華々の乱舞

こうしき

文字の大きさ
上 下
20 / 50
第一章

第十九話 思いは、伝わらない

しおりを挟む
 レンが特定の女(あいて)を作らないことに、特に深い理由はなかった。単純に、の企てに気が付いてから国の為に身を切る覚悟をした、彼なりのけじめのようなものだった。本気で女を愛し娶ってしまえば、最後に必ず傷付ける。下手をすれば共犯を疑われ命をも取られてしまうかもしれない。だから──ただ欲を発散するだけの為に女に相手をさせていたし、相手側もそれを理解してレンの傍にいた。

 けれど、マンダリーヌだけは違った。彼女だけは、一人の女として愛情を抱いてしまった。レンが一番愛を向けているのは妹のアンナであるが、マンダリーヌへ向けるそれと妹に向けるそれは、全くの別物。生まれながらにして過酷な運命を定められたアンナへレンが向ける愛情は、憐れみや同情に近かった。アンナにもしものことがあったときの保険として扱われる弟のフェルメリアスにも同様の感情を向けていた。──だがその思いは二人には伝わっていない。



「レン様、如何なさいました?」
「いや」

 シナブルがスナイプと酒場で過ごしていたのと同時刻、書類整理を終えたレンはカーテンの隙間からぼんやりと空を見上げる。

「綺麗な満月ですね」
「ああ」

 纏まった書類を手に、マンダリーヌが三歩後ろから声をかける。そろそろ失礼します、と頭を下げてレンから離れて行く。

「待ってくれ」
「はい」
「この前の返事が聞きたい」

 レンが特定の女(あいて)を作らないことに、深い理由はなかったが、それを良しとしない者もいた──父のエドヴァルドと祖母のアリアだ。長女であるマリーは今や身重の身。ティリスにとって成人である百歳──王族の結婚適齢期──を越えレンも現在百三歳。早く身を固め子を成し、いずれアンナの生む世継ぎの世話をさせることが使命だと口煩く父と祖母に言われ続け、そろそろうんざりしていた。
 だからといって、それから逃れるために軽率にマンダリーヌを選んだわけではない。マンダリーヌと添い遂げたい──それこそがレンの願いであるのだが、それが叶わぬことくらいわかっている。自分の行いのせいで彼女を苦しめるわけにはいかないのだ。

「……お断りしたはずです」
「理由を聞いてない」
「私ではレン様に釣り合いません。もっと良い血を一族に加えて下さいませ」
「お前以上に良い血など、あるものか」
「……レン様は血だけで私を選ぶというのですか」
「違う」

 細い手首を無理矢理掴んて引き寄せ、己の胸へと閉じ込める。逃れようと暴れる彼女の腰に腕を回し、動けぬように半ば拘束の真似ごとをした。

「俺は一人の女として、お前が好きだと言ったんだ」
「……お戯れを」
「俺は本気だ。釣り合いなど抜きにして、お前の気持ちを聞かせて欲しい」
「それは……」

 マンダリーヌが思い出すのは、先日二度も重ねられたレンの唇だった。初めてのことに酷く動揺してしまったのは記憶に新しい。


(あの時、もっと……だなんて思ってしまったことが知れてしまえば、なんと破廉恥な女だと思われてしまうかもしれない)


 そう考えただけで全身が熱を持った。こうして抱きしめられているだけで、心は幸福に満ち溢れているというのに。主が本音を聞きたいという今なら──この気持ちを言葉にしても許されるのだろうか。

「マンダリーヌ?」
「レン様、私は……私は、あなた様をお慕いしております。心の底からお慕いしております…………あっ、駄目です!」

 マンダリーヌの朱に染まった頬を、レンの両手が包み込む。すかさず下りてきた唇が重なり、絡まった舌に頭がくらくらしてしまう。

「駄目です……」

 身を捩り逃れようとするマンダリーヌのほっそりとした身体を、レンは腕を牢のように固く閉じ「絶対に逃がさない」と耳元で囁いた。


(駄目だ……駄目だとわかっていても、こいつとの子が欲しい)


 ここで彼女を孕ませてしまえば、いずれ彼女たちの未来を奪ってしまうことになる。それだけは避けなければならないというのに、身体は全くいうことをきいてくれそうにない。

「お前は……俺が欲しくないのか?」
「そんなわけ……! 欲しいに決まってるじゃないですか」
「そうなのか」

 しまった、という顔をした彼女が心の底から愛おしい。見つめると、赤い顔が更に赤みを増した。

「今だけは何も……何も考えたくありません」
「奇遇だな。俺も全く同じことを考えていた」

 互いの胸の内を探り合うように、確かめ合うように何度も何度も言葉を交わし、その度に唇を重ねた。

「これがきっと、最初で最後だから……多分」
「……なんて自信の無さげなお言葉」
「同意は得たんだよな?」
「ま、待って下さいやっぱり……」
「無理?」
「同じベッドで眠るだけなら……なんとか……いや、でも……」
「なんだそれは」

 顔を伏せるマンダリーヌを横抱きにし、寝室へと足を向ける。口から漏れるのは溜め息ばかり。もう引き返せない──。





 自分の寝顔は何度か見られた記憶があったが、マンダリーヌの寝顔を見るのは初めてのことだった。髪を撫でると長い睫毛が震え、白い肩がぴくりと震えた。薄縹(うすはなだ)色の髪をそっと鋤くと、ゆっくりと瞼が持ち上がった。

「起きたか」
「……………………?」
「マンダリーヌ?」

 目覚めたマンダリーヌはゆるりと身を起こし、半開きの目を眠たげに擦る。目の前の光景はきっと夢なのだろうとぼんやりと首を傾げた──直後、昨夜の出来事を思い出し、現実に引き戻された。顔を紅潮させたかと思いきや瞬く間に青ざめ、ブランケットでその身を隠すと頭を下げ謝罪の言葉を口にした。

「何故謝る」
「謝罪の言葉以外に何を言えと仰るのですか」
「おい……待て、マンダリーヌ!」

 レンが話している間にもマンダリーヌは手早く着替えを済ませ、頭を下げ彼に背を向ける。

「話はまだ終わってないぞ! マンダリーヌ!」
「すみません、少し……頭を冷やさせて下さい」

 髪を整えることもせず、着のみ着のまま逃げるようにレンの私室を後にする。駆ける足音が聞こえたかと思いきや、それがパタリと止まった。


(……部屋から出たところを誰かに見られたか。…………シナブルか?)


 止まった足音の後、マンダリーヌは会話を始めたようだ。弟のシナブルに遭遇し、酷く動揺している雰囲気が伝わってくる。
 シナブルならば構わないだろうと、レンは着衣を整えながらベッドに腰かけた。シナブルは口が固い男であるし、何より──。


(あいつも、マンダリーヌと同じようなものだしな)


 主に想いを寄せるとは似た者姉弟だなと一人溜め息を漏らす。着替えも済ませたので朝食でも用意して貰おうかと、レンが立ち上がった刹那。


(なんだ……?)


 正門──正面玄関の方で、家族以外の人間のおかしな気配があった。その気配に対し、親しげに対応しているのは──アンナだ。レンは、アンナが家族以外の者にこれ程までに軟らかな感情を向けていることに驚きを隠せない。気が付いたときには窓を開けて飛び降り、そこから気配の方へ駆け出していた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第三章フェレスト王国エルフ編

処理中です...