華々の乱舞

こうしき

文字の大きさ
上 下
43 / 50
第二章

第四十二話 城壁を越えて

しおりを挟む
 サンリユス共和国は、世界屈指の独裁政権国家である。国王は世襲制で、議員の多くもそれに倣う。故に偏る政治、偏る政策。軍部が強力すぎるお陰で武力抗争はないものの、政権を転覆させようと暗殺依頼が絶えないのがお国柄だと、世界のあちこちから揶揄されていた。

「あれか」

  遊道線フリーレーンを乗り継ぎ二日。アンナとエリックがサンリユス共和国を目視したのは、日が傾き始めた頃であった。鬱蒼とした森の少し開けた所に、突如として現れた灰色の壁。小さな国をぐるりと取り囲む、天でも目指そうとしたのかと思える程背の高い城壁はかなり重厚そうだ。

「どうする? すぐにでも入国するか?」
「少し休まないか? ここに来るまで殆ど休みなしだぞ」
「ふん、だらしのない奴」

 食わず寝ずの仕事に慣れているアンナとは対照的に、エリックには疲れの色が見えた。体力は勿論ある方なのだが、慣れぬ仕事に体がついていかないようだった。

「ならば、日が暮れるまで休むか……。その方が都合もいい。二人で百十人の暗殺など、一晩あれば余裕だろう」
「簡単に言いやがって」
「簡単な仕事などない。失敗をせぬよう気を張らねば、命など簡単に落とすぞ」

 ここに至るまで二人は、思っていたよりも互いに衝突することなく会話が出来ていた。案外うまくやっていけるのかもしれないとも思ったが、エリックから放たれる殺意で現実に戻される。


(こいつはあたしを殺したいんだったな)

(こいつはティファラの……仇だというのに)


 アンナはエリックに背を向け、一口二口と水を口に含む。その場に座り込み、目的の国に視線を投げた。

「ところでお前……そのサングラスは夜でも外さないのか?」
「昼も夜も関係ない。仕事に出るときは身につける、それだけだ」
「……ふうん?」
「お前に理由を話す義理などない」
「まあ別に、いいけどよ」

 それからは揃って口を噤み、体を休めた。月がはっきりと顔を出し、辺りが闇に包まれ始めた頃──立ち上がった二人は、城壁へと足を進めた。


「しかし……高いな。兵もいない、この城壁に余程の自信があるんだろうな」
「 飛行盤フービスで上まで飛び上がって、そこで別れよう。ぐるりと一周して……同じ地点から去ればいいだろ」
「それでいい。明朝、通信機で連絡を入れる。タイミングを合わせて共に出国だな」
「わかった」
「万が一の時のことは、決めておくか?」

 小馬鹿にするように、アンナは語調を上げながらエリックを見やる。苛立った様子のエリックは短く息を吐くと、気持ちを切り替えつつ「いや」と答えた。

「万が一など……あり得るか?」
「わからんさ。何が起きるかわからないのが暗殺だ……互いの身にもしも何かあれば一人で出国、そうだな……来る時に通った巨木の分かれ道で二日は待つ。それでも来なければ……一人で帰国だ」

 ここに辿り着く三十分ほど前に通った分かれ道。樹齢百年を超えていると言われても驚かない程の大きな広葉樹のことを、エリックは思い出す。

「今この地点から入ると……ガイル町か。方位と地名、それと番地まで頭に入ってるだろうな?」
「番地ぃ?」
「標的の居住地を頭に入れる時に一緒に覚えてないのか?」
「あー……うん、まあ、大丈夫だ」
「大丈夫かよ……」

 いざとなったら自分がフォローに入るしかないなと呆れるように溜息をつき、アンナは飛行盤を取り出した。

「ではそろそろ行くぞ」
「はいはい」

 二人揃って上空へと飛び上がる。城壁のてっぺんに着地すると、飛行盤を 無限空間インフィニティトランクへと仕舞った。

「ここからは飛行盤を使うなよ。 ルースの 神力ミースで目星をつけられても困る」
「この城壁からはどうやって降りるんだよ」
「飛び降りればいいだろ?」
「帰りは?」
「屋根からここまで、飛び移ればいいだろ。大した高さじゃない」
「嘘ぉ……本気かよお前」
「跳躍力には、自信がないのか?」

 ヒュン──とその場から飛び降りたアンナは、建物の屋根に飛び移る。あっという間にその姿は闇に溶けて見えなくなった。

「自信がねえなんて、誰も言ってねえよ……!」

 煽られ、機嫌を悪くしたエリックもそれに倣って飛び降りる。仄暗い路地を駆けて屋根へと飛び上がり、目的の建物へ急ぎ駆け出した。





 アンナとエリックが出発したその日の昼下がり。

「アンナ様がいらっしゃらないとぼんやりするの、どうにかならない?」
「……姉上」

 アンナの私室のバルコニーを箒で掃きながらシナブルが顔を上げると、下階のレンの部屋から跳び上がってきたのか、手摺にマンダリーヌが腰掛けていた。

「顔に出てるのよ。寂しいって」
「事実なのですから、仕方がありません」
「隠さないんだ」
「元より、姉上に隠しきれるとは思っていません」


(……他の子達にも隠せてないと思うけど。自覚がないのね)


