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58/それから
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夏がそろそろ終わろうかという頃から頻繁に、桃哉から連絡がくるようになった。内容は決まっていつも「今日大丈夫か?」というもので、大丈夫が意味するのは言わずもがなセックスが出来るかどうかという意味だった。初めてその連絡が来たときは意味もわからず「用事はないけど」と返信した直後、うちにやって来た桃哉に無理矢理犯されたのだ。そのときになってやっと意味を理解したわたしは、週に一度は来るその連絡に考えながら返信をするようになった。
避妊をせずに無理矢理組み敷かれたあの日、今後一切桃哉と関わらないようにしようと決めたはずなのに──結局わたしは桃哉を許し、受け入れてしまっていた。わたしの部屋にやって来ると毎回のように「女にフラレたんだよ、慰めてくれよ」と見え見えの演技をしながら部屋に上がり込む桃哉を追い返せるほど、わたしは冷徹ではなかったらしい。追い返すのが面倒だとか、仕事のストレスを発散するためにセックスをしていたとか、運動不足の身体には丁度良いとか、言い訳ばかり並べて、自分は間違っていないと言い聞かせては彼と身体を重ね続けた。だからといってまた気持ちが芽生えたとか、そういうことは一切無い。ただ互いに都合が合えば身体を重ねるだけのセフレのような関係にわたしが気が付くのは、もう少し先のことではあるのだけれど。
*
季節は進み、秋になっていた。仕事は多忙を極めていたが、数ヶ月ぶりに親友の葵と会う時間をとることが出来た。誰かに会ってお茶をするなんて久しぶりすぎて、先日一目惚れして購入したお気に入りのワンピースを早速おろしてしまった。深いグリーンのニットワンピースを「可愛い」と葵は誉めてくれたけれど、彼女の身に付けているグレーの細身のパンツもクールで、わたしには真似できない格好良さが滲み出ていた。
「最近仕事はどうなの? 全然連絡来なかったし」
「忙しくってさ、ホント大変。家の事とか全然出来ないもん」
「そんなに忙しいの? だからそのクマ?」
「そんなにクマ目立つかな」
「目立つほどじゃないけど、あんたがそんな顔してたら気にはなるわよ」
営業課の頑張りのお陰もあり契約先の増加と共に仕事量が増えた。ありがたいことだけれど、業務量の割りに明らかに人手が足りていない。この春からうちの係に配属された新人の美鶴くんの教育も平行しながらの業務になるので、なかなかの激務続きに身体は悲鳴を上げつつあった。
「仕事忙しすぎて全然掃除とか出来てなくてやばいんだよね」
最後に定時上がりをしたのはいつだったか思い出せない程、残業続きの毎日だった。仕事で疲れた体では掃除をする気力なんて湧いてこないのだ。汚いのは気になるけれど、掃除をする時間があれば体を休めたかった。
「綺麗好きなほたるにはキツくない、それ? 掃除の代行とか頼めばいいじゃん。お金払えばいくらでもあるでしょそんなの」
「うーん……それで綺麗にはなるけど、一日だけ頼んでも意味ないじゃない? 継続させていつも綺麗じゃないと嫌だもん」
余分なものを買う時間もないため、自然とお給料は貯まっていった。掃除代行を頼むお金の余裕は十分にあるけれど、それでもなんとなく気が乗らなかった。
運ばれてきたデザートプレートを少しだけ頂く。艶やかなケーキは美味しそうだけれど、食欲もあまりなくコーヒーに逃げてしまう。
「ケーキ食べないの? 好きでしょ?」
「なんか食欲もなくて」
「ほたるさあ、食事はちゃんととってるの? 飲みすぎてない?」
「うー……んー……」
「何その不安しかない返事は」
葵の目付きが次第に鋭くなってゆく。このままいくと怒られるのは目に見えているので、コンビニ弁当とお酒に頼る生活をしていることは隠しておかなければならない。
「料理作る時間もなかなかなくってさ」
透けて見えるくらいあからさまな嘘を吐く。葵だってわかっているだろうに、深入りして聞いてこないのはきっとわたしを気遣ってくれているからなのだろう。あまり心配をかけないようにしないと。
「料理も掃除も好きな彼氏だったら良かったのにね」
彼氏、という言葉にパッと桃哉の顔が思い浮かぶ。あいつはもう彼氏じゃないというのに、どうして──。
「とおやとはもう終わったんだから……よしてよ」
「ごめんごめん。そういうつもりじゃないの」
「終わったとか言いながらわたし、またとおやって呼んでたね」
「……本当ね」
一瞬、葵の顔に影が射した。今の会話だけで桃哉との関係を見透かされたような気がして怖かった。葵に全てを知られるのはなんとなく後ろめたくて、慌てて話を逸らしてしまう。
「……あーあ。誰か家事やってくれないかなあ」
「お手伝いさんでも雇ったら?」
「何言ってるの」
肩を揺らしながらカップに口をつけると、葵も柔らかく微笑んでくれた。それからは何気ない会話が弾み、一時間近くおしゃべりを続けてしまった。
「ねえほたる」
「なに?」
「何かあったら、ちゃんと相談していいんだからね」
