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第一部 owner&butler
第三十五話 【side:she→side:he Ⅲ】
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この一週間一体何をやっていたんだ、俺は。
あからさまに冷たい態度を取っていた。良かれと思ってやっていた。でも、違った。彼女はそんなことを求めていなかった。
彼女は「自分のことばかりで」と言っていたが、それは違う。俺の方こそ、自分のことばかりだ。恩を返すためとはいえ、勝手に家に押し掛けて、勝手に上がり込んで生活を共にして。自分勝手なのは俺の方なのに──悪いのは全部俺なのに。
風呂場で見せた、あの悲しそうな顔。俺のせいだ。俺のせいで彼女を傷付けた──苦しめ続けていた。
『人の気も知らないで! わたしがどれだけ苦しかったか!』
頭の中で何度もこだまする彼女の悲痛な叫び。もう二度とあのような思いをさせたくない。
俺が彼女を守らなければ。会社にスカートの中を覗く男がいるだなんて、出来れば追い払ってやりたいが……流石に彼女の社会的立場を考えるとそれも憚られる。気にかけてくれる上司もいるみたいだし、大丈夫だと信じたい。様子がおかしければ直ぐに話を聞こう。もう壁は取り払って心を開くと決めたのだから。
(……俺は馬鹿か)
自分で傷つけておきながら、守るというのもおこがましいか。悔しいが彼女には俺よりももっと相応しい人がいるのかもしれない。桃哉さんでも、スカート覗き魔の核村という奴でもなく、他の誰かが。
「ほたるさん」
俺の背にしがみついている彼女の名を呼んだ。今一度謝罪をしたいと思ったからだった。
「あの、ほたるさん」
まさか、もう眠ってしまったのだろうか。そろりと体を動かし、寝息を立てる彼女と向かい合う。
「スー……スー……」
「寝て……る、よな?」
それにしてもなんて可愛らしい寝顔なんだろう。子供みたいだ。いや、まあ俺の方が歳が下なんだけれど。
そっと頬に触れ、撫でた。やはり眠っているのか、ゆっくりと胸を上下させながら静かな寝息を──。
「……う」
胸──風呂場で押し当てられたあの二つの小ぶりな山。いや、小ぶりと言ったら失礼になるか。いや……いやいやしかし、小ぶりと言ってもあれだ、凄く小さいと言うわけではないんだ。大きすぎて目のやり場に困るような女性も近くにはいるが、彼女のはそこまで大きいと……大きすぎるというわけでもない。一般的な……そう、一般的な大きさ、だ。下着も毎日洗濯しているが、流石にサイズまで確認するつもりはない。気にならないといえば嘘になるが、勝手に見るのは流石に駄目だろう。
(ひょっとしたら触ればサイズがわかるか……?)
スッと視線をそこへと投げる。押し当てられただけでは大きさなんてわかりっこない。目にしたことは何度もあるが、じーっと見つめたことはないのだ。
(って、何を考えているんだよ!)
触ればなんて、阿呆か。大きさを確かめてどうするっていうんだ。これじゃあただ触りたいだけの変態と同じじゃないか。
俺はあくまでも彼女に恩を返すためにここに来たのだ。十年近くも前の、あの大きすぎる恩を。
「……ほたるさん」
あの頃から、俺の気持ちは変わっていない。それこそ気持ち悪いと拒絶されそうだったが、今の彼女は俺の全てを受け入れようとしてくれた。
『あなたが望むのならば、わたしはなんだって──』
(あれは、そういう意味合いでよかったんだよ……な?)
裸で身を寄せ抱きついてきたのだ。そういう意味でなけば、一体何だというのだろうか。俺が勘違いするかもしれないと思うのならば、あんなことはしないはずだ。
(でも、まさか……な。都合の良いように考えすぎかな)
あの行為は、俺に詫びをするためだと彼女自身も言っていたではないか。何を変な期待をしているんだろうか、俺は。
俺に対して好意を抱いているから身を捧げようとしたわけではない。自分自身が悪かったのだと俺にわかってもらうには、一体どうしたらいいのかと考えた末に辿り着いた結果があれだったのだろう。それにしても、年頃の女性が大胆すぎる。言葉を紡げば十分伝わるのだからと、話しておかなければならない。
「……」
腕に、体に、彼女の温かさと柔らかさが甦る。スーッと吸い込まれるように俺は腕を伸ばし、気が付くと彼女の腕に指を這わせていた。そのままグッと抱き寄せる。
(はっ……!)
