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第一部 owner&butler
第十二話 【来客】
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──歌が聴こえる。
寝起きのぼんやりとした頭に流れ込んでくる、柔らかな音色。これは────第九? あの有名な交響曲第九番だ。
誰だろう、いやそもそも……歌?
どうして? わたししかいない部屋で……だ……いく…………眠い。
というか今日は日曜日だ。まだ起きなくてもいいだろう。買い物には行かなければならないけど、午後からでも問題ないし。
(チャーリー……)
おかしいな、チャーリーがいない。抱き付きたいのにどこにいったんだろう。恐らくまたいつものようにベッドの下にでも落ちているのだろうか。
お味噌汁のいい香りが鼻をくすぐった気がしたが、気のせいだろう。起きているのか眠っているのかわからない。夢かな──?
────ドンドンドンドン!
──ドンドンドンドンドンドン!
「──ぉ──ぁ──ぅ!」
(なんだろう?)
激しく何か……叩く音。それに太い叫び声。インターホンがけたたましく鳴り響き、ガチャリとドアの開く音。
「ん…………な……に?」
目を擦り、わたしは首だけを捻って玄関の方を見やる。おかしいな、誰もいないはずなのに声が聴こえる。ていうか、ドア開いた? なんで?
(ええっと…………ああ、そうか)
うちには昨日から執事がいるんだったな。で、執事が玄関で何をしているのだろう。太い声と執事セバスチャンの透き通った声が、何やら言い合って……?
「ほぉーたぁーるぅーッ!」
「は、はいっ!?」
名前を呼ばれ飛び起きた。えっと、この声は──寝起きのぽやぽやとした頭で懸命に考える。しかし考えるよりも先に、その人物はわたしの視界に飛び込んできた。
短く刈り上げた銀髪頭の上には縁なしの老眼鏡。今日も白いTシャツに浅黒い筋肉が眩しい、アラフィフのオッサン。
「ああ、おはようござ……」
体を起こし、ぺこりと頭を下げる。眠い。目を更に擦り、顔を上げる──
「ほ、ほたる……お前、その格好は……」
「ふぇ?」
──赤面した燕尾服の執事と、アラフィフオッサンが、わたしのことを開くほど見つめていた。
「……かっこう?」
指摘を受けて己の体を見下ろす。わたしひょっとして、変なパジャマ着てたんだっけか?
「かっこう…………え、って…………ぎゃああああああああぁぁぁぁぁああ!」
「朝からデカイ声を出すなあああああああああぁぁぁッ!」
何故、何故なんだ。
どうしてわたしは全裸なんだ。教えてくれ、チャーリー。
*
「いやあしかしほたる、お前ほんっと綺麗な乳しとるの!」
「乳って言うな! うっさいわ!」
正面に座る筋肉ジジイ……じゃなくてオッサンは、お味噌汁を啜りながら豪快に笑った。
「ていうか大家さん、朝ごはん食べてきたんじゃないんです?」
「いやー、日曜は母ちゃんがまだ寝てる時間だからな、食べずに来たんだ」
「優しい~」
「それほどでもあるな!」
セバスチャンが用意してくれた朝食は和食だった。炊きたての白いご飯に野菜たっぷりのお味噌汁。あ、葱! 葱が入っている。これはきっとあのエコバックから飛び出ていたやつだ。
「しかしこの味噌汁、旨いなあ!」
「ありがとうございます」
厚焼き玉子に箸を入れながら大家さんは「おかわり」と言って汁椀をセバスチャンに差し出す。多分この人は遠慮という言葉を知らないんだ。
「ていうか大家さん、何なんですかこんな朝から」
汁椀を受け取ったセバスチャンがお味噌汁を注ぎに行った背中を見送りながら、わたしもお味噌汁を啜った。ちゃんと出汁を取ってるんだろうな、本当に美味しい。
「俺からしたらなんでお前が朝っぱらから全裸だったのか、そっちのほうが気になってならん!」
「暑かったから脱いだんだと思います!」
「どうだか! あんな男前連れ込んで、やることやってそのまま寝てただけだろうが!」
「ぶはっ!?」
このタイミングでセバスチャンが吹き出した。
「す、すみません。お味噌汁は無事です」
言いながら大家さんの前に汁椀を置くセバスチャン。自分も席につくと手を合わせ「頂きます」と言ってから食べ始めた。
「それにしても……変わった格好をした彼氏だな、ほたる」
「か、彼氏じゃないです!」
「そうです! 彼氏じゃなくて執事です!」
「はあ? 執事?」
おいおいおいおいセバスチャン。君は何を言っているんだ。確かにそれは事実であるが、このアラフィフのオッサンにそんなことを言って言葉が通じるとでも思っているのか?
(セバスさん、セバスさん! 違います、そうじゃなくって!)
わたしは必死に目配せをする。目が合ったセバスチャンは、納得したように口を縦に開き頷くと、立ち上がって胸に手をあてた。
「きちんとした御挨拶が遅れてしまい申し訳ありません。私はセバスチャン・クロラウト。ほたるさんの執事をさせて頂いております。身の回りの御世話は全て致しておりますので、どうぞ御安心を」
ちっがあああああああああぁぁぁう!!
