華々の乱舞

こうしき

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第一章

第十四話 初めて得たもの

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 会場を飛び出したアンナの背を、シナブルとデニアが追う。その速度は相当のもので、二人はなかなか彼女の背に追い付くことが出来ない。三人の足元からは沿岸沿いの砂漠地帯の砂が、 飛行盤フービスの風圧のせいで大量に舞い上がっている。

「……あれだな」

  無限空間インフィニティトランクから取り出した派手なルビー色のサングラスで目元を覆い、アンナは黒椿を背に帯刀した。敵も飛行盤で移動している。その為砂埃が舞い上がり、敵が何処へ逃げているのか一目瞭然だった。

「……六人か。直ぐに追い付いてやる」

  神力ミースを最大限飛行盤フービスに流し込み、一気に加速するアンナ。シナブルとデニアを置き去りにし敵の前方に一気に回り込むと、一番背の高い男の首を、刀を横に振り──


 ──ヒュンッ!


 すぱん、と跳ねた。

 頭部を失った胴体からは、噴水のごとく鮮血が溢れ出す。その足は一歩、二歩と前進し、前方に倒れ込んだ。

「ひ……ひいいいいぃっ!!」

 黒椿に神力を流し込み纏わせると、アンナは悲鳴を上げ腰を抜かした残りの五人の男に順番に斬りかかった。刃は首に触れてすらいないというのに、斬りつけられた男共の首は、ぼとりと胴体から転げ落ちた。

「な、なんで首が!」

 最後に残った大男はぶるぶると震えながら、仲間の亡骸をちらりと見てはアンナにも目を向ける。そこでようやく追い付いたシナブルとデニアは、周囲にまだ敵が潜んでいないか気配を探る。

「おい……! なんで、なんで首が!」
「うっせえな。なんでそんなこと、お前に教えてやらないといけねえんだ。聞きたいことがあるのはこっちだっての」

 大男の額に切っ先を突きつけたアンナは、面倒臭そうに口を開く。その後方では、デニアがシナブルへ向かって「黒椿の特性」について小声で確認をとっているところであった。

「刃に神力を纏わせると、何処を斬っても首が跳ぶのですか?」
「そういうことです」

 一際飼い慣らすことが難しい殺人刀としてアンナが祖母アリアから受け継いだこの「黒椿」。そのままでも十分よく斬れるのだが、刃に神力を纏わせることで斬れ味が増す特性を持っている。

「お前、『反発派』か? 仲間は何処にいる」
「あ……あ……」
「『あ……』じゃねえよ、さっさと答えろ鈍間が」

 苛立った様子のアンナは、大男の額をブーツの踵で蹴り飛ばす。転倒した男は恐怖で言葉を発することが出来ないようだ。

「アンナ様、少しよろしいでしょうか」

 臆することなくアンナに歩み寄ったデニアは、彼女の一歩後ろで足を止める。振り返った彼女の目の鋭さに一瞬気をされるも、それを出来るだけ顔に出さぬようにして口を開いた。

「そこのあなた。『はい』ならば首を縦に、『いいえ』ならば首を横に振りなさい。それだけでいい──わかったか?」

 冷静なデニアの問に、大男は首を縦に振った。「よろしい」と頷いたデニアは、アンナを一瞥するとそのまま質問を続けた。

「あなたは『反発派』か?」

 デニアが静かに問うと、大男は首を何度も縦に振った。それを見てアンナは舌を打ち、刀の切っ先を大男に向けた。

「仲間はここから離れた場所に留まっている?」

 首を横に振る大男。アンナの黒椿の切っ先が首元に突き付けられたままなので、それを気にしながらゆるゆると首を動かす。

「それならば、この近くにいる?」

 ごくり、と大男が唾を飲み込み首を動かそうとした瞬間──四方八方から何十もの火矢が、雨のように降り注いだ。

「チッ……近くまで来ていたか」
「アンナ様。こうなったのは私の責任ゆえ、ここはお任せくださいませんか」

 アンナが了承するよりも早く、デニアは飛行盤で宙に飛び上がった。両腕に神力を纏わせると、それを鞭のように撓らせ火矢を消炭にしてゆく。

「ふうん……」

  敵の攻撃を見事に打ち落としたデニアの行動に、アンナは珍しく彼女なりの感嘆の声を上げた。大男からは既に手を離しており、腕を組み周囲を見渡している。

 と、次の瞬間──


 ──ヒュンッ! ヒュンッ! ヒュンッ!