やってしまった。彼女が目を覚ませば悲鳴を上げて突き飛ばされ、涙を流して俺を罵倒することだろう。考えるだけでも恐ろしい。彼女に「待っていて下さい」と言ったばかりのこの口は、嘘しか吐くことが出来ないのか。
腕を解こうとした刹那──。
「え」
腕の中の彼女の瞼が持ち上がっていた。寝ぼけているわけではなく、はっきりと意識を保っている、そんな眼差しだ。
(まさか……まさか始めから起きて……?)
俺が何か言うよりも早く、彼女は体の間で押し潰されてた腕を開き、伸ばし──。
「あっ……」
──俺の背に這わせた。
ぎゅっと抱きつかれ、細い顎が俺の肩にちょこんと乗った。表情を伺うことができなくなってしまった。
(嘘だろ……なんで)
「あの、ほたるさん」
「……」
「ほたる、さん?」
「……この……まま……」
「え?」
「……」
「ほたるさん?」
「スー……スー……」
先程と同様の静かな寝息。眠ってしまったのか、はたまた狸寝入りなのか、区別がつかない。
(……どうしよう)
このまま眠らせて欲しいということなのか。意図が全くわからない。ひょっとして胸を触ろうとしたことがバレていて、俺を試しているのだろうか? 指先一本も胸に触れていないのに、気配でわかったのか……?
(恐ろしい……流石だな)
もぞもぞと腕を動かし、彼女の髪に触れた。何度か撫でているうちに、とてつもない睡魔が押し寄せてきた。
(駄目……だ。このまま……眠って……しまったら……俺……は……)
壁掛け時計を見やる。時計の針はちょうど0時を回ったところだった。俺の意識はそこでぷつんと途絶えた。
あからさまに冷たい態度を取っていた。良かれと思ってやっていた。でも、違った。彼女はそんなことを求めていなかった。
彼女は「自分のことばかりで」と言っていたが、それは違う。俺の方こそ、自分のことばかりだ。恩を返すためとはいえ、勝手に家に押し掛けて、勝手に上がり込んで生活を共にして。自分勝手なのは俺の方なのに──悪いのは全部俺なのに。
風呂場で見せた、あの悲しそうな顔。俺のせいだ。俺のせいで彼女を傷付けた──苦しめ続けていた。
『人の気も知らないで! わたしがどれだけ苦しかったか!』
頭の中で何度もこだまする彼女の悲痛な叫び。もう二度とあのような思いをさせたくない。
俺が彼女を守らなければ。会社にスカートの中を覗く男がいるだなんて、出来れば追い払ってやりたいが……流石に彼女の社会的立場を考えるとそれも憚られる。気にかけてくれる上司もいるみたいだし、大丈夫だと信じたい。様子がおかしければ直ぐに話を聞こう。もう壁は取り払って心を開くと決めたのだから。
(……俺は馬鹿か)
自分で傷つけておきながら、守るというのもおこがましいか。悔しいが彼女には俺よりももっと相応しい人がいるのかもしれない。桃哉さんでも、スカート覗き魔の核村という奴でもなく、他の誰かが。
「ほたるさん」
俺の背にしがみついている彼女の名を呼んだ。今一度謝罪をしたいと思ったからだった。
「あの、ほたるさん」
まさか、もう眠ってしまったのだろうか。そろりと体を動かし、寝息を立てる彼女と向かい合う。
「スー……スー……」
「寝て……る、よな?」
それにしてもなんて可愛らしい寝顔なんだろう。子供みたいだ。いや、まあ俺の方が歳が下なんだけれど。
そっと頬に触れ、撫でた。やはり眠っているのか、ゆっくりと胸を上下させながら静かな寝息を──。
「……う」
胸──風呂場で押し当てられたあの二つの小ぶりな山。いや、小ぶりと言ったら失礼になるか。いや……いやいやしかし、小ぶりと言ってもあれだ、凄く小さいと言うわけではないんだ。大きすぎて目のやり場に困るような女性も近くにはいるが、彼女のはそこまで大きいと……大きすぎるというわけでもない。一般的な……そう、一般的な大きさ、だ。下着も毎日洗濯しているが、流石にサイズまで確認するつもりはない。気にならないといえば嘘になるが、勝手に見るのは流石に駄目だろう。
(ひょっとしたら触ればサイズがわかるか……?)
