくるのかと単純に気になっただけなんだけれど。
「持ち物やカーテン……花柄が多いので御好きなのかと」
「……持ち物?」
「したっ…………ポーチとか、ですね、その」
「……今下着って言おうとしました?」
「まさかまさか!」
絶対下着って言おうとしたなとセバスチャンをじろりと睨むと、彼は手に持っていた膝掛けをわたしに差し出した。
「膝掛け、御使いになります?」
「ありがとうございます……」
よくよく考えると、花柄の下着は多いのかもしれない。今日だって白地に紫色の藤の花弁があしらわれた────。
「セバスさん!」
「はい!?」
わたしは振り返って後部座席に置いてある白色と紫色のキキョウの花を見る。そしてもう一度、セバスチャンを睨んだ。
「……今日からわたし、自分でした……いや、洗濯物をタンスにしまいますね」
「そんな! 執事としての私の立場が!」
「知りませんよーだ!」
洗濯物をしまってくれる執事は、毎日わたしの身に付けている下着すらも把握しているということになる。考えてみれば恥ずかしい、恥ずかしすぎる。
「べ、別にそういう意味でキキョウを買ったのではありませんよ!?」
「わかってますもん」
「怒ってるじゃないですかっ」
「怒ってないですもん!」
しょうもない言い争いが終息する頃には、ドラッグストアに到着していた。自分で助手席のドアを開けて足早に店内に向かった。
「本当に、本当に怒ってませんか?」
「怒ってませんて」
入店してカートを押しつつ、セバスチャンはわたしの顔色を横から伺っている。必死な様をからかいたくなってしまうが、そろそろ止めてあげよう。
生鮮食品以外は揃っている店舗なので、ちょっとした食品も買い揃えつつ、日用品も籠に投入する。並んで店内を歩きながら、私は今日の夕食をセバスチャンに訊ねた。
「キーマカレーにしようと思って」
籠の中を見ると確かに、わたしが普段見慣れないスパイスの小瓶がいくつか入っていた。
「本格的なやつですか?」
「そうですよ」
「わあい」
「かわぃ……」
「かわ?」
セバスチャンの顔を見上げると、何故だか慌てふためいている。謎だ。
「かわ……かわ、変わったものが売ってますね!」
セバスチャンが手に取ったのはレジ横のコーナーに陳列してあったスプレータイプの日焼け止めだった。最近ではわりと見かけるようになったなと思っていたが、男性からすると珍しいのかもしれない。
「けっこう便利ですよ、それ。つい使いすぎちゃいますけど」
言いながら会計を済ませてレジを通過する。レジを打つ壮年の女性が物珍しそうに、そしてうっとりとした瞳でセバスチャンを見つめていた。
「分担しましょうか」
「そっちの方が早そうですね」
手分けして買ったものを袋に詰める。わたしは食料品を、そしてわたしの右側ではセバスチャンが慣れた手付きで日用品を手早く袋に詰めてゆく。
──と、その時。
「あれ? あれえ?」
セバスチャンの右側から、艶っぽい粘着性のある女性の声が聴こえた。ふと顔を向けると、そこにはスラッと背の高い女性の姿。シナモン色の長い髪は丁寧に巻かれ、彼女の背で波打っている。
(すごい胸……)
胸元の大きく開いたUネックからは、豊かな胸の谷がこれでもかと言わんばかりに顔を覗かせている。下着のレースなんかが透けて見えるのは、同じ女としてもヒヤヒヤしてしまう。
フリルのあしらわれた白いTシャツの袖から伸びるのは透き通るように白くて細い腕。淡いピンク色のフレアスカートから伸びる足も白く細い。
「ああ~、やっぱりそうだ! マスター、マスターじゃないですか~!」
その声に驚いたセバスチャンは、ハッと顔を上げると彼女の方を向いた。
「ありがとうございます……」
セバスチャンが黒塗りの車のドアを開いてくれるので、わたしはそのまま助手席に乗り込んだ。そわそわしている間にも車は発進する。向かうはドラッグストア。食料品と日用品を買うためにセバスチャンが立ち寄りたいそうだ。
「何か?」
「……いえ」
今朝とは車が変わっていた。真っ白なランボルギーニ カウンタックは何処へいったのか。今、わたし達が乗っているのはメルセデス・ベンツ──しかもSクラス。朝の車に比べれば目立ちはしないが、それでも高級車ということに変わりはない。
「セバスさん、一体何台車を持っているんですか?」
「内緒です」
「内緒にすることなんですか、それ?」
「男には秘密の一つや二つ、あったほうが格好がいいのですよ」
何処かで聞いたことのある台詞を吐くセバスチャン。
(何処だったかな……まあいいか)
車内に流れるのは朝とは違うスローテンポのクラシック曲。聴いたことのない曲だった。仕事終わりの疲れた頭にこの曲とは──リラックスし過ぎてしまい、流石に眠たくなってしまう。
