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第一部 owner&butler
第十話 【夢の淵】
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「それにしても、本当にいいんですか?」
「何がです?」
「家事ですよ」
全ての家事を行うと宣言したセバスチャン。料理に洗濯、それに掃除に買い出しに至るまで全てだ。
「だって私、その為にここにいるんですもん」
「まあ……確かに」
今日からわたしの執事になるといって現れたセバスチャン。
(あれ、でも待って)
「執事って家事とかする人のことを指すんですかね?」
家事を全部するというならば、家政婦(夫)やお手伝いさんなのではないだろうか。執事と言えば聞こえはいいが、その役職はお金持ちの家の雑務とかをする人のことを指すんじゃないのか。
「まあまあ、細かいことはよいではありませんか。執事と言ったほうが聞こえがいいでしょう?」
「そうですけど……」
どうも引っ掛かる。わたしが不満げに睨んでいると、セバスチャンは首を傾げて不思議な顔をしていた。
「お、お手伝いと言うよりも執事と言って登場したほうが格好良いでしょう!」
「登場? なるほど、です……」
ただ格好をつけたかっただけらしかった。そんなことで必死になる理由がイマイチわからないままだったが、まあいいとしよう。
「そうだほたるさん、一人きりのプライベートな時間が欲しいときは遠慮なく仰って下さいね。席を外しますので」
「プライベートな時間?」
「例えば……その、ねえ?」
「何故に疑問形?」
セバスチャンは顔を真っ赤にして俯く。何故?
「顔赤いですよ、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です! それよりも他にも決めねばなないことがあるとは思いますが細部については共に生活をしながら決めていくほうが効率がいいかと思うのですが如何でしょうか!?」
早口で一気に言ったセバスチャン。顔が物凄く必死だ。何故?
「構いませんが……大丈夫ですか?」
「大丈夫です!」
「なんかキャラ変わってますが、本当に大丈夫ですか?」
「問題ありません。それよりももう一つしなければならないことを済ませましょう!」
ベッドから立ち上がるセバスチャン。咳払いをすると、床に置かれていたわたしの洗濯物を差し出した。これがまたびっくりするくらい綺麗に畳まれているのだ。
「キッチンの戸棚は開けてもよいと……好きに使ってよいと言われましたが、その……流石に洋服箪笥を勝手に開けるわけにはいかないだろうと思いまして」
うむ、確かに。そこを勝手に開けられては流石に恥ずかしい。しかし、だ。いちいち許可を求められていては、一緒に生活をする上で不便極まりないのではないだろうか。
「開けて、いいです」
「承知しました。えっと……どれをどこにしまえば?」
「ああ……えっと……」
白く塗装された木製の洋服箪笥を下から開けていく。これはここ、それはこちらと説明を済ませ最後に残った二列に並ぶ一番上の引き出し。
「あの……」
説明しながら服をしまっていったので、最後に残されたのはベージュのストッキング。それにインディゴブルーの生地に金色の刺繍の入ったブラジャーとショーツだった。
「右側の引き出しがこれ、左側の引き出しがこれです……」
「…………」
わたしの隣で正座をするセバスチャンは、膝の上で拳を握り締めて顔を伏せ、ふるふると小刻みに震えていた。
「……セバスさん?」
「…………」
「あのあの! これだけは流石に……自分で、自分でしまいます!」
「っ! いいえっ! 駄目です! やると決めたからには最後までやり遂げるのが執事!」
そう言って残されたストッキングと下着を両手に鷲掴みにすると、物凄い速さで引き出しを開ける。
「手前から使用されますよね!?」
「え、あ、はい」
「では最奥に直しますね!」
「お気遣いどうも……」
スッ──ぱたん。
「ふぅ……」
「お疲れ様でした……?」
溜め息をつきながら額の汗を拭うセバスチャン。その姿にわたしはどぎまぎすることはなく──冷静な心持ちで彼を見つめていた。
(思ったよりも大丈夫なのかな……?)
彼に対して抱いていた恐怖心が、若干薄らいだように感じた。
「セバスさん」
「はい」
「生活をする上で必要な場合は、どの引き出しも勝手に開けてもらって構いません。いちいち聞いていたら不便でしょう?」
「いいのですか?」
「信用してますので」
「しん、よう……」
ぼんやりと宙を眺めるセバスチャンを置き去りにし、わたしは一人トイレに入る。出てくると時刻は二十三時三十分。
「そろそろ寝ませんか?」
わたしは目を擦りながらベッドに座りそのまま身を倒した。背を向けていたセバスチャンは立ち上がると、大きく咳払いをしてわたしの眼前に立った。
「どうぞ」
と、体を転がしわたしは壁側に寄る。
「……失礼します」
ベッドの淵に腰掛け、そのまま身を倒すセバスチャン。
(本当に同じベッドで寝るんだ……)
シングルベッドなので、体を少しでも動かすとお互いの背と背がぶつかる。すみません、なんて謝っているうちに睡魔が押し寄せ、わたしを眠りの世界へと引摺り込もうとする。
「そうだほたるさん。忘れていたのですが……」
「なんですー……?」
眠い。
「洗濯物は外に干しましたが、よろしかったでしょうか?」
「ふぇ……せんたく、もの……うん、そとでいいです……」
「……ほたるさん?」
駄目だ、ね……む……ぃ。
「……ほたるさん?」
「ス──」
「えぇっ……早っ」
睡魔に連れていかれたほたるは、小さく唸りながら寝返りを打った。壁側に向けていた顔と腹が百八十度回転し、セバスチャンの方を向く。
一方、背ではなく腹をほたるの方へ向けていたセバスチャンは一人、動揺して体を跳ね上がらせたのであった。
「何がです?」
「家事ですよ」
全ての家事を行うと宣言したセバスチャン。料理に洗濯、それに掃除に買い出しに至るまで全てだ。
「だって私、その為にここにいるんですもん」
「まあ……確かに」
今日からわたしの執事になるといって現れたセバスチャン。
(あれ、でも待って)
「執事って家事とかする人のことを指すんですかね?」
家事を全部するというならば、家政婦(夫)やお手伝いさんなのではないだろうか。執事と言えば聞こえはいいが、その役職はお金持ちの家の雑務とかをする人のことを指すんじゃないのか。
「まあまあ、細かいことはよいではありませんか。執事と言ったほうが聞こえがいいでしょう?」
「そうですけど……」
どうも引っ掛かる。わたしが不満げに睨んでいると、セバスチャンは首を傾げて不思議な顔をしていた。
「お、お手伝いと言うよりも執事と言って登場したほうが格好良いでしょう!」
「登場? なるほど、です……」
ただ格好をつけたかっただけらしかった。そんなことで必死になる理由がイマイチわからないままだったが、まあいいとしよう。
「そうだほたるさん、一人きりのプライベートな時間が欲しいときは遠慮なく仰って下さいね。席を外しますので」
「プライベートな時間?」
「例えば……その、ねえ?」
「何故に疑問形?」
セバスチャンは顔を真っ赤にして俯く。何故?
