華々の乱舞

こうしき

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第一章

第五話 休戦条約

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──ここは一体何処だろうか。

 思考したのは一瞬。素早く身を起こし、抜刀しようと手を伸ばしたアンナの動きは、そこで停止する。

(刀が、ない?)

 背に差しているはずの、鍔の黒い愛刀「黒椿」。彼女の祖母であり前国王であるアリアから受け継いだ、特別に良く斬れる殺人刀。

「起きた?」

 窓辺に立つソフィアが、つまらなさそうに声をかける。状況が理解しきれないアンナはその言葉を無視し、刀を探す。

(そうか、あたしは──あのシムノンとかいう奴に殴られて、気絶していたのか)

 アンナが眠っていたのは先程、話し合いをしていたあの部屋だった。ぐるりと室内を見渡すが、ソフィアの他に誰もおらず、静けさが漂っていた。

「刀を返せ」
「ハイハイ」
「あの馬鹿野郎は何処へ行った」
「シムノンのこと? 国王に呼び出されて席を外してるわ」

 この度の戦争は、アンナがほぼ片を付けてしまったと言っても過言ではない。敵兵およそ六千、味方兵およそ五千──戦場に出ていたその全ての兵士をアンナは斬り、あるいは焼き殺し──全滅させた。国王メルトゴルゾーンが今後、一体どういった判断を下すのか、宰相も交えて話し合っているらしい。

 なにしろ、どちらの兵士も全滅しているのだから、これ以上戦争を続けることなど出来ない。

「……!」
「あら、今頃気が付いたの?」
「あの野郎の仕業か」
「ちょっとイタズラがしたかったみたい」

 アンナの目元を覆い隠していた、派手なルビーレッドのサングラスが、行方知れずになっていた。犯人はシムノンのようだ──アンナの鋭く赤い瞳が露になっている様を、ソフィアは感心するように見つめている。

「意外と可愛い顔をしているじゃない、アンナちゃん」
「ちゃん、って言うな」
「どうして隠すの?  血眼病けつがんびょうなんてファイアランス王国では珍しいものじゃないでしょう?」

 人を殺し過ぎたことにより罹患する病──血眼病。真っ赤な瞳はそれの象徴だった。国外の大抵の者はこれを見ると、恐れをなして逃げ惑うのだ。

「お前に話す筋合いはねえ」
「そう」

 話は終わりだと言わんばかりに、アンナは立ち上がり刀を差した。抜刀すると、入口の扉までゆったりと足を進める。外側から扉が開いた瞬間──。

「うわ……なんだよアンナ、お前すげえ美人じゃねえか」
「黙れ、さっさと返せ」
「もう少し笑ったら、もっと美人だ」
「黙れ殺すぞ」

 黒椿の切先は、シムノンの喉に押し当てられている。そんなことなどまるで気にせず涼しい顔のシムノンは、額に乗せたアンナのサングラスを指で撫でた。

「どーしよっかなあ」
「ちょっとシムノン、なにしてるの?」
「おーおー焼くな焼くなレノア」

 シムノンの後ろには、治療を終えたレノア、それにナサニエフとレフが溜め息混じりにその光景を見つめていた。ルーファの姿はどこにも見当たらない。
──レフに関して言えば、見つめていたというよりも、睨んでいたという方が正しかったのかもしれない。

 シムノンがレノアと話している最中、アンナは彼の額からサングラスを奪い取る。自らに装着するとくるりと背を向け刀をしまい、ソファに腰を下ろした。

「それで、どうすんだこの戦争」
「一時休戦だってよ」
「は? 休戦? ふざけんな、全員殺しただろうが」 
「それが不味かったんだ。つーか、どう考えても味方まで殺したら駄目だろお前。お陰でどちらの国も敗北認めない。数年はかかるかもしれねえが、また体制を立て直して、同じことを繰り返すだろうな」
「……チッ、王を殺しに行く邪魔を、誰かがしやがったからこうなるんだろうが」

 国土の境界を争っていたこの戦争は、両国の王の思惑とは全く異なる形で、中途半端に幕を下ろさざる終えないものとなってしまった。

 レノア達によってアンナの猛進が止まったお陰で、敵国であるブンニー王国国王は命拾いをした形になる。シムノンの制止がなく、アンナがあのまま王城に突撃していればあるいは終戦していたかもしれない。両国の国王が休戦条約を結んだ今となっては何を言っても無駄であるのだが。

「そういうわけだから、アンナ、帰って良いってよ。国王からの言伝てだ」
「……は?」
「お前には会いたくねえんだって。あんだけ殺したから、国王ビビっちまったみてえだ」
「報酬はどうなるんだ。このあたしを雇ったんだ、ただ働きだったら──」
「止めとけ止めとけ。ちゃんと国の方に直接支払っとけって言ってあるから」

 味方の兵も全員殺したのだ、このまま無報酬と言われる恐れもあったがしかし、アブヤドゥ王国国王──メルトゴルゾーンも、そこまで愚かではなかったらしい。報酬の受け渡しを拒否されれば、自分は勿論父に罰を受けるだろうし、アブヤドゥ王国も無事では済まないだろう。

「貰えるもんをちゃんと貰えるなら、あたしは帰る」
「おー、短い付き合いだったな」
「お前達はどうするんだ」
「事後処理がたんまりあるからな、それも俺らの仕事だ」

 自分で聞いたわりにアンナは、興味などない、といった風に背を向ける。苦い笑みを向けたシムノンは、レノアと顔を見合わせると肩を竦ませた。

「本当に帰るのか?」
「ああ、こんな場所にもう用などない」
「短い付き合いだったが俺は楽しかったぜ、また──」
「冗談言うな、『また』だなんて、二度と御免だ」

 別れを惜しむ素振りなど全く見せず、アンナの踵はここへ来た時と同じようにカツン──カツンと廊下を打ち鳴らす。
 その背を名残惜し気に見つめるシムノンの耳を、頬を膨らませたレノアが目一杯引っ張っていた。



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