「御疲れでしたら眠られても」
「いや……運転してもらっているのにそういうわけには」
「私は気にしませんよ?」
赤信号で止まったタイミングで、セバスチャンは後部座席に手を伸ばした。何か布のようなものを掴んでいる。
同時にカサカサと音がしたので振り向くと、淡い紫色と白色のキキョウの花がグレーの包装紙に包まれていた。
「お花?」
「すみません、勝手に……御好きなのかなと思いまして」
確かに、好きかと訊かれれば好きだ。まだ時間に余裕があった頃は、時々花を買っては生けていた。今はそんな余裕などないので、花瓶はしまいっぱなしにないっている。
けれどそんな──花が好きだなんて素振りをわたしはセバスチャンに見せたことなどないはずだ。
「どうして、そう思ったんです?」
試しに訊いてみることにした。どんな返しがくるのかと単純に気になっただけなんだけれど。
「持ち物やカーテン……花柄が多いので御好きなのかと」
「……持ち物?」
「したっ…………ポーチとか、ですね、その」
「……今下着って言おうとしました?」
「まさかまさか!」
絶対下着って言おうとしたなとセバスチャンをじろりと睨むと、彼は手に持っていた膝掛けをわたしに差し出した。
「膝掛け、御使いになります?」
「ありがとうございます……」
よくよく考えると、花柄の下着は多いのかもしれない。今日だって白地に紫色の藤の花弁があしらわれた────。
「セバスさん!」
「はい!?」
わたしは振り返って後部座席に置いてある白色と紫色のキキョウの花を見る。そしてもう一度、セバスチャンを睨んだ。
「……今日からわたし、自分でした……いや、洗濯物をタンスにしまいますね」
「そんな! 執事としての私の立場が!」
「知りませんよーだ!」
洗濯物をしまってくれる執事は、毎日わたしの身に付けている下着すらも把握しているということになる。考えてみれば恥ずかしい、恥ずかしすぎる。
「べ、別にそういう意味でキキョウを買ったのではありませんよ!?」
「わかってますもん」
「怒ってるじゃないですかっ」
「怒ってないですもん!」
しょうもない言い争いが終息する頃には、ドラッグストアに到着していた。自分で助手席のドアを開けて足早に店内に向かった。
「本当に、本当に怒ってませんか?」
「怒ってませんて」
入店してカートを押しつつ、セバスチャンはわたしの顔色を横から伺っている。必死な様をからかいたくなってしまうが、そろそろ止めてあげよう。
生鮮食品以外は揃っている店舗なので、ちょっとした食品も買い揃えつつ、日用品も籠に投入する。並んで店内を歩きながら、私は今日の夕食をセバスチャンに訊ねた。
「キーマカレーにしようと思って」
籠の中を見ると確かに、わたしが普段見慣れないスパイスの小瓶がいくつか入っていた。
「本格的なやつですか?」
「そうですよ」
「わあい」
「かわぃ……」
「かわ?」
セバスチャンの顔を見上げると、何故だか慌てふためいている。謎だ。
「かわ……かわ、変わったものが売ってますね!」
セバスチャンが手に取ったのはレジ横のコーナーに陳列してあったスプレータイプの日焼け止めだった。最近ではわりと見かけるようになったなと思っていたが、男性からすると珍しいのかもしれない。
「けっこう便利ですよ、それ。つい使いすぎちゃいますけど」
言いながら会計を済ませてレジを通過する。レジを打つ壮年の女性が物珍しそうに、そしてうっとりとした瞳でセバスチャンを見つめていた。
「分担しましょうか」
「そっちの方が早そうですね」
手分けして買ったものを袋に詰める。わたしは食料品を、そしてわたしの右側ではセバスチャンが慣れた手付きで日用品を手早く袋に詰めてゆく。
──と、その時。
「あれ? あれえ?」
セバスチャンの右側から、艶っぽい粘着性のある女性の声が聴こえた。ふと顔を向けると、そこにはスラッと背の高い女性の姿。シナモン色の長い髪は丁寧に巻かれ、彼女の背で波打っている。
(すごい胸……)
胸元の大きく開いたUネックからは、豊かな胸の谷がこれでもかと言わんばかりに顔を覗かせている。下着のレースなんかが透けて見えるのは、同じ女としてもヒヤヒヤしてしまう。
フリルのあしらわれた白いTシャツの袖から伸びるのは透き通るように白くて細い腕。淡いピンク色のフレアスカートから伸びる足も白く細い。
「ああ~、やっぱりそうだ! マスター、マスターじゃないですか~!」
その声に驚いたセバスチャンは、ハッと顔を上げると彼女の方を向いた。
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