 先程と同様、火矢の雨が三人──大男も含めて、四人を襲う。アンナが面倒臭そうに腕を掲げると「姫」と一言、彼女を制したシナブルが飛行盤で上空へと飛び上がった。

「このようなことで、姫の手は煩わせません── 炎樹えんじゅ
 
 刀の名を呼ぶと同時に抜刀したシナブルは、攻撃体制に入っていたデニアを軽々と飛び越す。低い位置から振り上げた刃に添って溢れ出した炎が、四人を守るように半球のドーム状に広がった。その瞬間空を舞っていた火矢は焼失し、灰が風に乗って舞い上がった。

「姫が下にいらっしゃるのです。油断されませぬよう」
「……申し訳ない」

 油断などするはずもない。デニアはそう口から零れかかったが、目上のシナブルにそのようなことなど言えるはずもなく、言葉を飲み込み頭を下げた。

「デュランタ団長、見えますか」
「ええ」

 二人の視線の遥か先──連なった岩影に、何十人もの人の気配があった。角度的にも姿を直視出来るのは数人であるが、五十人程度の気配を二人は感じ取っていた。

「あれで全てか分かりませんが、騎士団としては捕らえねばなりませんね」
「出来るだけ殺さずに、ですか」
「出来るだけ、というよりも、絶対に殺さずにですね。尋問をせねばなりませんから」
「ならば急がねばなりませんよ」

 刀を鞘に収めたシナブルに促され、デニアは彼が示す場所に視線を投げる。そこには飛行盤で猛進するアンナの姿が見てとれた。

「ア……アンナ様!?」
「早く止めねば全員殺されてしまいますよ」
「何故です!?」
「何故って……姫は人を斬るのが溜まらなく好きだからですよ」

 シナブルの忠告に慌てて飛び出したデニアは、瞬く間にアンナに追い付きその肩に触れた。振り返ったアンナの、殺意を纏った真っ赤な瞳に一瞬息を呑んだ。

「アンナ様、お待ち下さい!」
「何だ」
「尋問をせねばなりません、捕らえます。殺されませぬよう」
「……半分くらいなら殺してもいいか?」
「なりません!」
「捕らえるとか、苦手なんだよ。ああそうか、動けないように足を斬り落とせばいいか」
「ちょ──アンナ様!」

 デニアを振り解き、一気に加速したアンナは黒椿を構える。神力は纏わず通常状態で、岩影から顔を出していた一人の男の両足を斬った。


 ──ヒュン──ずばんっ!


 続けてもう一人。一瞬のうちに足の消えた男達は、わけもわからず痛みに泣き叫ぶ。

「 きたねぇ声で泣きやがる」

 くるりと空中で身を翻したアンナに、賊達の矢尻が一斉に向けられた。口の端を吊り上げたアンナの握る黒椿が、赤々と神力を纏う。

「こうなったら殺してもいいよなあ!?」

 彼女が叫んだ刹那──デニアの操る細い炎の帯が、全ての矢尻を斬り落とした。突如として現れたアンナとデニア、二人の姿を見て観念したのか、武器を手放した賊達は両手を上げて降参の意を示した。

「…………」

 デニアの神力の扱いに唖然としたままのアンナの視界の先では、いつの間にか追い付いていたシナブルが、無限空間から取り出した縄で賊達を縛り上げて行く。

「……殺し損ねた」
「ですから、殺してはなりませんと……」

 刀を鞘に戻したデニアをまじまじと見つめたアンナは、不満げに唸りながらも自己の行動を省みていた。先程までの自分の動線を目で追い、首を捻っては視線をあちこちに投げ、小声でぶつぶつと何か言っている。滅多とない彼女の行動に、シナブルは驚き目を丸くした。

「どうするのが、最適だったのか」
「わかりません。ただ、アンナ様のスピードがあれば、賊の足を斬り落とさずとも全員を縄で縛り上げることなど容易だったのではないかと」
「あたしに意見するとは、度胸のある奴だな、お前」

