【完結済】26歳OL、玄関先でイケメン執事を拾う〜アルファポリス版〜

こうしき

文字の大きさ
上 下
10 / 101
第一部 owner&butler

第九話 【ちょっとした契約】

しおりを挟む
「ごめんなさい、わたし……」

 目の端から溢れ始めていた涙が次々にシーツの上に落下し、少しずつその染みを大きくしてゆく。

「わたし、びっくりして、怖くて……ごめんなさい。何かされるんじゃないかって思うと、怖くて……本当に、ごめんなさい」

 言葉が震えた。目を見てきちんと彼に謝りたいのに、抱き締められたままなので、顔を見ることも出来ない。

「……私の方こそ、申し訳ありませんでした」

 ぎゅうっ、と腕に力を込められ、わたしたちの体は更に密着する。わたしが下着姿のままだとか、セバスチャンにわたしの胸が押し当てられているとか、そんなこと今のわたしにはどうでもよかった。

「言葉が足りませんでした。始めから私がはっきり言っていれば……こんなことには」
「いいえ、それは違います。悪いのはわたし……お酒を飲み過ぎて風呂場で倒れてしまった、わたしが悪いんです」
「確かに」

 ふふっと小さく笑い、顔を上げて上半身を起こすセバスチャン。長い黒髪がさらりと垂れ、わたしの肩に触れた。

「あ…………す、すみません!」
「どれが、ですか?」

 こうなった原因を謝っているのか、それとも下着姿のわたしを抱き締めていたことを謝っているのか、それとも──その主張している下半身を謝っているのか。

(性欲は捨て置いたんじゃなかったの……?)

 気になりはしたが、この状況でそれを指摘するのは「犯して下さい」と頼んでいるようなものだろうと判断し、わたしは口を噤み目を反らす。
 起き上がって背を向け、ベッドの上で正座をしているセバスチャンを尻目に、わたしは寝間着を手早く着た。

「どどどど、どれって……全部です」
「全部?」

 大きな背中だ。近寄って、ぴたりと体を寄せた。

「ほたる、さん?」
「お願い……何も言わないで」

 やはりまだ彼のことが怖い。あんなことの直後なのだ──普通に接するまでに、ひょっとしたら時間がかかってしまうかもしれない。

 いくらわたしの思い違いだったとはいえ、こんな下着姿の女の口と手を封じ、押し倒したセバスチャンはいかがなものかと思う。

 いやまあ……謝ってはくれているし、実際わたしも悪かったわけだから……その……うん……しかし……。

 なんとなく気不味い空気が流れ、セバスチャンから離れるタイミングを逃してしまった。顔を背けて落ち着こうと、自分から彼の背に抱きついたが、一体どうしたらいいのかわからない。行き場をなくした手が彼の太股に触れてしまった。途端にびくん、と飛び上がる彼の肩。


(あ……これ、駄目なやつだ)


 スッと手と体を放し深呼吸をしてみたが、どうやら駄目らしい。触れてしまった場所が悪すぎた。一旦眠ってしまえば、多分大丈夫なはずだ──ならば。


「ね、寝ますね!」
「えっ、急!」
「眠たくなったんです。おやすみなさ……って、何ですか?!」

 パタンとベッドに倒れ込もうとしたのと同時に、セバスチャンがわたしの体を受け止めた。

「ほたるさん。寝る前に一つ……いや、二つしなければならないことがあります」

 背中でセバスチャンの声を受け止める。彼の手はわたしの二の腕を掴んだままだ。

「……何をするんですか?」

 お願いだから早く寝かせて欲しい。この欲求を我慢するこっちの身にもなって欲しい。



 ──いや、我慢しているのは、あちらも同じか……?



「一緒に生活をしていく上でのルール決めです」
「ルール?」
「はい」

 セバスチャンは長い髪を軽く纏めて右肩に流すと、咳払いをして何故かベッドの上で正座。そして真っ直ぐにわたしを見据える。

「よかった……」
「何か仰いました?」
「いいえ、何も!」

 深く息を吐いて、胸を撫で下ろした。なんだか真面目そうな話でよかった。とりあえずは一安心だ。

「あ……ちょっと待って! わたし……」
「どうされました?」

 両手で顔を覆い、下を向く。わたしはこのタイミングで気が付いてしまったのだ。

「わたし……スッピン……」

 当然と言えば当然だった。一緒にお風呂に入ったときにばっちりメイクも落としたではないか。あの時は気が動転していて全く気にとめていなかったが、わたしは現在ノーメイク状態だ。

「無理! スッピンとか無理っ!」
「今更何を。もうしっかり見ております」
「やだあああ……」

 首をぶんぶんと横に振るわたし。眉毛もきれいに生え揃ってないし、ファンデーションものっていない肌は毛穴が開いて汚い所ばかり。 

「可愛らしいお顔ですよ?」
「なななななっ! なにを言い出すんですか!」
「まあまあ、とりあえず一番大切なお金のことについてです」

 手品のように、何処からともなくノートとペンを取り出したセバスチャンは、ベッドにそれを置いてサラサラと文字を書き始めた。

「私もこちらで衣食住を共に致しますので、生活費は納めますね……そうですね、このくらいで如何でしょう?」

 そう言ってノートに書いた物をわたしに向ける。

「え……多すぎます、そんなに貰えませんよ!」
「ええ……でもー」
「じゃあ、間をとってこのくらいで!」
「ふむ」

 提示された金額から折半して食費や光熱費を出すことが決まった。

「家事は全てわたしが行います。勿論買い出しにも行きますので、食費は預けて頂く形になりますが……それがご不満であれば、一緒に買い物に行って頂かなければなりませんが、如何ですか?」
「セバスさんにお任せします」
「かしこまりました」

 そう言って胸に手をあて、セバスチャンは頭を下げた。実に執事らしい所作だった──パジャマだけどね。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

マッサージ

えぼりゅういち
恋愛
いつからか疎遠になっていた女友達が、ある日突然僕の家にやってきた。 背中のマッサージをするように言われ、大人しく従うものの、しばらく見ないうちにすっかり成長していたからだに触れて、興奮が止まらなくなってしまう。 僕たちはただの友達……。そう思いながらも、彼女の身体の感触が、冷静になることを許さない。

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

憧れの先輩とイケナイ状況に!?

暗黒神ゼブラ
恋愛
今日私は憧れの先輩とご飯を食べに行くことになっちゃった!?

処理中です...