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第一章
第二話 乱暴な会議
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「──で、どうすっかな」
玉座の間から下がった六人は現在、塔の東側──円状の控室で顔をつき合わせて、今後の予定を確認していた。
部屋の形状に合わせて設置された大きな円卓を中心に、同じような形のソファがぐるっとそれを取り囲んでいる。
窓から射し込む光に、シムノンは目を細めながらグラスを煽った。
「何を悩むことがある。全員殺せばいいだけの話だろうが」
ソファの一番端に腰掛けたアンナが、胸の下で腕を組む。不満げに鼻を鳴らし、サングラスの奥の瞳はシムノンを睨んでいた。
「アンナよー、お前いくつだ?」
「はあ? なんだ急に」
「いいからさぁ」
話を逸らしてもこの男はしつこそうだ──仕方なしにアンナはシムノンの問に答えることにした。
「七十七」
「お前、姓はグランヴィっつったよな? ティリスだろ? 仮年齢は?」
矢継ぎ早なシムノンの質問に、アンナの眉間の皺が深くなる。舌を打ちつつもその質問に順に答えてゆく。
「グランヴィ。アンナリリアン・ F・グランヴィ。エドヴァルト・ F・グランヴィの娘だ。当然ティリスだ」
ティリスはエルフと人間のハーフだ。大昔に交わった二つの血は、今や全く珍しいものではなくなっていた。ティリスという種族数は現在、エルフとほぼ同等であった。
「やっぱりエドヴァルトの娘かよ。通りで顔が似てると思ったんだよなあ。んで、仮年齢は?」
「──十五」
仮年齢というのは、ティリスの年齢を人間に当てはめた呼称である。エルフとは違い不老不死ではないティリスは、五年で一歳年を取る。七十七年生きているアンナの見た目は、人間の年齢で換算すると十五歳程度。
「十五にしちゃあよ、お前……なんつーか、体つきが……」
「シムノン?」
横から飛んでくるのはソフィアの鋭い声。シムノンの言わんとすることを悟った彼女は、その身をぐっとシムノンに寄せて下から彼を睨んだ。
「仕事の話を進めましょ?」
「……そうだな」
「彼女と話をしたいのなら、とりあえず仕事の話を済ませてからでしょう?」
「……そうだな」
顔を引き攣らせ、ソフィアの視線から逃れるシムノン。助けを求めるように橙髪の女へと声をかける。
「ルーファはどう思うよ?」
「アタシ?」
ルーファと呼ばれた女は、筋肉質な足を組み直しながら天井を仰いだ。橙色の髪に瑠璃色の瞳──それらは彼女が戦闘民族ライル族であることを示していた。
「敵国の奴は全員殺してもいいんじゃね?」
「駄目だろ」
「なんでだよ」
「いつも言うけどよ、俺たち一応賢者として名が通ってるんだぜ。あまり殺しはしたくねえ」
ジャケットの内側から取り出した煙草に火をつけながらシムノンがルーファを見やる。その態度にアンナは舌を打ち机を蹴り上げた。
「お前、殺し屋のあたしを前にしてよくそんなことが言えるな、おい」
「俺からしたらどうして国王が殺し屋のお前を雇ったのかが疑問だ」
「簡単なことでしょ」
今まで口を開かなかったナサニエフ──短い白髪に金と藤色のオッドアイの男──が、唐突に割って入った。
「国王はさぁ、さっさと戦争を終わらせいんだよ。敵国の奴等がどれだけ死のうが、あの国王には関係ないからね。それに」
「それに?」
「最近のファイアランス王国は、暗殺業だけではなく戦争の終結依頼も請け負ってるらしいしさぁ。彼女が殺し屋としてこの場に来たってのはちょっと違うよね」
事実アンナは──父からこのくだらない戦争を終結させるよう命令されて、この場にやって来た。世間で名高い賢者達と共闘しろとは一言も言われていなかったのだが。
「シムノンの言い分もわかるけどさあ、一応僕達雇われの身だよ? 仕事に感情を挟むなんて愚かなこと止めて、さっさと片付けようよ」
「そうだが……」
「早く終わらせれば終わらせるほど、無駄な犠牲が出ないってことくらい、わかってるんでしょ」
「そうだがよ……」
