5 / 40
第一章
第四話 救いの手
しおりを挟む
背後から迫る威圧的な気配に、アンナは振り上げていた腕をぴたりと止めた。振り返ることなく、 神力を纏った左腕で迫り来る人物の拳を受け止めるも、刀を握った右腕は反対側の腕によって食い止められた。
「やめろ」
「なんのつもりだ貴様」
「やめろっつってんだよ!」
現れたのはシムノン・カートス。その腕を振りほどこうとアンナが暴れると、その腕はいとも簡単に解放された。シムノンの腕力はアンナのそれより弱かったというだけなのだが、思ってもみなかった展開に彼女は前のめりに転げそうになった。
「お前っ! 急に手を離すなよ!」
「放せっつったのはお前だろうが!」
「放せとは言ってねえよ!」
全く調子が狂う──とアンナが体勢を戻すと、そこにレノアの姿はなく──振り返るとシムノンに介抱される彼女の姿があった。
「おい、何やってる。そいつは敵兵だぞ」
「んなこと関係ねえよ。救える命は救う……それに」
「それになんだ」
「惚れた」
「……は?」
「惚れたから助ける」
「は?」
無限空間から取り出した道具で、シムノンはレノアの止血を開始する。そこへ到着したソフィアが神力による治療を開始すると、レノアの傷はみるみるうちに塞がった。
「レオル……」
レノアの視線の先、胸から血を流すレオルの傍には先に駆け寄ったシムノンが佇んでいる。首を横に振り彼の体を抱き抱えると、そのままレノアの隣に彼を横たえた。
「残念だが……」
「いいの。私達は戦士……戦士である以前に戦闘民族よ。戦って死ぬことは恥ずかしいことではない」
手首の紋様を撫でるとレノアはアンナを睨み付けた。
「なあお前、その紋様に傷が入ると力が増幅するのか」
「そうよ。これはライル族皆が植え付けられる力の増幅装置のようなもの。他にも役割はあるけど、あんたに話す義理なんてないわ!」
レノアは尚も獣のようにアンナを威嚇する。掴みかかろうとするもシムノンによって制止された。
「止めとけ、君の敵う相手じゃない」
「でも!」
「家族の仇だなんて考えるな。自分の命を大事にしな」
「……」
押し黙るレノアに、ソフィアがそっと寄り添った。彼女の家族の遺体をどう弔うかの話を済ませると、「あの」とシムノンの背に声をかけた。
「助けて頂きありがとうございます……それで、あの」
「なんだ?」
恥ずかしげに視線をさ迷わせているレノアの正面に、シムノンが屈み込んだ。怪訝そうに眉をひそめたかと思いきや彼女と目が合った途端、頬を赤らませた。
「さっき……言ってたことなんですけど」
「なに?」
その様子をアンナとソフィアは黙って見つめている。アンナは興味無さげであるが、ソフィアは頬を膨らませ不満げな表情だ。
「ほ、惚れた……って」
「え、ああ……あ、惚れた」
「惚れ……た?」
「一目見てビビっときたんだよなあ、お前レノアっていったか?」
「はい」
「お前、行くあてがねえなら俺のとこに来ねえか?」
血と砂埃で汚れた軍服の裾をきゅっ、と掴み、レノアは黙って大きく頷いた。シムノンはそんな彼女の手を取ると、手の甲に軽く唇を落とした。
「悪いが俺は、惚れた女に対しては鬱陶しいくらい積極的だぜ?」
「私も一目惚れなので、積極的で大丈夫です……」
「良い女じゃねえか!」
レノアの両肩を掴み嬉しそうにはにかむシムノンを尻目に、ソフィアは大きく息を吐く。
「ねえシムノン」
「あ……なんだソフィア」
「ひょっとして私はそろそろ用済み?」
「そういう言い方をするなよ~」
「ま、約束してたし、構わないんだけど」
一方的にシムノンに思いを寄せていたソフィアは、昔彼とある約束をしていた。──シムノン本人が伴侶を得るまでは、彼のことを好きにしてよいと。
シムノンは奔放だが、ソフィアのことを弄んでいたわけではない。自分の運命を悲観している彼は、不死であるエルフとの間に子を儲けたく無いが為に──ソフィアと共に生きることを選択しなかっただけにすぎない。ソフィア本人もそれで良いのだと納得をしていたので、この二人の関係は周りからすれば、なんとも奇妙なものなのであった。
「それで、レノアっつったか? 家族の遺体は処理するとして……どうすんだ、本当に俺の所に来るのか?」
「私にはもう行く場所も帰る場所もありません。私の家族は皆里長の反対を押し切って軍に入りました。今更、おめおめと軍にも戻れませんし」