帰り際駐車場に向かう途中、妙に声のトーンを落とした葵はやけに真面目な顔で、わたしの顔を見ずにそう言った。ありがとう、と返すことしか出来なかったわたしは、結局それから彼女に何の相談も出来ないまま──桃哉との関係に決着もつけられずに、仕事で忙しい日々をバタバタと過ごしてくことになった。
避妊をせずに無理矢理組み敷かれたあの日、今後一切桃哉と関わらないようにしようと決めたはずなのに──結局わたしは桃哉を許し、受け入れてしまっていた。わたしの部屋にやって来ると毎回のように「女にフラレたんだよ、慰めてくれよ」と見え見えの演技をしながら部屋に上がり込む桃哉を追い返せるほど、わたしは冷徹ではなかったらしい。追い返すのが面倒だとか、仕事のストレスを発散するためにセックスをしていたとか、運動不足の身体には丁度良いとか、言い訳ばかり並べて、自分は間違っていないと言い聞かせては彼と身体を重ね続けた。だからといってまた気持ちが芽生えたとか、そういうことは一切無い。ただ互いに都合が合えば身体を重ねるだけのセフレのような関係にわたしが気が付くのは、もう少し先のことではあるのだけれど。
*
季節は進み、秋になっていた。仕事は多忙を極めていたが、数ヶ月ぶりに親友の葵と会う時間をとることが出来た。誰かに会ってお茶をするなんて久しぶりすぎて、先日一目惚れして購入したお気に入りのワンピースを早速おろしてしまった。深いグリーンのニットワンピースを「可愛い」と葵は誉めてくれたけれど、彼女の身に付けているグレーの細身のパンツもクールで、わたしには真似できない格好良さが滲み出ていた。
「最近仕事はどうなの? 全然連絡来なかったし」
「忙しくってさ、ホント大変。家の事とか全然出来ないもん」
「そんなに忙しいの? だからそのクマ?」
「そんなにクマ目立つかな」
「目立つほどじゃないけど、あんたがそんな顔してたら気にはなるわよ」
営業課の頑張りのお陰もあり契約先の増加と共に仕事量が増えた。ありがたいことだけれど、業務量の割りに明らかに人手が足りていない。この春からうちの係に配属された新人の美鶴くんの教育も平行しながらの業務になるので、なかなかの激務続きに身体は悲鳴を上げつつあった。
「仕事忙しすぎて全然掃除とか出来てなくてやばいんだよね」
最後に定時上がりをしたのはいつだったか思い出せない程、残業続きの毎日だった。仕事で疲れた体では掃除をする気力なんて湧いてこないのだ。汚いのは気になるけれど、掃除をする時間があれば体を休めたかった。
「綺麗好きなほたるにはキツくない、それ? 掃除の代行とか頼めばいいじゃん。お金払えばいくらでもあるでしょそんなの」
「うーん……それで綺麗にはなるけど、一日だけ頼んでも意味ないじゃない? 継続させていつも綺麗じゃないと嫌だもん」
余分なものを買う時間もないため、自然とお給料は貯まっていった。掃除代行を頼むお金の余裕は十分にあるけれど、それでもなんとなく気が乗らなかった。
運ばれてきたデザートプレートを少しだけ頂く。艶やかなケーキは美味しそうだけれど、食欲もあまりなくコーヒーに逃げてしまう。
「ケーキ食べないの? 好きでしょ?」
「なんか食欲もなくて」
「ほたるさあ、食事はちゃんととってるの? 飲みすぎてない?」
「うー……んー……」
「何その不安しかない返事は」
葵の目付きが次第に鋭くなってゆく。このままいくと怒られるのは目に見えているので、コンビニ弁当とお酒に頼る生活をしていることは隠しておかなければならない。
「料理作る時間もなかなかなくってさ」
透けて見えるくらいあからさまな嘘を吐く。葵だってわかっているだろうに、深入りして聞いてこないのはきっとわたしを気遣ってくれているからなのだろう。あまり心配をかけないようにしないと。
「料理も掃除も好きな彼氏だったら良かったのにね」
彼氏、という言葉にパッと桃哉の顔が思い浮かぶ。あいつはもう彼氏じゃないというのに、どうして──。
「とおやとはもう終わったんだから……よしてよ」
「ごめんごめん。そういうつもりじゃないの」
「終わったとか言いながらわたし、またとおやって呼んでたね」
「……本当ね」
一瞬、葵の顔に影が射した。今の会話だけで桃哉との関係を見透かされたような気がして怖かった。葵に全てを知られるのはなんとなく後ろめたくて、慌てて話を逸らしてしまう。
「……あーあ。誰か家事やってくれないかなあ」
「お手伝いさんでも雇ったら?」
「何言ってるの」
肩を揺らしながらカップに口をつけると、葵も柔らかく微笑んでくれた。それからは何気ない会話が弾み、一時間近くおしゃべりを続けてしまった。
「ねえほたる」
「なに?」
「何かあったら、ちゃんと相談していいんだからね」
帰り際駐車場に向かう途中、妙に声のトーンを落とした葵はやけに真面目な顔で、わたしの顔を見ずにそう言った。ありがとう、と返すことしか出来なかったわたしは、結局それから彼女に何の相談も出来ないまま──桃哉との関係に決着もつけられずに、仕事で忙しい日々をバタバタと過ごしてくことになった。
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