靴の裏で煙草を揉み消したシムノンは立ち上がると、乱暴に頭を掻きむしった。吸殻をズボンのポケットに突っ込むと、新たな煙草に火をつけた。
「仕方が……ねえのかな」
「そもそも、この仕事を引っ張ってきたのはシムノンだよ」
「んなことはわかってんだよ……」
「おい」
すく、と立ち上がったアンナがシムノンに詰め寄った。彼の咥えている煙草を握り潰すと、それを手の中で燃やし尽くした。
「お前を見てるとイライラする。男ならさっさと決断しやがれこの野郎」
「……うるせぇ」
室内をしばし静寂が支配する。それを打ち破ったのはアンナの舌を打つ音だった。くるりと身を翻すと彼女は踵を鳴らしながら部屋から出ていこうと歩みを進める。
「どこへ行く」
「戦場に決まってんだろ。今日中にこの戦争を終わらせてやる」
「お前! 勝手なことを!」
シムノンの叫び声はアンナには届かない。踵が廊下を打つ音がどんどん遠ざかって行った。
「クソッ! あの女、顔はいいけど性格は最悪だ!」
悪態を吐いたシムノンは椅子を蹴り上げアンナが出ていったドアを睨む。「どうするの?」と言うソフィアの呆れ声で落ち着きを取り戻した彼は、腕を組み室内をぐるぐると歩き回った。
「行くしかねえだろうが」
「それで?」
「止める」
「無理だな」
押し黙っていたレフが口を開いた。金と青のオッドアイを細め、何やら遠くに視線を投げていた。
「あの女を止めることは容易ではない。それとルーファ」
「なんだい?」
「気を付けろ」
「……いつもの勘かい?」
「ああ」
彼が魔法使いであるからかどうなのかは定かではないが、レフの勘はよく当たる。彼の言葉にナサニエフの言葉が上書きされると、それはもう大方予言に近いものとなってしまう。
──少しだけ未来を見ることの出来る、ナサニエフの藤色の瞳。彼が何と引き換えにその力を得たのかは誰も知らない。
「僕からも言わせてもらっていいかな」
一瞬だけ天を仰いだナサニエフは、視線をシムノンに向ける。眉間に皺を寄せたシムノンは立ち止まりナサニエフの言葉の続きを待った。
「緋鬼、あと五分で戦場に到着するよ」
「はあ!? ふざけんな早すぎだっつーの!」
慌てて部屋から飛び出す彼の背を、仲間たちは静かに追った。
玉座の間から下がった六人は現在、塔の東側──円状の控室で顔をつき合わせて、今後の予定を確認していた。
部屋の形状に合わせて設置された大きな円卓を中心に、同じような形のソファがぐるっとそれを取り囲んでいる。
窓から射し込む光に、シムノンは目を細めながらグラスを煽った。
「何を悩むことがある。全員殺せばいいだけの話だろうが」
ソファの一番端に腰掛けたアンナが、胸の下で腕を組む。不満げに鼻を鳴らし、サングラスの奥の瞳はシムノンを睨んでいた。
「アンナよー、お前いくつだ?」
「はあ? なんだ急に」
「いいからさぁ」
話を逸らしてもこの男はしつこそうだ──仕方なしにアンナはシムノンの問に答えることにした。
「七十七」
「お前、姓はグランヴィっつったよな? ティリスだろ? 仮年齢は?」
矢継ぎ早なシムノンの質問に、アンナの眉間の皺が深くなる。舌を打ちつつもその質問に順に答えてゆく。
「グランヴィ。アンナリリアン・ F・グランヴィ。エドヴァルト・ F・グランヴィの娘だ。当然ティリスだ」
ティリスはエルフと人間のハーフだ。大昔に交わった二つの血は、今や全く珍しいものではなくなっていた。ティリスという種族数は現在、エルフとほぼ同等であった。
「やっぱりエドヴァルトの娘かよ。通りで顔が似てると思ったんだよなあ。んで、仮年齢は?」
「──十五」
仮年齢というのは、ティリスの年齢を人間に当てはめた呼称である。エルフとは違い不老不死ではないティリスは、五年で一歳年を取る。七十七年生きているアンナの見た目は、人間の年齢で換算すると十五歳程度。
「十五にしちゃあよ、お前……なんつーか、体つきが……」
「シムノン?」
横から飛んでくるのはソフィアの鋭い声。シムノンの言わんとすることを悟った彼女は、その身をぐっとシムノンに寄せて下から彼を睨んだ。
「仕事の話を進めましょ?」
「……そうだな」
「彼女と話をしたいのなら、とりあえず仕事の話を済ませてからでしょう?」
