華々の乱舞

こうしき

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第二章

第二十九話 緊張感

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「姫! お待ち下さい、姫!」

 あれから──急ぎ帰国したアンナ達一行は、フィアスシュムート城へと直行。城の入口で帰国を待っていた王妃ネヴィアスは脇腹に風穴の開いたアンナの姿を見てふらりとその場に倒れ込み、医務室へと運ばれていった。娘の脇腹から はらわたが顔を覗かせていたのだ、無理はない。

「姫! せめて……せめて止血だけでもさせて下さい! すぐにアリシアが参ります、お待ち下さい!」
「わからないのかシナブル。ここに来る前に包帯を解いて腸を見せ、わざと止血していないんだぞ……父上に見せるために、だ。アリシアには母上の所へ行くよう伝えろ」
「しかし!」
「任務失敗だというのに、治療の完了した綺麗な格好で父上の所に顔を出してみろ……何をされるか」
「わかってはいます、しかし!」
「少し静かにしてくれないか……頭が痛い」
「姫っ……!」

 シナブルの制止も聞かず、アンナは足早に王の間へと向かう。エリックに抉られた脇腹からはぼたぼたと血が溢れ、真っ赤に染まったその奥から顔を覗かせている腸が鬱陶しくて仕方がないのだ。

「ハァ……クソッ……」

 ぐ、と腸を無理矢理腹に押し込もうとするが、血塗れの手はずるずると滑り、それも叶わない。痛みで意識が朦朧とし、アンナはがくん、と前方によろめいた。すかさずフォードが肩を支え、事なきを得た。

「姫、今までに見たことがないくらい、お顔が真っ青です。お願いですから止血を」
「黙れ」
「姫っ……」
「ハァッ……悪いがフォード……この腸、押し込んでくれないか」
「本気で仰ってます? それ……」
「自分で腸押し込んだら駄目ですよアンナ様!」

 現れたのは医務室から駆けてきたアリシアであった。ネヴィアスのことはハクラが診ていると早口で説明をすると、アンナに追従しながら傷の治療を開始した。

「アリシア、完全には治さないでくれ。血は流れるくらいにしておいてくれたほうが」
「事情は聞こえましたが……とりあえずは包帯を巻きますよ? その方が血が滲んでそれっぽい雰囲気が出ると思います」
「そうか? このままの方がいいかと思ったが」
「いえ、血を滲ませる方向でいきましょう。お召し物が黒ですから、あまり血が目立ちません。白い包帯のほうが……」
「なるほど……頼む」
「ああっ! 今すぐ輸血したい!」
「後だ……まずは父上だ」

 腹に包帯をなんとか巻き終えた所で、王の間へと到着。長々と続いた赤絨毯は、蒼白なアンナの顔とは対象的に、彼女の血を吸って更に赤みを増していた。


(……気張るしかない)


 全身がびりびりと痛いほど鋭い殺気に耐えているのは、きっとアンナだけではないであろう。王の間へと続く扉の外にまで届く、国王エドヴァルド特有の殺気。ノック後、扉が開かれる前にアリシアは姿を隠し、足を踏み入れるのはアンナ、フォード、シナブルの三人。

「失礼します」
「遅い」
「……申し訳ありません」
「全く……待たされるこちらの身にもなってみろ。この小僧のぎゃぁぎゃぁと喧しいこと」

 アンナの視線の先には、コラーユの持つ鎖で手を縛られたエリックの姿があった。入国後、別ルートでコラーユに連行されたエリックの身は、フォードへと預けられた。
 
「……それで? お前は生け捕りを命じたマリカの姫を殺し、このペダーシャルスの王子のみ連れ帰ったと?」
「……はい」
「何故、殺した?」
「申し訳ありません」

 頭を垂れるアンナの後方では、唇と拳を握りしめるフォードとシナブルの姿。更にその後のエリックは、よくよく見ると両手は後ろで縛られてはいるものの、足が自由なままであった。些か無警戒な気もするが、彼がどう足掻こうとこの国から逃げ出すことは出来ないであろうことは、エリック自身もよく理解していた。

「おい、エドヴァルド二世! 殺すなら早く殺せ、国を滅ぼし俺だけ生け捕りなど……何の意味がある!」
「本当に喧しい小僧だ……俺は今アンナと会話をしているというのに」

 大声で叫んだことが障ったのか、エリックの体の刀傷からツツ、と血が溢れ始める。膝から崩れ落ちながらもお構いなしに口を開こうとした所に、早足で距離を詰めてきたエドヴァルドに背中を踏みつけられた。両手を縛っている鎖がじゃりん、と音を立てて跳ね上がる。