「そっか、なら問題ねえか」
「おい待て」
それまで押し黙っていたアンナがここで漸く口を開いた。レノアに詰め寄ると乱暴に頭を掴み、蔑むように彼女を見つめている。
「放せ」
その手をシムノンに叩き落とされたアンナは、反対側の手で彼の胸ぐらを掴む。サングラスの奥の瞳は苛立ちにより歪んでいるのだが、シムノンがそれを見ることは出来ない。
「お前が放せや、アンナ」
「馴れ馴れしく名を呼ぶな、この餓鬼」
「なーに苛立ってんだ? 嫉妬してんのか?」
「阿呆。敵国の兵士だぞ、殺すから貸せ」
抜刀したアンナは、その刃をシムノンの首へと振り下ろす。自らも抜刀してそれを止めた彼は、呆れ顔で溜め息を吐いた。
「お前さあ、話聞いてたか? レノアはもう軍を抜けたんだ。そして俺の女になった。だから手ぇ出すな
「『軍を抜ける』とは一言も言ってないだろうが。それに、何故お前の女だから手を出したら駄目だなんて言われなきゃならねえ」
「……ハァ、めんどくせぇ女だな」
刀を鞘に収めたシムノンは、考え込むように腕を組む。訝しげにそれを見つめたアンナの目の前で、あろうことかシムノンはレノアの唇を唐突に塞いだ。
「────っ!?」
シムノンが予測した通り──アンナはその光景に赤面して後退る。ご丁寧に刀まで地に落として。
「──うっ…………」
「可愛い反応するじゃねえか、お前」
油断したアンナの鳩尾に、シムノンは神力を纏った渾身の一撃を打ち込む。防御を全くしていなかった彼女の体は前のめりにかくん、と折れ、そのまま地面にばたりと倒れ込んだ。
「さてと、一旦帰るかね」
「そうね、それがいいと思うわ。それとシムノン、私は手伝わないわよ?」
「ちぇ、ケチだなソフィアは」
「あなたの責任でしょ?」
「……だな」
左肩にアンナを担ぎ上げ、右腕でレノアを横抱きにしたシムノンは陽気に鼻歌を歌いながら戦場を後にする。
「両手に花だな、こりゃ」
腕の中でレノアが恥ずかしげに身を捩る。自分で歩けると主張する彼女を言葉巧みに丸め込み、シムノンはしばらくの間、女二人を手中に収めるという贅沢な時間を味わったのだった。
「やめろ」
「なんのつもりだ貴様」
「やめろっつってんだよ!」
現れたのはシムノン・カートス。その腕を振りほどこうとアンナが暴れると、その腕はいとも簡単に解放された。シムノンの腕力はアンナのそれより弱かったというだけなのだが、思ってもみなかった展開に彼女は前のめりに転げそうになった。
「お前っ! 急に手を離すなよ!」
「放せっつったのはお前だろうが!」
「放せとは言ってねえよ!」
全く調子が狂う──とアンナが体勢を戻すと、そこにレノアの姿はなく──振り返るとシムノンに介抱される彼女の姿があった。
「おい、何やってる。そいつは敵兵だぞ」
「んなこと関係ねえよ。救える命は救う……それに」
「それになんだ」
「惚れた」
「……は?」
「惚れたから助ける」
「は?」
無限空間から取り出した道具で、シムノンはレノアの止血を開始する。そこへ到着したソフィアが神力による治療を開始すると、レノアの傷はみるみるうちに塞がった。
「レオル……」
レノアの視線の先、胸から血を流すレオルの傍には先に駆け寄ったシムノンが佇んでいる。首を横に振り彼の体を抱き抱えると、そのままレノアの隣に彼を横たえた。
「残念だが……」
「いいの。私達は戦士……戦士である以前に戦闘民族よ。戦って死ぬことは恥ずかしいことではない」
手首の紋様を撫でるとレノアはアンナを睨み付けた。
「なあお前、その紋様に傷が入ると力が増幅するのか」
「そうよ。これはライル族皆が植え付けられる力の増幅装置のようなもの。他にも役割はあるけど、あんたに話す義理なんてないわ!」
レノアは尚も獣のようにアンナを威嚇する。掴みかかろうとするもシムノンによって制止された。
「止めとけ、君の敵う相手じゃない」
「でも!」
「家族の仇だなんて考えるな。自分の命を大事にしな」
「……」
押し黙るレノアに、ソフィアがそっと寄り添った。彼女の家族の遺体をどう弔うかの話を済ませると、「あの」とシムノンの背に声をかけた。
「助けて頂きありがとうございます……それで、あの」
「なんだ?」