そうじゃない! そうじゃないから!
寝起きのぼんやりとした頭に流れ込んでくる、柔らかな音色。これは────第九? あの有名な交響曲第九番だ。
誰だろう、いやそもそも……歌?
どうして? わたししかいない部屋で……だ……いく…………眠い。
というか今日は日曜日だ。まだ起きなくてもいいだろう。買い物には行かなければならないけど、午後からでも問題ないし。
(チャーリー……)
おかしいな、チャーリーがいない。抱き付きたいのにどこにいったんだろう。恐らくまたいつものようにベッドの下にでも落ちているのだろうか。
お味噌汁のいい香りが鼻をくすぐった気がしたが、気のせいだろう。起きているのか眠っているのかわからない。夢かな──?
────ドンドンドンドン!
──ドンドンドンドンドンドン!
「──ぉ──ぁ──ぅ!」
(なんだろう?)
激しく何か……叩く音。それに太い叫び声。インターホンがけたたましく鳴り響き、ガチャリとドアの開く音。
「ん…………な……に?」
目を擦り、わたしは首だけを捻って玄関の方を見やる。おかしいな、誰もいないはずなのに声が聴こえる。ていうか、ドア開いた? なんで?
(ええっと…………ああ、そうか)
うちには昨日から執事がいるんだったな。で、執事が玄関で何をしているのだろう。太い声と執事セバスチャンの透き通った声が、何やら言い合って……?
「ほぉーたぁーるぅーッ!」
「は、はいっ!?」
名前を呼ばれ飛び起きた。えっと、この声は──寝起きのぽやぽやとした頭で懸命に考える。しかし考えるよりも先に、その人物はわたしの視界に飛び込んできた。
短く刈り上げた銀髪頭の上には縁なしの老眼鏡。今日も白いTシャツに浅黒い筋肉が眩しい、アラフィフのオッサン。
「ああ、おはようござ……」
体を起こし、ぺこりと頭を下げる。眠い。目を更に擦り、顔を上げる──
「ほ、ほたる……お前、その格好は……」
「ふぇ?」
──赤面した燕尾服の執事と、アラフィフオッサンが、わたしのことを開くほど見つめていた。
「……かっこう?」
指摘を受けて己の体を見下ろす。わたしひょっとして、変なパジャマ着てたんだっけか?
「かっこう…………え、って…………ぎゃああああああああぁぁぁぁぁああ!」
「朝からデカイ声を出すなあああああああああぁぁぁッ!」
何故、何故なんだ。
どうしてわたしは全裸なんだ。教えてくれ、チャーリー。
*
「いやあしかしほたる、お前ほんっと綺麗な乳しとるの!」
「乳って言うな! うっさいわ!」
正面に座る筋肉ジジイ……じゃなくてオッサンは、お味噌汁を啜りながら豪快に笑った。
「ていうか大家さん、朝ごはん食べてきたんじゃないんです?」
「いやー、日曜は母ちゃんがまだ寝てる時間だからな、食べずに来たんだ」
「優しい~」
「それほどでもあるな!」
セバスチャンが用意してくれた朝食は和食だった。炊きたての白いご飯に野菜たっぷりのお味噌汁。あ、葱! 葱が入っている。これはきっとあのエコバックから飛び出ていたやつだ。
「しかしこの味噌汁、旨いなあ!」
「ありがとうございます」
厚焼き玉子に箸を入れながら大家さんは「おかわり」と言って汁椀をセバスチャンに差し出す。多分この人は遠慮という言葉を知らないんだ。
「ていうか大家さん、何なんですかこんな朝から」
汁椀を受け取ったセバスチャンがお味噌汁を注ぎに行った背中を見送りながら、わたしもお味噌汁を啜った。ちゃんと出汁を取ってるんだろうな、本当に美味しい。
「俺からしたらなんでお前が朝っぱらから全裸だったのか、そっちのほうが気になってならん!」
「暑かったから脱いだんだと思います!」
「どうだか! あんな男前連れ込んで、やることやってそのまま寝てただけだろうが!」
「ぶはっ!?」
このタイミングでセバスチャンが吹き出した。
「す、すみません。お味噌汁は無事です」
言いながら大家さんの前に汁椀を置くセバスチャン。自分も席につくと手を合わせ「頂きます」と言ってから食べ始めた。
「それにしても……変わった格好をした彼氏だな、ほたる」
「か、彼氏じゃないです!」
「そうです! 彼氏じゃなくて執事です!」
「はあ? 執事?」
おいおいおいおいセバスチャン。君は何を言っているんだ。確かにそれは事実であるが、このアラフィフのオッサンにそんなことを言って言葉が通じるとでも思っているのか?
(セバスさん、セバスさん! 違います、そうじゃなくって!)
わたしは必死に目配せをする。目が合ったセバスチャンは、納得したように口を縦に開き頷くと、立ち上がって胸に手をあてた。
「きちんとした御挨拶が遅れてしまい申し訳ありません。私はセバスチャン・クロラウト。ほたるさんの執事をさせて頂いております。身の回りの御世話は全て致しておりますので、どうぞ御安心を」
ちっがあああああああああぁぁぁう!!
そうじゃない! そうじゃないから!
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