 冷ややかなアンナの口調に命の危険を感じ取ったデニアは、すぐさま頭を下げ非礼を詫びた。しかしアンナは然程気にする風もなく、デニアの後頭部を見つめている。
 いつもならば直ぐに相手の首を落としている場面にも関わらず、アンナがそれをしないでいるのを見て、足を斬り落とされた賊の手当てを淡々とこなしながら、シナブルは形容しがたい不思議なものを感じ取っていた。

「なんだろうな、お前」
「……はい?」
「お前に言われても、不快な感じがしないんだ。うちの臣下達と同じようにな」
「……ありがとうございます」

 何と返したら良いのかわからず、礼を述べたデニアの元へシナブルが歩み寄る。賊の捕獲と処置を全て終えたと告げられると、デニアは礼を述べた後、部下へと援軍要請を出した。流石にこの数の賊を三人で連れ帰るのは骨が折れる。というよりも、国王の娘であるアンナと、臣下であるにしても王族の血が流れるシナブルにそのような雑務を手伝わせるわけにはいかぬという彼なりの配慮であった。

「三人で連れてけばいいじゃねえか」
「アンナ様とシナブル様にそのようなことをさせるわけにはいきません」
「殺さねえってのも面倒だな。殺してしまえば遺体は燃やせばそれで済むってのによ」


(──なんという思考回路だ)


 一国の姫ともあろう年頃の娘が、このような考え方しか出来ぬのかと、デニアは唖然とする。まるで洗脳でもされているかのように、全ての思考のベクトルが殺人へと向かう彼女。

「……アンナ様は」
「何だ?」
「アンナ様は、人を殺すこと以外に……何を考えていらっしゃるのですか」

 下手な質問をすると殺されるかもしれないと思いながらも、デニアは先程アンナの言った「お前に言われても、不快な感じがしない」という言葉に賭けて、おずおずと彼女に問うた。案の定彼女は、怒りを顔に表すこともなく──寧ろ驚いた顔をしてシナブルに視線を投げた。主に見つめられたシナブルもデニアの言葉に驚き──というよりも、彼はデニアの無礼な質問に、若干の怒りを顔に浮かべていた。

「……そうだな、例えばこの国の安寧と発展。それにどうすればもっと己の力を上げることが出来るのか……あとは」
「あとは?」
「家族のこと、かな。まあ、あれだ……仕事についてが殆どだからな、家族のことなんてほんの少しなんだからな」

 照れ隠しのつもりなのか、しどろもどろにアンナは答える。例え照れ隠しでないにしても、この歳で殺人のことばかり考えているとは些か──


(──虚しすぎる)


「アンナ様。世の中にはもっと沢山の……楽しいことがあります」
「人を斬ること以上に、楽しいことなんてあるのか」

 退屈そうにデニアの話に付き合っていたアンナであったが、彼の話に若干の興味が湧いてきたのか、それとも只の暇潰しか──わからぬが、耳を傾ける彼女。

「あたしは父や祖母に……こういった考えしか出来ぬよう、育てられた。人を斬る以外に、楽しいことなどあるのか?」


(ああ、やはりそうか)


 デニアの心はきりり、と音を立てる。世間知らず、というよりも彼女は「何も知らない」のだ。

「あります」
「例えば?」
「着飾って町へ出かけて、美味しいものを食べるとか」
「誰と?」
「友人や恋人と、ですかね」
「そんなものはいない」

 自嘲気味に答えたアンナは、デニアの顔を見て鼻で笑った。言い負かし勝ち誇ったかのようなその態度が、デニアにはやはり虚しく見えた。

「ならば私が、それになります」
「それとは?」
「友人です」
「……無礼な」

 口を挟まず見守っていたシナブルが、デニアの言葉に異を唱えた。

「騎士団長風情が、姫になんということを──」
「いや、シナブル」
「はい、姫」
「面白そうだ」
「……は?」

 デニアの肩を叩き、にやりと口角を上げるアンナ。緊張の汗でぐっしょりと濡れた背に、シャツが張り付いて不快な感覚すら忘れてしまうほどのアンナの恐ろしい笑みに、デニアは一瞬心臓を掴まれた心地がした。


(俺は……とんでもないことを言ってしまったのかもしれない)


 斯くして、殺し屋 アンナリリアン・F・グランヴィは、賊の足を斬り落とした事がきっかけで、生まれて初めて友人を得たのであった。


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