恥ずかしげに視線をさ迷わせているレノアの正面に、シムノンが屈み込んだ。怪訝そうに眉をひそめたかと思いきや彼女と目が合った途端、頬を赤らませた。
「さっき……言ってたことなんですけど」
「なに?」
その様子をアンナとソフィアは黙って見つめている。アンナは興味無さげであるが、ソフィアは頬を膨らませ不満げな表情だ。
「ほ、惚れた……って」
「え、ああ……あ、惚れた」
「惚れ……た?」
「一目見てビビっときたんだよなあ、お前レノアっていったか?」
「はい」
「お前、行くあてがねえなら俺のとこに来ねえか?」
血と砂埃で汚れた軍服の裾をきゅっ、と掴み、レノアは黙って大きく頷いた。シムノンはそんな彼女の手を取ると、手の甲に軽く唇を落とした。
「悪いが俺は、惚れた女に対しては鬱陶しいくらい積極的だぜ?」
「私も一目惚れなので、積極的で大丈夫です……」
「良い女じゃねえか!」
レノアの両肩を掴み嬉しそうにはにかむシムノンを尻目に、ソフィアは大きく息を吐く。
「ねえシムノン」
「あ……なんだソフィア」
「ひょっとして私はそろそろ用済み?」
「そういう言い方をするなよ~」
「ま、約束してたし、構わないんだけど」
一方的にシムノンに思いを寄せていたソフィアは、昔彼とある約束をしていた。──シムノン本人が伴侶を得るまでは、彼のことを好きにしてよいと。
シムノンは奔放だが、ソフィアのことを弄んでいたわけではない。自分の運命を悲観している彼は、不死であるエルフとの間に子を儲けたく無いが為に──ソフィアと共に生きることを選択しなかっただけにすぎない。ソフィア本人もそれで良いのだと納得をしていたので、この二人の関係は周りからすれば、なんとも奇妙なものなのであった。
「それで、レノアっつったか? 家族の遺体は処理するとして……どうすんだ、本当に俺の所に来るのか?」
「私にはもう行く場所も帰る場所もありません。私の家族は皆里長の反対を押し切って軍に入りました。今更、おめおめと軍にも戻れませんし」
「そっか、なら問題ねえか」
「おい待て」
それまで押し黙っていたアンナがここで漸く口を開いた。レノアに詰め寄ると乱暴に頭を掴み、蔑むように彼女を見つめている。
「放せ」
その手をシムノンに叩き落とされたアンナは、反対側の手で彼の胸ぐらを掴む。サングラスの奥の瞳は苛立ちにより歪んでいるのだが、シムノンがそれを見ることは出来ない。
「お前が放せや、アンナ」
「馴れ馴れしく名を呼ぶな、この餓鬼」
「なーに苛立ってんだ? 嫉妬してんのか?」
「阿呆。敵国の兵士だぞ、殺すから貸せ」
抜刀したアンナは、その刃をシムノンの首へと振り下ろす。自らも抜刀してそれを止めた彼は、呆れ顔で溜め息を吐いた。
「お前さあ、話聞いてたか? レノアはもう軍を抜けたんだ。そして俺の女になった。だから手ぇ出すな
「『軍を抜ける』とは一言も言ってないだろうが。それに、何故お前の女だから手を出したら駄目だなんて言われなきゃならねえ」
「……ハァ、めんどくせぇ女だな」
刀を鞘に収めたシムノンは、考え込むように腕を組む。訝しげにそれを見つめたアンナの目の前で、あろうことかシムノンはレノアの唇を唐突に塞いだ。
「────っ!?」
シムノンが予測した通り──アンナはその光景に赤面して後退る。ご丁寧に刀まで地に落として。
「──うっ…………」
「可愛い反応するじゃねえか、お前」
油断したアンナの鳩尾に、シムノンは神力を纏った渾身の一撃を打ち込む。防御を全くしていなかった彼女の体は前のめりにかくん、と折れ、そのまま地面にばたりと倒れ込んだ。
「さてと、一旦帰るかね」
「そうね、それがいいと思うわ。それとシムノン、私は手伝わないわよ?」
「ちぇ、ケチだなソフィアは」
「あなたの責任でしょ?」
「……だな」
左肩にアンナを担ぎ上げ、右腕でレノアを横抱きにしたシムノンは陽気に鼻歌を歌いながら戦場を後にする。
「両手に花だな、こりゃ」
腕の中でレノアが恥ずかしげに身を捩る。自分で歩けると主張する彼女を言葉巧みに丸め込み、シムノンはしばらくの間、女二人を手中に収めるという贅沢な時間を味わったのだった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
4
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる