華々の乱舞

こうしき

文字の大きさ
上 下
17 / 50
第一章

第十六話 友人としての距離感

しおりを挟む
「は……? 友達!? どういうことですか団長!!」
「いや~、俺もさっぱり……」

 ここは第四騎士団メリルフランルート支部。賊を討伐し、無事連行まで終えた夕方のこと。

 団長室の執務机で忙しく報告書を作成するのは、ここの長であるデニア・デュランタである。ブルーラベンダーの艶やかな髪は若干乱れており、イダールがそれを指摘すると、彼は後ろで束ねた髪を解き手で鋤くと、そのまま机に突っ伏した。

「団長、書類がしわくちゃに……」
「え、ああ…………は~…………」

 顔を上げたデニアの剥き出しの額には、皺になった書類が一枚張りつている。それを手でむしり取ると、彼はサッと髪を一纏めに括りペンを握り直した。
 
「それで、友達というのは?」
「アンナリリアン様と、友達になってしまった」
「意味がよくわかりません」
「俺だってわかんないよ~!」
 
 再び机に突っ伏したデニアの顔を無理やり引っ張りあげ、イダールは彼から詳しい話を聞き出した。

「なるほど……それで友達、ですか」
「そういうわけ。明日食事に行くことになってしまったし」
「無理矢理非番にさせられましたしね」
「モニカに何て言ったらいいんだか……」

 デニアの脳裏を過るのは、亜麻色の長い髪の恋人の姿。穏やかな彼女がこんなことで腹を立てることはないとわかってはいるが、こうなってしまった理由を耳に入れておかねば、多少なり彼女も傷つくはずだ。 

「モニカさんには話しておいた方がいいのでは?」
「わかってるけど……驚くだろうなあ」

 この国の姫君と友人関係になり、食事に行くことになったと話せば、恋人は一体どんな顔をするのだろうか。喜ぶことはまずないだろうとデニアは頭を抱え、机に視線を落としたのだった。





 翌日。

 迎えは不要。現地集合だ、とアンナにきつく言われていたデニアは、待ち合わせの時間よりも三十分早く指定した場所──メリルフランルート内の海沿いのホテル、その十五階のカフェ「マーメイド」に姿を現していた。ドレスコードはない店だが、それ相応の客しか来店しない店ではある。明るいグレーのスーツに身を包んだデニアは予約した窓際の席に腰を下ろし、落ち着かない様子でラベンダー色のネクタイを直していた。

「──あ」

 ウエイターに案内されながら店の入口に姿を現したのは、髪をハーフアップにしたアンナだった。デニアの注文通りドレスアップしたアンナは、案内されるがままデニアの正面の椅子にどかりと腰を下ろした。

「待たせたな」
「いえ、私も今来たところですから」

 ワインレッドのタイトなミニドレス姿のアンナは、不満げにドレスを見下ろす。オフショルダーの艶っぽいこのドレスは、臣下であるシナブルに無理矢理決められた物であった。普段こういった服を着ない彼女は、ドレスを着れば何であれこういった顔をする。──が、それを知らないデニアからすれば、何故彼女は到着したばかりだというのに、こんなにも不機嫌なのかと内心生きた心地がせず、背中にぐっしょりと汗をかく始末。

「お似合いですよ」
「そうか? こういった服はどうも落ち着かん」
「……それで不機嫌なのか」
「何か言ったか?」
「いえ」

 にこりとデニアが微笑めば、不思議そうに眉をひそめるアンナ。ウエイターを呼びドリンクを注文すると、歯切れ悪くアンナは話を切り出した。

「今日は悪かったな」
「何がです?」
「仕事、休ませて」
「問題ありませんよ。優秀な部下に任せて参りました」
「フッ……そうか」


(笑うとこんなにもお美しいというのに……)


 年不相応に大人びた顔立ちの彼女は、中身までもが大人びて──というよりも、背伸びをして、無理矢理に大人の鎧を纏っているようにも見える。それがデニアには、なんとなく虚しく見えてしまう。

「ところでお前、あたしはお前の友人なんだろう? 友人同士ってこんなに堅苦しいものか?」

 運ばれてきたドリンクに口をつけながら、アンナはグラス越しにデニアを睨み付ける。彼女自身は彼を睨んだつもりはないのだが、目付きの悪さのせいだろう、どうしてもデニアの角度からだとアンナが不機嫌に見えてしまう。