「顔赤いですよ、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です! それよりも他にも決めねばなないことがあるとは思いますが細部については共に生活をしながら決めていくほうが効率がいいかと思うのですが如何でしょうか!?」
早口で一気に言ったセバスチャン。顔が物凄く必死だ。何故?
「構いませんが……大丈夫ですか?」
「大丈夫です!」
「なんかキャラ変わってますが、本当に大丈夫ですか?」
「問題ありません。それよりももう一つしなければならないことを済ませましょう!」
ベッドから立ち上がるセバスチャン。咳払いをすると、床に置かれていたわたしの洗濯物を差し出した。これがまたびっくりするくらい綺麗に畳まれているのだ。
「キッチンの戸棚は開けてもよいと……好きに使ってよいと言われましたが、その……流石に洋服箪笥を勝手に開けるわけにはいかないだろうと思いまして」
うむ、確かに。そこを勝手に開けられては流石に恥ずかしい。しかし、だ。いちいち許可を求められていては、一緒に生活をする上で不便極まりないのではないだろうか。
「開けて、いいです」
「承知しました。えっと……どれをどこにしまえば?」
「ああ……えっと……」
白く塗装された木製の洋服箪笥を下から開けていく。これはここ、それはこちらと説明を済ませ最後に残った二列に並ぶ一番上の引き出し。
「あの……」
説明しながら服をしまっていったので、最後に残されたのはベージュのストッキング。それにインディゴブルーの生地に金色の刺繍の入ったブラジャーとショーツだった。
「右側の引き出しがこれ、左側の引き出しがこれです……」
「…………」
わたしの隣で正座をするセバスチャンは、膝の上で拳を握り締めて顔を伏せ、ふるふると小刻みに震えていた。
「……セバスさん?」
「…………」
「あのあの! これだけは流石に……自分で、自分でしまいます!」
「っ! いいえっ! 駄目です! やると決めたからには最後までやり遂げるのが執事!」
そう言って残されたストッキングと下着を両手に鷲掴みにすると、物凄い速さで引き出しを開ける。
「手前から使用されますよね!?」
「え、あ、はい」
「では最奥に直しますね!」
「お気遣いどうも……」
スッ──ぱたん。
「ふぅ……」
「お疲れ様でした……?」
溜め息をつきながら額の汗を拭うセバスチャン。その姿にわたしはどぎまぎすることはなく──冷静な心持ちで彼を見つめていた。
(思ったよりも大丈夫なのかな……?)
彼に対して抱いていた恐怖心が、若干薄らいだように感じた。
「セバスさん」
「はい」
「生活をする上で必要な場合は、どの引き出しも勝手に開けてもらって構いません。いちいち聞いていたら不便でしょう?」
「いいのですか?」
「信用してますので」
「しん、よう……」
ぼんやりと宙を眺めるセバスチャンを置き去りにし、わたしは一人トイレに入る。出てくると時刻は二十三時三十分。
「そろそろ寝ませんか?」
わたしは目を擦りながらベッドに座りそのまま身を倒した。背を向けていたセバスチャンは立ち上がると、大きく咳払いをしてわたしの眼前に立った。
「どうぞ」
と、体を転がしわたしは壁側に寄る。
「……失礼します」
ベッドの淵に腰掛け、そのまま身を倒すセバスチャン。
(本当に同じベッドで寝るんだ……)
シングルベッドなので、体を少しでも動かすとお互いの背と背がぶつかる。すみません、なんて謝っているうちに睡魔が押し寄せ、わたしを眠りの世界へと引摺り込もうとする。
「そうだほたるさん。忘れていたのですが……」
「なんですー……?」
眠い。
「洗濯物は外に干しましたが、よろしかったでしょうか?」
「ふぇ……せんたく、もの……うん、そとでいいです……」
「……ほたるさん?」
駄目だ、ね……む……ぃ。
「……ほたるさん?」
「ス──」
「えぇっ……早っ」
睡魔に連れていかれたほたるは、小さく唸りながら寝返りを打った。壁側に向けていた顔と腹が百八十度回転し、セバスチャンの方を向く。
一方、背ではなく腹をほたるの方へ向けていたセバスチャンは一人、動揺して体を跳ね上がらせたのであった。
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