華々の乱舞

こうしき

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第一章

第一話 賢者と殺し屋

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 広い塔内の大理石の床を、カツン──カツンと歩く音が、廊下側から少しずつ近づいてくる。

 塔の最奥「玉座の間」。そこに身を潜めたアブヤドゥ王国国王 メルトゴルゾーン・ Aアブヤドゥ・ラウトは、白く長い髭を撫でながら、不満げな視線を若い賢者達へと向けていた。

「俺たちだけじゃ不満だっていうのか、国王」

 玉座に腰掛ける国王に向かって口を開いたのは
、二十歳そこそこの若い男だ。意志の強そうな黒い瞳と眉、それに明るい茶髪。古びた革のジャケットは所々に焦げた後があった。

「そういうわけではない、落ち着いて聞いてくれシムノン」

 シムノンと呼ばれた男を、髪の長い女エルフが宥める。露出過多な服装の彼女は、後ろからシムノンに抱き付くと「落ち着いて」と耳元で囁いた。

「落ち着いているさ。でもソフィア」
「なーに?」
「胸をどけろ、落ち着かん」
「大丈夫そうね」

 豊満な胸をシムノンから離すと、ソフィアと呼ばれた女エルフはくるりと身を翻し、後方で佇む橙頭の女の横に倣った。

「つまりじゃな、儂は一刻も早くこの戦争を終わらせたいのだ」
「その為に新たな人材を導入するって?」
「報酬は変えんさ。お前達が彼女と上手く折り合ってくれればそれでよいのだ」

 ここアブヤドゥ王国と隣国のブンニー王国の国土を争う戦争が始まって早一年。自国だけでは収拾のつかなくなった争いに、アブヤドゥ王国国王メルトゴルゾーンは有能な賢者達を雇い、一刻も早くこの争いに終止符を打とうと躍起になっていた。

 奪えるだけの土地は奪った──これ以上時間も人材もそして出費も、メルトゴルゾーンはかけたくなかったのだ。その為に呼び集めた賢者達が、自分が思っていたよりも使えないと、現在癇癪を起こしている状態だ。

「国王さぁ、俺達が使えねえって思ってる?」
「そういう訳ではない! ただ……」

 本心を言い当てられ、立ち上がり動揺するメルトゴルゾーン。シムノンから視線を反らし、白いものが目立つようになってきた頭を乱暴に掻いた。頭に乗った金の王冠が証明の光を受けてぎらりと輝く。

「はあ~、まあ俺はいいけどよ。どう思う、レフ」
「どうして俺に振る」
「なんとなく?」

 丸めた紙くずのような白い帽子の中から伸びる少し長い髪は白い。この世界で生まれながらの 白髪はくはつとは、 本人レフが魔法使いであることを現していた。

「レフに振るより僕に振ればいいのに~」

 彼と同じく真っ白な髪の男が口を開く。レフとは対照的に短い髪の下に金色と藤色のオッドアイ。ニヤっと笑う男はブカブカのトレンチコートの裾を翻すとシムノンの肩に手を置いた。

「いいんじゃないの? さっさと終わるならそれに越したことはないんだし。君がリーダーなんだから君がスパッと決めなよ、シムノン」
「ナサニエフまでそう言うんなら、いいかなあ」