スッと視線をそこへと投げる。押し当てられただけでは大きさなんてわかりっこない。目にしたことは何度もあるが、じーっと見つめたことはないのだ。
(って、何を考えているんだよ!)
触ればなんて、阿呆か。大きさを確かめてどうするっていうんだ。これじゃあただ触りたいだけの変態と同じじゃないか。
俺はあくまでも彼女に恩を返すためにここに来たのだ。十年近くも前の、あの大きすぎる恩を。
「……ほたるさん」
あの頃から、俺の気持ちは変わっていない。それこそ気持ち悪いと拒絶されそうだったが、今の彼女は俺の全てを受け入れようとしてくれた。
『あなたが望むのならば、わたしはなんだって──』
(あれは、そういう意味合いでよかったんだよ……な?)
裸で身を寄せ抱きついてきたのだ。そういう意味でなけば、一体何だというのだろうか。俺が勘違いするかもしれないと思うのならば、あんなことはしないはずだ。
(でも、まさか……な。都合の良いように考えすぎかな)
あの行為は、俺に詫びをするためだと彼女自身も言っていたではないか。何を変な期待をしているんだろうか、俺は。
俺に対して好意を抱いているから身を捧げようとしたわけではない。自分自身が悪かったのだと俺にわかってもらうには、一体どうしたらいいのかと考えた末に辿り着いた結果があれだったのだろう。それにしても、年頃の女性が大胆すぎる。言葉を紡げば十分伝わるのだからと、話しておかなければならない。
「……」
腕に、体に、彼女の温かさと柔らかさが甦る。スーッと吸い込まれるように俺は腕を伸ばし、気が付くと彼女の腕に指を這わせていた。そのままグッと抱き寄せる。
(はっ……!)
やってしまった。彼女が目を覚ませば悲鳴を上げて突き飛ばされ、涙を流して俺を罵倒することだろう。考えるだけでも恐ろしい。彼女に「待っていて下さい」と言ったばかりのこの口は、嘘しか吐くことが出来ないのか。
腕を解こうとした刹那──。
「え」
腕の中の彼女の瞼が持ち上がっていた。寝ぼけているわけではなく、はっきりと意識を保っている、そんな眼差しだ。
(まさか……まさか始めから起きて……?)
俺が何か言うよりも早く、彼女は体の間で押し潰されてた腕を開き、伸ばし──。
「あっ……」
──俺の背に這わせた。
ぎゅっと抱きつかれ、細い顎が俺の肩にちょこんと乗った。表情を伺うことができなくなってしまった。
(嘘だろ……なんで)
「あの、ほたるさん」
「……」
「ほたる、さん?」
「……この……まま……」
「え?」
「……」
「ほたるさん?」
「スー……スー……」
先程と同様の静かな寝息。眠ってしまったのか、はたまた狸寝入りなのか、区別がつかない。
(……どうしよう)
このまま眠らせて欲しいということなのか。意図が全くわからない。ひょっとして胸を触ろうとしたことがバレていて、俺を試しているのだろうか? 指先一本も胸に触れていないのに、気配でわかったのか……?
(恐ろしい……流石だな)
もぞもぞと腕を動かし、彼女の髪に触れた。何度か撫でているうちに、とてつもない睡魔が押し寄せてきた。
(駄目……だ。このまま……眠って……しまったら……俺……は……)
壁掛け時計を見やる。時計の針はちょうど0時を回ったところだった。俺の意識はそこでぷつんと途絶えた。
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