「家柄など気にしない訳では無いが……ティリスの血は濃いほうがいい。お前の母はエルフであろう」
「……それが、なんだ」

 まさか、と勘付いたフォードは顔を強張らせる。壁際に立つエドヴァルドの臣下ルヴィスに視線を投げると、彼は気まずげに顔を背けた。

「我がグランヴィ家は古より続く 破壊者デストロイヤーの家系。俺の跡を継ぐ娘と……ペダーシャルス家の息子とであれば、必ずや強い子が産まれるだろう」
「……子だと? …………ふざけるな!!」

 激昂したエリックが起き上がろうとするやいなや、その背中を刀で一突きにしたのはエドヴァルドの刃であった。唸り声を上げたエリックを、地下牢に連れて行くようフォードとルヴィスに命じた。

「ふざけるな!! 俺は……俺にはティファラがいるというのに! 誰がこんな女と!!」

 今の一言でフォードに蹴り飛ばされたエリックは、二人がかりで無理矢理牢へと連行される。残されたアンナとシナブルは、全身に汗をかき、同じような顔で固まったまま動けずにいた。


(あいつの子を……産む、だと…………? 殺したいのを我慢して、命じられるまま半殺しにしたあの男の?)


 姉のマリーに植え付けられた男女のあれやこれやの記憶は、アンナの中に鮮明に残ったままであった。混乱で目眩がする──貧血のせいだったかもしれないが。

 混乱で目眩がするのはシナブルも同じであった。長年傍で見守り、想い続けてきたのはただ一人、彼の主──アンナ。その将来の相手を、自国に吸収するために一国を滅ぼしたのはまさに自分自身。アンナの相手を自らが連行したことに吐き気と目眩を催し、思わず口元を抑えてしまう。

「さてと……アンナよ」
「はい」
「お前は今から『肆番』へ行くように。いいな?」
「……わかりました」

 傷口を抑えながらアンナが向かわなければならないのは闘技台の肆番。地下牢の奥にあるそこは、訓練という名の仕置部屋であった。

「シナブル」
「はい」
「アンナの手当の手配をしてやれ。止血ができ次第、アンナを向かわせるように」
「承知致しました」
「下がってよい」

 頭を下げた二人は、重い体を無理矢理動かし、王の間から退出する。シナブルがアンナの肩を支えようと身を乗り出すも、アンナはそれを断り、なんとか自力で扉の外まで足を動かした。



* 



「……これでよかったのだろうか」
「よくはないのでは」

 五人が退出し、王の間に残されたのは国王エドヴァルド、それにその実弟で臣下のコラーユの二人。本来ならばこの場にいるはずの王妃ネヴィアスは、未だ体調が回復せず寝込んだままであった。
 一方アンナの姉マリーはといえば、今回の一件を聞きつけ、先程臣下二人を携え王の間に踏み込むやいなや、エドヴァルドを激しく罵倒。廊下から王の間に広がる血痕は全てアンナのものだと知ると激昂し、三人がかりで無理矢理退出させられて行ったのだが、エドヴァルドは愛娘から罵倒されるという大きなショックを抱えたまま今に至るのであった。
 兄のレンが仕事で不在なのは、不幸中の幸いであろう。

「兄上は母上の意見を政治に取り入れ過ぎなのでは」
「……わかっている」

 二人にとっても前国王である母アリアの存在は、引退した今でさえ絶大であった。国内に滞在する期間よりも、国外に旅行へ行く期間のほうが多いとはいえ、帰国すればあれやこれやと口を出される。今回、ペダーシャルス王国のエリックをアンナの相手に、マリカ王国のティファラをレンの相手にと提案したのは正しくアリアであった。

「俺だって、可愛い娘の相手を早計に決めたくはないんだよ! あんな男! アンナはずっと俺が囲っていたいというのに!」
「それ、マリー様がフォン様と婚姻なさる時も言っていませんでしたっけ?」
「ああ言った! 今でもよく覚えている! しかし孫は可愛い!」
「それなら、アンナ様のことで愚痴を溢すのはお止めになっては?」
「それとこれは別だ」

 ハァ、とコラーユの口からは溜め息が一つ。兄は昔から母にだけは特別良い顔をしようとする。幼少期の育てられ方が原因なのだろうが──その結果、皺寄せが息子や娘たちに及んでしまっていることは明白であった。

「俺は、いつまで母上に頭が上がらないのだろうな」
「きっと死ぬまで上がりませんよ」
「お前はいつもそうだな」
「素直に謝ってしまえばいいものを」

 無理だ、と首を横に振る。

 嫌われ役を演じようと決めて、何十年経っただろう。せめて子供たちだけは、ほんの一握りでも幸せを──という願いは、未だ届くこともなく。



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