【完結済】26歳OL、玄関先でイケメン執事を拾う〜アルファポリス版〜

こうしき

文字の大きさ
上 下
22 / 101
第一部 owner&butler

第二十一話 【桃哉のこころ】

しおりを挟む
 ほたるの部屋を後にして外に出ると、真夏のむわっとした気持ちの悪い夜風が、俺の頬を撫でた。

 気分は最悪だ。

 何だったんだあの男は。意味がわからないくらい綺麗な顔をしやがって。髪があれだけ長かったのも、意味がわからない。
 酒を飲み過ぎたせいで、思考回路がぐちゃぐちゃだ。


 ──ほたるにあんなことをして。


 嫌だと口で言いながらも、今までのように受け入れてくれると思っていた。あいつは何だかんだ言っても男に抱かれるのが好きなのだ。

 でも違った。駄目だった。本気ではないにしても殴られて、拒絶された。あいつは震えていた──あの男に抱き寄せられた腕の中で。

 あの男は一体なんだ。あのほたるが、散らかっていた部屋を片付けて、男を招き入れるなんてあり得ない。俺のほうが絶対にほたるのことを好きなのになんで──。

「おー、樹李きりか、おつかれ」

 前を行く親父が階段を降りようと角を曲がったところで、知った顔に遭遇する。
 彼女は格子こうし 樹李きり。ほたるの隣の部屋に住む、変態スレンダーお姉さんだ。

「おっちゃん、桃哉とうやくん、こんばんは」
「バイト帰りか?」
「そうっす。珍しいですね、二人揃って」
「ああ……ちょっと色々あってな……」

 なんとなく口も悪いし目付きも悪いが、どことなく滲み出る色香は、きっとその長い手足と髪型のせいなのだろう。襟ぐりの開いたTシャツから覗く胸元は薄いが、何故だろう──不思議といつもそこに視線が行ってしまう。

「樹李さん、髪切ったんですね」
「あー、これか…………バイト帰りにな。いやあ、さっぱりしたわ。涼しくって楽だなこれは」

 俺の知っている限り、彼女はずっとロングヘアーだった。それが今はうなじを露にしたショートボブだ。

「似合ってますよ」
「言うねえ桃哉くん、流石モテる男は違うねえ。おねーさんが抱いてやろうか?」
「おい樹李、うちの息子をたぶらかすなよ?」
「へいへーい、すいません」

 親父は「じゃあな」と背を向けて階段を降りて行く。俺もそれに続こうとしたところで、

「桃哉くん」

 声をかけられる。

「なんです?」
「ほたると何かあったのか?」
「……」

 鋭いなこの人は、本当に……。誤魔化しきれないということは身をもって知っている。だからと言って正直に話すのも憚られる。

「ヨリを戻したいんなら、正直になりなよ。あの子もそれを望んでる」
「正直に?」
「君は偽りすぎだよ、色々とね。だから損をする」
「……」
「まだ好きなんだろ、ほたるのこと」
「でも、あいつ……彼氏がいて」
「ああん? 彼氏だぁ?」

 眉を寄せ、口をあんぐりと開けた彼女。こんな顔をしてしまっては、折角の美人が台無しだ。

「はい……髪がこのくらい長い、セバとかいう美人な彼氏」
「それ、彼氏じゃねーよ?」
「は?」
「背の高い、あのイケメンだろ?」
「多分そうです」
「彼氏じゃねえし、彼氏になる予定もないって言ってたぞ」

 ちょっと待て、それだとおかしな話になる。ほたるは彼氏でもない奴と一緒に風呂に入ろうとしてたってことか? それにあいつらはどちらも恋人関係を否定しなかったぞ?

「桃哉くん?」

 押し黙り、わなわなと震える俺を不思議そうに見つめる樹李さん。階段を下りていった親父が何か言っているが、耳に入ってこない。

「許さねえあの男」
「どーしたの?」
「……あの男、ほたるに何をするつもりなんだ」

 くるりと向きを変え、ほたるの部屋──三○三号室へと戻る。どういうことなのか、問い詰めなければ俺の気が済まない。たとえドアを開けたその先の部屋で、恋人同士であることを否定しなかった、恋人同士ではない二人が────交わっていようとも。

「桃哉! 何やっとるんじゃ!」

 インターホンに指を伸ばそうとしたところで、親父の怒鳴り声が背中に突き刺さった。

「だって親父! あいつら恋人同士じゃねえって……」
「知っとるわ、だったらなんだってんだ」
「なんだってんだって……」
「お前に何の関係がある? ほたるに辛い思いをさせたお前に」

 確かに親父の言う通り、俺は二年前まで交際していたほたるに──嫌な思いをさせた。付き合っているのに他の女と頻繁に飲みに行ったり、遊びに行ったり。でもそれは────。

「二人の間に割って入るんなら、誠意を尽くしてちゃんとほたるに謝ってからにしろ。とりあえず今は早く帰らねばならん!」

 俺の腕を掴み、無理矢理引っ張って行く親父。樹李さんは呆れ顔で手を振ると、「じゃあね」と言って自室へと消えた。

「何をそんなに急いでんだよ!」

 カンカンと階段を降り始めても尚、親父は強引に俺を引っ張っていく。このままではTシャツの袖がびろんびろんに伸びてしまう。

「ドラマだよ!」
「ドラマぁ?」
「十一時から始まるんじゃ!」
「録画かけてるだろ?」

 毎週日曜、二十三時から親父が毎週楽しみにしているドラマがある。いつもはジムから帰ってきて録画したものを観ているハズなのだが。

「折角間に合いそうな時間なんだ! リアルタイムで観るんじゃ!」
「どっちでも一緒じゃねえか……」
「楓ちゃんが沢山出る回なんだよ! 早く観たいんじゃ! 間に合うなら間に合わせたい!」

 またしても俺のTシャツの袖を掴み、ずんずんと足を進める親父。なんて自分勝手なやつだ──まあ、そこは俺も同じか。

 帰ったら飲み直そう。明日から仕事だが、そんなこと構うものか。眠って起きて、気持ちが落ち着いたらまたほたるに連絡をしよう。


 あんな訳のわからない男に、ほたるを取られてなるものか。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

マッサージ

えぼりゅういち
恋愛
いつからか疎遠になっていた女友達が、ある日突然僕の家にやってきた。 背中のマッサージをするように言われ、大人しく従うものの、しばらく見ないうちにすっかり成長していたからだに触れて、興奮が止まらなくなってしまう。 僕たちはただの友達……。そう思いながらも、彼女の身体の感触が、冷静になることを許さない。

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

処理中です...