 この歳になってまで、可愛い弟だとは口に出さないが、代わりに頭でも撫でてやろうとマンダリーヌは手摺から飛び下りた。

「何ですか急に」
「別に。フォードは?」
「中で仕事をしています」
「ちょうど良かった。レン様もご不在だし……話があるのだけど」
「何です?」
「アンナ様のこと……諦めなさい」
「……何を急に」

 箒を握る手にギュッと力が籠もる。ミシミシと柄が音を立てるので、慌てて力を抜いた。

「今まではよかったわよ、誰がアンナ様を想っていようと。でもね……エリック様がアンナ様の婚約者として迎え入れられた以上、もう……」
「姉上は……レン様とのことは、良いのですか」
「私は…………私のことはいいのよ、無理だから」
「身体は提供しているのに?」
「それだけだもの」
「変わりましたね、姉上」

 以前は、このようなことを話すような女性ではなかった。レンとの関係が密になってしまった影響か、姉は感情を表に出すことが増えていた。

「いくら口で諦めますと言った所で、俺の気持ちは変わらないと思います」
「二人が睦み合う様を側で見守りながら、生きていくというの?」
「それが俺の人生ならば、仕方がないかと。姫の幸せが、俺の幸せです」
「破綻してるわ。本当のことを言いなさいよ、誰にも言いやしないわ」

 ちらりと部屋の方を見て、誰の気配もないことを確認すると、シナブルは諦めたように深い溜息をついた。

「……正直、姉上が羨ましいです」
「だから皆言っていたじゃない、無理矢理にでも早く孕ませろって」
「露骨な言い方はやめて下さいよ」

 顔が熱を孕み、姉と目を合わせることが出来ない。シナブルは姉に背中を向けて、掃き掃除を再開した。

「あなたもいずれ、家庭を持つわ。それまでにその気持ちを断ち切るか……上手く隠す術を身に着けなさい」
「肝に銘じておきます」
「あの二人、今はまだ喧嘩ばかりだけど……いずれ深い仲になった時、あなたの気持ちが露見すれば、必ず揉め事になる」
「……避けたいところです」
「断ち切りなさい。少しずつでいい……アンナ様の嫌いなところを増やしていけば──」
「そんなところ、あるはずがありません……!」
「……あのね」

 背を向けるシナブルの正面に回り込み、マンダリーヌは彼の胸倉を掴み、下から睨みつける。怯んだ弟は、目を合わせてくれないようだ。

「全てが……愛おしいのです。ですので……嫌いなところを増やすなど、無理です」
「どうなっても知らないわよ」
「覚悟の上です」
「あなた、自分のことを棚に上げて説教をする姉を、罵ったりはしないのね」
「姉上と俺とでは状況が違いますから。姉上の方こそ、もっと正直になられたほうがいいかと思います」
「…………そうね。ごめん、手伝うわ」
「いえ、結構です」

 アンナの私室から続く一階バルコニー、それに二階バルコニーへと続く階段を含めたこの場所の掃き掃除は、メイドにも掃除をさせぬとシナブルとフォードが決めた場所であった。

「なんで?」
「二階のバルコニーは……寝室と接していますので……」
「だから?」
「いや、いずれ…………その、将来的に、姫が……」
「…………言いたいことはわかったわ。メイドには見せたくもないし聞かせたくもないってことね。でも今はご不在だからいいじゃない。邪魔をしてしまったからには、手伝うわ」
「……すみません」

 二人がかりだと掃除は早く済むもの。柄にヒビの入ってしまった箒を片付け、シナブルは姉に礼を言うとそそくさと外階段を降りてゆく。

「ここから入れば?」

 マンダリーヌが指差すのは、バルコニーから室内へと続く大窓だ。長方形の観音開きの扉の上に、半円の明かり取りの窓が連なっている。

「駄目です。そこにはおいそれと立ち入れません」
「寝室だから?」
「ええ」
「真面目なこと」

 無言で立ち去る弟の背を見送り、マンダリーヌは階下へと飛び降りる。レンが戻ってくるまでに、自分も主の部屋を整えておかねばならぬのだから。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ブレイブエイト〜異世界八犬伝伝説〜

蒼月丸
ファンタジー
異世界ハルヴァス。そこは平和なファンタジー世界だったが、新たな魔王であるタマズサが出現した事で大混乱に陥ってしまう。 魔王討伐に赴いた勇者一行も、タマズサによって壊滅してしまい、行方不明一名、死者二名、捕虜二名という結果に。このままだとハルヴァスが滅びるのも時間の問題だ。 それから数日後、地球にある後楽園ホールではプロレス大会が開かれていたが、ここにも魔王軍が攻め込んできて多くの客が殺されてしまう事態が起きた。 当然大会は中止。客の生き残りである東零夜は魔王軍に怒りを顕にし、憧れのレスラーである藍原倫子、彼女のパートナーの有原日和と共に、魔王軍がいるハルヴァスへと向かう事を決断したのだった。 八犬士達の意志を継ぐ選ばれし八人が、魔王タマズサとの戦いに挑む! 地球とハルヴァス、二つの世界を行き来するファンタジー作品、開幕! Nolaノベル、PageMeku、ネオページ、なろうにも連載しています!