「堅苦しい、というのは?」
「その敬語は堅苦しいとは言わないのか? おまけに『アンナ様』など、ふざけている」
「ふざけているつもりはないのですが……」
「ならば敬語くらい、取り払ってみろ。友人なんだろう?」

 背中だけではなく、遂には額にも汗の粒を作り始めたデニア。スーツの内ポケットからハンカチを取り出し、額に押し当てながらドリンクを喉に流し込んだ。

「敬語、ですか……」
「『アンナ様』もやめろ」
「……」
「返事は?」

 肯定以外の返事をしたならば、この場で斬り殺されてしまいそうなアンナの──殺し屋の目付き。ドレスを着て着飾ってはいるが凄んだ時の殺気は健在で、帯刀はしていないが恐らく彼女の愛刀 黒椿は、 無限空間インフィニティトランクしまってあるはずであった。

 ごくり、と喉を鳴らしデニアは頷く。

「わかりました……しかし、いきなりというのは難しく、せめて『アンナさん』というのはいかがですか?」
「却下。ニックネームなら許してやらんこともない」
「……ニックネーム」

 デニアは、同僚である他所の騎士団長たちに特有のニックネームをつけて呼んでいる。が、別にそれは有名な話でも何でもないし、アンナがそんなことを知っているとは思えなかった。


(ニックネームをつけるのは苦手ではない……今の一瞬でアンナ様のものも思いついた。けれどこれで果たして彼女を呼んでもいいものか──?)


「どうした、何かねえのか」

 にやりと口の端を吊り上げたアンナは、不機嫌な様子もなく、ただ事を面白がっているようだ。それならばと腹を括ったデニアは、ゆっくりとその言葉を口にする。

「……り」
「り?」
「…………りりたん」
「りりたん?」
「アンナリリアン様、だから『りりたん』。どうだろう?」
「ふうん……いいんじゃねえの?」

 照れ隠しなのか、はたまた機嫌を損ねてしまったのかアンナはメニューで口許を隠しながら目線は窓の外に向けてしまった。デニアはその態度を前者だと捉え、自分もメニューを開きながら軽快な口調で彼女に言葉を投げる。

「では、私のことはデニーとお呼び下さい」
「お呼び下さい?」
「失礼…………呼んで欲しい」
「それで良い」

 満足げににこりと微笑んだアンナの、少女のような笑顔にデニアは一瞬見惚れてしまった。そのせいで彼女に名前を呼ばれるも反応が遅れ、訝しげに睨まれてしまう。

「何ぼさっとしてたんだ」
「いや、その……」
「いいから言ってみろ」

 誤魔化す為にウエイターを呼び、注文をしている最中だというのに。容赦なくアンナはデニアに攻撃的な言葉を投げ掛ける。注文を取るウエイターまでもが、張り詰めた空気のせいで注文を復唱する際に噛んでしまっている。

「笑うと……可愛いなと」
「はあっ?何言ってんだお前馬鹿じゃねえの?」
「いや、言えって言うから言ったのに!」
「うるさい馬鹿!」
「褒めてるのに!」

 この二人の衝突が、後に痴話喧嘩をしていたと噂が立ち、広まり──デニアが恋人 モニカと破局するきっかけとなってしまうことを、今はまだ誰も知らない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ブレイブエイト〜異世界八犬伝伝説〜

蒼月丸
ファンタジー
異世界ハルヴァス。そこは平和なファンタジー世界だったが、新たな魔王であるタマズサが出現した事で大混乱に陥ってしまう。 魔王討伐に赴いた勇者一行も、タマズサによって壊滅してしまい、行方不明一名、死者二名、捕虜二名という結果に。このままだとハルヴァスが滅びるのも時間の問題だ。 それから数日後、地球にある後楽園ホールではプロレス大会が開かれていたが、ここにも魔王軍が攻め込んできて多くの客が殺されてしまう事態が起きた。 当然大会は中止。客の生き残りである東零夜は魔王軍に怒りを顕にし、憧れのレスラーである藍原倫子、彼女のパートナーの有原日和と共に、魔王軍がいるハルヴァスへと向かう事を決断したのだった。 八犬士達の意志を継ぐ選ばれし八人が、魔王タマズサとの戦いに挑む! 地球とハルヴァス、二つの世界を行き来するファンタジー作品、開幕! Nolaノベル、PageMeku、ネオページ、なろうにも連載しています!