「……そうだな」
顔を引き攣らせ、ソフィアの視線から逃れるシムノン。助けを求めるように橙髪の女へと声をかける。
「ルーファはどう思うよ?」
「アタシ?」
ルーファと呼ばれた女は、筋肉質な足を組み直しながら天井を仰いだ。橙色の髪に瑠璃色の瞳──それらは彼女が戦闘民族ライル族であることを示していた。
「敵国の奴は全員殺してもいいんじゃね?」
「駄目だろ」
「なんでだよ」
「いつも言うけどよ、俺たち一応賢者として名が通ってるんだぜ。あまり殺しはしたくねえ」
ジャケットの内側から取り出した煙草に火をつけながらシムノンがルーファを見やる。その態度にアンナは舌を打ち机を蹴り上げた。
「お前、殺し屋のあたしを前にしてよくそんなことが言えるな、おい」
「俺からしたらどうして国王が殺し屋のお前を雇ったのかが疑問だ」
「簡単なことでしょ」
今まで口を開かなかったナサニエフ──短い白髪に金と藤色のオッドアイの男──が、唐突に割って入った。
「国王はさぁ、さっさと戦争を終わらせいんだよ。敵国の奴等がどれだけ死のうが、あの国王には関係ないからね。それに」
「それに?」
「最近のファイアランス王国は、暗殺業だけではなく戦争の終結依頼も請け負ってるらしいしさぁ。彼女が殺し屋としてこの場に来たってのはちょっと違うよね」
事実アンナは──父からこのくだらない戦争を終結させるよう命令されて、この場にやって来た。世間で名高い賢者達と共闘しろとは一言も言われていなかったのだが。
「シムノンの言い分もわかるけどさあ、一応僕達雇われの身だよ? 仕事に感情を挟むなんて愚かなこと止めて、さっさと片付けようよ」
「そうだが……」
「早く終わらせれば終わらせるほど、無駄な犠牲が出ないってことくらい、わかってるんでしょ」
「そうだがよ……」
靴の裏で煙草を揉み消したシムノンは立ち上がると、乱暴に頭を掻きむしった。吸殻をズボンのポケットに突っ込むと、新たな煙草に火をつけた。
「仕方が……ねえのかな」
「そもそも、この仕事を引っ張ってきたのはシムノンだよ」
「んなことはわかってんだよ……」
「おい」
すく、と立ち上がったアンナがシムノンに詰め寄った。彼の咥えている煙草を握り潰すと、それを手の中で燃やし尽くした。
「お前を見てるとイライラする。男ならさっさと決断しやがれこの野郎」
「……うるせぇ」
室内をしばし静寂が支配する。それを打ち破ったのはアンナの舌を打つ音だった。くるりと身を翻すと彼女は踵を鳴らしながら部屋から出ていこうと歩みを進める。
「どこへ行く」
「戦場に決まってんだろ。今日中にこの戦争を終わらせてやる」
「お前! 勝手なことを!」
シムノンの叫び声はアンナには届かない。踵が廊下を打つ音がどんどん遠ざかって行った。
「クソッ! あの女、顔はいいけど性格は最悪だ!」
悪態を吐いたシムノンは椅子を蹴り上げアンナが出ていったドアを睨む。「どうするの?」と言うソフィアの呆れ声で落ち着きを取り戻した彼は、腕を組み室内をぐるぐると歩き回った。
「行くしかねえだろうが」
「それで?」
「止める」
「無理だな」
押し黙っていたレフが口を開いた。金と青のオッドアイを細め、何やら遠くに視線を投げていた。
「あの女を止めることは容易ではない。それとルーファ」
「なんだい?」
「気を付けろ」
「……いつもの勘かい?」
「ああ」
彼が魔法使いであるからかどうなのかは定かではないが、レフの勘はよく当たる。彼の言葉にナサニエフの言葉が上書きされると、それはもう大方予言に近いものとなってしまう。
──少しだけ未来を見ることの出来る、ナサニエフの藤色の瞳。彼が何と引き換えにその力を得たのかは誰も知らない。
「僕からも言わせてもらっていいかな」
一瞬だけ天を仰いだナサニエフは、視線をシムノンに向ける。眉間に皺を寄せたシムノンは立ち止まりナサニエフの言葉の続きを待った。
「緋鬼、あと五分で戦場に到着するよ」
「はあ!? ふざけんな早すぎだっつーの!」
慌てて部屋から飛び出す彼の背を、仲間たちは静かに追った。
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