非公式怪異対策組織『逢魔ヶ刻』

メイ
ファンタジー
人気たこ焼き店の不正摘発、原因はタコと偽った得体の知れない食品の混入。 都内の下町にて一人暮らしの老婆の不可解な死。家の中には大量のお札が貼られていて、書き遺された手紙には「湧いて出る、湧いて出る」の一言のみ。 錯乱した通り魔による無差別殺傷事件、犯人は現行犯により警官二名にその場にて取り押さえられたものの、異様なほどに何かに怯えていたらしい。 その時の発言が、「もうじきイビツガミがやってくる」 私たちの知らないところで、何かが起きてる。 得体の知れないものが不気味に蠢いていて、人智の及ばないことが始まろうとしてる。 これは、私と怪異により描かれる不思議なお話

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

秋月の鬼

凪子
ファンタジー
時は昔。吉野の国の寒村に生まれ育った少女・常盤(ときわ)は、主都・白鴎(はくおう)を目指して旅立つ。領主秋月家では、当主である京次郎が正室を娶るため、国中の娘から身分を問わず花嫁候補を募っていた。 安曇城へたどりついた常盤は、美貌の花魁・夕霧や、高貴な姫君・容花、おきゃんな町娘・春日、おしとやかな令嬢・清子らと出会う。 境遇も立場もさまざまな彼女らは候補者として大部屋に集められ、その日から当主の嫁選びと称する試練が始まった。 ところが、その試練は死者が出るほど苛酷なものだった……。 常盤は試練を乗り越え、領主の正妻の座を掴みとれるのか?

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

千年巡礼

石田ノドカ
ファンタジー
 妖怪たちの住まう世界に、一人の少年が迷い込んだ。  見た事もない異形の蔓延る世界だったが、両親の顔を知らず、友人もいない少年にとって、そこは次第に唯一の楽しみへと変わっていった。  そんなある日のこと。  少年はそこで、友達の咲夜を護る為、命を落としてかけてしまう。  幸い、咲夜の特別な力によって一命は取り留めたが、その過程で半妖となってしまったことで、元居た世界へは帰れなくなってしまった。 『方法はないの?』  方法は一つだけ。  妖たちの宿敵である妖魔の長、『酒吞童子』を、これまでと同じ『封印』ではなく、滅することのみ。 『ぼく、こんどこそ、さくやさまをまもるヒーローになる!』  そんな宣言を、仲の良かった妖らは馬鹿にもしたが。  十年の修行の末——  青年となった少年は、妖たちの住まう国『桜花』を護るための部隊へ所属することとなる。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

第二王子は憂鬱~divine femto~ 学園都市ピオニール編

霜條
ファンタジー
ラウルス国、東部にある学園都市ピオニール。――ここは王侯貴族だけだなく庶民でも学べる場所として広く知られており、この場所で5年に一度の和平条約の締結式が行われる予定の地。 隣国の使者が訪れる日、ラウルス国第二王子のディアスは街の中で何者かに襲われ、その危機を見知らぬ少年が助けてくれた。 その人は会えなくなった友人の少女、クリスだった。――父の友人の娘で過去に一度会ったことがあるが、11年前に壁を挟んだ隣の国、聖国シンで神の代行者に選ばれた人でもあった。 思わぬ再会に驚くも、彼女は昔の記憶がなく王子のことをよく知らなかった。 立場上、その人は国を離れることができないため、もう会えないものと諦めていた王子は遠く離れた地でずっと安寧を願うことしか出来ない日々を過ごしていた。届かない関係であれば、それで満足だった。 ただ今回締結式に向けて、彼女は学園内で起きた事件や問題の解決のために来ており、名を伏せ、身分を隠し、性別を偽り王子のクラスメイトとなる。 問題解決まで二週間という短い期間だけしかその人には与えられていないが、改めて『友人』から関係を始めることができることにディアスは戸惑いつつも、これから共に過ごせる時間が楽しみでもあった。 常識が通じないところもあるが、本人の本質が変わらないことに気付き、立場が違ってもあの頃と変わらない関係に安寧を見つける。 神に選ばれた人に、ただの人でもある王子のディアスは『友人』関係で満足しようとするが、交流を続けるうちに次第に自分の気持ちに気付いていく――。 ※まったり進行のラブコメ、ときどき陰謀シリアス計略あり。NL,BL,GL有りの世界観です。長文が読みたい方にオススメです。 ▼簡単な登場人物を知りたい方はこちら▼ https://www.alphapolis.co.jp/novel/219446670/992905715/episode/9033058?preview=1 ※『間奏曲』はメインから外れた周りの話です。基本短編です。

処理中です...