非公式怪異対策組織『逢魔ヶ刻』

メイ
ファンタジー
人気たこ焼き店の不正摘発、原因はタコと偽った得体の知れない食品の混入。 都内の下町にて一人暮らしの老婆の不可解な死。家の中には大量のお札が貼られていて、書き遺された手紙には「湧いて出る、湧いて出る」の一言のみ。 錯乱した通り魔による無差別殺傷事件、犯人は現行犯により警官二名にその場にて取り押さえられたものの、異様なほどに何かに怯えていたらしい。 その時の発言が、「もうじきイビツガミがやってくる」 私たちの知らないところで、何かが起きてる。 得体の知れないものが不気味に蠢いていて、人智の及ばないことが始まろうとしてる。 これは、私と怪異により描かれる不思議なお話

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

秋月の鬼

凪子
ファンタジー
時は昔。吉野の国の寒村に生まれ育った少女・常盤(ときわ)は、主都・白鴎(はくおう)を目指して旅立つ。領主秋月家では、当主である京次郎が正室を娶るため、国中の娘から身分を問わず花嫁候補を募っていた。 安曇城へたどりついた常盤は、美貌の花魁・夕霧や、高貴な姫君・容花、おきゃんな町娘・春日、おしとやかな令嬢・清子らと出会う。 境遇も立場もさまざまな彼女らは候補者として大部屋に集められ、その日から当主の嫁選びと称する試練が始まった。 ところが、その試練は死者が出るほど苛酷なものだった……。 常盤は試練を乗り越え、領主の正妻の座を掴みとれるのか?

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

千年巡礼

石田ノドカ
ファンタジー
 妖怪たちの住まう世界に、一人の少年が迷い込んだ。  見た事もない異形の蔓延る世界だったが、両親の顔を知らず、友人もいない少年にとって、そこは次第に唯一の楽しみへと変わっていった。  そんなある日のこと。  少年はそこで、友達の咲夜を護る為、命を落としてかけてしまう。  幸い、咲夜の特別な力によって一命は取り留めたが、その過程で半妖となってしまったことで、元居た世界へは帰れなくなってしまった。 『方法はないの?』  方法は一つだけ。  妖たちの宿敵である妖魔の長、『酒吞童子』を、これまでと同じ『封印』ではなく、滅することのみ。 『ぼく、こんどこそ、さくやさまをまもるヒーローになる!』  そんな宣言を、仲の良かった妖らは馬鹿にもしたが。  十年の修行の末——  青年となった少年は、妖たちの住まう国『桜花』を護るための部隊へ所属することとなる。

大地魔法使いの産業革命~S級クラス魔法使いの俺だが、彼女が強すぎる上にカリスマすぎる!

倉紙たかみ
ファンタジー
突然変異クラスのS級大地魔法使いとして生を受けた伯爵子息リーク。 彼の家では、十六歳になると他家へと奉公(修行)する決まりがあった。 奉公先のシルバリオル家の領主は、最近代替わりしたテスラという女性なのだが、彼女はドラゴンを素手で屠るほど強い上に、凄まじいカリスマを持ち合わせていた。 リークの才能を見抜いたテスラ。戦闘面でも内政面でも無理難題を押しつけてくるのでそれらを次々にこなしてみせるリーク。 テスラの町は、瞬く間に繁栄を遂げる。だが、それに嫉妬する近隣諸侯の貴族たちが彼女の躍進を妨害をするのであった。 果たして、S級大地魔法使いのリークは彼女を守ることができるのか? そもそも、守る必要があるのか? カリスマ女領主と一緒に町を反映させる物語。 バトルあり内政あり。女の子たちと一緒に領主道を突き進む! ―――――――――――――――――――――――――― 作品が面白かったらブックマークや感想、レビューをいただけると嬉しいです。 たかみが小躍りして喜びます。感想などは、お気軽にどうぞ。一言でもめっちゃ嬉しいです。 楽しい時間を過ごしていただけたら幸いです。

冴えない冒険者の俺が、異世界転生の得点でついてきたのが、孤独の少女だったんだが

k33
ファンタジー
冴えないサラリーマンだった、矢野賢治、矢野賢治は、恨まれた後輩に殺された、そこから、転生し、異世界転生の得点についてきたのは、孤独の少女だった!、そして9人の女神を倒したら、日本に戻してくれるという言葉と共に、孤独の少女と女神を倒す旅に出る!

処理中です...