 いいかなあ、と言ったシムノンとメルトゴルゾーンの視線が交わる。ホッと息を着いた国王は玉座に腰掛け直した。

「では、良いのだな?」
「そういうこったな」
「実はな、今日既に彼女は来ているのだ」
「おいおい本当かよ……」

 自分達がこの話を断っていたらどうするつもりだったのかとシムノンは思案する──が、こんなくだらないことに頭を使うのは馬鹿馬鹿しいと、思考を途中で止めた。


 ──コンコン。


 玉座の間の扉が廊下側から叩かれる。メルトゴルゾーンが返事をすると、開いた大扉の向こう側から銀の甲冑を身に纏った兵が二人、姿を現した。

「申し上げます! アンナリリアン・ Fファイアランス・グランヴィ様がお越しになりました」

「グ、グランヴィだって?」

 兵の報告に、シムノンはすっとんきょうな声を上げる。レフと橙頭の女は扉の外側を黙って睨んでいた。

「お前達は下がってよい、彼女を中へ」
「はっ!」

 二人の兵が扉の外へと下がる。それと入れ替わりで入ってきたのは血溜まりのような髪を肩の上で乱雑に切り揃えた一人の女だった。

「よく来てくれた」

 白いショートブーツの踵をコツコツと鳴らしながら、彼女はシムノン達の前で足を止めた。

「うへぇ……本物かよ」
「はぁ? なんだお前」

 目元を完全に覆ってしまう形状のルビー色のサングラスを掛けているせいで、彼女の表情は全く伺うことが出来ない。形の良い唇は不満げに曲げられ、その奥から零れ出た声は女性というよりも少女に近かった。

 血色の少女は、声の雰囲気からして十代の半ば程度なのだろうが、艶かしい体つきが彼女の見た目年齢をぐっと押し上げていた。袖無しの黒いオールインワンのライダースーツ──その胸元の上がりきっていないファスナーの奥には、成人女性と遜色のない豊満な胸が押し込められていた。

「おっと失礼。いやー、嬢ちゃん本当にあの 緋鬼あかおにか?」
「信じられないってのか、オッサン」
「オッサン……俺まだ二十三なんだけど?」
「あたしからしたらそんなの、オッサンだっての」
「可愛くねえな、本当にあの殺し屋……アンナリリアンか?」

 言いながらシムノンは、アンナリリアン──アンナの顔に手を伸ばす。ルビー色のサングラスを引き上げてやろうとしたその時──。


 ──ヒュンッ!


「っとお、危ねぇ!」
「勝手に触るな」

 背中の刀を抜いたアンナは、あろうことかシムノンに斬りかかっていた。間一髪のところで彼は後方へと飛び退きそれを躱す。

「噂に聞くよりも血の気の多い餓鬼だな」
「なんだと? ……チッ、ライル族がいるのかよ」

 アンナの視線の先には、橙色のショートヘアーの女性。  瑠璃色 コバルトブルーの鋭い瞳は、彼女が戦闘民族 ライル族であることを現している。

「ライル族よりも血の気が多いつもりはねーよ、あたし」
「思っていたよりもよく喋る嬢ちゃんでなによりだな、シムノン」
「こいつら……」

 苛立った顔を──とはいっても彼女の表情は口許でしか判別出来ないのだが──その顔をメルトゴルゾーンに向けるアンナ。

「おい国王、あたしにこんな奴等と共闘しろとはいい気はもんだな」
「すまぬ、アンナ殿」
「謝罪はいらねーんだよ。父上の命令だから仕事はちゃんとするがな、つるむつもりはねーからな」
「可愛くねえなあ」
「お前はさっきからうるさい!」

 シムノンの茶々にアンナは怒号を放つ。少女とは思えぬほど低く恐ろしい声色だった。

「可愛いとか、可愛くないだとか、んなことどーでもいいだろうが! 人の素顔も見てねえくせに」
「えー、じゃぁ見せてくれよ」
「やなこった」
「可愛くしてねえと男が寄って来ねえぜ?」
「余計な世話だ!」

 尚もアンナのサングラスを外そうとするシムノンの手を、アンナは叩き落とした。それを見てソフィアが大きな溜め息を吐いた。

「シムノン、それくらいにしといたら?」
「だってよーソフィア、こいつからかうの楽しい」
「レフの機嫌が悪くなるから、そろそろ止めて頂戴」
「おっとぉ……」

 レフ──白髪の魔法使いは、金と青の目を細めてアンナのことを睨みっぱなしだ。殺し屋という存在を酷く嫌って、否、憎んでいるレフからすれば、その態度は当然といつものだった。

「去れ、この人殺しが」

「……」

 アンナはレフに、言葉を返すことが出来なかった。 必要以上にこの男と関わるべきではないと、自分の中の何かが警鐘を鳴らしたのだ。

「おいおいレフ、そんな言い方はないだろ?」
「俺は殺し屋は好かん」
「俺に免じてさあ、仲良くやろうぜお二人さん」
「無理だな」

 ぷい、とそっぽを向くレフの背を、アンナは黙って睨むことしか出来なかった。


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